作品タイトル不明
24話:堂々とあれ*1
「隠れて食事ってのはなあ……食ってる気がしねえよなあ……」
……スファルは少々不満げであったが、仕方がない。
グレイ達は、グレイが調達してきた食事を宿の部屋で食べつつ、ため息を吐いた。
城の兵士が居る以上、エメディアをあまり外に出しておくわけにはいかないのである。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「い、いや、エメディアのせいじゃあねえ!悪いのは……そうだ、悪いのは、城の兵士共だ!」
エメディアはしゅんとしながらスープの椀を匙でかき混ぜ、ため息を吐く。スファルはそれを一生懸命励まそうとしているのだが……。
「……なんだって、あいつらエメディアを探してるんだ?」
……それを今まで、気にしていなかったらしい。今更気になるのか、と少々呆れた気分になってきたグレイであったが、まあ、実のところ、グレイ自身も、なんとなく、といった程度しか知らないことだ。
もしエメディアが誤魔化したいならいくらでも誤魔化す手伝いはするが……と思いつつ、グレイもスファルに揃ってエメディアを見つめていると。
「……私、権力者として最適な恩恵を持っているでしょう?」
「は?ん?恩恵?」
「ええ。『皆から好かれる恩恵』なんて、王族として都合が良すぎるじゃない」
……今の今まで、エメディアの恩恵が何かを知らなかったスファルが、早速、置いてけぼりになった。『俺がエメディアをいい女だと思うのは、恩恵のせいか……?いや、でも、よくよく考えてみても、エメディアはやっぱりいい女だ……』と混乱しているスファルはさておき、グレイはエメディアの話の終着点を察する。
「つまり、『次の王になりやすい』と判断された、ってことか」
「そういうことなの」
……どうやら、このお姫様は継承権争いに巻き込まれているらしい。
「王位を継ぐのは、兄になると思うわ。順当に考えていけば、兄が王位継承者になるのが自然だもの。能力に不備も無いだろうし……父は、そうしたがってると思う」
未だ、思考の淵に沈んだきり出てこないスファルは置き去りに、エメディアはグレイに、家の諸々を説明してくれた。グレイは聞きながら、『これ、聞いたら国家機密とかを知ることになるんじゃないか?』と気づきかけたが、少し考えて気づかなかったことにした。こういうことは、知らないに限る。
「それで、その兄王子の側近に裏切られて、あんた、ダンジョンの奥底に置き去りになったんだったか」
「そうなの。……多分、兄からしてみたら、私、邪魔なのよ」
エメディアは『それはそうよねえ』とぼやきながら、パンを千切ってスープに浸した。
「もしあんたも王位を継ごうとしたら、人心を集めるのはあんたの方だもんな」
「ええ。民の心も、側近の心も、私に向いちゃうから。……『王位を継ごうとしなくても』よ」
スープに浸したパンを食べつつ、エメディアは、ちら、とスファルを見て……スファルが未だ、『エメディアの恩恵……?』とやっているのを見て苦笑しつつ、スファルのことはやはり置いておくことにしたらしい。
「兄から敵対視されるのは、分かるわ。兄の立場からしてみれば、私は危険すぎる。私がふとその気になったら王位を簒奪されかねないし、私がそんな気を起こさなかったとしても、周囲の側近とか、民衆とかが私を持ち上げることは十分にあり得る。将来、国が割れる原因として警戒するべきよね」
「ああ……成程な」
グレイも、ちら、とスファルの方を見る。……スファルはやはり追い付いてきていないが、エメディアのこの境遇は、スファルと似通ったものがある。
スファルもまた、民衆の支持を得やすい性質であるようだ。コルザの町であれだけ慕われていたのを見るに、スファルを跡取りにしたくなかったらしい老オーガはさぞかし、頭を痛めていたのであろうと思われる。
なんだかんだ、多くの人に好かれている、ということは、鉄壁の守りになり得る。『こいつを蔑ろにしたら、こいつを好いている大勢が黙っていない』という状況は、それを望まない者からしてみたら酷く厄介なことだろう。
そして……だからこそ、排除しようと思われたなら、強硬手段に出られてしまう。
「それで、殺されそうになった、ってことか」
「殺されそうに『なってる』のかもしれないわ。……ここに居る兵士達の目的が、私の捕縛なのか、はたまた私の殺害なのかは分からないけれど」
「そうだな……」
グレイとしては、せめて、『捕縛』の方であってほしい。厄介度合いが違う、という以上に……エメディアが、命を狙われるようなことがあってほしくないので。無論、現実はそうもいかない、と分かってはいるが。それでも祈るような気持ちには、なる。
「……厄介よねえ、『恩恵』って。なんで、こんなものがあるのかしら。こんなもの無しに、全員が同じようにしていられたらよかったのに」
エメディアはそうぼやいて、ため息を吐いた。
すると、諸々の理解を一旦諦めたらしいスファルが、『分かるぜ』と頷いて同意を示してきた。……『恩恵』に悩まされる者として、スファルもここには共感できるらしい。
「恩恵が無かったら無かったで、結局は他のところで差が付くだけだろうな。それで、人気者と嫌われ者ができる。どうやったって、そうなる」
「そういうものかしら。夢の無い話だけれど……」
とはいえ、この中で随一の『嫌われ者』であるグレイには、なんとなく、その『恩恵の無い世界』が見えるような、そんな心地である。
恩恵があっても無くても、嫌われ者は嫌われ者であろう。そういう世界であることは、間違いない。グレイは、そう思う。
……エメディアの言う通り、『夢の無い話』ではあるが。
「……まあ、いいわ。兄が私を殺そうとしたって、殺されてやるもんですか」
そうして、エメディアはスープとパンを食べ終えて、ふう、とため息を吐いた。
「私は私の務めを果たすのみ、よ。……メカニジアに侵略されないように、精一杯、力を見せつけてやらなきゃ……」
……どのみち、やることは変わらない。エメディアはメカニジアに入って、そこで交渉を行うことになるだろう。
アイオンを見て、メカニジアには何やら不思議な武器があることが分かっていて……不安は大きいが。それでも、エメディアはやる気であるらしい。
「殺されかけてるってのに、熱心だな」
グレイとしては、少々不思議に思わないでもない。
自分を殺そうとする兄や側近達から逃げるだけなら分からないでもないが、逃げた先で、更に自分を犠牲にしかねないような……敵国との交渉と、最悪、その先に待ち受ける争いの最前線で戦うことへと向かっていくなんて。
「そうね。だって私、王族だもの。望んでそう生まれたわけじゃなくても、そのせいで厄介があっても……そうなんだもの」
だが、エメディアの覚悟は固いようであった。
「……好かれる分は、返さなきゃ、って、思うのよ」
……エメディアの『恩恵』は、彼女の周囲の人間を大いに惑わせている訳だが……一番、影響を与えているのは、エメディア自身に対して、なのかもしれない。
その日の夜は、一晩ぶりにベッドで眠り、疲れを癒した。
……やはり、野宿では疲れが取れなかったのだな、と、改めて感じる。グレイは改めてそれを確認し、『エメディアも同じように思っててくれるといいんだが』とため息を吐いた。……彼女がもし、また『野宿よ!』と言い出したらどうしようかと考える。考えても詮の無いことではあるが。
「ほら、スファル、起きろ」
「んー……んおー……」
さて。グレイは、スファルと同室であったので、寝起きの悪いオーガをなんとか起こしにかかる。だが、揺すっても叩いても、スファルは寝ぼけたままであった。一応、体は起こすし動きもするのだが、動作が非常に緩慢だ。
くあ、と大きく口を開けて欠伸をしているスファルに水を飲ませてやると、それが気管に入ったらしく、盛大に噎せた。
げほげほ、とやっているスファルの背を擦ってやっている内に、スファルもなんとか目が覚めたらしい。『死ぬかと思った』などと言いながら、のっそりと動き出して服を着始めた。
スファルが身支度を整えている間に、グレイは朝食を調達しに行く。エメディアは勿論だが、スファルもあまり、外に出したくない。……何せあのオーガは、巨体である上、長く赤い髪が非常に目立つのだ。
その点、グレイならば、人の印象に残りにくい容貌をしている。人目に付きたくない時に外に出る役割は、今後もグレイが担当することになるだろう。
「じゃあ、そっちのチーズを。ああ、そのパンも一塊包んでくれ」
そうしてグレイは、3人分の朝食、そして今日の昼食も一緒に調達する。宿場のパン屋で大きなパンの塊とチーズを買っていって、後は朝から労働者向けにやっている屋台でスープか何かを買っていこう、と算段をつける。
そこそこに大きな宿場町で助かった。これが、食料の調達ができないような場所だとどうしようもない。
……と、グレイがパン屋で会計をしていたところ。
すっ、と視界の端から何かが飛んできたので、グレイはそれを手で受け止めた。
……それは、石である。パン屋の外を見ると、子供が2人ほど、逃げていくのが見えた。どうやら、グレイに向かって投げたらしい。
グレイが1人で外に出ていると、こういう弊害はある。
『なんとなく気に食わない相手』には何をしてもよい、と考える者は多い。特に、自制の利かない子供ならば、こういうことも多い。
或いは……酔っている相手や、そもそもグレイの恩恵が影響しやすい、魔力の少ない相手であれば。
「ほら、パンとチーズ。さっさと出ていきな。邪魔だよ」
「ああ、悪いね」
……会計を終えたパン屋でも、少々邪険に扱われてしまう。受けとった紙袋を確認してみると、棚に並んでいたものより幾分小さなパンとチーズが入っていた。わざわざ小さめのものを選んでくれたらしい。
グレイは小さくため息を吐きつつ、『まあ、こんなもんだな』と、それ以上特に何も思わず、手頃な屋台を探してパン屋を出るのだった。
「お。帰ってきたな……お、おい!お前、それ、どうした!?」
そうして、食事を抱えて宿に戻ったグレイは、スファルを大いに困惑させた。
何せ……グレイは、ずぶ濡れであったので。
「グレイ、あなた、水浴びでもしてきたの?」
「まあ、そんなところだな……」
エメディアもこちらの部屋に来ていたらしい。『あまり見られたい恰好じゃなかったんだが』と少々苦く思いつつ、グレイはエメディアに食事の包みを手渡した。
「パンとチーズは無事だ。で、こんなザマなんで、スープは諦めてきた。代わりにハムを一本買ってきたんで、これでいいな」
グレイは濡れそぼった髪を掻き上げつつ、ため息を吐いた。さっきから雫を滴らせている前髪が鬱陶しい。さっさとこいつを片付けてしまいたい。
「先、食っててくれ。着替えてくる」
「お、おいおい……何があったんだよ……」
「俺に『うっかり』水をぶっかけちまった奴がいただけだよ」
……グレイが1人で外を歩いていると、こういうことも、ままある。グレイにとってはよくあることだ。……だが、それをこの2人に知られるのは、なんとなく憚られた。
幸いにして、着替えはある。グレイはエメディアの視界から隠れられる位置で、さっさと濡れた服を脱ぎ、乾いた着替えを着始めるのだった。
そうして、スファルとエメディアがパンやチーズやハムを切りながら適当に食事をしている場に戻ったグレイは、『はい、グレイの分』と、切り分けられたそれを受け取って、食べ始める。
……エメディアとスファルは、そんなグレイを、じっ、と見つめていた。見つめられるグレイとしては、非常に居心地が悪い。
服は着替えたが、濡れた髪は大雑把に拭いて、それきりだ。放っておけば乾くだろうが、それまではなんとなく、見つめられたくないのだが……。
「……提案があるのだけれど」
そんなグレイに、エメディアが、言い出した。
「次の宿場では、誰が居ても、何があっても、私、グレイと行動を共にするわ」
「は?」
……グレイは、内心で『勘弁してくれ』と思いつつ……しかしどうやら決意が固いらしいエメディアを見つめ返して、ぽかん、とするしかなかった。