作品タイトル不明
第六十三話「ザックカルテット」
七月九日。
その夜は俺たちの帰郷を祝う宴が開かれた。
俺が帰ってきたと聞き、猟師のロブが今日の獲物をすべて持ってきてくれた。
ウサギと山鳥が数羽で、モリーが張り切って調理したようだ。
普段なら、家族だけなのだが、今日は特別にメルとダン、シャロンもロックハート家の食卓を囲んでいる。恐らく、父か母が手配したのだろう。
食事をとりながら、ドクトゥスでのことを話していく。
森での魔物狩りでレベルが上がったこと、五級冒険者となったこと、ラスペード教授の授業のことなどを話していく。
俺の話に楽しそうに頷いたり、驚いたりと楽しい夕食の時間が過ぎていった。
夕食後、父と祖父にバイロンのことを話した。
一年前に出会ったこと、ロックハート家に仕官したいと言ったこと、俺もガイも手を貸さないと言ったこと。
父は静かに聞いていたが、祖父は俺が口添えしなかったことに対し、やや不本意だったのか表情が硬い。
「いくらお前の推挙があったとしても、その者の人となりを認めねば、儂はロックハート家に仕えることは認めん」
俺はそれに真面目な顔で頷く。
「もちろん、おじい様も父上もきちんと人を見て決められるでしょう。ですが、バイロンほどの男です。私の口添えがあろうがなかろうが、必ず仕官できると考えました。その上で私が口添えしない方が、より早く我が家に馴染めるのではないかと考えたのです」
父は俺の言葉に笑顔で頷いた。
「確かにな。独力で父上の信頼を勝ち取ったと言われる方があの者も嬉しかろう」
祖父も俺の考えが理解できたのか、表情を緩めていた。
「しかし、ガイには悪いことをしました。私は口添えするなと言っただけで、仕えるようになったら、おじい様や父上に話しても良いと思っていたのですが……」
「そうじゃの。あやつはそういう男じゃ。儂は気にせんが、後で声を掛けておこう」
俺は「よろしくお願いします」と頭を下げ、部屋に戻ろうとした。
すると、父が俺を呼び止める。
「まだバイロンについて話があるのでしょうか?」
父は笑いながら、「ベアトリス嬢のことだ」と言って、
「メルがかなり気にしていたぞ。自分のいないところで、お前が新しい女を作ったとでも思っているようだぞ」
俺はそれにどう答えようか悩む。すると、父の表情が少し曇った。
「冗談のつもりだったのだがな……」
俺は小さく首を振りながら、苦笑していた。
「私には判らないのです。確かにベアトリスは魅力的な女性です。それに私に好意を寄せてくれています。ですが、私にはリディがいます……どうしたらいいんでしょう……」
俺が心底困った顔をすると、祖父が大笑いし始めた。
「フ、ハハハ! あ、いや、済まぬ。お前でもそのような顔をするのじゃと思ってな。それがおかしかったのじゃよ……フフ……ハハハ!」
一頻り笑った後、祖父は真面目な表情になり、
「何事にも器用なお前でもこういうところは不器用なのじゃな。ところで、お前の秘密は ベアトリス(あの者) に話しておるのか?」
俺は頷き、年明けに話したと正直に言った。
祖父と父は黙り、しばらく考え込む。そして、祖父が 徐(おもむろ) に口を開いた。
「お前が信頼できると判断したのなら、儂もそれを支持する。リディアも認めておるなら、あの者はお前を裏切ることはなかろう。それでよいな、マット」
父に確認するように話を振ると、父は大きく頷く。
「私が見る限り、ベアトリス嬢は信頼に値する女性だと思います。やや不器用な気は致しますが、ザックにはちょうど良いかと」
そして、俺を見ながら、
「リディアはともかく、メルとシャロンのことはよく考えるのだぞ。特にメルには出来るだけ早く話をしておけ。お前が帰ってくるからと、ここ一ヶ月ほどは舞い上がっておったからな」
俺はどういう表情をしていいのか困惑するが、それを誤魔化すように小さく頷く。
「判りました。ちょうど、ダンとメルを呼んであるんです。土産を渡そうと思って。その時、メルに直接話をしてみます」
そして、祖父が真剣な表情で話し始めた。
「お前のいた世界の話を思い出したのじゃが、ここはお前のいた平和な世界とは違う。お前の心は儂の年に近い。それ故、保守的になっておるのやもしれぬな……お前はいつも先を見ながら計画的に事を進めておる。それが悪いことだとは言わん。いや、むしろ皆のためには良いことじゃろう……」
そこで言葉を切り、俺をしっかりと見つめてきた。
「この世界では男も女もいつ死ぬかも判らぬ。長命であるエルフですら、先のことは判らんのじゃ。だから、先延ばしにして後悔だけはするな。平和な世ならば、明日考えればよいと言っても問題にはならん……しかし、ここではそれは当てはまらぬ。魔物、盗賊、 病(やまい) ……危険に満ちておるのじゃ。お前も一度は死を覚悟したのだろう。ならば、儂の言うことが判るはずじゃな」
「はい……おっしゃりたいことは判る気がします。ですが……」
祖父は俺の言葉を遮り、
「ならばよい。後悔しても良い。じゃが、ただいたずらに逡巡しての後悔はするな。儂が言えるのはそれだけじゃ」
祖父は自分の過去を振り返って、俺にアドバイスをしてくれているようだ。
(じい様はベアトリスのことを含め、先延ばしにして後悔するなと言いたいのだろう。言いたいことは判る。だが……)
「おっしゃりたいことは判ります。ですが、複数の異性を……愛するのは不実なのではないのでしょうか。私のいた世界ではそれが常識でした。ですから……」
その問いに祖父ではなく、父が答える。
「私はターニャを愛している。他の女はいらぬと思うほどにだ。だが、それをお前に強要するつもりはない……少し話は違うがよいか」
俺が頷くと父は話を続けた。
「お前の言う不実というのは複数の者を同時に愛することを言っているのか? ならば、こう考えてみてはどうか。複数の子供を同時に愛するのは不実なのか。多くの家族を愛するのは不実なのか」
父はそう言って問い掛けてきた。だが、俺にはそれが詭弁だと感じた。
「それは詭弁ではないでしょうか。血の繋がりのある家族と基本的には他人であった夫婦。それを同列に扱うのは奇異な感じがします。よく判りませんが、夫婦というのは心の繋がりで家族になるもの。その心の繋がりは複数に対して行えるものなのか。いえ、行って良いものなのか……」
父は、「やはり理屈ではお前に勝てぬな」と笑う。
「だが、複数の子に惜しみない愛情を与えられるなら、異性の間でも出来るのではないか? それを相手が望み、それを行えるのであれば、試してみる価値はあると思うがな。まあ、私には無理だが……ハハハ」
父の笑いに俺は反応できない。
「父上は俺がリディの他にベアトリスもメルもシャロンも……そ、その……愛せるのならば、深く考えずに愛してしまえとおっしゃりたいのですか?」
父は「そうだな」と頷く。
「ですが、それでメルやシャロン、ベアトリスが不幸になったら……」
父に代わり、祖父が「その時はその時じゃろう」と答える。
「お前が強要するのなら、もちろん、儂も反対する。じゃが、三人はそれでもお前と一緒にいたいと思っておるのじゃろう? ならば、あの者たちの選んだ道じゃ。それで不幸になっても後悔はせんじゃろう」
父も祖父の言葉に大きく頷く。
「私にとって、メルとシャロンは娘も同然。もちろん、他の従士の子らもそうだがな。だから、二人には幸せになってもらいたい。いや、自分で幸せを勝ち取ってほしいと思っておるよ。それにお前なら出来るだろうと思っているしな」
俺は父や祖父がこのような意見を言うとは思っていなかった。
操を立てるでもないが、祖父は死んだ祖母を想い、再婚していないし、父も公言している通り、心から母を愛している。以前、父は一目惚れの母に対し、猛アタックを掛けて結婚に漕ぎつけたと聞いたことがある。それから、浮いた話一つなく――もちろん、このラスモア村で浮いた話など起こりようはないが――、母一筋で複数の女性を囲うなど絶対反対してくると思っていたのだ。
(じい様の言葉ではないが、先延ばしにするのは良くない。少なくともメルとシャロンのことは正直に二人に言おう。あの二人は俺にとって娘のようなもの。恋愛対象とはなり得ないと……後はベアトリスのことか。心の整理が難しいな……)
俺はそんなことを考えながら、祖父たちのもとを後にし、メルたちのもとに向かった。
メルとシャロン、ダンの三人は俺の部屋で待っていた。
今回ばかりは“ザックカルテット”だけでリディもいない。
最初はリディも一緒にいたそうだったが、俺が遠慮してもらったのだ。
俺はメルとシャロンに今の正直な気持ちを話すつもりでいた。だから、リディには遠慮してもらった。もちろん、その時はリディのことだけを話すつもりだったのだが、祖父と父との話を聞き、ベアトリスのことも話す必要があると考えている。
俺が部屋に戻ると、満面の笑みを浮かべたメルと同じように笑顔のダン、それにシャロンの三人が俺を出迎える。
俺は「待たせたね」と言ってから、メルとダンへの土産を渡すことにした。
「二人にお土産だ。ドクトゥスの革職人に作ってもらったマントなんだが……」
二人に手渡しながら、性能について説明するが、メルはほとんど聞いておらず、マントを抱きしめるように見つめ、ダンはその変わった模様に不思議そうな顔をしていた。
「ダンのは迷彩柄と言って、森の中で姿を目立たなくする模様にしてもらっているんだ」
「確かに葉っぱのようですが、結構目立つような気がしますが……あっ、すいません。ありがとうございました。珍しい柄でお礼を言うのを忘れてしまって……」
ダンは頭を掻きながらそう言って謝ってきた。
俺は気にしていなかったので、「気にしなくていい。明日にでも森に入って確認してみようか。結構、目立たなくなるはずだぞ」と言って笑い返した。
その間もメルは自らのマントを 矯(た) めつ 眇(すが) めつ眺めている。
俺は「メルも気に入ってくれたら嬉しいんだが」と水を向けると、メルも我に返り、「ありがとうございました、ザック様」と、自分が礼を言うのを忘れていたことに気付き、真っ赤な顔になっていた。
俺は「メルにはもう一つ土産があるんだ」と言って、ドクトゥスで買ったワンピースを手渡す。
「多分、ぴったりとはいかないはずだから、ポリー――メルの母――に手直ししてもらってくれ」
俺が渡したのは鮮やかなブルーのシンプルな形のワンピースだ。メルのサイズが判らないので、シャロンとリディに相談し、ある程度大き目の物を買ってきたのだ。
メルは受取ったワンピースを広げてから、本当に嬉しそうな顔をしている。
彼女がある程度落ち着くまで待ち、この一年間の出来事を話していった。
俺の方だが、剣術士レベルが二十六で剣術スキルは三十。魔法の方は最も得意な風属性魔法がレベル三十で、先日の盗賊との戦いで火属性魔法が二十九になっている。
シャロンは風属性二十五、火属性二十四になっている。
一方、メルたちだが、メルの剣術士レベルは二十六、剣術スキル三十一。ダンは剣術士十六、剣術スキル二十、弓術士レベル十五、弓術スキル十八に上がっていた。
俺たちより実戦経験が少ないはずなのに、ほとんど変わらないほどのレベルアップを果たしている。
俺は「二人とも凄いな。俺とシャロンは魔物の多い森に入っていたが、この平和なラスモア村でここまで上げるとは」と二人を賞賛した。
だが、メルは俺との剣術士レベルの差がなくなったことに僅かに顔を顰めていた。そして、「あれだけ頑張ったのに……」と下を向いてしまった。
俺はダンに目配せをして、どういう修行をしたのか聞きだすことにした。
「父上にお願いして、この春、シェハリオン山に一ヶ月篭ったんです……」
詳しく聞くと、ラスモア村の北にあるシェハリオン山という小さな山に山篭りをしたそうだ。
シェハリオン山は北から魔物が絶えず入ってきており、村の自警団も定期的に討伐にいっている場所で、子供が行くような場所ではない。そんな場所に子供二人だけで一ヶ月間、山篭りをした。最初のうちはダンの父、ガイ・ジェークスや、メルの父であるヘクター・マーロンが一緒にいたそうだが、十日もすると二人だけで生活するようになったそうだ。
俺はそれを聞き言葉を失った。
自警団が定期的に討伐を行っているとはいえ、シェハリオン山はカルシュ峠――北にある魔物が多い難所――辺りから、魔物が流れてくる危険な場所だ。
それもゴブリンや野犬程度の雑魚ではない。大物だと三級相当のオーガが住み着くことすらある場所なのだ。
「そんなところに……二人だけじゃ危ないだろう」
俺がそう言うと、メルが必死になって話し始めた。
「だって、ザック様が森に入っているって……ガイさんに聞いた話だと、ドクトゥスの北の森は魔物が多くて腕を上げるには最適だって……だから、私たちも……」
どうやら、俺がドクトゥスの森に入っていると聞き、焦りを感じたようだ。
俺はメルたちのことを考えていなかったと、今になって気付いた。
(メルは昔から俺に追い付こうと努力していた。目の前にいれば、どの程度の差があるのか判るから、それほど無茶はやっていない……今回のことは俺のミスだ。俺が自分のレベルアップを優先して、メルのことを考えていなかった。幸いなことに大きなケガはしていないようだ。もし、何かあったらと思うと……さて、どうするべきかだ……)
俺は真剣な表情でメルとダンに話を始めた。
「二人が山に篭ったのは仕方が無いが、この先は二人だけで山に篭るような危険な真似はやめてくれ。俺やリディがいれば、治癒魔法で少々のケガなら治せる。だが、二人だけじゃ、ケガをしたら助かる可能性は低い。ダン、お前なら俺の言っている意味が判るな」
ダンは俺の言葉に小さく頷く。
俺は更に話を続けていく。
「猟師たちですら、森でのケガを死ぬほど恐れているんだ。彼らは魔物と戦うわけじゃない。それなのにだ。魔物狩りで山に篭ればケガをする危険は猟師たちとは比べ物にならない……メルが焦る気持ちは判る。だが、俺がいないところで二人が大ケガをするような、いや、死ぬかもしれないような修行をするのはやめてくれ。頼む」
俺はその場で頭を下げる。
メルは「あ、あの……」と何か言いたそうにするが、言葉にならない。
俺が頭を上げると、ダンが俺に謝罪してきた。
「ザック様の言われることはよく判ります。僕がもっとしっかりしていれば……メルを止めることが出来たんです」
「違うんです! ダンは私を止めたんです。でも、私が無理を言って……ごめんなさい。ザック様。ザック様が謝られることじゃない。私が……ごめんなさい……」
メルは目に涙を浮かべ、俺に謝ってくる。
俺は彼女の肩を抱き、
「無事だったんだ。もう謝らなくてもいい。俺がお前のことをもっと考えるべきだったんだ」
メルは俺の肩に顔を埋め、鼻をすすりながら泣いている。
(どうするべきか……じい様に頼んでも無理だろうな。あの人は結構、放任主義だ。子供といえども戦場に立つなら、死と隣り合わせの修業でも問題ないと言いそうだし……父上にお願いしても、根本的な解決にはならないだろうな。やはり、俺の目の届くところに置いておくのが一番いいのかもしれないな……)
「メル、ダン、聞いてくれ。俺と一緒にドクトゥスに行かないか? メルは俺がいなくなれば、また無茶をするだろう。なら、俺の目の届くところ、いや、リディでもいい、俺たちの目の届くところにいた方が俺も安心できる。どうだ?」
俺の言葉に、メルが勢いよく顔を上げる。彼女は真っ赤な目を一杯に見開いて、俺を見つめていたが、すぐに嬉しそうな表情で俺に抱きついてきた。
「ザック様と一緒……本当にいいんですか?」
メルはそう呟くと、「ザック様のお勉強の邪魔に……ううん、邪魔はしません。でも、私が行っても……」と言いながらやや混乱していた。
「もちろん、おじい様、父上、ヘクター、ガイの許可は必要だ。だから、まだ決定じゃない。そのことは覚えておいてくれ」
メルはさっきまで泣いていたのに、今はこれ以上ないくらい幸せそうな顔をしている。
(こんなに表情が変わる少女だったのだろうか? 俺と離れている間に少し変わったような気がするが……情緒不安定というか、やはり、目を離すことはできないな……)
ダンは少しだけ困惑の表情を見せたが、すぐに喜びの表情を浮かべ、
「僕もいいんですか? いえ、僕も行きたいです! 僕ももっと強くなりたいですし、いろんなところを見てみたい……」
俺は二人が舞い上がっていることに僅かに危惧を覚えた。
「俺たちと一緒に行くということは、家族と離れ離れになるんだぞ。その覚悟はあるんだな」
二人は「「はい!」」と声を合わせて答える。
「大丈夫です。だって、シャロンが出来たんですよ。私だって……シャロン、私でも大丈夫よね」
メルの問いにシャロンはにこりと頷く。
「メルちゃんなら大丈夫。最初は寂しかったけど、ザック様もリディアさんもいたから、すぐに慣れると思うわ」
俺はダンの方を見るが、彼は冒険したい年頃の少年らしく、未だ見ぬ大都市に思いを馳せているようだった。
俺は早まったかと思ったが、いつかは一緒に村を出るつもりでいたことを思い出す。
(十二歳の子供を親元から引き離すのは心苦しいが、この世界ならそれほど奇異なことじゃない。街の子供でも奉公に出る年だし、騎士の子供も見習いとして騎士団に入ってもおかしくない。とはいえ、ヘクターやガイたちのことも考えなくてはいけないな。かわいい子供を引き離すことになるんだから……)
俺は明日にでもこの話を家族に話すことにした。
そして、ようやく本題に入ることにした。