作品タイトル不明
30話:鉄の国*4
客室に通されはしたものの、ここは敵地である。グレイ達は依然として気が抜けない状態のまま、待機することになった。
「明日、再びローザテイルに向けて出発する、ということでよろしいかな?」
「ええ。ありがとう」
「何。このくらいはさせてほしい。何せ……あー、もしかすると、貴女は私のフィアンセとなるのかもしれないのだから」
グレイ達を案内したアイオンは、そんなことを言って、去っていった。……つくづく、大した奴である。
「……私、彼と結婚することになるのかしら」
「だから止めとけって!アイツは止めとけ!な!」
エメディアもスファルも、それぞれに落ち着かなげであったが、グレイもまた、落ち着かない気分だ。
……エメディアが誰と結ばれようと、グレイには関係のないことだ。関係のある立場になろうなどと烏滸がましいことは、思えない。だが……エメディアが幸せな結婚をできたらいい、とは、思う。
「あー……とりあえず、休もう。何があるにせよ、休んでおくに越したことは無い。だろ?」
「そうね……。ああ、考えることが山積み。だっていうのに、どうしてお兄様は私を殺したがるのかしら……。それどころじゃないっていうのに……」
エメディアがため息を吐くのを聞いて、グレイとしては、『誰からも好かれる人だっていうのに、苦労が絶えないな』と、心底同情するのだった。
さて。
客室は2つ、宛がわれた。エメディアのための部屋と、その隣の、護衛のための部屋である。
「護衛は護衛で一部屋、ってのは悪くねえな」
「え」
が、護衛のための部屋に入ってすぐ、スファルがそんなことを言ったものだから、グレイは驚くしかない。
「……嫌じゃないのか。その、俺と同室で」
「ああ!?嫌……じゃ、ねえよ。ああ。俺は、クソッタレの恩恵なんかに負けねえ、誇り高きオーガだからな……」
……聞き返すと、やはり多少無理をしている様子のスファルが見られて、グレイは安心した。ともすれば、自分が嫌われ者だということをうっかり忘れそうになるので。
「だが……その、敵地真っただ中だ。味方が離れ離れってよりは、同室でもなんでも、傍に居た方がいいだろ」
「まあ、それは違いないな」
スファルが案外、理性的であるのでグレイとしては少々、調子が狂う。……とはいえ、やはりここは敵地の真ん中であるので、味方が冷静であることは間違いなくありがたいのだが。
「なあ。エメディアは、やっぱりあの鎧の野郎と結婚する羽目になんのか?」
そしてやはり、スファルはそれが気になるらしい。さっきからずっとソワソワしているのは、エメディアについて、気が気でないからなのだろう。
「さあ……俺には高貴な身分の方々のあれこれは分からないからな」
とはいえ、グレイから言えることはほぼ何も無い。……知識も経験も、無いのだ。貴族同士の婚姻では政略結婚が当たり前だ、という話は聞いたことがあるが、それも、遠い世界のことでしかない。グレイは、たまたまエメディアと出会ってしまっただけで……本来ならば、生涯、出会わないままであったはずの間柄だ。
「そうかよ……。ああくそ、落ち着かねえなあ!あんな奴と結婚させられるんじゃ、あんまりだろ!?なあ!」
一方のスファルは、グレイよりも自信に満ち溢れ、ある種の厚かましさと愚かしさを身につけているため、こういう時にも『あんな奴より俺の方がいい!』と裏に滲ませながら話すことができるらしい。
……グレイからしてみれば、『まあ、アイオンはアレだが、俺よりはマシだ』という前提で考えるしかないので、少々、羨ましくもある。
「だが、アイオンは自分の美学にこだわりがあるらしい。それをああまで貫き通せるのは、その、美点じゃないか?」
「あー……まあ、そ、そうだな。自らの誇りを大切にする奴を、オーガは尊重する。だから、あいつも、そうだ……いや、だがそれにしても、なんだってあの野郎、ああいう……ケツがモゾモゾするようなことばっかり言いやがるんだ!?」
「アレがあいつの美学なんだろ」
「ああくそ!分かんねえ!せめて、アイツがもうちょっとはマシな奴なら、エメディアだって気が楽だろうによ!」
スファルが嘆くのを横に聞いて、グレイは『実際、エメディアはどう思ってるんだろうな』と、ふと、思った。
……そして。
「……まあ、そう思うんなら、一応、準備はしておいたらどうだ」
「は?」
グレイは、いそいそと、脱いだ鎧の整備を始めた。
「ここを飛び出す準備だ」
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「ウサミミー……どうしましょー……」
一方、エメディアはエメディアで、ウサミミを抱いて仰向けに寝っ転がり、寝台の上でごろごろしていた。
「政略結婚は、考えないでもなかったんだけど、まさか、すぐさま来るとは思ってなかったのよねー……」
エメディアがため息を吐くと、ウサミミがエメディアの胸の上を這ってやってきて、エメディアにもっちりと頬ずりした。『元気を出してね』ということなのかもしれない。エメディアは少しばかり元気をもらって、ウサミミを撫で返す。ウサミミは嬉しそうに、ふるん、と耳を震わせた。
「……メカニジアは、魔石が欲しいんだと思っていたの。だから、魔石の輸出入について申し出るのが、いいと思ってた。交渉するならそこだ、って。……でも、駄目ね」
そうして、少し落ち着いてきたエメディアは、ウサミミを撫でながら呟く。
「……メカニジアはそもそも、ローザテイルと交渉する気は無いんだわ」
女王エテルニータが提案した、エメディアがメカニジアに嫁ぐ、という件については……呑むことができない。
それは、エメディア個人の感情を元にした判断ではない。国全体として考えても……到底、呑むことのできない提案なのだ。
エメディアは王女であり、同時に、ローザテイルの中でも有数の魔法使いである。
魔力を魔法の形に整えることこそ苦手ではあるが、ただ無作為に魔力をばら撒き、それによって相手の魔力中枢を破壊する、という、ただ、力で全てを捻じ伏せるような戦い方をするならば、かなりの人数を相手に、ほぼ無傷で勝利を収めることすらできるだろう。
……人間ではないメカニジア兵についても、同じことである。エメディアは、メカニジア国内の様子を見て……機械でできたメカニジア兵についても、その動力は魔力である、と見た。となれば、その魔導の回路に膨大な魔力を注ぎこんでやれば、破壊できる。エメディアは、そう見ている。
人間相手とは勝手が違うだろうが、それでも……なんとかなるだろう、とは、思われる。その場合は、グレイに『30秒』ではなく、もう少し時間を稼いでもらわなければならないだろうが……。
また、相手が機械の兵士であるとなれば、完璧に統率の取れた進軍をしてくることが予想される。だが……それにはエメディアの恩恵が対抗できる。
エメディアも、自軍の兵士の士気を大いに鼓舞し、指示を行き渡らせることができる。およそ、人間の兵としての限界を超えた統率力を発揮することができるだろう。
……つまるところ、エメディアは、ローザテイルの兵器なのだ。エメディアが居るのと居ないのとでは、ローザテイル側の戦力は大きく変わることだろう。
だがメカニジアは、その『兵器』を寄越せ、と言ってきている。
……エメディアがそれとなく、魔石の輸出入についてや交換留学について……つまるところ、メカニジアの間諜を受け入れてもよい、という話まで持ちかけた中でも、女王エテルニータは『エメディアが嫁いできた後の話』としてそれらを進めた。
つまるところ、女王エテルニータは、如何なる交渉も、『容易く侵攻される状態になった後で』行う、と言ったのだ。
そう。メカニジア側の要求を呑んでエメディアがメカニジアに嫁いだならば、その後に来るのは……『兵器を失い、弱体化したローザテイルへの侵攻』であろう。
メカニジアは、ローザテイルに2択を迫っている。
1つは、兵器であるエメディアを差し出し、弱体化したところを侵攻されること。そしてもう1つは、真っ向から交戦することだ。
「まあ、それはそうよね。侵攻すれば確実に落とせる、と踏んでいるんでしょうし。ローザテイルは、メカニジアと戦ったら、五分五分までは持ち込めるかもしれないけれど……メカニジアは『損傷』の重さが違う」
……メカニジアの一番の強みは、『損傷の重さ』があまりにも違うことだ。
兵士を使い捨てにできる国が強いに決まっている。
機械の兵については、生還させることを考えなくてもよい。勿論、機械の兵を作り、動かすための資源には限りがあるだろうが……どんな使い方をし、どんなに損傷させても士気が変わらず、そして完璧に命令を聞く、という兵士が居るのならば……それは、恐ろしく強い。
ローザテイルの民が死に絶えるのが先か、メカニジアの資源が尽きるのが先か、という話になる。そんな総力戦を経て、ローザテイルが辛勝したとして……ローザテイルはその後、滅びずに居られるだろうか?
「……恭順を示せば滅ぼされずに居られる、とは、思えないのよね……」
エメディアは項垂れて、深くため息を吐いた。
……エメディアを差し出したからといって、メカニジアに滅ぼされるとは限らない、とも、考えられるだろう。メカニジアが本当に、ローザテイルと和平を結ぶかもしれない。エメディアがその架け橋となるのかもしれない、と。
だが……残念ながら、その可能性は限りなく薄い。
そうでないなら……コルザの町で魔石の買い付けを行っていたアイオンを差し置いてまで、女王が監視する必要は無かった。
女王が自ら、宿場へメカニジア兵を送り込んでいたというのならば、それは、アイオンを信用していないということになるだろう。或いは、女王自らでなくとも、メカニジア兵を動かせる立場の何者かが、ということになるだろうが……。
……そして、アイオンを信用しているのならば、彼に今後も魔石の貿易を任せればよい。侵攻せずとも、魔石は手に入る。
或いはアイオンに、より多くの魔石を得るために詳しい話をしていてもよかっただろう。だが、アイオンは何も知らない様子だった。……メカニジア兵が宿場に居た話や婚姻の話が出た時の、あの何も知らない様子が全てアイオンの演技だったとは、思い難い。
となれば……女王は、アイオンおよび、魔石の貿易を然程重んじていない、ということになる。精々が、『当面必要な量さえ確保できればよい』というところか、はたまた、『コルザの町とやり取りをして、大まかにでも魔石の埋蔵量を把握しておきたい』といったところでしかないだろう。
ならば……メカニジアはやはり、ローザテイルに侵攻して、魔石も国土も奪えばよい、と考えているのだ。
少なくとも、手を取り合って平和にやっていられる相手では、ない。
「今のままじゃ……交渉にすら、ならないものね……」
エメディアは、歯噛みする。
メカニジアの技術力は、分かった。彼らの足枷となっているのは間違いなく、国土の狭さによる人口の少なさと、魔石資源の少なさだ。
ならば、ローザテイルさえ落とせばそれらは解決できる。……ローザテイルを落とさない理由が、無い。
そして、そのためにはローザテイルと全面戦争をする覚悟、ということなのだろう。ならば、『ローザテイルも武力にそれなりに秀でており、戦争になればお互いに消耗が激しい』という程度では、メカニジアを止めることはできない。
……もし、エメディアがもっと、圧倒的に、強ければ。それこそ、1人で、一瞬で、メカニジアを破壊でき得るほどの力があれば……メカニジアを止めることは、できただろうが。
「何か、欲しいわ。ああ、でも何も思いつかない……わね……」
……エメディアは最低限、メカニジアの弱味を握る必要がある。戦う覚悟を決めている相手に思い留まらせ、『交渉』の席に着かせるための材料が必要なのだ。
或いは……それができなかったならば、もう1つの道を選ぶしかない。
……エメディアは寝台に寝転ぶと、きゅ、とウサミミを抱いて、目を閉じた。
到底眠れる気分ではなかったが、今はとにかく、体を休めなければならない。……いつ、戦うことになるか分からないのだから。
……まあ、エメディアの予想では、この後エメディアは、『身動きが取れない』状態になるので……。
エメディアの予想は、当たった。
部屋のドアをノックする音が響き、エメディアが起きてそちらへ向かうと……メカニジア兵数体を連れたアイオンが、申し訳なさそうに立っていた。
これを見てエメディアは、『やっぱりね』と思う。
「夜分に失礼する。エメディア姫……その、申し訳ないのだが……明日の出発は、取りやめとなった。その、馬車の構造に欠陥が見つかったらしい。現在、全ての馬車を点検中だ。明日いっぱいは掛かるとのことだが……」
「ええ……それなら仕方ないわね」
要は、エメディアをこの国から出さない、ということだろう。エメディアは、1つため息を吐いた。
……同時に、『さて、どうやって抜け出してやろうかしら……』と、考え始めていたのだが。
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