軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十八話「戦略・戦術概論」

俺は従軍魔術師の授業を受け、魔法の集団戦術について研究しようと考えた。そこで、その前提となる、この世界の戦争について調べてみた。

この世界の戦争は大きく分けて二種類ある。

一つは国同士の戦い。もう一つは魔族との戦いだ。

魔族も国を形成しているのだろうが、今のところ魔族に関する情報が無さ過ぎる。だから、二つに分けてみることにしたのだ。

まず、国同士の戦いだが、基本的な兵種はほぼ共通だ。だが、その構成は各国で大きく異なる。

トリア大陸最大の国、カエルム帝国の場合、主戦力は騎兵となる。優秀な軍馬に跨り、騎兵槍と重装鎧を装備したカエルム騎兵の突進力は非常に強力だ。また、帝国の中央部にある草原地帯には 馬人(ケンタウロス) が多く住んでいる。彼らは優秀な弓騎兵であり、軽装の槍騎兵でもある。言わば、世界を席巻したモンゴルの騎兵と同じだ。その彼らが重装槍騎兵と共同作戦をとる時、機動力を生かせる平原において、彼らに敵はいない。

カエルムにおいて、騎兵と徒歩の弓兵を含む歩兵の比率は一対一である。他の国の騎兵の割合は二割から三割と言われているから、カエルムの騎兵重視の姿勢は非常に判り易い。

更にカエルム帝国には航空戦力である飛竜部隊がある。竜騎士と呼ばれる専門の騎士たちは、 飛竜(ワイバーン) に騎乗し、その機動力と攻撃力を使って縦横無尽に戦場を飛び回る。もちろん、偵察にも使えるが、飛竜という強力な魔物を使役することにより、奇襲や追撃など様々な局面で使える優秀な空中戦力だ。

帝国の強みは騎兵と飛竜だけではない。

それらの影に隠れて目立たないが、他の兵種も決して劣っているわけではない。魔術師部隊は数においても質においても、北のサルトゥース王国に匹敵している。また、亜人を主力とした歩兵部隊も強力で、どの兵種も他国に引けをとらない。

それだけの兵力を持つカエルムが、大陸を統一できないのは、ひとえに上級指揮官の質の低さに尽きる。上級指揮官のポストが貴族たちに独占されており、上級貴族の次男や三男など、能力に関係なく上級指揮官になるため、兵の優秀さが戦果に繋がっていないのだ。

(一頭の獅子が率いる百頭の羊は、一頭の羊に率いられる百頭の獅子に勝るって奴か。それはともかく、カエルムの軍事力は侮れないな……)

そして、もう一つ気になる国がある。あまり関わりたくない国、ルークス聖王国だ。

一般的には、ルークス軍の特徴は聖騎士部隊だと言われている。

聖騎士は機動力を持った魔術師部隊という性格と、槍騎兵としての性格を併せ持つ。俺の中では十八世紀頃のフランス 胸甲騎兵(キュイラッサー) に近いイメージだ。胸甲騎兵は小銃による遠距離攻撃の後にサーベル 突撃(チャージ) を掛けるが、聖騎士は光属性魔法による攻撃の後に、騎槍による 突撃(チャージ) を加える。散開した歩兵にとっては災厄以外の何物でもない。

但し、実際には 巷(ちまた) に喧伝されるほどの力はなく、光神教の聖職者による宣伝効果が大きいそうだ。聖騎士たちが活躍したのは百年以上前と言われ、今では魔術師としてのレベルは低く、魔法がまともに使えない者が多い。更には騎乗技術や槍術レベルも低いため、遠距離から数発の光の矢を打ち込む程度の存在だそうだ。そして、特権意識の塊のような存在であるため、前線で戦う兵力としては数が少なく、戦力と数えられるほどの力はない。

現在、ルークス聖王国の軍事力を支えているのは、国民皆兵制による膨大な数の歩兵たちだ。歩兵は粗末な槍しか与えられず、碌な訓練を受けていないため、練度も低い。だが、ルークスはカエルム帝国との戦闘において、必ず数倍の戦力を集めている。つまり、質より量の戦術で、数で圧倒するのだ。

これは農民兵による歩兵の数が圧倒的に多いからとされているが、俺はそう考えてはいない。数が多いだけでは、戦力の集中は難しいはずだ。

大軍を動かすには時間が掛かる。特に訓練の行き届いていない歩兵の機動力は低い。この歩兵を主力とした上で、効率よく軍を動かすためには、情報、輸送、補給などが重要だ。ルークスの軍官僚機構は、その点で優れているのだろう。

ルークスの歩兵の比率は、九割近いそうだ。弓兵や騎兵の絶対数が少ないわけではなく、歩兵の絶対数が多いからだ。

更に眉唾物とされているが、獣人部隊の活躍も忘れてはいけない。祖父が戦っているから、存在は確認されており、その技量もあの祖父が現役時代に死を覚悟するほどだ。彼らを様々な場面で活用し、戦術的に勝利に導いている可能性は高い。

ルークスのイメージは狂信者集団というものだが、それに囚われ過ぎると足を掬われるかもしれない。実際、国力で数倍の開きがあるカエルム帝国と互角に戦っていることが、それを証明している気がする。

その他の国だが、それぞれ国情に応じた特徴がある。

サルトゥース王国はエルフが多くいることから、優秀な魔術師部隊と弓兵による遠距離攻撃が特徴だ。

ラクス王国は護泉騎士団による騎兵と傭兵が主体の歩兵と弓兵、それに宮廷魔術師による魔法のバランスが取れている。これは東の魔族、南のカエルムとの恒常的な戦闘により培われたものだろう。

カウム王国は伝統的に拠点防御がうまく、歩兵と弓兵が主体だ。防御施設を使った粘り強い戦いが魔族の侵攻を食い止めている。

それらの国にそれぞれの特徴はあるものの、基本的には騎兵と歩兵、弓兵と魔術師の組合せに特殊部隊が加わるという構成だった。

もう一つの仮想敵、魔族だが、調べれば調べるほど謎が多いことが判った。

魔族には大きく分けて鬼人族と翼魔族という種族に分かれているそうだ。基本的に東の大山脈、アクィラ山脈を超えて侵攻してくるのは鬼人族で、翼魔族はアクィラを越えてくることはほとんどないようだ。

鬼人族は獣人の魔物版といった感じで、 大鬼(オーガ) 、 中鬼(オーク) 、 小鬼(ゴブリン) の特徴を持つ亜人だ。この他にも 牛鬼(ミノタウルス) や 森鬼(トロール) の特徴を持つ鬼人族もいるという噂もあるが、確認されていない。

翼魔族はその名の通り、翼を持つ悪魔のような姿だそうだが、目撃数が極端に少なく、よく判っていない。

魔族の軍の構成だが、基本的には各眷族であるオーガ、オーク、ゴブリンなどが主力で、ごく稀に 翼魔(レッサーデーモン) 、 小魔(インプ) などが遠距離支援を行っている。

基本的には強大な体力を持つ鬼系の魔物による肉弾戦が彼らの主な戦術だ。この点だけ見れば、老将軍の話もあながち使えないわけでもない。

但し、ここ十数年は魔族の侵攻が頻繁で、翼魔系の魔物が鬼系の魔物と共闘している姿がよく見られるそうだ。

ここまで見た中で、特殊なのはカエルムの飛竜部隊と魔族のオーガくらいであり、他は歩兵と騎兵による近接戦闘に弓兵と魔術師の遠距離支援が加わることに大きな差異はない。

つまり、兵種の比率の問題であって、基本的な戦術に大きな差はないのだ。

そこで戦略論と戦術論を考えてみた。

考えると言っても、前世で読んだ軍事関係の本を思い出すだけだ。

最近はどうか知らないが、昔の男子は戦争や兵器に興味を持つ者が多かった。俺も小学生の頃、第二次世界大戦時の軍艦、戦車、戦闘機などが好きで、それに関する本を読み漁った記憶がある。

普通はここで終わるのだろうが、俺の場合少し違った。

中学になると、兵器そのものより、戦術に興味を持ち始めたのだ。そして、それが高じて、戦略にも興味を持ち、高校時代には中国の古典兵法書を読み漁り、有名なクラウゼヴィッツの戦争論も読んでいた。

それを思い出し、この世界に合った形にまとめてみようと思ったのだ。

俺の論文は以下のような構成とした。

序論として、トリア大陸の主要国家の戦力を分析する。そして、第一章を“情報”とし、以下、指揮、機動、攻撃、防御、補給、謀略という構成でまとめていった。

情報については、戦略における諜報と、戦術における偵察の重要性、更にその伝達速度が重要であることを論じていく。この世界の軍事常識でも偵察の必要性は感じているようで、戦闘前には傭兵たちを使った偵察部隊が編成されるそうだ。だが、専門の偵察訓練などはなく、情報の正確性に欠ける。

そこで、戦術においては、軽騎兵と専門の 斥候(スカウト) による偵察部隊の設置を提唱した。そして、飛行部隊は偵察に特化させることを提唱した。

更に戦略においては、諜報専門の部署を作り、敵国の情勢を収集分析することを提案した。諜報部隊には軍事や政治の専門家だけでなく、商業、農業、工業などの専門家も入れ、多角的に分析する必要性も強調した。

次の指揮については、ありきたりだ。

まず、戦場においては将に権限を集中させる。王命といえども、戦略目的に合致しないなら、無視することすら推奨されると強調した。

将については、少ない情報で的確な判断をする訓練を積む必要がある。戦場における情報は全体の四分の一以下である。その少ない情報から状況を判断するには、智謀だけでなく、度胸も必要だ。もちろん、経験がものを言うところもあるが、戦略目的を十分に理解し、部下の意見を良く聞くことが重要だろう。更に個人の武勇に走らないことも重要だ。

このように機動、攻撃と論じていく。

内容的にはいろいろな軍事理論のパクリであり、俺独自の理論などない。

そもそも俺には独自の理論を展開するだけの経験がないから、理論を構築しようがないのだ。

だが、補給については強く主張した論調にしている。

この世界の軍事の弱点として、情報と補給の軽視がある。情報については、現場指揮官は肌で重要性を感じているようだが、補給についてはあまり重要視されていない。

なぜ補給を軽視するのか。それはこの世界が豊かだからだ。

トリア大陸の北部サルトゥース王国から南部のカエルム帝国まで、砂漠や荒地のような過酷な場所は少ない。行軍を行うのは、基本的には森か平原であり、水はもちろん食料もある程度は近隣の村から確保できる。

孫子の時代の中国に近いのだ。

孫子では「糧を敵に 因(よ) る」とあるように、敵国から食料を調達する思想だ。つまり、食料を調達できるほど豊かでなければ成り立たない考え方なのだ。

さすがに万を超える軍では、敵国から徴発した糧秣では賄いきれないが、千人規模の軍なら、十分に賄えるほど豊かなのだ。だが、敵国から食料を調達――敵国の民から見れば略奪――すれば、その後の占領政策に大きな影響が出る。そこまで考える政治家がいないことが原因だろう。

クラウゼヴィッツではないが、戦争は政治目的を達成する一手段に過ぎないのだ。長期の視点を欠いた軍事行動が成功しないのは、古今の例を見れば明らかだ。

旧日本軍がその例として挙げられる。中国大陸での敗北は、占領地“政策”の失敗が敗北の原因だ。

大日本帝国陸軍は占領地政策を軽視し過ぎたのだ。

広い大陸であれほど長く補給路を伸ばしたのに、占領地の民衆を敵に回している。中国共産党が宣伝するような南京大虐殺はなかっただろうが、少なくとも民衆を味方につける努力は怠っている。そのため、兵站に負担が掛かり、徐々に消耗していったのだ。

そもそも日本の海外政策は酷いものだ。軍が暴走したというより、それ以前に政策として体を成していない。

あの当時、日本は海外に目を向けなければ、列強に飲み込まれていたことは認める。だが、日本という国が基本的には小国であり、大国に対しては瀬戸際戦略を取るべきということを忘れてしまった。

本来ならアメリカがどこまで目を瞑ってくれるか、その瀬戸際を慎重に見極める必要があった。だが、満州事変当時の政治家、軍人はそれを見誤ってしまったのだ。

あの当時、必要だったのは、資源と閉塞した民衆の行き場所だった。ならば、満州を完全に独立させ、民主主義を謳わせた上で貿易と移民という手段を取ればよかった。それだけで、モンロー主義、孤立政策を続けていたアメリカは手を出さなかったはずだ。

ドイツとの同盟は愚策だが、それでも反共産主義を謳っていれば、ソ連の膨張を食い止めるという名目のもとに、満州での権益が得られた可能性すらある。

あの時代に、戦争が政治目的の達成手段と感覚的に理解できる軍人がいれば、あれほど無様な結果にはならなかったはずだ。

(陸軍はプロイセンの流れを汲んでいたはずなのに、なぜ失敗したんだろう? 机上の空論を振り回すだけのエリートが多かったから、その限界と言ってしまえば、それまでだが、統帥綱領にも作戦要務令にもその辺りのことは書いてあったはずだ……)

補給の話に戻すが、この世界は豊かであり、強制的に食料を徴発すれば、ある程度の軍事行動は可能だ。だが、それは比較的人口の多い地域を行軍する場合に限る。

カエルム帝国と周辺諸国との戦争、ルークス聖王国やラクス王国との戦争では、それでも何とか凌げたかもしれない。だが、魔族との戦争ではそれは通用しない。

魔族の侵攻ルートは東の秘境アクィラ山脈周辺であり、十分な食料が確保できる見込みは少ないのだ。

(Y提督じゃないが、飢えた兵では戦争は出来ない。そう考えれば補給を含めた兵站の重要性は明らかだと思うんだが……)

ここまで考えた時、俺は軍人も政治家も目指していないことを思い出した。

(そう言えば、俺が戦争を語るのはおかしなことだな……気を取り直して、魔法について考察を進めるか……)

俺は“戦略論もどき”について、考察するのではなく、魔法の運用について考えを進めていった。

まず、魔術師部隊についてだが、この世界の魔術師はラスペード教授のようなレベル八十を超える高位の魔術師から、レベル十五程度の学院の卒業生まで能力に幅がある。

レベルに関わらず、魔法の共通的な特徴の一つに、射程の短さがある。高レベルの魔術師であっても、射程はそれほど大きくないのだ。

教授クラスでも、強力な攻撃魔法の有効射程距離はおよそ百m。射程を延ばすことに特化した場合でも三百mが限界と言われている。つまり、優秀な弓兵の射程と大きく変わらないのだ。

では、魔法の長所は何か。

最大の長所は、何と言ってもその威力だろう。

魔法の場合、範囲攻撃が可能だ。俺が良く使う 炎の嵐(ファイアストーム) や 旋風の刃(トルネードスラッシュ) などは、一定の範囲にダメージを与えられる。これは魔術師のアドバンテージだと言える。

密集隊形の中にファイアストームを撃ち込めば、一人の魔術師でも一度に十数人にダメージを与えられる。これだけ効率のいい攻撃方法は大規模な罠くらいしかない。

更に単体魔法でも強力なものは、一撃で重装鎧の戦士を打ち倒すほどの威力がある。

現代の兵器に準えるなら、範囲魔法は機関銃に相当し、強力な単体魔法は 対戦車(アンチマテリアル) ライフルに相当する。

威力に関して問題なのは強力な魔法ほど、発動に時間が掛かるということだ。射程が百mということは、騎兵の突撃なら十秒ほどで接近を許してしまう。強力な魔法は発動までに三十秒程度は掛かるから、馬防柵などがなければ簡単に蹂躙されてしまうのだ。

更に問題なのは、低レベルの魔術師の攻撃力が小さいことだろう。

これは魔法という“兵器”の性能のバラつきを示している。魔術師部隊は極少数の高レベル魔術師と大多数の低レベルの魔術師によって構成されているため、魔術師部隊という戦闘単位は、対戦車ライフルと 短銃(ピストル) を同じ兵種として扱っていることと同じなのだ。

だが、魔法には威力以外にも長所がある。それは相手に対する心理的な効果だ。特に炎系の魔法のような派手な魔法は、心理的に威圧する効果が大きい。誰でも炎の玉が顔に向かって飛んでくれば本能的に怯むはずだ。その効果はうまく使えば、制圧射撃と同じ効果が得られるだろう。

この特徴をきちんと押さえた上で運用方法を考えれば、魔術師部隊はかなり強力な兵種だと言える。

魔術師部隊の運用方法に話を戻す。

魔術師部隊の長所は、強力な火力と広い攻撃範囲、そして、制圧効果だ。一方、短所は攻撃間隔の長さ、射程の短さ、性能のバラつきの大きさだ。

この特徴を考えた時、俺は低レベル魔術師の集中運用を思い付いた。

強力な魔法が使える魔術師は数が少なく、虎の子とも言える高レベル魔術師を戦場に投入することは稀だ。逆に言えば、レベルの低い魔術師は比較的投入しやすいということだ。ならば、火力として集中運用することにより、性能のバラつきを抑え、更には制圧効果を生かすことによって、敵の進撃を止められるのではないか。

比較的容易に使える魔法、例えば、火属性なら 炎の玉(ファイアボール) を数十人で同一箇所に撃ち込めば、見た目は派手になるから、制圧効果だけでも十分な価値はある。更に、うまくいけば火力不足も補えるだろうから、戦力として十分に使えるはずだ。

仮想敵を騎兵と考えた場合、何も対策を打たなければ、接近を許した砲兵と同じで簡単に蹂躙される。だが、馬防柵などで足止めするか、地形をうまく利用する、例えば、川のような障害を使うかすれば、鉄条網や塹壕で防御した重機関銃のような活躍ができるのではないか。たとえ、そこまで火力が無くとも、火属性なら多数の炎が一斉に撃ち込まれれば、馬をパニックに陥らせることもできる。

後は属性をどう組み合わせるかだ。

バラバラの魔法が飛んでいくより、威力はなくとも同種の魔法が多数撃ち込まれる方がより威圧できるはずだ。ならば、属性ごとに隊を構成し、同一魔法での一斉攻撃が有効ではないだろうか。

更に土属性や金属性魔術師を工兵として使うことも可能だろう。

ある程度レベルが低くとも、魔法を使えば簡単な防御施設の設置程度なら十分に役に立つ。恒常的な施設の建設を目指さないなら、学院の卒業生程度でも十分に役に立つはずだ。

俺は魔法の戦場での運用理論をまとめ、その有効性の実証を行うことにした。

―――――

後にザカライアス・ロックハートが残した「戦略概論」という未完成の論文が、ドクトゥスの プラエタリア図書館(大図書館) で発見された。

発見当初は、ザカライアス・ロックハートの署名があるものの、当時、僅か十三、四歳の学院生が残したものだと考えるものは少なかった。

否定派は、その内容があまりに高度すぎると主張した。彼らの根拠は、ザカライアスとシャロン・ジェークスの二人が実技講師、ジョシュア・メトカーフに提出したレポートが現存しており、それと比較した結果、余りに論旨が違い過ぎるというものだった。

否定派の主張を受け、学院が調査した結果、「戦略概論」の筆跡にはある特徴があった。それはザカライアスがよく間違える数字の書き方――彼は単純な数字をよく同じような書き方で間違えていた―――が散見され、更に詳細に筆跡を照合すると、ザカライアスの筆跡に間違いないことが判明した。

これには否定派のみならず、誰もがその事実に驚愕した。

“ロックハートの戦略論”と呼ばれるようになった、「戦略概論」という論文は、軍事理論を根底から覆すほど斬新かつ合理的な理論だったのだ。

その当時を知るティリア魔術学院の教授、キトリー・エルバインの証言によると、ザカライアス本人が廃棄するところに偶然彼女が通りかかり、その論文を譲り受け、大図書館に収蔵したそうだ。

「あの子は自分の書いたこの論文が、いかに危険な考えか判っていたわ。一応、ラスペード先生にはお見せしたみたいだけど、他の誰にも見せるつもりはなかったみたいなの……私も彼がその論文を捨てるところに、たまたま居合わせなかったら、これを読むことはなかったわ……でも、あまりにも画期的な考えだったから、この世から消し去るのが惜しくなって……だから、大図書館の奥に隠しておくことを条件に私が貰ったの。でも、それが世に出るなんて……」

エルバインの証言では、ザカライアスは論文を廃棄するため、学院の裏の焼却炉近くにいたそうだ。偶然、エルバインが通りかからなかったら、この世紀の論文は、著者の手で闇の中に葬り去られていただろう。

彼がどのような思いで、論文を廃棄しようとしたのか。それについて、本人のコメントは一切残っていない。

だが、彼の残した「戦略概論」なる書物は、その後の世界のあり方に大きな影響を残した。それが彼、ザカライアス・ロックハートにとって、望んだ結果であるかは誰にも判らない。