軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十二話「帰郷」

トリア暦三〇一三年、七月九日。

朝から降り注ぐような陽の光が 眩(まぶ) しいが、まだ、朝の爽やかな空気が残っており、それほど暑さは感じていない。

ここキルナレックの街から、故郷ラスモア村までは二十五km。

アルス街道――ペリクリトルとカウム王国の王都アルスを結ぶ南北の主要街道――を約二十km南下し、そこからラスモア村行きの脇道に入る。

キルナレックを出発すると、街道はすぐに森に入っていく。

森の中では夏の朝の日差しが差し込み、木々の葉を透かして緑色の木漏れ日が顔に当たる。

この辺りに来ると妙に懐かしい気持ちになるのは、植生が村に近いからだろうか。そんなことを考えながら、馬を操っていく。

リディも鼻歌交じりに馬を歩かせ、緊張感の欠片もない。

シャロンも俺と同じ思いをしているのか、時々周りを見回しながら、故郷に思いを馳せているようだ。

そんな中、ベアトリスだけが緊張した面持ちで周囲を警戒しており、緊張感のない俺たちに噛み付いてきた。

「危険なカルシュ峠は過ぎたとはいえ、まだ、森の中にいるんだ。もう少し気を張ったらどうだい!」

俺は「ああ、そうだな」と答えるが、リディは意地悪そうな笑みを浮かべて、ベアトリスをからかう。

「謝らなくてもいいわよ。この辺りはゴーヴィ――祖父ゴーヴァン・ロックハートのあだ名――が魔物を狩り尽くしているから、迷い込んだ野犬か、はぐれの森狼くらいしか出てこないわ。ベアトリスだって危険は感じていないんでしょ。ただ単に今からゴーヴィたちに会うのが、気が重いだけじゃないの?」

図星を突かれたのか、ベアトリスは少し口を開きかけたが、結局反論しなかった。

途中で休憩を入れ、午後一時過ぎにラスモア村への分岐点に差し掛かる。

俺はそこであることに気付いた。

一年前にはあれほど判りにくかった村への道が、草も少なく判りやすくなっていたのだ。

(草が少ないな。いや、荷馬車の轍が濃いんだ。頻繁に荷馬車が行き来しているんだろう……スコッチの売上と関係があるのか?)

以前は夏になると道が見えなくなるほど草が生い茂っていたが、今では二本の轍が茶色い線となって東に続いていた。

村への道に入ると、懐かしさが一気に込み上げてくる。

(初めて ザックカルテット(みんな) で森に入った時を思い出す。あの時は野犬にびびっていたんだな……)

俺がそんなことを考えていると、シャロンが馬を寄せてきた。

「この辺りでしたね。初めて野犬を見たのは。もう三年も前なんだ……なんか懐かしいですね」

普段あまりしゃべらないシャロンが珍しく話しかけてくる。彼女も生まれ故郷に帰ることで少し舞い上がっているようだ。

(そう言えば、シャロンは初めて旅に出たんだな。それも僅か十歳で親元を離れたんだ。それが初めて帰郷する。舞い上がっても仕方が無いよな……)

「そうだな。だが村に帰れば、もっと懐かしい顔が見られるんだ。最後まで気を抜かずに帰ろうな」

俺の言葉に笑顔でコクリと頷く。

「しかし、本当に 長閑(のどか) な森だ。これだけ深い森で、ここまで魔物の気配がしないというのは……」

ベアトリスが誰に言うでもなく、そう呟いていた。

一時間ほどで木々の間から懐かしい丘が見えてきた。

森を抜けると懐かしい丘の連なりがはっきりと見える。牧草の濃い緑色と夏麦の黄金色、更にイモ類の畑の緑と茶色。

三角屋根の家々がその間にあり、村人たちが楽しげに話しながら、農作業や家事をしている。

(帰ってきたんだな……この懐かしさは何なのだろう…… 故郷(ふるさと) というのはこういうものなのか……)

村の西側を流れるフィン川が見えてきた。

そこに掛かる橋を越えると、更に感慨が深くなる。

俺がキョロキョロとしていると、村人たちも俺だと気付いたようで、慌てて頭を下げたり、手を振ってきたりしていた。

俺もそれに手を振ることで応え、北にある館が丘に向かっていく。

館が丘の南に広がる草原では、多くの子供たちが遊んでおり、俺たちに気付いた子供が“ザック様!”と言いながら、手を大きく振っていた。

館が丘に入ると、そのまま丘を登っていく。

右手に見えるスコッチの保管庫で多くの男たちが働いている。どうやら、増築の作業を行っているようだ。

リディもシャロンも満面の笑みを浮かべ、周りを見ている。シャロンはともかく、リディにとってもここが第二の故郷になっているようで、それが何となく嬉しい。

唯一人、緊張気味のベアトリスだが、村の牧歌的な光景に自然と笑みが零れていた。

そして、「確かにいい村だな」と俺に声を掛けてきた。

「昨日、リディアーヌが言っていたことが実感できたよ。確かにあんたは人気者のようだね……大人も子供もあんなに嬉しそうな顔であんたのことを迎えるんだ。それも心からだというのが、よく判るよ……」

屋敷の前に着くと、既に出迎えがいた。

誰かが走って伝えてくれたのか、祖父を初め、家族全員とウォルトら従士たち、更に訓練中だった自警団の連中も門の後ろで手を振って俺たちを出迎えてくれる。

そんな中、一番前にメルがいた。

一年前より身長も伸び、また少し女らしくなっている。

俺が馬を降り、祖父たちに挨拶しようとすると、メルが「ザック様!」と言いながら、ぶつかるような感じで俺の胸に飛び込んできた。

俺は「ただいま、メル」と言って、彼女を受け止める。

彼女の肩を抱くような形で、俺は祖父や父たちに帰郷の挨拶をした。

「おじい様、父上、母上、そして、みんな。ただいま帰りました」

そう言いながら、ゆっくりと頭を下げる。

父が俺に近づき、「無事で何よりだ。まずは屋敷に入れ」と言って、俺の肩に手を置く。

俺はそれに頷くが、「父上、彼女がベアトリス・ラバルです」と言って、ベアトリスを紹介する。

「息子たちの護衛、感謝する。私がこのロックハート領の領主、マサイアス・ロックハートだ」

そう言うと、ベアトリスに近づき、右手を差し出した。

「我がロックハート家は貴女を心から歓迎する。我が家だと思って寛いでほしい」

ベアトリスはその行動に目を白黒させて、父の右手を取り、「べ、ベアトリス・ラバルです。お、お会いできて光栄です……」と言って、真っ赤になっていた。

どうやら、何か言葉を考えていたようだが、父のあまりにフランクな対応に少しパニックになったようだ。

「父上、ベアトリスは私の後見人です。リディと同じく、客人として扱ってください」

父は「ああ、もちろんそうするつもりだ」と俺に言ったあと、周囲に向かって、「ベアトリス殿はザックの親とも言える後見人だ。つまり、ザックにとっては命を預ける大事な方だ。皆、そのように思っておいてくれ」と伝えた。

従士たちもそれに頷き、笑顔でベアトリスを見ている。

ただ一人、俺の横で見ているメルだけが、少し睨んでいるように見えた。

父は俺の意図を正確に見抜いてくれ、うまく取り計らってくれた。

父は俺に小さく頷くが、俺がメルの肩を抱いたままということに気付き、小さく吹き出した。

「メルに逢いたかったのは判るが、まだ、父上――祖父ゴーヴァン――にもターニャ――母――にも挨拶をしておらんぞ。時間はたっぷりあるのだ。先に挨拶を済ませておけ。メル、お前もだ」

俺とメルは慌てて離れ、彼女は真っ赤になって自分の母親であるポリーの後ろに隠れてしまった。

その様子にみんなが笑い出す。

俺は少しばつが悪いと思いながら、まず、祖父、母、弟たちに挨拶をしていった。

祖父は何も言わず、俺の肩をバンと叩き、母は俺をしっかりと抱きしめる。双子のセオ――セオフィラス――とセラ――セラフィーナ――は、「ザック兄様!」と言って、俺にしがみついてきた。

一番年下の妹、三歳のソフィアは俺のことがよく判らず、母の後ろに隠れてしまった。

俺はそれを微笑ましく見ながら、従士たちに声を掛けていった。

従士頭のウォルト・ヴァッセルとその妻モリー。内政担当のニコラス・ガーランドと妻ケイト。メルの父、ヘクター・マーロンと妻のポリー。シャロンの父、ガイ・ジェークスと妻のクレア……。

イーノス・ヴァッセル、ウィル・キーガンと続き、最後に厳つい顔の大男、バイロン・シードルフの前に立った。

父が俺にバイロンを紹介する。

「この男が新しく入ったバイロン・シードルフだ。見ての通りの剛の者だ」

俺はそれを聞きながら、「バイロン、久しぶりだな。どうやら、自力で父上やおじい様に認められたようだな」と言って、右手を差し出した。

父はその姿を見て、「知り合いだったのか」と驚く。

俺は父に頷き、「事情は後で話します。とりあえず、中に入りましょう」と言って、懐かしい我が家に入っていった。

一年離れていただけでは、我が家は何も変わっていなかった。

質素な造りの廊下を通っていくと、家族が集う広い食堂があり、いつもいい匂いがしてくる厨房がある。

荷物をウォルトらに預け、装備を外しに自分の部屋に行く。

俺がいつ帰ってきてもいいようにきれいに掃除されており、木窓を開けて懐かしい風景を眺める。

(帰ってきたんだな。ここから見える景色は何も変わらない……まだ、感傷に耽る年でもない。精神的にはそうかもしれないが、今の俺には未来がある……)

俺は外の風景から無理やり視線を外し、装備を外していった。

装備を外してもなぜか黒一色なのだが、気にしないことにしている。

食堂には家族や従士たちが揃っていた。

リディもベアトリスも装備を外して、食堂にやってきた。

食堂はホールとしても使える広いスペースがあるが、従士やその家族も入ると、やや窮屈な感じがする。

(俺が記憶を取り戻してから、随分、人が増えたものだな。従士が二人、ウィルとバイロンが増えた。それに子供の数がかなり増えたな。うちで三人、イーノスのところに二人、ヘクターとガイのところで一人ずつ。減ったのは兄上とシム――メルの兄、シム・マーロン――くらいか)

シムは兄ロッドの従士としてラズウェル辺境伯領に旅立っていた。兄は三ヶ月前に正騎士に昇格しており、専属の従士が付けられるようになったのだ。

兄は十五歳。

その歳で正騎士に昇格したのはカエルム帝国の北部総督府軍――ラズウェル辺境伯は北部総督の地位にある――でも異例のことだ。

手紙ではラズウェル辺境伯領とその東にある傭兵の国フォルティスとの国境付近の砦で、魔物を相手にしているそうだ。

剣術士レベルも四十を超えており、恐らく部隊でも有数の使い手と評価されているのだろう。

全員が揃っているのを確認し、俺は立ち上がって、帰郷の挨拶を始めた。

「……皆さんが元気そうで何よりです。私もシャロンも学院では優秀な指導者に巡り合え、私が首席、シャロンが次席で一年目を終えることが出来ました……新しい友、ベアトリスとも出会えましたし、毎日が充実しています。ですが、やはり、ここが私の家です! ここに勝る場所はありません。もう一度言わせてください。ただいま帰りました!」

俺は深々と頭を下げる。

祖父が「うむ、よく帰ってきた」と言って、笑みを浮かべると、周りからお帰りなさいの声が上がる。

「あまり大きな物は買えませんでしたが、土産があります。では、まず、おじい様に……」

祖父には眼鏡を買ってきた。

俺がドクトゥスに向かう前から、老眼で書類を見辛そうにしていたので買ってきたのだ。本当なら、オーダーメイドしかないのだが、俺のように祖父や祖母にプレゼントにする者が多いようで、レンズが換えられるタイプのものを売っていたのだ。

祖父はそれを嬉しそうに持ち上げ、皆の前で掛けている。何となく、いつもの顔と違うため、かなり違和感があったが。

父には執務用の筆記用具を、母には髪飾りを渡し、セオとセラには絵本を、ソフィアには皮で作ったぬいぐるみを渡した。

絵本は彼らが好きそうな勇者の話のものにしたのだが、これが意外と高かった。活版印刷はまだ普及していない上、絵本というのは画家が一ページずつ絵を描かないといけない。ある意味、画集のような物になり、普通の本より高かったのだ。

そして、一番下の妹であるソフィアのぬいぐるみだが、これは防具職人のリュファスとラシェルに作ってもらったものだ。

最初は作ってもらうつもりはなく、こういった物を作ってくれるところはないかと相談に行っただけなのだが、話を聞いた二人が思いのほか乗り気になり、はぎれの皮を使って、一匹の愛らしい猫のぬいぐるみを作ってくれたのだ。

結局、二人は調子に乗って犬や熊などのぬいぐるみを数個作ってしまう。そのため、肝心の防具の納期が遅れそうになっていた。

詫びでもないが、そのすべてを買取り、セオやセラ、それに従士たちの幼い子供用に持ってきている。

実際、絵本を貰い、上機嫌だったセオとセラだが、ソフィアに渡されたぬいぐるみが気になったようで、うらやましそうに見ていた。

俺が二人にもぬいぐるみを渡すと、「ザック兄様。ありがとう!」と見事にハモッて抱きついてきた。もちろん、ソフィアもぬいぐるみがいたく気に入ったようで、俺のことも怖がらなくなった。

従士たちにも土産を渡していくが、どうも実用品が多い気がする。

ウォルトの妻モリーには香辛料だし、ニコラスには教材で、渡しながら土産じゃないなと心の中で自嘲していた。

土産を渡し終わると、雑談に入り、ホールは賑やかな声に包まれていた。

午後二時過ぎに屋敷に着き、土産を渡したり、積もる話をしていたりしたため、気が付けば、日が傾き始めていた。

俺たちは祖父たちに断ってから、旅の疲れを流すため、公衆浴場に向かった。

風呂好きのリディはもちろん、ベアトリスも大きな風呂があると聞き、非常に期待している。

「うちの風呂でも凄いと思ったが、ここには十人以上入れる風呂があるのか。楽しみだな」

ベアトリスの虎の尾がいつも以上に揺れているので、本当に楽しみにしているようだ。

公衆浴場に着くと、今日の割り当ての村人たちが入浴しており、口々に挨拶をしてくる。俺は割り込んですまないなと言いながら、久しぶりに大きな浴槽にのんびりと浸かっていた。

のんびりと湯に浸かっていると、隣の女湯から黄色い声が聞こえてきた。

どうやら、獣人であるベアトリスを見て、村の女性たちが声を上げたようだ。

見知ったリディやシャロンがいるためか、かなり遠慮のない話をしている気がする。聞こえてくる声の中には「うらやましいわ、その胸」とか、「きれいな尻尾ですね。初めて見たけど、本当にお尻のとこから生えているんだ」というような内容だ。

一方、男湯は隣の女湯の声を聴こうと一瞬にして雑談が止む。時折、ポチャンという湯面に水滴が落ちる音がするが、まさに水を打ったような静けさだった。

(確かに気になる。どういう状況なんだ? それにしても、すっかり馴染んでいないか?)

この時間の割り当ては西が丘の住民らしいが、初めて会ったベアトリスとかなり打ち解けているようだ。

一人の“勇敢”な若者が女湯を覗こうと 衝立(ついたて) を登ろうとしていた。

「やめておいた方がいいぞ。向こうにはリディアーヌがいる。魔法で吹き飛ばされてケガをするのがオチだぞ」

俺がそう言うと、バツが悪そうに戻ってくるが、「リディアーヌ様か」と呟いていた。

リディと聞いて、衝立の向こうを透視するように見つめていた。俺がいなければ、魔法で吹き飛ばされる覚悟で覗きに行ったかもしれない。

十分に湯を堪能した俺は、最後に冷たい水を被り、風呂から上がる。

外は草原の真ん中で、風が吹き抜けていく。

やや熱い風だが、火照った体には気持ちがいい。

空には雲雀が飛び、白い雲が流れていく。

俺はふぅと息を吐きながら伸びをし、リディたちが出てくるのを待っていた。

(平和だな。最近、ずっと森に入って魔物を狩り、教授の講義を受けるという日々だったから、たまにはこういう平和な時間もいいものだ……)

久しぶりの休日気分を味わいながら、草原に置かれているベンチ――待ち合わせ用に設置されていた――に座って待っていた。二十分ほどすると、リディ、ベアトリス、シャロンの三人が出てきた。

俺が「随分楽しそうだったが?」と聞くと、リディが楽しそうに答えてくれた。

「ここの人たちって、獣人を間近で見るのって初めてじゃない。大人も子供もベアトリスに興味津々って感じだったわ。もちろん、それだけじゃなかったけど」

そう言いながら、防具を外したシャツ姿のベアトリスの胸元を覗き込む。

ベアトリスは風呂上りということでやや上気した顔でそれを聞いていたが、微妙な表情をするだけで何も言わなかった。

俺が大きな風呂に入った感想を求めると、満面の笑みを浮かべ、

「ああ、あれは最高だな。あんたが風呂を家に作りたくなったのがよく判るよ。しかし、本当にこの村は天国だよ」

俺たちはそのまま他愛のない会話をしながら、屋敷に戻っていった。