作品タイトル不明
29話:鉄の国*3
鉄扉が開く。ごうん、ごうん、と重い鐘の音が響くのは、『女王様のおなり』ということであろうか。
グレイは、国主に目通った経験など無い。だが、グレイよりはそうした経験があるであろうエメディアやスファルもまた、大いに緊張している様子であったので、それを見て多少、落ち着く。
自分が無作法者であることなど、重々承知の上だ。そして緊張しているのが自分だけではないとなれば、不思議と安心できてしまう。それに、いざとなったら自分の首で手打ちにしてもらえばよい、と思えば気も楽になってくるものである。
……そうしてグレイが開き直って覚悟を決めていると、いよいよ、扉の先が見えるようになる。
扉が開いた先には、女が居た。
玉座に座り、錫杖を手にし、冠を頂いたその女は、思っていたよりずっと、柔和な印象であった。だがそれでいながら、『ああ、確かにこれがこの国の女王であろう』と思わせる風格でもある。
陶器のようにシミ一つ無い肌は、正に完璧、と言う他に無い。背に流れる銀髪も、サファイアのような青い瞳も、湛えられた微笑すらも……何もかもが、完璧に整えられている。
飾り気の少ないドレスに、風変わりな意匠ながら豪奢な首飾り。錫杖も、王冠も、やはり風変わりな意匠ではあるが、それが不思議と調和する。それはあまりにも、彼女が堂々としていて……その態度が、彼女の統べるこの国の力に裏付けられたものだからであろう。
「ようこそ、メカニジアへ」
思っていたよりもずっと軽やかで柔らかい女の声が、グレイ達を歓迎した。
軽やかで柔らかいが故に、その力を確かに感じさせる声が。
「此度、このような機会を頂きましたことに感謝申し上げます、エテルニータ様」
エメディアは、美しい所作で一礼した。整っていて、美しく……しかし、『整いすぎている』とは思わない。そんな様子を見て、グレイは『エメディアは確かに王女様なんだな』とぼんやり思う。
「ローザテイルのエメディア姫。よくぞここまでおいで下さいましたね。長旅の疲れもありましょう?」
一方の女王……エテルニータ、とエメディアに呼ばれていた彼女もまた、微笑んでエメディアに労いの言葉をかける。だが、その微笑も、言葉も、どこか違和感を抱かせるものであった。何か、言葉に裏があるのでは、と思わされるような……或いは、『何も無い』のでは、とも、思わされるような。
「いえ。メカニジアに入ってからは、そちらのシルヴァスター卿のおかげで、何の労も無くここまで辿り着けました」
「そうですか。それは何よりです。……シルヴァスター卿、よい働きをしましたね」
女王の微笑がアイオンに向けられると、アイオンは恭しく、役者めいた所作で一礼した。
「秘密裏にやってきたとはいえ、国賓をご案内する名誉に与るのです。全力を尽くさないわけには参りますまい?」
「ええ。その通りですね」
アイオンの大仰な台詞にも、女王エテルニータはただ微笑むだけであった。……それに、アイオンが『やれやれ』とばかり、肩を竦めてみせるのだが、女王に対して不敬ではないのだろうか。
……アイオンの今までの言動を考えれば、今更かもしれないが。
「さて、エメディア姫。あなたが我々に対して求めるのは、不可侵の約束ですね?」
「……はい」
アイオンはさておいて、女王の話は進む。エメディアが緊張しながら頷くと、女王は微笑を湛えたまま、静かに頷いた。
「ならば、我々にはその準備があります」
……エメディアの表情が、ぱっ、と明るくなった。
だが、一方でグレイは、どうにも……拭えない危機感を、ずっとじりじりと抱き続けている。
「ローザテイルへの侵攻を停止するためには、あなたの力が必要です」
「私の力で和平が実現するのならば、是非、協力させてください!」
エメディアは、この機を逃すまいとしている。これだけの国力を見せつけられて、メカニジアと真っ向から戦うことの難しさはよくよく分かった。だからこそ、真っ向からの抗戦は、最後の手段としたいが……。
「古くから、国同士の和平を強めるために使われてきた方法があります」
女王エテルニータは、そう、切り出した。
「婚姻は、血と血を結びつけます。それは国を超えて、我々の結びつきを強めることでしょう」
……ここまでくれば、グレイにも、大まかなところは分かった。
「あなたと、シルヴァスター卿との間で婚姻関係を結ぶのはいかがでしょうか?」
要は、政略結婚。
そういうことなのだろう。
エメディアは、返事をしない。ただ、微笑の形に作った表情の下で、思考を繰り広げている。
その様子を、女王エテルニータはやはり変わらぬ微笑を浮かべたまま、見守っている。
……そして。
「あー……女王陛下?少々、発言をお許しいただきたく……」
そんな中、礼儀正しくも厚かましく、声を上げたのはアイオンである。
アイオンは女王の返事も待たずに、かつ、かつ、と靴音を響かせながら玉座の間を歩き回り始める。本当に、舞台役者か何かのようだ。
「その、斯様に美しく勇敢なるエメディア姫との婚姻ともなれば、不肖、アイオン・シルヴァスター、喜んでお受けいたしましょう。ですが……」
アイオンは、額に手をやって大仰に嘆くようにしてみせて……言った。
「……エメディア姫の気持ちあっての婚姻ではないかと。やはり、婚姻というからには、そこには燃えるような、愛が!無くては!」
……グレイは、『やはりこいつ、ここまでくるとなると、大したものだ』という気分になってきた。
「シルヴァスター卿」
女王エテルニータは、やはり変わらぬ微笑で、アイオンに向き直った。
「非合理的な発言は慎みなさい」
「……御意」
アイオンも、女王にぴしゃりとやられてしまえば、それ以上食い下がることは無かった。すごすご、と引き下がっていくアイオンを見て、『まあ、この期に及んでこの仕草ができるだけでも大したものだよな……』と、グレイはまた感心するような気分になってきた。
「エメディア姫。あなたの考えをお聞かせください」
さて。いよいよ、女王エテルニータがエメディアに発言を求める。グレイが内心ひやひやしながらエメディアを見守っていると……エメディアは、先程までの、固めた表情とは異なる微笑で、玉座の女王を見上げた。
「申し訳ありません、エテルニータ様。そのお話には、すぐさまお返事することはできないのです」
……どうやら、エメディアはきちんと、理論を整理し終えたらしい。
「和平のため、国を超えて婚姻関係を結ぶ、という案には賛同できる部分も多くあります。しかし……何にせよ、一度ローザテイルへ戻り、父の許可を得ないことには動けません」
申し訳なさそうに苦笑して見せながら、エメディアは真っ直ぐに女王エテルニータを見つめて、エメディアは続ける。
「そして……私自身、ローザテイルの戦力の一端を担う立場です。それ故に、『敵国』となりかねないメカニジアに私の身柄があることを案ずる者は、ローザテイル国内に多く居ることでしょう」
「分かりました。確かに、あなたの心配も理解できます。ローザテイル国内の情勢が不安定であることもあり、即座に決断することは難しいでしょう」
そうして、女王エテルニータもあっさりと頷いた。これにはエメディアも安堵する。
「ご厚情に感謝いたします」
「当然のことです。人は間違うもの。より正しい考えを導き出すためには話し合うこともまた、必要でしょう」
女王エテルニータはやはり微笑を変えないままにそう言った。
……やはり、作り物めいて完璧な女王であった。
それから、女王エテルニータとエメディアは、あれこれ、また別の話を始めた。
例えば、魔石の輸出入に関する話であるとか。メカニジアとの交換留学の話であるとか。
……そうした話を聞いていけば、メカニジアが望むものが何か、多少は分かってくる。
結局のところ、メカニジアは魔石資源に乏しい国だ。これだけの魔導の代物を動かしに動かしているのだから、必要な魔力は莫大であるはず。それらを補うために、どうしても、魔石資源の豊かなローザテイルが欲しい、ということなのだろう。
また、同時に、ローザテイルの文化や魔法の技術にも興味がある様子であった。……このように武骨な城に住まう女王が、ローザテイルの音楽や芸術の話をするエメディアにあれこれ質問を重ねている様子は、何やら、奇妙にも思えたが。
そうして女王エテルニータとエメディアの歓談は終了し、グレイ達は揃って、客室へ案内されることになった。
「では、シルヴァスター卿。彼らを客室へ」
「御意。……では、皆々様、こちらへ」
案内役は、変わらずアイオンであるらしい。わざわざ、女王がアイオンを案内役に指名するのは、やはりエメディアとの婚姻を進めたいからなのだろう。……無論、アイオンの言う『婚姻となれば燃えるような愛!』という言葉を真に受けたわけではないだろうが。
アイオンは女王に大きく一礼すると、3人を引き連れて玉座の間を出る。……そうして玉座の間を出て鉄扉が閉まるや否や、大きくため息を吐いて、『やれやれ』とばかりに頭を振った。
「全く……女王陛下は、情緒というものをご理解くださらんのだ!」
少々苛立ったようにアイオンはそう言うと、こつこつこつ、と靴で床を意味もなく鳴らし……そして再び、深々とため息を吐いてエメディアに頭を下げる。
「ああ、エメディア姫。ご不快に思われただろう。申し訳ない。私から謝罪させていただこう」
「いえ……よくあることだわ。それに、有効な手でもある。申し出自体は、私、別に、不快に思ってはいないの」
エメディアは、戸惑ってはいる様子だったが、不快に思っているわけではない、らしい。ましてや、絶望するでもない。
「王女である以上、政略結婚は、まあ、運命だもの。ただ……あまりにも急に話が出たものだから、戸惑ってはいるけれどね」
「ううむ……貴女にそのような憂いを抱かせること自体、実に、許しがたい……私の美学に反する……」
エメディアが苦笑する一方、アイオンは心底、今回の話に打ちひしがれている様子である。『美学に反する』ということらしいが……グレイは、『やっぱりこいつ、大した奴だな……』と、いっそ褒め称えたい気持ちになってきた。
「おい、エメディア。まさか本当にコイツと結婚する気か?」
が、一方でスファルは、アイオンに対してまだまだ猜疑心が働くようである。
「やめとけやめとけ。俺の、オーガとしての勘が『こいつは止めとけ』って言ってるぜ!」
「待ちたまえ。何だ、つまり、エメディア姫に相応しくないと言うつもりか?確かに、斯様に美しく気高く勇敢な……そう、まるで、野薔薇のような姫君には、世界中のあらゆる男が釣り合わないことだろうが」
「だからよ、ソレだ。ソレが駄目だ。お前の言葉1つ1つが、なんか……聞いてると、ケツがモゾモゾするんだよなあ……」
「モゾモゾ……?臀部が……?何故……?」
……スファルが、『こいつにどう言ったらいいんだ?』とばかり、グレイを見つめてくる。
そしてアイオンも、『何故臀部に違和感が?』とばかり、グレイを見つめてくる。
……グレイは、そっと、どちらからも目を逸らした。こんなことに巻き込まれてたまるか。
「あー……とにかく、この話はね、私には決められないの。一度、この結果を持って国へ帰らないとね」
スファルとアイオンに呆れつつ、エメディアはそう言って、話を打ち切ろうとした。
……だが。
「待て。あんた、帰ったら暗殺者が待ってるだろ」
エメディアはそもそも、自分の国の中でも、追われる立場である。『政略結婚するかどうか』など、相談できる状況ではないように思われるが……。
「どうかしら。私がメカニジアとの和平の交渉に使える、ってなったら、殺してる場合じゃないと思うのだけれど」
「……あんたの兄さんの立場からしてみたら、誰からも好かれて人望に厚い妹が、敵国まで味方に付けるように思うんじゃないか?」
「……そこまで愚かな兄じゃないと思いたいけれどね」
……問題は、山積みである。
グレイは、焦燥に塗れた思考を打ち切るように、1つため息を吐いた。
何をしたわけでもなく、疲れている。今はただ、休んでしまいたかった。