作品タイトル不明
31話:地下*1
グレイとスファルの部屋のドアが叩かれたのは、その日の夜半のことであった。
こんこん、と叩かれたドアの音にグレイはすぐさま目覚めて、スファルを起こす。……するとスファルは、もそもそと体を起こした。いつもの寝起きの悪さが発揮されていないところを見ると、ただ横になっていただけで、眠っていなかったようである。
そうしてスファルも目覚めていることを確認して、グレイはドアを開けた。……するとそこには、エメディアが居た。
「グレイ……あら?スファルも起きてるの?」
「ああ。寝てなかったらしい」
声を潜めつつも驚いた様子のエメディアに苦笑を返せば、グレイの背後でスファルが『なんだよ悪いかよ』と、のそのそやってきた。
「じゃあ、丁度いいわ。ちょっと入るわね」
そうしてエメディアは、さっさと部屋の中に入ってドアを後ろ手に閉めた。
……そして。
「私、今から脱出するんだけれど、付いてきてくれる?」
中々に思い切ったことを言い出した。
「ああ、分かった。今からか。ちょっと待っててくれ。鎧を着る」
「えっ、ええ……驚かないのね?」
「まあな。こうした方がいいんじゃないか、って話は、スファルともしてた」
エメディアは、グレイとスファルの混乱を予想していたのだろう。だがグレイもスファルも、『こうなる気はしていた』のだ。
……というよりは、『こうなって欲しい』と思っていた、と言った方が近しい。
というのも、スファルは『エメディアはここに居たらアイオンと結婚させられちまうんだろ!?そんなの可哀想じゃあねえか!』ということだったし、グレイとしては、『結婚はさておき、人質にされる可能性はあるからやっぱり逃げた方がいいだろうな』と考えていたのである。
まあ、つまり、2人とも別の経路を辿ったにせよ、結論は『逃げよう』というところだったのである。
「ええと……いいの?その、あなた達を、危険な目に遭わせるわ」
エメディアは少々遠慮した様子であった。まあ、2人があまりにも乗り気であるので、却って気が退けてしまったのだろうが……。
「今更だ。気にしてない」
「真のオーガは危険なんて気にしねえ!自分がやりたいようにやるのが俺の誇りだ!」
……グレイもスファルも、今更危険など省みない。どのみち、このままここに居てはグレイもスファルも、面倒なことになるだろう。
「……分かった。なら、私達は運命を共にする仲、ってことね」
エメディアも開き直って、力強い笑みを見せてくれた。……やはり、エメディアにはこういう表情が似合う。まるで、太陽のようだとグレイは思う。
「じゃあ早速……」
だが。
「……あら?ウサミミ?」
早速出発、と意気込んだエメディアの肩の上から、ウサミミがぴょこ、と飛び降りた。
そして、3人が見守る中、ウサミミは、もっ、もっ、と元気に這って進んでいき……床のある一点で、ぴとん、と止まると……そこで、ぷるぷるぷる、と震え始めた。
「え、あの、ウサミミ……?」
エメディアが、『何してるのかしら』と、ウサミミの耳をつついてみるも、ウサミミは変わらずぷるぷるしており……そして、ぷるぷるし終えたと思ったら、少し離れた位置まで、またもよもよと移動していき、そこでまたぷるぷるし始め……それを、4回ほど、繰り返し……。
……めこん。
妙な音が響いたと思ったら、床の一部を、ウサミミが外していた。
……床を、である。
ウサミミの耳に持ち上げられた床板と、誇らしげにしているウサミミ。
この光景を見てしまったグレイ達は、3人揃って、ぽかん、とするしかない。
「あー……リベットで留めてあったんだな。そのリベットを、外しちまったらしい、な……」
「あ、そう、なの……?……えっ?」
グレイが床板を検分してみると、やはり、リベット留めになっていたものが外れているのが見えた。その結果、床板が外れるに至った、ということらしいが……。
「そ、そんなことできるの?」
「スライムだぞ?金属での例はあまり聞かないが……色々食って溶かす種族なんだから、これくらいはやる……んだろう。多分。現に、今、こうなっていることだしな……」
エメディアは『ええ……?』と首を傾げているし、グレイも首を傾げたいのは山々なのだが、それでも現に、ウサミミはそれをやってのけてしまったのだ。どうやら、ウサミミにはこういうことができる、ということらしいが……。
「お、おい。この床の下、なんもねえぞ」
……そして、スファルの間の抜けた声に『そこ』を覗き込んでみれば……。
「そりゃ、床の下には何も……あ、『何も無い』が『ある』のね……?」
そこには、何も無かった。つまるところ……脱出口になりそうな空間が、そこにあったのである。
グレイ達は、床下を進んだ。
大楯と鎧のグレイには、その通路はかなり狭かった。『場合によっては、大楯を捨てることになるか……』と、少々不安に思いつつも、グレイはなんとか、通路を進んでいく。
一方、エメディアは難なく、するすると進める様子だ。グレイよりずっと小柄で、身軽だ。そして何より、彼女には鎧も大楯も無いので。……とはいえ、杖が引っかかりそうではあったが。
「くそ、なんだって、こんな狭いんだよ!おい!」
……そして、最も狭そうにしているのは、スファルである。鎧や大楯のあるグレイより更に、スファルの方が体が大きい、ということなのか……単に、身を縮めて狭い箇所を通る、という経験がスファルには無いからなのか。
「この通路、何なのかしらね。煙突とか通風孔とか、そういうのにしては、こう……妙よね?」
さて。そんな通路であるが、少々、妙であった。
というのも……こんなところに通路があるということ自体が、妙なのである。これは一体、何のための通路なのだろうか。
また、通路の側面が少々凸凹しているところも、妙である。引っかかりは、無い。あくまでも滑らかな表面で……しかし、通路の太さが一定ではない、といった様相だ。まるで、『設計者の意図するところではない通路』かのようにも思えるが……。
「そうだな。ウサミミが嬉々として先導してくれるところも含めて、妙だ」
……そして何より妙なのは、ウサミミがぴょこぴょこと元気に跳ねていくところであろう。あのスライムには、何か、この先にあるものが分かるというのだろうか。まあ、エメディアのことが大好きなウサミミの案内なので、危険は無い、と思いたいが……。
……そうして、通路は緩やかに下りながら続き、そこをグレイ達はひたすら進んだ。
進みに進んで、『本当にコレ、大丈夫か?』と心配になってきたところで……。
視界が開けた。
ぽいん、とウサミミが大きく跳ねて、通路の終わりから一気に飛び降りる。
グレイはウサミミほど勇敢ではないので、急に途切れた通路の、その下……ウサミミが飛び降りた先を、確認した。
すると。
「……スライムの、群れ、だな……」
なんと。そこにはスライムが無数に居て……皆、エメディアがグレイの肩越しに覗き込んでくるや否や、ぴょこたん、ぴょこたん、と跳ねて歓迎の意を示すのだった!
無数のスライムが一斉にぴょこぴょこ跳ねると、途端に騒がしくなる。
きゅ、ぴゃら、ぽに、むち、もよん。……水を張ったグラスに雨粒が一滴落ちた時のようなごく軽い音から、吸いついた吸盤が引っ張られて外れた時のような音、更に、如何にも柔らかそうな音……スライム達が奏でる無数の音は、1つ1つが小さいとはいえ、幾多も合わされば大変に騒がしい。
「す、すごいわね……」
通路から降りたグレイが手を貸してエメディアもスライムの部屋へ降りてくれば、たちまち、エメディアはスライムに囲まれた。どうやら、ここのスライム達はそれなりに知能が高い様子である。
「なんだよ、このスライム……。エメディアが連れてる妙ちきりんな奴と似たようなかんじだなあ、おい」
スファルものっそりと降りてくると、スライム達が『大きいのが来た!』とばかり、また跳ねる。そんな中、エメディアの肩の上にぴょいんと乗ったウサミミが、『静粛に』と言わんばかりの様子で、耳をぱたぱた、と振った。
……するとスライム達は、そわそわと体を揺らしながらも、静かになった。
「……これは一体、何なのかしら」
エメディアが何とも言えない顔でそう呟くのにも、グレイは『さあ』とばかり、肩を竦めて見せるしかない。
だが、何やらウサミミからスライム達への伝達が終わったらしい。スライム達は、ぴゃーっ!と元気に飛び跳ねてまた騒がしくなると……何やら、空間の奥の方、その片隅に集まって、もにもに、と動き始めた。
「……これ、何やってるのかしら」
「さあな……」
グレイもスファルも、エメディアに続いてスライム達を覗き込みに行って……そこでまた、首を傾げていたが……。
ももも、と、急にスライム達が動く。
ウサミミの号令に合わせているのか、スライム達は実に統率の取れた動きで……グレイ達の下に、潜り込んだ。
そして。
「ねえ、グレイ……これ、本当に、何なのかしら……」
「……運ばれているらしい」
「お、おい!このスライム共は……何なんだ!?」
「さあな……」
……3人は、大勢のスライム達によって、まるで流されるかのように運ばれ始めた。
困惑するしかない3人とは真逆に、ウサミミは只々、嬉しそうに、そして誇らしげに、エメディアの肩の上でぽよよん、と耳を震わせるのであった!