作品タイトル不明
第六十一話「盗賊退治の報酬」
七月八日。
その日もどんよりとした空模様だが、村の老人によれば、回復に向かうとのことだった。
今日は三十km先のキルナレック――ラスモア村に近い城塞都市――に向かう。
キルナレックは故郷ラスモア村に近い街で、明後日七月十日には帰郷できそうだ。
ボウデン村とキルナレックの間も安全とは言い難いが、それでもカルシュ峠に比べれば、かなり安全だ。
俺たちは商隊とは別行動を取ることに決め、二十七頭の馬と三人の盗賊を引き連れて、キルナレックに向かった。
ボウデン村の老人の予報どおり、天気は徐々に回復し、厚い雲はところどころ切れ間が見えるようになってきた。
昨日は抵抗していた盗賊たちも、治りきっていない傷とベアトリスの迫力に負け、すっかり大人しくなっている。
俺は盗賊たちがいつ行動を起こすのかと気を張っていたが、ベアトリスもリディもあまり気にしていない。
俺がそのことを二人に聞くと、リディが代表して答えてくれた。
「あの三人なら問題ないわよ。この状況で逃げ出そうと思ったら、誰かを人質に取るしかないもの。私たちなら、シャロンにさえ気を付けておけば問題ないわ。それに私たちにとって、あの盗賊たちを生かしておく必要はないの。それを知っているから、こちらが油断さえ見せなければ、逃げようとしないわ」
リディの言うとおり、盗賊たちの目は完全に死んでおり、逃げようという気概はなさそうだ。
二十四人の仲間を僅か四人で、しかも無傷で倒した俺たちは奴らにとって悪夢でしかない。その俺たちに対し、行動を起こそうという気が起きないのは十分に説得力ある説明だった。
特にベアトリスに対しては、かなり怯えている。彼女の槍捌きを目の当たりにしたことと、容赦なく止めを刺していったことから、逆らう気を失わせたようだ。
(犯罪奴隷になれば、恐らく一生普通の生活は出来ないはずだ。俺なら、この機に命を賭けてみようと思うんだが……まあ、犯罪奴隷がすべて悲惨な死に方をするわけじゃないそうだから、そっちに賭けるというのもありなのかもしれないが……それにしても、盗賊が割に合わないということが判らないのだろうか……)
何度か休憩を入れ、午後三時頃、キルナレックの街に到着した。
俺たちは城門で入市の手続きを行うが、門を守る兵士の一人が俺の名前を聞いて驚き、一人が街の中に走っていく。
「こいつらはザカライアス様がお倒しになったんで? いや、凄いもんですな」
ここキルナレックの街では、祖父ゴーヴァン・ロックハートの人気は異常に高い。理由はこの辺りの治安を一手に守っているからだが、その孫の一人である俺が盗賊団を壊滅させたと聞き、守備隊の責任者に伝令を走らせたようだ。
俺たちが守備隊詰所に行くと言うと、すぐに上役が来るからと言って止められる。まあ、乗り手のいない馬を二十頭以上連れて歩かれると、歩行者との接触なども起きるから、それを気にしていることもあるのだろう。
二十分ほどすると、守備隊の役職者らしい男と数名の部下が走ってきた。
荒い息で挨拶をすると、「馬と盗賊は当方にて預からせて頂きますが、よろしいですかな」と引取りを申し出てきた。
俺はリディとベアトリスに目でそれでいいかと合図を送る。彼女たちからもOKの合図が来たので、「よろしく頼みます」と言って引き渡した。
盗賊の討伐について、報告が必要とのことで、宿にチェックインしてから、守備隊の詰所に向かった。
その途中、盗賊にかけられた懸賞金について、ベアトリスに聞いてみた。
「ところで盗賊を倒すとどのくらいの懸賞金というか、報酬が貰えるんだ?」
ベアトリスは「残念だね、ほとんどないよ」と笑う。
「お尋ね者で懸賞金が掛けられている奴もいるが、普通はそんなもの掛けられちゃいないんだ……」
ベアトリスの話では明らかに名前が判明している者に対しては、懸賞金が掛けられることもあるが、普通は懸賞金が掛けられることはほとんどない。
これはオーブでは犯罪を行ったかどうかは確認出来るが、どの犯罪を行ったかまでは判らない。つまり、捕まえるまで、誰がどの犯罪に手を染めたのか確定できないから、懸賞金は掛からない。稀に殺人を犯して逃げ出した者に、遺族が懸賞金を掛けることがあるくらいだそうだ。
懸賞金は掛かっていないが、盗賊のレベルによって報奨金は支払われる。大体の目安だが、レベル一に対して、二 C(クローナ) (=二千円)だそうだ。
レベル三十の剣術士に対して、たった六万円と言うのは信じられない。
「そんなに安くちゃ、誰も盗賊を倒そうとは思わないんじゃないか?」
「そうでもないさ。盗賊団の討伐は冒険者ギルドや傭兵ギルドが依頼として受ける。だから、一箇所に住みつくような盗賊団は討伐対象になるのさ。今回のような流れの盗賊はそれがないんだ……」
つまり、拠点を持つような盗賊団は討伐の対象となり、冒険者ギルドや傭兵ギルドが商業ギルドなどから依頼を受けることによって、討伐時の報酬が支払われる。一方、移動を続ける盗賊団は討伐の対象とならない。これは盗賊団が一箇所に定着して拠点を築かれるより、移動してくれたほうがいいという考えだそうだ。
拠点がないということは、危険な森や山で野宿をして過ごすことが多いということだ。盗賊に魔物の相手をさせ、共倒れを狙っているとも言えるが、あまり釈然としない。
(要は自分のところに長居しなければいいという考えなんだろう。判らないでもないが、根本的な解決には程遠い。まあ、 ラスモア村(うち) のようなところを標準にしたら駄目なんだろうが、じい様が尊敬されるのは、こんなところにもあるのかもしれないな……)
俺が納得できないという顔をしていると、ベアトリスが俺の肩に手を乗せながら、話しかけてきた。
「確かに盗賊を倒しても、もらえる金は少ないよ。でも、考えてごらん。あいつらは武器も持っているし、襲った商人からお宝も奪っているんだ。あいつらの持ち物は討伐した者が独占できる。だから、それでも十分に割は合うのさ。まあ、今回のような貧乏な奴らは別だけどね」
確かに二十四人の盗賊団にしては、大した物を持っていなかった。現金が七百C(=七十万円)ほどで、あとは彼らの武器と馬ぐらいしか換金可能なものはなかった。
守備隊の詰所に行き、簡単な事情聴取を受ける。
場所と時間とどうやって倒したかを簡単に聞かれ、最後にオーブで違法行為をしていないか確認されて聴取は完了する。
その後は倒した盗賊の魔晶石を守備隊に渡して完了する。
「討伐の報奨金はすぐに確定しますが、武器類と馬の査定は明日の朝までお待ち下さい」
俺は別に急いでいるわけでもないし、この街の守備隊が“ロックハート”に対して、虚偽の査定をするとは思っていないので、「それで頼みます」と頷いておく。
三十分ほど待つと、守備隊の責任者が小さな皮袋を持ってやってきた。
そして、その皮袋を「これが討伐の報奨金です」と言って、俺に手渡してきた。
「金貨十五枚と半金貨一枚(千五百五十C=百五十五万円)になります。頭目のゲイリーに懸賞金が掛かっていました。以前、ラクス王国で殺人を行ったようです……」
頭目のゲイリーに三百五十Cの懸賞金が掛かっていたが、二十四人分の報奨金は僅か千二百C、百二十万円ほどだった。
平均レベル二十五の盗賊団で、思っていたよりレベルが高い。
(馬を見張っていた二人は明らかにレベルが低い。だとすると、レベル三十クラスが何人かいたんだろう。油断して襲われていたら、俺たちも無傷じゃ済まなかったな……)
守備隊の詰所を後にし、宿に向かった。
宿に着くと俺に客が来ていた。客は俺たちがカルシュ峠で同行した商隊の商人たちだった。
「先日はロックハート家のご子息様とは知らず、ご無礼いたしました。お許し下さい」
代表の商人がそう言うと、全員が深々と頭を下げる。
そして、代表が懐から皮袋を取り出し、「これは些少ながら、盗賊から守っていただいた我々の気持ちにございます。お納め下さい」と差し出してきた。
どうやら、俺がロックハート家の者と聞いて慌ててやって来たようだ。この辺りでは ロックハート家(うち) の人気が凄いから、その家の関係者に助けられたのに、礼もしていないと言えなかったんだろう。
俺は「気にしなくていい。礼が欲しくてやったわけじゃないから」と言って固辞する。
貰っても良かったのだが、祖父は助けた商人や旅人から謝礼を受取らない。ここで俺が受取ると、ロックハート家の評判が落ちるので、受取らなかったのだ。
何度か謝礼を受取るように言ってきたが、俺はそれを固辞し続ける。
(まあ、それほど儲けていそうな商人でもないし、既に報奨金も貰っているからな。それにまだ、馬や武器の分もあるから、欲を出す必要はない……ここはロックハート家の評判を買っておく方がいいだろう……)
「祖父ゴーヴァン、父マサイアスより、盗賊が 蔓延(はびこ) るのは領主が務めを怠っている証拠と聞いている。ならば、我がロックハート家が務めを怠ったことになる。よって、謝礼を受けることはできぬ」
俺はあえて堅い言い方をし、商人たちを納得させる。
商人たちは最後にもう一度礼を言って、宿を出て行った。
それを見たリディが「なんか騎士らしいじゃないの」とからかってきた。
「ロックハート家の評判を買っただけだ。十一歳の次男の教育もちゃんと出来ていると判れば、次の代も安心だと思うだろ?」
「そうかしら? あなたの人気が高くなったら、ロッド――兄ロドリック――が大変よ。それでなくても、あなたは“天才”として有名なんだから」
リディに真面目な顔でそう言われ、俺は返す言葉を失った。
(確かにそうだな。兄上はいい人なんだが、俺ほどの知名度はない。いや、既にラズウェル辺境伯の指揮するカエルム帝国北部総督府軍で、かなり手柄を挙げているそうだから、普通なら人気は出るのだろう。だが、いかんせん、ここにいないからな。もう少し考えるべきだった……しかし、リディに指摘されるとは思わなかった……)
そのやりとりをベアトリスが不思議そうに見ていた。
「あんたは次男なんだろ? それに跡目争いを起こす気もないんだ。気にする必要はないんじゃないか」
俺が答える前にリディが笑いながら答える。
「明日になれば判るわよ。この人がラスモア村でどんな風に見られているか……あなたはきっと驚くと思うわ……ふふふ」
その言葉にシャロンも頷いているが、俺はいまいち実感が無い。
(まあ、メルやダン、うちの従士たちは熱烈に歓迎してくれるんだろうが、それだけだろう……リディの言っている意味がいまいち判らないな……)
その夜、宿の食堂で夕食をとっていると、次々と声を掛けられる。もちろん、ドクトゥスの冒険者ギルドのように馴れ馴れしい者は一人もいない。
俺が魔法を使って盗賊を退治したという話を聞き、一言感謝の言葉を伝えたいという感じで、地元の名士たちがやってきたのだ。
ベアトリスはその様子を見て、何やら呟いていた。
一時間ほどでようやく挨拶もなくなり、ゆっくりと食事が出来るようになる。
俺はベアトリスが何を呟いていたのか気になり、「さっき、何か言っていなかったか?」と聞いてみた。
彼女は少し困った顔をして、
「忘れていたわけじゃないんだが、あんたは貴族様なんだよなと思ったのさ。明日はご領主様や本物の英雄と顔を合わすんだ。それでどうしたものかと思ってね……」
話を聞いてみると、父や祖父に会うのに作法も何も知らないし、俺とタメ口なのを気にしているようだ。
「うちの家は祖父の代から騎士になった成り上がりだぞ。作法なんか気にする必要は全くない。第一リディなんか、祖父のことを“ゴーヴィ”って呼んでいるんだぞ。それにベアトリスは俺の後見人。つまり、師匠のようなものなんだ。いつも通り、堂々としていればいい」
俺がそう言ってもまだ納得がいかないのか、「それでもね……」と煮え切らない。
(意外だな。豪傑っぽいからそんなことは気にしないと思ったのにな。何か考えないと、ベアトリスがかわいそうだな……)
俺はベアトリスという女性のことを、あまり理解していなかったようだ。
確かに深い人付き合いは、それほど得意ではないと思っていた。だが、若い連中の面倒を見たりしていたから、ここまで気にするとは思っていなかった。
食事が終わった後、リディにそのことを相談してみた。
彼女は「大丈夫よ」と言って笑っているが、特に具体的なことは何も言わない。
「いや、大丈夫じゃないだろう。うちの家は確かに格式があるとか、作法にうるさいとかはないが、俺に対してタメ口で話し掛けると、ウォルト――ロックハート家の従士頭、ウォルト・ヴァッセル――か、ガイ――従士のガイ・ジェークス、シャロンの父――辺りが何か言いそうだぞ。そうなったら、ベアトリスの居心地が一気に悪くなるんだ」
リディは「そうね。その時はあなたが宣言すればいいのよ。俺の女だからそう扱えって……ふふふ」と言って、笑い出す。
俺は「あのな」と言ったところで、それ以上言う気を失ってしまった。
俺は未だに年明けの話、ベアトリスの想いを受け入れるか否かという話の結論が出ていない。
我ながら優柔不断だと思っている。子供の体ということで誤魔化しているに過ぎないのだ。
ベアトリスの方も積極的にアプローチしてくるわけでもなく、あの話はなかったこととしている節がある。俺も同じように振舞っているが、それは結論を先延ばしにしているに過ぎないことも理解していた。
(村に戻れば、メルもいる。今はまだいい。だが、ここ数年、いや、来年くらいには結論を出さないといけないだろう……しかし、こういう理屈抜きの話は本当に苦手だな。理系がどうのという気はないが、やはり理屈通りに話が進む方が楽だ……)
翌日、出発前に守備隊の詰所に行くと、隊長が俺たちを待っていた。
「武具類と馬については、取りおきたい物がないと伺っております。査定の結果ですが、馬が二十七頭で五千二百、武具類が四千二百の計九千四百C(=九百四十万円)となります。それに奴らの持っていた現金が六百八十三Cでした。本来なら、武具類の査定がもう少し高いはずなのですが、何せ焼け焦げた物が多く……申し訳ない」
俺は笑顔を浮かべながら、「焼け焦げたのは私たちの魔法のせいですし、気にしていません。それで十分ですよ」と答えた。
結局二十四人の盗賊の討伐で一万一千六百三十三C、つまり一千万円を超える報酬があったことになる。
(馬の値段を考えると、判る気はするが、盗賊団を壊滅させて一千万円強か。多いのか少ないのか。盗賊と同数の傭兵だとすると一人当たり五十万円弱。一日ならいい儲けだが、盗賊団を探して壊滅させると考えると、 賞金稼ぎ(バウンティハンター) はそれほど割のいい商売じゃないな……とりあえず、屋敷に戻ってから山分けしよう)
俺たちは守備隊の隊長に礼をいい、懐かしい故郷、ラスモア村に向けて出発した。