軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十七話「老将軍」

ティリア魔術学院の五年になったが、相変わらずラスペード教授の直接指導を受けている。しかし、五年の授業には出席しなくてはならない科目があった。

それは従軍魔術師としての科目だ。

基本的に攻撃魔法が使えるものと、治癒魔法が使えるものはその科目が必須で、俺もシャロンも例外ではない。

宮廷魔術師にならなくとも、都市の防衛などでは魔術師への期待は大きい。

これは魔法による遠距離攻撃に期待するだけでなく、知識人として、作戦を立案する、つまり、作戦参謀や軍師としての能力を期待されることも含まれるからだ。

クラス四十人で一つの中隊を作り、五年生全体、五個中隊で一個大隊を作る。そして、実技の講師――特任講師というそうだ――が大隊長となり、軍事教練 紛(まが) いの授業を行うのだ。

この講師だが、ジョシュア・メトカーフという名で、魔法で有名なサルトゥース王国の元宮廷魔術師だ。三十年以上前のことだが、魔族を相手に実戦経験もあるらしい。

年齢は七十歳くらいで、見た目が白髪の長髪、皺深い顔に鷲鼻、鋭い眼光であるため、学院生たちからは“老将軍”というあだ名が付けられている。

このメトカーフだが、“老将軍”というより“老害”と言いたくなる御仁だった。自分の意見に固執し、新しい理論はすべて悪と決め付けるような人物だからだ。

俺が初めてメトカーフの指導を受けたのは、五年生になってすぐの九月初め。まず、基本的な知識として、軍事理論を学ぶのだが、それがお粗末だった。

これについては彼が悪いわけではなく、この世界の軍事に関する理論が地球の中世に比べてもかなり遅れていることが原因だ。

この世界には軍の編成に合理的な系統だった理論がないのだ。

地球なら紀元前の西洋において、マケドニアのファランクス、ローマのレギオンと言った戦術を生かすための合理的な編成で戦闘が行われ、東洋でも孫子などの中国の兵法書では系統だった軍事理論が構築されていた。

だが、この世界には歩兵、騎兵、弓兵、魔術師をありあわせの数で組み合わせるだけで、明確な戦術理論がなく、戦術を最大限に生かすための軍の編成という考え方が無かったのだ。

一応、戦術の主役は騎士である騎兵であり、その騎兵の補助として歩兵がおり、遠距離攻撃による援護射撃を目的とする弓兵や魔術師がいるという考え方はある。

だが、それだけなのだ。

騎士団には小隊から始まり、中隊、大隊、連隊と言った編成はある。だが、歩兵や弓兵にはそう言ったものが無い。

これは歩兵や弓兵などはその国の職業軍人であることが少なく、徴兵された農民や猟師、又は傭兵たちで構成されることが多いためだ。一応、歩兵たちを指揮する指揮官はいるが、それは騎士であり、それは歩兵や弓兵専門の指揮官ではなかった。

歩兵の役割は野営地での歩哨や、輜重隊の警護などであり、騎士たちが輪番制で指揮官になる。弓兵は騎士たちの騎馬突撃の援護が目的であることから、適当に横隊を組ませて、合図があったら射撃を行うと言ったアバウトさで、総指揮官から直接命令を受けるだけのいい加減な指揮しか行われていない。

そして、魔術師部隊だが、基本的には宮廷魔術師だけで構成される。つまり、宮廷内での序列はあるものの、支配階級だけで編成されているのだ。

このため、宮廷魔術師は騎士と同じ権限が与えられることが多く、指揮官の命令を拒否することも可能だそうだ。

そして、メトカーフ“老将軍”の教える戦術なのだが、至って単純なものだ。

歩兵が防御陣を作り、その後ろから弓兵と魔術師が遠距離攻撃を加え、最後に騎兵による騎馬突撃で勝敗を決するというもので、戦術と呼べるレベルのものではない。

この“戦術”は平原での戦闘を想定しているが、実際の戦場は森や山など様々な地形で行われる。だが、それに対する理論はない。

老将軍の教える“戦法”では、指揮官の能力が最も大きなファクターだと言う。そして、その指揮官の能力を支えるのは、経験しかないそうだ。

その指揮官に助言するのが、宮廷魔術師たちなのだが、老将軍の教えは酷く偏っていた。彼の少ない“経験”がすべてだったのだ。

彼の経験はサルトゥースと連合王国を形成するラクス王国の森での戦闘経験のみで、しかも飛び道具を使わない鬼人族――アクィラ山脈の東にいる魔族の部族でオーガやオークを使役する部族――しか相手にしたことがない。それも味方より圧倒的に少数の敵としか戦っていないのだ。

そして、 性質(たち) が悪いことに、その“経験”を一般論であるかのように教えるのだ。

彼の魔術師が取る“戦術”の骨子はこうだ。

敵を引きつけられるだけ引きつけて、目の前にいる手近な敵に魔法を撃ち込む。後は騎士たちの攻撃の邪魔にならないように側面に出た敵を各個に攻撃するというものだ。

初めて聞いたとき、俺は冗談を言っているのだと勘違いしたほどだ。

俺は冗談に付き合うつもりで、「鬼人族以外の敵にも同じでいいのでしょうか」と尋ねてみた。すると、彼は真面目な顔で「その通りじゃ」と答えるだけで、それ以上答えようとしなかった。

更に「飛び道具を使ってきたらどうすればいいのでしょうか」と尋ねてみると、「オーガも、オークも、ゴブリンも飛び道具など使わぬ」と真面目に答えてくるのだ。

俺はその時、初めて彼が冗談を言っているのではないと気付いた。

(嘘だろう? 魔族には翼魔族というのがいて、闇属性魔法を使うはずだ。翼魔族が戦場に現れたという話はないそうだが、 翼魔(レッサーデーモン) や 小魔(インプ) は鬼人族とともに現れているんだ。そいつらは魔法を使う。それなのに……こんな講義を受けて“軍師様”かよ……酷いものだな……)

更に補給や情報収集の重要性などについては、一切言及せず、そのことを質問すると、

「それは宮廷魔術師の考えることではない。役人どもが考えればよいのだ」と答える始末だった。

俺はそれ以上聞く気もせず、彼の 講義(自慢話) を聞き流していた。

だが、思った以上にこの老将軍の講義に対する批判は少なかった。

ワーグマン議長の学院改革が浸透し、無能な教師は減っているのだが、なぜか老将軍は排除の対象にならなかった。

独自に調べてみると、軍単位――実際には数百人規模の大隊程度――の実戦経験がある魔術師は少なく、比較対象がいないことが原因だった。老将軍の前の講師も同じようなものだったそうで、誰も疑問に思っていない。

各国も優秀な宮廷魔術師を学院の講師に引き抜かれるのを嫌う。更には魔術師ギルドから派遣されている宮廷魔術師は能力的に戦場に立つことができず、結果として学院には従軍経験のある魔術師が少ない。

老将軍のことだが、彼はサルトゥースの宮廷魔術師としては能力的に大したことはなかったようだ。そして、年を取り体力的に衰えてからは、長命なエルフが多いサルトゥースで居場所を失ったため、学院の講師となったとのことだ。

実技、すなわち、軍事教練もどきの話に移るが、一組の首席である俺は、第一中隊の中隊長に任じられていた。

そうは言ってもやること自体大したことはなく、攻撃魔法の使い手を並べて、魔法を打つタイミングを伝えるだけだ。

最初の授業の時に、俺はちょっとした工夫を行った。

クラスを四つの分隊、属性とレベルを参考に十人で一個分隊とし、それを二つ組合せて一個小隊としたのだ。ちなみに各小隊の第一分隊は火、光、風属性を中心に集めた攻撃隊にし、第二分隊は水、木、土などの支援部隊とした。

そして、攻撃に参加させるのは各小隊の第一分隊のみで、第二分隊はやや後方で支援する隊形とした。

それが“老将軍”にはお気に召さなかったらしい。

「誰が勝手に隊形を変えてよいと言った! 全員が横一列に並ぶんじゃ!」

俺が「攻撃魔法が苦手な者もいます。それでは横に広がりすぎますが」と言うと、手に持った杖を振り回しながら、「儂の言うことが聞けんのか!」と聞く耳を持たない。

理由を問うと「儂はこの方法で勝ってきたのじゃ! ひよっこが生意気を言うでない!」と話にならなかった。

老将軍の言うとおりに横一列に並べるが、それも指揮命令系統どころか、属性すら関係なく席次順に並べ、更には中隊長一人ですべてを見るとのことだった。

俺は騎士と同じ権限を持つなら、指揮命令系統は絶対にあるはずだと思い、そのことを聞いてみた。

すると呆れる事実が判明したのだ。

魔術師部隊は隊としての定員が定められておらず、常に派遣される全員を一つの隊として運用するというのだ。つまり、五人派遣されようが、百人派遣されようが、魔術師部隊は一つの隊であり、適正な人数に分割されることはない。

これには脱力するほど呆れたが、念のために理由を聞くと、「宮廷魔術師には、騎士と同じ指揮権が付与されておる。部隊を分ける必要などないのじゃ」という答えだった。

(いや、それがおかしいんだよ……まあ、今はお遊びのような授業だし、これでも問題ない。だが、この先、この連中に助言された指揮官のもとで戦う兵士たちは不幸だな……だが、村の自警団以外、軍に関わる気が無い俺がどうこう言うのもお門違いのような気がするし……まあ、戦術論くらい暇があったら考えてみるか……)

俺はそう考え、彼の授業をどうサボろうか考え始めた。

そして、その方法はすぐに思い付いた。

俺はこの老将軍と同じような人物を知っていた。

前世で出会った取引先の会社の会長だった。

その会長は小さな町工場を自らの才覚で従業員二百名程度の企業に成長させた人物だ。だが、晩年には後継者である息子の方針に一々口を出し、経営を混乱させていた。

その会長は、元は優秀な技術者であり、経営者であったが、自分の成功体験に固執し、自分の理解できない新しい概念はすべて否定する。そして、自分が成功した昔の理屈で事を進めようとする。そんな人物だった。

俺はその当時、営業職でもなく、設備更新の設計を担当していただけで、その会長も技術者として尊敬に値する人だと思っていた。だが、打合せの際に、会長はいつも会議室に顔を出し、いくつかの注文を付けていく。それが的外れなものばかりだったのだ。プレゼンで見せた三次元CADの画像を否定されたのには閉口した。

俺としてはお客さんのところの最高責任者である会長の話を聞かざるを得ない。そこで、如才なく、まじめに聞く振りをしていたら妙に気に入られ、頻繁に呼び出されるようになった。

俺としても他の仕事もあり、非常に迷惑だったのだが、その会社の社長に「親父の相手を頼む」と頭を下げられ、心の中でため息をつきながら、昔話に付き合ったのだ。その時、老人の長話に付き合うスキルを手に入れた。

話を聞く振りをしながら、時折、相槌を打つ。何度も聞いている話なので、適当に「会長はこうお考えなのですね」と、さも理解しているようなコメントを付けながらだ。

これが意外とうまくいった。

そこの社長以下からは仕事が捗るとありがたがれ、うちの会社の営業からは受注が増えたと喜ばれた。唯一つ、俺の残業時間だけが増えていくことだけがデメリットだった。

このスキルを老将軍にも使ってみたのだ。

座学の時には、まじめにノートをとる振りをしながら、他の魔法や戦術の研究をし、時々、彼のしてほしい質問を挟んでやる。そして、判ったような顔をして、「先生のおっしゃることはこういうことでしょうか」と話をまとめてやるのだ。

単純なもので、それだけで老将軍の機嫌は良くなり、「さすがはラスペード先生の愛弟子じゃな」と俺を褒めてくる。

何度かそんなことを繰り返し、二十日ほど経ったところで、レポートを出しながら、こう切り出した。

「私とミス・ジェークスで先生のお考えをまとめてみました」

老将軍はレポートを見て、「さすがはミスター・ロックハートとミス・ジェークスじゃ」と満足げな表情で頷いた。俺はそこですぐさま本題を切り出す。

「私たちは先生から教えて頂いたことを、より深く理解するため、自習しようと思っております。先生には皆が立派に従軍できるよう、私たち以外の指導に力を入れて頂きたいと思っております。皆のことをよろしくお願いします」

さもクラスメートのことを考えているかのように老将軍を説得すると、彼は目を細めて頷く。

「うむ。君は友人思いなのだな……よろしい。今の君たちには、彼らと同じ内容では詰まらぬだろう。彼らが君たちに追いつくまで、自習を許可しよう」

俺は心の中でガッツポーズを決めるが、少しだけクラスメートに対し、後ろめたさも感じていた。

(他の連中は気にしていないんだろうが、役に立たない授業を受けさせられるのは悪い気がするな……)

更には自分が老将軍のようにならないか不安も感じていた。

(……俺も前世からの歳を考えれば六十近い。今のところ自分の意見に固執するようなことはないと思うが、この先はどうなのだろうか……体が若いと精神も若さを保てるのか……エルフを見ているとそんな気もするが、実際のところはどうなのだろうか……)

ちなみに提出したレポートは、老将軍の昔話に図書館で調べた似たような事例を付け加えただけのお粗末なものだった。

あまりにお粗末な内容であったため、真面目に魔術師の取り得る戦術を研究することにした。

テーマは、集団戦における魔法の効果的な使用方法に関する研究だ。

そのテーマを選んだ理由だが、老将軍の講義でたった一つだけ役に立ったことから思い付いた。それは現在の魔術師の戦術が非効率的だということが判ったことだ。

高位魔術師の放つ攻撃魔法は、矢よりも強力な遠距離攻撃手段であり、それと同等の遠距離攻撃手段は 攻城弓(バリスタ) などの攻城兵器しかない。攻城兵器は誰でも使えるというメリットはあるものの、機動力に欠けるため、攻城戦くらいにしか使えない。

そこで魔法による攻撃に価値が出てくるのだが、ラスペード教授クラスの高位魔術師にならないと一人の魔術師の力では、数百人単位の戦闘ではあまり役に立たない。

俺は魔法を“火力”と考えてみた。

火力の集中は戦術の基本だ。ならば、魔法も集中運用をすれば、一人の高位魔術師に匹敵する攻撃力を得ることができるのではないかと考えたのだ。

そこまで考えてから、魔術師の戦術だけを論じても仕方がないと思い始めた。

(魔術師部隊の戦術を考えても、全体としての運用が旧来通りならあまり意味はないな。少し興味もあるし、真面目に考えてみるか……)

そして、俺は戦術論を考え始めた。

だが、俺には前提となる戦場での経験も、知識もない。まずはこの世界の軍事情報を集め、それを検証しようと考えた。