軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十六話「蒸留酒狂想曲(スコッチ・カプリチオ):後篇」

父マサイアスは、カウム王国の王都アルスから戻ったガイをここドクトゥスに派遣した。俺に事の顛末を話し、この事態を収拾させる策を聞きに来たのだ。

その当時、俺も情報屋のサイ・ファーマンを通じて情報を収集しており、ラスモア村の状況に憂慮していた。ドワーフたちを焚き付けた俺にも責任の一端はあると考えていたからだ。

俺はこの事態を収拾するため、魔術師ギルドを動かすことにした。

元々、魔術師ギルドは学問の自由を認めない光神教に対して非好意的だ。そして、光神教が勢力を伸ばしていることに危機感を抱いているだろうと考えていた。

そこで今回の件を利用することにより、光神教の勢力を削ぐことができると、魔術師ギルド評議会議長、ピアーズ・ワーグマンに提案しに行ったのだ。

俺の提案は以下のようなものだった。

魔術師ギルドは鍛冶師ギルドの主張に全面的に賛同する。

そして、ルークス聖王国がロックハート家への告発が正当であることを自ら証明しない限り、魔術師ギルドは聖王国及び光神教関係者のドクトゥス市の通過を認めないと表明する。

各国の宮廷魔術師を通じて働きかけ、“ルークス聖王国”を非難する国際的な機運を高める。更に司教のような独善的な行いが是正されない場合は、各国から光神教関係者を退去させること、司教の行動について“聖王国の責任”で調査し、それを公にすることを表明するよう要請した。

非難する矛先を聖王国としたのは、世俗の行政府である聖王府と、光神教教団という権力の二重構造につけこむためだ。

聖王府の役人たちが教団に対し、どのような感情を抱いているかは判らないが、教団の暴走により国益を損なうことに対して、良い感情を持ってはいないだろう。教団と聖王府の力関係はサイから得た情報だけでは把握し切れなかったが、宗教国家の宿命として、対立していることは容易に想像できる。

つまり、聖王府を各国と教団との板ばさみにすることにより、より対立を先鋭化する狙いがあった。

今回の件では明らかに教団側の不手際であり、聖王府はこの機会に力関係を有利にしようと画策するはずだ。つまり、教団の力を削ごうと動くだろう。そうなれば、ロックハート家に対する圧力はなくなり、今後も教団からの干渉を防ぐことができると考えたのだ。

俺の提案に対し、ワーグマン議長は無表情な顔で俺を見つめた後、「それを行う我々への見返りは何かね」と見返りを要求してきた。

俺は笑顔を作りながら、「見返りですか……」と呟いた後、「そもそも都市国家連合の一員であるドクトゥス市は、聖王国を非難しているはずです」と真顔で主張した。

俺の模範的な回答にワーグマンは小さく首を振った。

「我々魔術師ギルドとドクトゥス市は、必ずしも一体ではないのだよ。確かにドクトゥス市政府は都市国家連合の一員だが、魔術師ギルドは各国の利害には関与しない。つまり中立の組織なわけだ。そうでなくては、愛国心の強い宮廷魔術師たちがギルドを離れてしまうからね。だから、明確な見返りというか、利益が必要なのだよ」

ワーグマンも正論を吐いてきた。

俺は内心やれやれと思いながらも、表情を引き締め、説明を始める。

「鍛冶師ギルドとの友好関係の構築、学問に対し不当な介入を行う光神教への圧力、各国を悩ませつつある光神教の拡大を防ぐことにより各国に恩を売る。十分なメリットはあります」

そして、最後にワーグマンの目を見ながら、「それでもこれ以上の見返りが必要ですか?」と感情を抑えた声音で確認した。

「それでは弱いと思わないかね? 我々も慈善団体ではないのだよ。“組織”としてのメリットがない案件に介入するのだ。明確な、そう、誰が見ても明確なメリットがなければ、組織としての意思決定は難しいのだ」

ワーグマンはそう言って肩をすくめる。

(すでに政敵を葬り去って、ほぼ独裁的な決定ができるはずなんだが、どうやら、俺と遊びたいようだな。いいだろう……)

俺は「なるほど」と頷いた後、ニヤリと笑いながら話し始めた。

「魔術師ギルドは、いえ、魔術師ギルドの評議会議長“ピアーズ・ワーグマン氏”は利益を求めて、光神教の暴走を容認した。自己の利益を求めるだけの、そう、光神教の狂信者と同じ、“酒”を政治の道具にする者であると宣言するわけですね。そのように鍛冶師ギルドに、“ドワーフたち”に、そう報告してもよいと……これでもロックハートの名を持つものです。鍛冶師ギルドに 伝手(つて) などいくらでも……」

最後まで言う前に、ワーグマンは手を上げて、俺の言葉を遮り、「降参だよ。やはり君には敵わないな」と苦笑した。

「この機に君を取り込もうと思ったのだが……この私を相手にしても平然と脅してくる。それも私個人の名を出してだ。それがどのような効果を持っているのか知った上で……それにしても光神教も愚かなことだ。君のいるロックハート家に喧嘩を売ったのだからね」

俺は魔術師ギルドが協力しないはずはないと考えていた。だが、ワーグマンが個人的に何か言ってくるだろうとも思っていた。もちろん本気ではないと思っていたが、念のため、その対策を考えておいたのだ。

俺としては魔術師ギルドが協力さえしてくれれば、ワーグマン個人が協力しなくても良い。そのことを露骨に示唆してやれば、切れ者の彼がその危険性に気付かないはずはない。言い方としては示唆というより、半ば脅迫だったが、言った本人である俺も本気で彼を脅すつもりはなかった。もちろん、彼もそのことに気付いている。

俺は彼ならこう考えるだろうと推察した。

もし、ここでワーグマンが俺に協力しないという選択肢を取れば、俺が別の議員に話を持っていくと彼は考えるはずだ。俺はワーグマン個人の力を借りたいわけではなく、あくまで魔術師ギルドの力を借りたいだけだから、十分にありえる話だ。

そして、その議員に対し、俺が議長は光神教と通じ、ギルドの利益を損なっていると伝える。そうなれば、彼のギルド内での評価は確実に下がるだろう。

実際、ギルドの実利の面からも鍛冶師ギルドとの関係が悪化することは、政治的には大きな損失だ。議長自らがギルドの利益を損なったとなれば、ワーグマンの政治的な手腕に疑問を感じる者が出てくるはずだ。

現在、明確な政敵がいない彼にとって、即座に権力基盤を揺るがすことはないが、この話を利用しようとする者が出てくれば、彼の政治的基盤が揺らぐ可能性は否定できない。

もちろん、そんなことをすれば、この街一番の権力者に喧嘩を売ることになるから、俺はドクトゥスにいられなくなる。つまり、俺にとっても諸刃の刃の策だ。

だが、俺自身が常々言っているように、この街にいる必要はないし、魔術師ギルドに入るつもりもない。だから、俺にとってのデメリットはかなり小さい。実家を守ることに比べれば、街を捨てることなど全く恐れる必要はないのだ。

議長もそのことは理解しているから、俺がどこまで本気か計りかねたのだろう。だから、見返りを要求する話を即座に取り下げたのだ。

ワーグマンがこれ以上協力を拒むようなら、他の議員に議長が非協力的だと伝えるだけでなく、“鍛冶師ギルドにワーグマン議長は酒呑みの敵だと伝える”とストレートに脅すつもりだった。

彼ならその言葉がいかに恐ろしいことか理解できるはずだから。

俺は内心の思いを隠し、「閣下なら“必ず”判っていただけると思っていましたよ」と言って笑顔を作る。

そして、真剣な表情を作り、

「確かに光神教は愚かです。ですが、愚か者が必ずしも痛い目を見るとは限りません。私としては万全を期したいのです」

ワーグマンは俺の言葉に頷く。

俺は更に話を続けていった。

「私の名、ザカライアス・ロックハートの名で、光神教に与する国には今後売り出されるであろう長期熟成酒、“ザックコレクション”の販売を一切行わないと、各国に伝えて下さい」

ワーグマンはその意味が判らず、「それはどういう効果があるのかね」と僅かに首を傾げながら尋ねてきた。

俺はにやりと笑うだけで明確な理由は語らず、「ドワーフに聞いていただければ判ります」とはぐらかす。

翌日、魔術師ギルドは直ちに俺の要請に従ってくれた。

更にギルドからの連絡が届いた各国も、魔術師ギルドと同じ声明を次々と出していった。

サイの集めた情報では、当初、ザックコレクションという言葉の意味が判らず、各国とも困惑したようだ。念のため、ドワーフの鍛冶師に確認したところ、物凄い剣幕でこうまくし立てられたそうだ。

「すぐに魔術師ギルドの言うとおりにしろ! 拒むようなら ドワーフ(俺たち) はアルスに帰る!」

別のドワーフの鍛冶師にも確認したが、皆口々に同じことを言い、各国政府は非常に慌てたそうだ。ドワーフの鍛冶師たちが引き揚げると言うことは、自国がルークス聖王国と同じ状況に陥るということ、すなわち、国防の要である武器の供給が滞ることになるからだ。

俺は今回自らの名で動くことを決めた。

今回の騒動の原因は直接的には光神教にある。だが、遠因と言うか、間接的な原因は俺にあると考えていた。

俺の考えた蒸留責任者スコットを守る方法、すなわち、ドワーフたちを動かすという方法が、今回の騒動の発端になったことは間違いない。

だから、俺はけじめのつもりで自分の名を出したのだ。

既に俺の名はある程度広まっている。ティリア魔術学院の首席であり、学生の身でありながら、高名な研究者であるラスペード教授の助手をしていることから、目端の利くものは皆、俺の名を知っている。そこに今回の話が加われば、俺に対する権力者たちの興味はより強くなるはずだ。

自分の、そして仲間たちの安全を考えれば、自分の名を出したくはなかった。だが、それ以上に実家や鍛冶師ギルドに迷惑を掛けたことへのけじめが必要だと思ったのだ。

カウム王国はもとより、ラクス王国、サルトゥース王国を始め、主だった国が光神教を非難する声明を出した。そのため、ルークス聖王国と光神教教団総本部は 件(くだん) の司教を召還した。更に事態の収拾を図るべく、様々な手を打ってきた。

まず、直接的な原因を作った司教については厳正なる裁判を行うと宣言し、実際に公開での裁判が行われた。司教は自らの信念でロックハート家が魔族に通じている神敵であるという主張を展開した。だが、証拠の類いは一切なく、挙句には 光の神(ルキドゥス) から神託を賜ったと言いはじめた。

これには彼を擁護していた教団総本部にいる総大司教派ですら呆れ、彼を擁護する声は次第に消えていった。そして、アルスの大司教の命に従わず、教団の秩序を乱したこと、証拠もなく自らの主観のみで神敵認定を行ったこと、教団の名を無断で使用したことなどの罪により、背教者として一切の地位を剥奪され、教団から放逐された。

彼の縁戚であった総大司教は、一族の者が神の名を汚したとして、自ら引退を表明した。これには反総大司教派である枢機卿、ベルナルディーノ・ロルフォの暗躍があったとされる。

ロルフォ枢機卿は時の総大司教を脅し、自らその後釜に座ったようだ。この辺りは情報が少なすぎて正確さを欠くが、サイの集めた情報とワーグマン議長を通じて得た情報を総合的に判断すると、そう考えるのが最も可能性が高い推論だ。

光神教については、それだけでは終わらなかった。

カウム王国は今回の光神教の対応に対して、不満を表明した。国内で暴動まで発生した騒動の発端が、一司教の馬鹿げた作り話であったこと、その司教に対し厳正なる処分を与えなかったことについて、光神教に正式に抗議した。

光神教カウム本部では、責任者である大司教が「総大司教猊下の退任、背教者の認定は我が教団では今までにはありえぬほど厳しい処分だ」と説明するが、王国側はその主張を一蹴した。

「司教も背教者となったとはいえ、遊んで暮らせるほどの財産を持っておるそうではないか。我が国では無辜の民が暴動に巻き込まれ、死亡しておる。それに対し、教団は全く誠意を見せる気がない。その証拠に見舞金の類を一 e(エーレ) (=十円)も出さないではないか。 遍(あまね) く世を照らすとは教団の宝物庫の中を金銀で照らすことを指すのか」

カウム王国側は納得できる処分を行うよう大司教に命じた。

大司教は教団総本部にそれを伝えるが、総本部の動きは鈍かった。ちょうど総大司教の選抜時期と重なり、意思決定をすべき人物が不在だったこともあるが、教団の上層部は既にこれ以上ないほどの罰を与えており、追加の処分は不要と軽く考えていたのだ。

結局、半年経ってもカウム王国の望む追加処分は行われなかった。更に独自に調査を行ったところ、その司教は美女を侍らしながらルークス国内を巡っているという情報を入手したのだ。

実際には旅行などではなく、実家を始め、司教を受け入れるところはどこにもなく、仕方なく各地を転々としていただけだった。更に美女云々という話も、妻に三行半を突きつけられた彼が、生活能力の無い自分の世話をさせるため、奴隷市場で手に入れた女奴隷のことだった。

だが、司教が遊んで暮らしているという情報が王都アルスに流れると、一気に反・光神教の声が上がった。

カウム王国政府もその声を無視しえず、更には鍛冶師ギルドからも抗議の声が上がったため、強硬な手段に出た。

政府はカウム国内での光神教の活動を禁じ、関係者の国外追放を命じたのだ。その決定がなされるまで、光神教関係者はそこまでの危機感は持っていなかった。

光神教教団は“光の神殿”を管理しているため、光神教関係者を追放すれば、神殿の機能が維持できなくなるからだ。

それに対し、カウム王国は周到に準備を行っていたようだ。

元々、教団のあり方に疑問を持っていた聖職者は多かった。特に地方にいる聖職者は、本来の教えに忠実な清貧で誠実な者が多く、王国政府は光の神殿の管理をその聖職者たちに密かに打診していたのだ。

アルスの大司教は退去の期限ギリギリまでそのことに気付かず、最後にはカウム側が折れると信じていたようだ。

そのため、カウム王国の騎士たちが教団の建物を接収に来た当初は、態度に余裕が見られたと言う。

「われらを追い出して、光の神殿は成り立たぬが、貴国はいかがなされるおつもりか」

大司教の問いに対し、騎士の一人が黙って従士に合図を送った。そして、騎士たちの後ろから地方の司教たちが姿を見せる。

その姿に大司教は驚き、感情を露わにしながら司教たちを非難し始めた。

「貴様らは教団を裏切ったのか! 神の、 光の神(ルキドゥス) の神罰が下るぞ!」

年嵩の司教がそれに静かに答えた。

「教団は過ちを犯しております。このままでは神への信仰そのものが失われてしまいます。そのことはあなたもお分かりでしょう」

「神のご意思を世に広めるのが我が教団の使命。その使命の前に多少の行き過ぎがあるかもしれん。だが、それは大義の前の小事。そのくらい判っておろう」

その厚顔な物言いにカウムの騎士たちは憮然とするが、司教は静かに反論していく。

「此度のことは小事とは言えませぬ。神の言葉を偽ったのです。その重大さがお分かりになりませぬか」

大司教がなおも言い募ろうとするが、騎士がこれ以上の議論は無用とばかりに、「我が国より早急に退去して頂こう」と宣言する。そして、部下たちに大司教たちを追い出すよう命じた。

なおも喚き続ける大司教に対し「約束の期限を過ぎておる。この先、我が国の街や村に滞在することは認められん。もちろん、宿泊などもってのほかだ」と突き放した。

大司教は更に喚いていたが、従士たちの手によって粗末な荷馬車に放り込まれ、そのままアルスの街から追い出された。

そして、その大司教はカウム王国内では一度も宿に泊まることはなかった。更に街道沿いにいる元信者たちに一夜の宿を求めたが、彼らは問題になった司教の態度に愛想を尽かしていたため、誰一人家に招くことはなかった。大司教は部下である司教たちと共に、街の外で野宿をして過ごしたという。

こうして、カウム王国から光神教は完全に排除された。

当初、心配された信者たちの動揺だが、光の神殿として再出発した“神官”たちが精力的に活動したことにより、極一部の狂信者が騒ぎを起こしただけでほとんど問題は起きなかった。大司教に対する態度を見れば判るように、信者たちも光神教幹部の腐敗を知り、教団に従う気を完全に無くしていたのだ。

ちなみに鍛冶師ギルドは光神教の排除に全く興味を示さなかった。

彼らは政治的には完全に中立であった。彼らは良い意味でも悪い意味でも“職人集団”であり、自分たちが満足できる仕事があり、それに対する正当な評価さえ得られれば問題なかったのだ。もちろん、満足できる酒が飲めるという条件は付くが。

今回、そのことを各国の政府は思い知った。

ドワーフたちには“酒を与え続け”なければならない。間違っても“酒を奪って”はならないと。

そして、ロックハート家についてだが、今回の事件のおかげで各国からの引き抜きの話はかなり穏やかなものになった。

条件は以前より上がり、カウム王国などは伯爵位を提示してきたそうだが、強引に話を進めるような人物が派遣されることはなくなった。こうして、祖父が嫌う地位や権力を笠にきるような人物が来ることはなく、ラスモア村に平和な日々が訪れるようになった。

俺の得た情報によると、ロックハート家に対する各国の認識は、鍛冶師ギルドの庇護下にある一種の“独立国”であり、その独立を脅かすことはドワーフの鍛冶師たちを敵に回すことになるというものだった。

今回の件で思い知らされたことがある。

蒸留酒は重要な“戦略物資”であるということだ。

現状では蒸留酒が作れるのはロックハート家だけだ。そのロックハート家だけがドワーフたちを制御できる術を持っている。逆に言えば、ロックハート家が野心を抱けば、大げさだが、世界の勢力地図が変わる可能性がある。

蒸留酒の禁輸措置を仄めかすだけで、大国といえども田舎の成り上がり騎士に膝を屈しなければならない可能性があるのだ。

俺は今の状況に危惧を抱いていた。

早急に蒸留技術を広めなければ、ロックハート家は危うい。大きな戦争が起きれば、鍛冶師たちの価値は一気に上がる。

今のところ、明確な戦争状態と言えるのは、ルークス聖王国とカエルム帝国の間だけで、国境紛争が起きていたラクス王国とカエルム帝国の間は、ここ数年戦闘は起きていない。

だが、戦争が勃発すれば、ドワーフたちを動かすことができるロックハート家は非常に重要な意味を持つ。引き込むだけで、敵の継戦能力を一気に引き下げることができるのだ。強引な手段をもって引き抜きに掛かるか、逆にロックハート家を攻撃し、敵国の仕業と見せ掛けるなどの謀略の標的となる可能性すらある。

(今のうちに蒸留技術を広めたほうが良いだろうな。これにも手を打つべきか……)

四年生の終わりの夏休みに、俺はドワーフの鍛冶師、ベルトラムにある頼みをした。

それは鍛冶師ギルドを通じて、蒸留技術の技術者を募集するというものだ。

狙いは二つ。

一つはロックハート家が蒸留技術を独占するつもりがないことを、広く世に知らしめること。

もう一つは鍛冶師ギルドが自ら蒸留技術を管理しようとしていると、世間に認識させることだ。

今でもスコットの蒸留所には数人の見習いがいるが、国や商会から送り込まれた者らしく、元々は醸造職人だった者が多い。だが、彼らは元職人であり、俺の出した条件、“下積みを三年以上続ける”ことが我慢できないらしい。

蒸留の元になる酒の醸造は、普通のワインやビールとそれほど変わらない。学びに来ている者にはベテランの職人が多く、当然知識も経験もある。判りきった仕事であり、素直に三年間の下積みができないのだ。

大体、一年くらいで蒸留所を去っていく。そのため、ロックハート家は蒸留技術を教える気がないという噂が立ち始めていた。

下積みの期間を短くしてはどうかという提案がスコットや父から出されたことがあるが、俺は頑として首を縦に振らなかった。

蒸留酒にとって、長期間に渡る樽の管理や、蒸留に適した酒を醸造することの方が、蒸留技術そのものより重要だと思っている。

もちろん、このことは皆にも説明している。ただ、実際にどうして必要なのかを説明できない。俺自身、酒造りの経験はなく、聞きかじった中途半端な知識で蒸留酒作りを始めたからだ。だが、三年程度の下積みが我慢できないような職人はいらない。酒に対する情熱がない職人には、絶対にうまい酒が造れないからだ。

だから、鍛冶師ギルドを通じて募集しようと考えた。

ドワーフたちなら、生半可な覚悟の者を“愛する酒”の製造に関わらせるはずはない。彼らの眼鏡に叶う者なら、必ず俺の出した条件をクリアできる。

そして、先月、鍛冶師ギルドのすべての支部で、蒸留酒職人の募集が公表された。来年の夏休みには、何人かのやる気のある職人と出会えるだろう。

ロックハート家に関してはこれで問題ないと思うが、もう一つ懸念があった。

ザックコレクションのことだ。

“ザックコレクション”という謎の固有名詞が全世界に広まった。長期熟成酒と銘打っているが、その本当の意味を知る者はこの世界に俺だけしかいない。ベルトラムが俺の話からある程度想像はしているだろうが、彼もまだそれを飲んだことはなく、本当のところは判っていない。

つまり、ザックコレクションなる物がどのような物か、憶測を呼ぶということだ。少なくとも話を聞いただけでもドワーフたちが目の色を変えるほどの名酒であり、その価値は計り知れないということだけは認識されたはずだ。

こうなると、ザックコレクションを狙った盗賊が現れてもおかしくはない。さすがにこれだけの騒動が起これば、普通の感覚の持ち主ならドワーフたちに売れるとは思わないだろう。だが、計り知れない価値というものは往々にして過大評価されるものだ。

つまり、財宝を狙うように、盗賊たちがラスモア村を狙ってくる可能性がある。このことを俺は心配している。

一応、祖父にはそのことを伝えているが、祖父は自警団の訓練にちょうど良いと笑っているような人物だ。俺としては酒のことはどうでもいいが、村人に被害が出ることはなんとしても避けたいと思っている。

今のところ、ザックコレクションの初出荷は来年の秋頃、俺が卒業し村に帰ってからの予定だ。十年物を少量出すつもりでいる。

その時に ドワーフ(酒呑み) たちがどう反応するのか。

今からそれが恐ろしい。