作品タイトル不明
28話:鉄の国*2
馬車の中で、グレイは早速、気まずい思いをすることになった。
というのも……馬車の中で、向かい合うようにして設置された2人掛けの座席2つにどう座るか、となれば……できる限り、エメディアをアイオンから遠ざけたかった。
よって、今、グレイがアイオンの真正面に座り、そしてスファルがアイオンの隣に座り、アイオンの斜め向かいおよびグレイの隣にエメディアが座る、という状況になっている。
すぐ隣にエメディアが座っているのは気まずいし、真正面、ともすれば膝同士がぶつかりかねない距離にアイオンが居るというのも、非常に、気まずい。
同じく、自分の隣に得体の知れない騎士が座っている状況のスファルも、落ち着かなげである。つまるところ、極めて、気まずいのである。
……が、それ以外は極めて快適であった。何せ……速度の割に揺れが少ないのである。
馬車が走る道の石畳が均質である、ということもあるだろうが、それ以上に何か、馬車に仕掛けがあるように思われた。
女王の居所であるという城までの道すがら、馬車の窓から街並みを眺めてみては、やはり異質なほど整ったそれに、圧し潰されるような心地を味わう。
何もかもが、違いすぎる。メカニジアと、ローザテイルとでは。
……否。メカニジアは、ローザテイルどころか、世界中のどんな国とも異なるのではないだろうか。グレイは生憎、狭い世界のことしか知らないが、それでも、漏れ聞こえてくる話の端々から感じ取れる他国の様子を鑑みるに、どうも、メカニジアだけが異質であるように思われる。
そう。いっそ、『おかしい』と思えるほどに。
「さて……エメディア姫。1つ、貴女に確認しておきたい」
そんな折、アイオンがエメディアに尋ねる。馬車の中でも……それどころか、自宅であろうに屋敷の中でも、この白銀の全身鎧姿であったこの男は、これはこれでまた別の方向に異質な存在であった。
「貴女の目的は、我が女王との面談、もとい交渉……ということで、間違いはないかな?」
「ええ。それが、どういう内容の『交渉』になるのかも、もうそっちは分かってるってことかしら」
「勿論。私の耳であり目である者達が、教えてくれているのでね」
エメディアが緊張気味に答えれば、アイオンは実に満足気に頷いた。
「まあ……貴女が理性的で、非常に助かる。いきなり交戦するようなことにはしたくなかったのでね。とはいえ……まあ、貴女の返答次第では、我らがメカニジアはローザテイルを足がかりに、世界の頂点を奪いに動くことになるだろうが……」
……アイオンの表情は、兜に隠れて見えない。だが、軽やかな笑い声が漏れ聞こえてくるところを見るに、実に余裕綽々だ、と言えるだろう。
それはそうだな、とグレイは思う。……これだけの国力があれば、間違いなく、メカニジアはローザテイルに対して優位に立てる。
「……詳しい話は、あなたじゃなくて、女王陛下とした方がいいかしら?」
「ふむ、そうだな。私としたことが、喋りすぎたらしい。これではまた、女王陛下に詰られるな……やれやれ」
軽口を叩きながら、アイオンは馬車の座席の背もたれに深く体を預けた。
……そのまま、しばらく全員が黙っていた。エメディアは緊張に身を固くしていたし、スファルは落ち着かなげに、もぞもぞ、と尻を動かしていたし……そしてグレイとしても、こんな状況になるのは生まれて初めてなもので、戸惑いが強い。
だが、こういう時は少しでも情報を得るべきだ、ということをグレイは知っている。自分でも拾えそうな情報を拾えるだけ拾って……後は、それらを繋ぎ合わせて、相手を知る。そうして、グレイは『盾役』をやっている。
やはり、知らない者を相手に立ち回るべきではないのだ。戦場でも、それ以外でも。
「なあ。宿場にそっちの兵士紛いを送り込んできたのは、あんたか」
……ということで、グレイはそう、真正面のアイオンに尋ねた。
すると。
「ん?宿場、に……?」
……初めて、アイオンに困惑らしいものが見られた。
「……メカニジアに到着する直前。俺達が一昨日泊まった宿場だ。分かるだろ?」
「あ、ああ。勿論。……して、そこに……その、何だと?」
「メカニジア兵が居た。ああ、『人間じゃない』やつだ。破壊したら歯車とネジが出てきた」
グレイが、『ほら』と懐から歯車を1つ取り出してみせてやれば、アイオンはそれを、まじまじと見つめた。
「これが……君達の宿に?」
ここまでくれば、グレイも『おや』と思う。
「あんたがアレを差し向けてきたんじゃなかったのか?」
……どうやら、あのメカニジア兵のことを、アイオンは知らないらしい。
「おいおいおい、テメエじゃねえなら、ありゃ誰がやったってんだ?あ?」
アイオンが何やら考え込む横から、ここぞとばかり、スファルが身を乗り出す。元々、少々窮屈そうに座席に収まっていた大柄なオーガが身を乗り出して凄めば、アイオンは逃げ場も無く、ただスファルに詰め寄られるばかりとなる。
「俺ン家で俺がぶっ飛ばしたのも、アレと同じ奴だったよなあ?やっぱりテメエの仕業じゃねえのか?宿に泊まってる俺達を殺そうって算段だったんじゃねえのか!?ああ!?」
「お、落ち着きたまえ!少なくとも、私が差し向けたものではないのだ!誤解だ!」
アイオンは慌てたようにスファルに弁明するが、スファルは『信じられっか!俺達を殺そうとしやがったんだな!?許さねえ!』と全く聞く耳を持たない。
「……アレって、勝手に動くものじゃ、ないでしょう?やっぱり誰かが差し向けてきた、っていうことよね?」
「まあ……我らが女王陛下は用心深い御方なのでね。そういうことも、あるだろう……」
「女王陛下が直々に、ってこと?ふーん……?」
なので、アイオンの話し相手はスファルではなく、エメディアになる。スファルは置いておいて、エメディアは少し考え、首を傾げた。
「……あなたって、女王陛下の命で私達を迎えに来た、のよね?あなたが私達を女王陛下のところへ連れて行こうとすることも、女王陛下はご存じなんでしょう?」
「勿論。誓ってその通りだ」
「……でも、女王陛下はあなたのこと、信用してない、ってこと?」
……エメディアが容赦なく、ずばり、と聞いてしまうと、アイオンは軽口を叩くでもなく、少々項垂れて黙ってしまった。……何も言い返せないらしい。
「……悪いな。宿場に居たメカニジア兵のこと、あんたに教えない方がよかったか」
一方のグレイは、まさかここまでアイオンが狼狽するとは思ってもおらず、ますます気まずい気分になっていた。
「……いや。教えて頂き、感謝する」
だがアイオンは一応、そんなことを言うと、何やらまた、考え始める。
アイオンがすっかり黙ってしまったので、グレイ達はどうすることもできない。
ただ、『どうやら敵陣も一枚岩ではないらしい』ということだけがぼんやりと分かったまま、少々哀れなアイオンを、皆で見守るのだった。
そうしている内に、馬車は城へと到着する。
……とはいえ、馬車を降りた先の、その風景を見て、グレイ達は只々、驚いていた。
「これ……すごい、わね……」
「鉄、か?鉄の城……か?うおお……」
……そこにあったのは、石材や木材でできた城ではない。
鉄でできた、巨大な塊……そう表現した方がよいのではないか、と思われるような代物であった。
「ふむ。君達の言わんとするところは私にも分かる。この城は少々、美意識に欠けるな」
巨大な鉄の城を見上げて唖然とするグレイ達に、アイオンが『やれやれ』とばかり、声をかけてきた。
「確かに、防衛に向く城ではある。技術の粋を集めたものでもあろうとも。だが……美というものを、疎かにしすぎだ!」
アイオンは大仰に嘆いてみせているが、城の門番が、そんなアイオンをじっと見つめている。……門番の前で城に嘆いていてもいいのだろうか。グレイは少々、落ち着かない気分になってきた。
「あなたのお屋敷の方が、それらしかったかもしれないわね」
「おお!そう言って頂けるとは光栄だ、エメディア姫。私の屋敷は、私の思う美を追求したものなのでね。女王陛下には、『合理性に欠ける』と苦言を呈されているが、私は己の美意識を曲げるつもりは無いとも」
……やはり、このアイオンという騎士、かなりの変わり者であるらしい。メカニジア国内においても。
そうして、アイオン曰くの『美意識に欠ける城』へと、グレイ達は招かれることになる。
……とはいえ、門番相手に、少々の悶着はあった。というのも、『エメディア姫は通せるが、そちらの護衛2人は招かれていない』とのことだったのである。
だがそれについては、エメディアが『この2人も一緒でないなら私は帰る』と怒って見せた途端、『どうぞどうぞ』と開門し、グレイとスファルも無事、城の中に入ることができた。
門番達に見送られて、アイオンを先頭に、グレイ達4人は城へと入る。……門番達の横を通り過ぎる時、門番達がエメディアに見惚れた様子であるのを見て、グレイは、『こいつらは歯車とネジでできてるわけじゃなかったんだな』と知った。
まあ、門番という仕事は、歯車とネジの兵士には難しいのかもしれない。……馬車の中でエメディアがアイオン相手にカマをかけていたが、どうやら、歯車とネジのメカニジア兵は、『勝手に動くのではなく、誰かが動かす』ものであるらしいので。
そうしてグレイ達が城の中に入ると、城の中で魔力が動く気配があった。
「……下だな」
「下ね」
「は?何がだ?」
……スファルには分からなかったようだが、グレイとエメディアには、それが感じ取れた。恐らく、グレイよりもエメディアの方がより強く、魔力が動くのを感じ取れたことだろう。
同時に、エメディアはそっと、魔力を放った。……コルザの町のダンジョンでやっていたのと同じことだ。魔力を放って、跳ね返って戻ってくる魔力を見て、対象がどこにあるのかを探っている。
……エメディアがそれをやっている間、グレイはアイオンや、場内の外の兵士達の様子を見ていたが……どうやら、彼らはエメディアの魔力探知を感じ取ることができていない様子である。やはり、魔法においては、こちらに分があるようだ。
「……変ね」
そんな中、エメディアはごく小さな声で、そう、グレイにだけ聞こえるように言った。
「たくさんの人の気配を感じるわ」
「人?魔石由来じゃないのか」
「ええ、魔石もあるけど……それ以上に、この城、多くの人の魔力が行き来してる。でも、それらの魔力全部、1つに合わさっていて……うーん、大規模、よね……」
グレイも、エメディアほどではないが、魔法のことは多少、分かる。
何か……この城に居ると、体の奥底がざわつくような、奇妙な不快感を覚えるのだ。
それは、不快感、というよりは……恐怖、なのかもしれない。
そうして、グレイ達はいよいよ、重々しく武骨な鉄の扉の前に連れてこられた。
……この鉄扉なら確かに、大抵の魔法は通さないだろう。この先に居るのであろう女王の命を守るにあたって、実に合理的な……それでいて、確かに『美意識』には欠ける。そんな印象を受ける。
「さて……それではいよいよ、女王陛下とのご対面だ」
アイオンは少々大仰に身振りしながらそう言って、扉のノッカーを、こつこつこつ、とやった。
すると、重々しい鉄扉が開く。……いよいよやってくる対面に、グレイ達は只々、緊張しながらそれを見守った。