軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十五話「蒸留酒狂想曲(スコッチ・カプリチオ):前篇」

情報屋であるサイ・ファーマンから得た情報などから、俺はラスモア村の蒸留技術に対する過熱ぶりを確認していた。そして、その状況が楽観できないと、苦々しく思っていた。

鍛冶師ギルドの声明発表後、蒸留責任者であるスコットに対する露骨な引抜きはなくなった。だが、その分、ロックハート家ごと自国に組み込もうとする動きが活発化していた。

その中でも最も面倒な国がルークス聖王国だった。

彼の国は蒸留酒の“本当の価値”には全く目を向けず、ただ単に扱い辛いドワーフの鍛冶師たちをコントロールする“手段”として、 俺(・) のスコッチを利用しようとした。

サイから得た情報では、ルークス聖王国の行政機関である聖王府では、世俗の官僚たちが自国の技術力を上げようと、以前より鍛冶師ギルドに積極的に働きかけていたそうだ。彼らは優秀なドワーフの鍛冶師を多数招き入れたいと考えていたが、決め手に欠いていた。

それどころか、彼の国では人間至上主義が信条の光神教が幅を利かせており、亜人であるドワーフたちは聖王国に居辛いと感じており、去ろうとする者の方が多かった。

その状況を打破するため、ドワーフたちが情熱のすべて、いや、命すら掛けるほどの決意を表明した蒸留酒、スコッチの製造技術を手に入れ、酒によって彼らをコントロールしようと考えた。

父から聞いた話でも、そのことは確認できている。カウム王国の王都、アルスにある光神教カウム本部から派遣された司教自らが、そのことを得意げに語っていたのだ。

その司教なのだが、領主である父に対し、蒸留技術の製造・販売権を“要求”したそうだ。

その時、我が家に提示された条件は以下のようなものだった。

蒸留所はラスモア村からルークス国内に移転する。移転費用は聖王国が“負担してもよい”。

利益に関しては売り上げの五割がロックハート家、残り五割が聖王国とするが、販売先は聖王国が指定する。

“ありがたい”ことに、一介の世俗騎士であるロックハート家を“栄えある”聖騎士として取り立ててくれる。

そして、最も重要な“特典”は、“総大司教と聖王に謁見が叶う”ということだった。

最後の謁見の条件について、その司教は「総大司教猊下のご尊顔を拝する栄誉を与えられるのだ。ありがたく受けるように」と尊大な態度で父に言い放ったそうだ。

父は腹を立てるのを忘れ、呆れて物が言えなくなったほどだと語っていた。父は話にならないとすぐに司教を追い返そうとしたそうだが、その司教はその後、一月に渡り村に居座り続け、更には呼ばれもしないのに毎日屋敷に現れ、父とニコラスを悩ませ続けた。

それだけではなく、布教の許可など出していないのに、随行の司祭や助祭たちが勝手に布教活動を始める始末だった。更には光の神殿、彼らの言う教会を建てようとまでしたそうだ。

普段は意識することはほとんどないが、ラスモア村はルークス聖王国と戦争状態が続くカエルム帝国の一部でもある。その敵国内で布教を行う厚顔さに、さすがの父も激怒し、司教たちを村から追い出した。

それでことが収まればよかったのだが、狂信者集団である光神教にそんな常識は通用しなかった。

派遣された司教は父の振る舞いに激怒し、近隣の町や村から信者たちをかき集めて村への唯一の道を封鎖した。更にはアルス街道の町や村で、我が家に関するデマを撒き散らした。

その話を聞いたとき、俺はバブルの頃の地上げ屋を思い出したほどだ。少なくとも聖職者の行いではないことは確かだ。

信者たちを物理的に排除することは、ラスモア村の自警団にとっては容易なことだ。だが、父は彼らが司教の命令に嫌々従っていると感じ、彼らを傷つけることを躊躇った。

父は説得により、信者たちを村に返そうとしたが、彼らはロックハート家に遠慮しながらも狂信者に言われるまま、道を封鎖し続けた。

父は強硬手段に出ようか、何度か迷ったそうだ。しかし、光神教は九年前の魔族の侵攻を機に、カウム王国内で勢力を伸ばしつつあり、侮れない力を持っていた。そのことを思い出し、下手な手段では大規模な戦闘が勃発しないとも限らないと考え直したそうだ。

対応に苦慮した父は、ニコラスとガイにアルスにある光神教カウム本部に直訴するよう指示を出した。二人は村からの道を通らず、森の中を抜けてアルス街道に出ると、アルスに急行した。アルスに到着したニコラスらは、カウム王国内の光神教責任者である大司教に面会を申し込むが、十日以上待たされた挙句、一介の司祭にしか面会できなかった。

ニコラスは光神教との直接交渉を諦め、悩んだ挙句、鍛冶師ギルドに話を持ち込んだ。その頃、村の唯一の道を封鎖され、半月以上もスコッチの供給が途絶えており、ラスモア村から来たニコラスは、イライラとしたドワーフたちに取り囲まれたそうだ。

さすがに歴戦の彼はそれに怯まず、ドワーフたちにことの経緯を説明していった。

ニコラスから話を聞いたドワーフたちは、光神教の行いに激怒した。

激怒という言葉では生易しいと感じるほどの怒りだったそうで、ニコラスは彼らの殺気に命の危険を感じ、本能的に剣を抜きそうになったと後に語ってくれた。

怒り狂い、暴徒と化す寸前のドワーフ集団は、そのまま光神教カウム本部に向かった。その様子を同行したガイがこう証言している。

「私は若い頃、まだ先代様にお仕えする前のことですが、牛の魔物、 大角牛(グレートホーン) たちの暴走に遭遇したことがあります。ですが、百頭を超える怒り狂った魔物の暴走を前にしたときより、今回のドワーフたちの方が恐ろしいと感じました。先代様にお仕えするようになってから、足が震えそうになるほどの恐怖を感じたのは初めてでした。村を襲ったオークの群れとの死闘の時には感じなかった恐怖でしたね……」

大角牛は体長四m、体高二mを超える巨大なバッファローのような魔物で、幅二mほどの巨大な角を持っている。大角牛は普段はおとなしい魔物だが、怒りに我を忘れて暴走すると、竜種である地竜ですら彼らの通り道を避けるという。その魔物以上の恐怖を歴戦のガイが感じたという。

光神教の建物に到着したドワーフたちは、受付にいた若い助祭に対し、大司教への面会を要求した。その助祭は勇気を振り絞り、約束のない面会は無理だと伝えようとした。だが、歴戦のガイが恐怖するほどの殺気を漲らせたドワーフたちに対し、若い助祭は目を見開いたまま動きを止めてしまった。

ドワーフたちは動かなくなった助祭には目もくれず、そのまま建物の中に突入していった。ガイが確認したところ、その助祭は恐怖のあまり立ったまま失神していたそうだ。

ドワーフたちは、偶然廊下ですれ違った不幸な光神教関係者を捕まえ、大司教の部屋を聞きだした。そして、大司教室の前に到着すると、そのまま 入室(突撃) しようとした。

秘書らしい司教が勇気を振り絞り、ドワーフたちの前に立ちはだかるが、“扉ごと吹き飛ばされたいのか”と殺気の篭った声で言われ、大司教室の扉の前をあっさりと明け渡してしまう。

大司教室の扉が開かれると、その豪奢な部屋はたちまちドワーフたちで溢れ返った。ニコラスの証言では、その時点で少なくとも百人のドワーフがいたそうだ。

大司教は驚きのあまり椅子から滑り落ちるという醜態を見せたが、さすがに一国の権力の中枢にいるだけのことはあり、すぐに我に返った。大司教はドワーフたちの暴挙に対し、強い口調で抗議を行った。

ここからはニコラスとガイの証言から、大司教とドワーフたちの会話を再現する。

「神の家たるこの聖なる教会に対し、何故このような暴挙を行うのか!」

大司教は勇気を振り絞り、ドワーフたちを一喝した。ニコラスはその時だけは、その大司教を見直したそうだ。

それに対し、いつの間にか最前列にいた鍛冶師ギルドの長、ウルリッヒ・ドレクスラーが凄みを利かせた言葉を返した。

「儂らは警告したはずだ。“我々は酒に関しては妥協しない”と。そっちの司教がラスモア村に何をしているのか知っているのか。知った上で儂らの前に立つ覚悟があるんだな」

不当な行いを糾弾する勇気を見せた大司教だったが、初めて聞かされる事実と、ウルリッヒの迫力に顔面が蒼白になっていく。彼は言葉を発することなく、ただ大きく首を横に振ることしかできなかった。

何とか落ち着きを取り戻したのか、再び勇気を振り絞って反論したそうだ。

「な、何を言っているのかね。我らは神の使徒。誠意を持った交渉しか行うはずはない。誰かの陰謀ではないのか」

そこでウルリッヒはニコラスに合図を送る。このとき、ニコラスはウルリッヒに戦場で指揮を執る祖父の姿を見たそうだ。それほどの威厳を感じたという。

ニコラスはラスモア村の現状を大司教に訴えた。大司教はようやく状況を把握したのか、直ちにラスモア村に派遣した司教を召還すると約束した。

ウルリッヒは「早急に対処してもらおう。今回の件はそれ相応の落とし前をつけて貰うぞ」と言い、更に去り際に「二度はない。次はルークスにいるギルドの鍛冶師を全員引き揚げさせる。判ったな」と静かに付け加えた。

その言葉に大司教は頷くことしかできなかった。その後、ドワーフたちはニコラスたちを歓待し、一応の決着は付いたかに見えた。

だが、この後、事態は更に深刻になっていった。

ここからは情報屋のサイが集めた情報をもとに、俺の分析を加えているため、一部に正確さを欠くかもしれない。

大司教により呼び戻された司教は名家の生まれで、最高権力者である総大司教の縁者であったことから、事態が拗れていった。

司教は大司教からの叱責を受け、肥大化したプライドを大きく傷付けられた。彼は赴任当初から、大司教のことを権力闘争に敗れた敗残者として見下しており、その大司教からの叱責に腹を立てる。

彼は自らの行動の正当性を上司である大司教の頭越しに、聖都パクスルーメンの総本部に訴えた。更にドワーフたちの蒸留酒に対する思い入れを利用することを提案した。

司教の考えは、ドワーフたちを酒を使ってコントロールするというところまでは、聖王国の官僚たちが考えたものと同じだった。だが、最も違う点は、ロックハート家のような田舎の騎士など、教団の力を使って脅せば、簡単に蒸留技術を取り上げることができるとしている点だ。そして、そのために自分に交渉に関する全権を与えろというものだった。

聖都の教団総本部では、鍛冶師ギルドからの脅迫にも似た声明文を既に受け取っていた。更にアルスの大司教からの悲鳴染みた報告書が届いたことから、司教の提案を一蹴しようとしていた。だが、司教は総本部が自分の提案を受け入れないはずはないと勝手に思い込み、総本部からの指示を待つことなく暴走する。

彼は許可なく教団名を使い、ロックハート家が 闇の神(ノクティス) の信徒であり、魔族と通じていると告発した。その根拠として、辺境のラスモア村が城壁も持たず、大規模な軍もないのに、平和に暮らしていることを挙げた。この告発に対し、近隣の町や村は大きく反発する。彼らの安全を守っているのはロックハート家であり、それを不当に告発した光神教に対し、すぐに排斥運動が始まった。更に信者だった者たちも、その司教の告発に次々と教団を見限っていく。

ラスモア村から聖都パクスルーメンまでは早馬を使っても一ヶ月近く掛かる。司教の暴走を知った教団総本部は驚愕するとともに、独善的な司教に対して怒りを爆発させた。だが、その時には事態は急速に進展しており、司教の処分どころの騒ぎではなくなっていたらしい。

ロックハート家への告発を聞いたアルスのドワーフたちは、直ちに鍛冶師ギルドの緊急総会を開催した。そして、鍛冶師ギルドに所属するすべての鍛冶師に対し、ルークス聖王国からの引き上げと、聖王国との取引の全面停止を満場一致で採択した。

聖王国にも国の工房に所属する鍛冶師は存在するし、愛国心のある鍛冶師も存在した。だが、そのほとんどは人間の鍛冶師であり、優秀なドワーフの鍛冶師はギルドに所属する職人気質の者たちだ。

その優秀な鍛冶師たちが一斉に聖王国内から退去を始めた。慌てた聖王府と教団総本部はドワーフたちの移動を禁止するが、それが却ってドワーフたちの怒りを買った。目敏い商人の何人かが、鍛冶師ギルドに恩を売る目的で、ドワーフたちの国外脱出を助けた。脱出したドワーフたちは商業都市アウレラで、聖王国の横暴を訴え始める。

商業ギルドは、ルークス聖王国と鍛冶師ギルドを天秤にかけ、鍛冶師ギルドを選んだ。そして、聖王国と光神教教団に対し、今回の行いに対し非難する声明を発表する。アウレラ市を中心にする都市国家連合もそれに同調した。

カウム王国の王都アルスでは、更に混乱が生じていた。

勢力を伸ばしつつあった光神教と、心情的にドワーフたちに近い勢力が衝突し、多数の死傷者を出す事件が発生した。

事態を憂慮したカウム王国政府は、今回の発端であるロックハート家への告発に対し、明確な証拠を提示するよう光神教カウム本部に命じる。カウム本部を預かる大司教は告発自体が司教の暴走であると確信していたが、司教は自信満々に教団総本部からの指示であると語り、アルスに戻ってこない。大司教は彼の暴走を止めることができなかった。

渦中のロックハート家も困惑していた。

元々、国内の権力争いに辟易とし、辺境で平和に暮らすため、ラスモア村に移り住んだのだ。祖父にしても、父にしても誠実であり、民のことを一番に考える、政治家としては立派な人物ではあったが、複雑な国際政治に対応できる能力はなかった。

そこで俺が関わることになったのだ。