軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話:野宿、焚火*1

「野宿よ!一回、やってみたかったの!野宿!」

エメディアは、極めて嬉しそうである。だが、グレイは頭を抱えたい気分であるし、スファルは『マジかよ……』とげんなりしている。

「……俺は、野宿は嫌だ。特に、あんたを野宿させるのは」

……グレイとしては、自分が野宿する分には構わない。野晒しでも何でも構いやしない。元々がそういう生き方をしてきたのだ。特段、何かを思うこともない。スファルについても、まあ、人間より頑丈なオーガのことをそんなに心配してやる義理はないだろうと思う。

だが……どうにも、エメディアに野宿させる、というのは……自分の中の良心が、悲鳴を上げるのだ。

「あら、しょうがないじゃない!もう日は沈んじゃうもの!」

とはいえ、エメディアの言う通り、仕方のないことではある。

宿場は、遠い。何故ならば……グレイ達は、宿場を『避けて』くるしかなかったからである。

恐らく、急げば宿場には到達できた。だが、そうしなかったのは……宿場に続く街道の途中、後ろから追いついてきた一団が、襲い掛かってきたからである。

……奇襲であったが、まあ、対処はできた。大楯持ちのグレイと、めっぽう強いスファルが居れば、大抵の荒事には対応できる。

が、これには心配が付きまとう。何せ、襲い掛かってきた連中は、どうやら『スファルの父と弟の手の者』であったらしい、と分かったからである。

つまり、スファルは未だ、父と弟から命を狙われているらしい、と分かり……となれば、街道の先、宿場で寝込みを襲われるようなことにもなりかねない。これは厄介だな、と、グレイ達は考えながら街道を少し外れて進み……そこで、ローザテイルの兵士の姿を見つけてしまった。

『アレなら俺で問題ねえだろ』と1人向かったスファルが偵察に行った結果分かったことだが……鎧に輝く紋章は紛れもなくローザテイルのものであったし、どうやら、そこで検問が行われているようであった。

……つまり、そこへエメディアが行ってしまえば、エメディアの命が危ない。或いは、エメディアの自由が損なわれる。何せこのお姫様は、『兄の側近の裏切りによって、ダンジョンの奥底に放置され、そのままダンジョンを脱出後は王城へ帰らず逃亡している』という状況なのだから!

……ということで、エメディアとスファルのことを考えた結果、グレイ達は街道を大きく離れることになり、当然、宿場には立ち寄れず……こうして、野宿上等の山道の途中で野宿と相成ったのだ。

エメディアは申し訳なさそうであったし、スファルも少々肩身が狭い様子であったが……グレイは、そこについては特に気にしていない。

何せ、グレイにとっては『誰かに理不尽に狙われる』ことはごくごく日常のことだからである。ついでに……『野宿』についても。

そうして、グレイは自らの良心が大いに悲鳴を上げる中、理性で『しょうがないだろ』と良心を宥め……野宿の準備を進めることにした。

他人に野宿させることについてはさておき、自らが野宿することに関しては、グレイは実に、手慣れている。てきぱきと水場を探し当て、その道中で薪を集め、さっさと石で竈を作って、火を熾し……『念のため』と持ってきていた携帯鍋で茶を沸かし始めるまで、そう時間は掛からなかった。

「よぉし……我ながら、いい出来だ」

そして一方、スファルの方も、間違いなく『いい出来』であった。

「本当にすごいわ……」

「あんたを連れてきたのは正解だった」

……スファルは、手近な岩壁を掘り抜いて、人3人が寝るのに不便の無い程度の小部屋を生み出していた。

素手で岩壁を掘り抜ける、という、オーガの中でも少々特殊に思えるスファルの技能は、鉱山のみならず、こうした場面でも大いに役立つ。エメディアとグレイが素直に称賛すれば、スファルは大いに気を良くした様子であった。

枝葉を適当に束ねた簡易的な箒を使って、スファルが作った小さな洞窟の床に溜まった砂や石の欠片を掃き出し、枯れ草やらなにやらを敷いてできるだけ体が冷えないように寝床を整え……こうして、野宿の準備が整った。

「私のだけふかふかだわ」

「それくらいは受け入れてくれ」

尚、拾い集められた枯れ草の多くは、エメディアの寝床になった。……グレイは、別に何の上でも寝られるが、エメディアを冷たい岩の上で寝かせることは避けたかったのである。これについてはスファルも同意見であったため、2人が集めた枯れ草の多くは、一か所に集まることになったのである。

「洞窟の入り口で火を焚いていれば、まあ、そんなに魔物が入ってくるようなこともないだろうが……一応、見張りは立てておこうか」

「火があったら人が居ると分かるものね。国の兵士が来る可能性もあるわ」

「俺の追手もな。ったく……」

「じゃあ見張りは私が最初ね!じゃなきゃあなた達、遠慮して私のこと、起こさない気がするから!」

そうして、最初の見張りにはエメディアが立つことになった。……実に賢いお姫様である。グレイがやろうとしたことなど、お見通しであった。

……そうして。

「食事があるのはありがたいな」

グレイ達は、焚火を囲んで食事を摂る。……食事は、スファルの旅立ちに際して、食堂の面々が持たせてくれたものだ。『昼飯持ってけ』と渡された大きなパンやハムやチーズの塊は、今、焚火で炙られつつ美味しく3人に食べられている。

「明日以降は困るが」

「そうねえ……どの宿場に寄るのも、不安ではあるけれど。でも、食事が摂れずに弱った状態で敵国に入りたくはないし。身なりも整えていきたいけれど、それは流石に我儘かしら」

今日のところは、食事がある。だが、明日以降は難しい。そこらの野草を食べるにしても、限界はある。釣りをすればエメディアがいくらでも魚を釣ってくれることであろうが、それも魚が居る水場があることが条件だ。

そして何より、きちんと体を休められる環境は必要だ。……となると、結局のところはどこかで宿に泊まることになるだろう。少なくとも、メカニジアに入る前には。

……ということで、諸々の心配はあるが、今考えていても仕方がない。早速、エメディアに見張りを任せて、グレイとスファルは眠ることにした。

そうして眠って……日付が変わる前にグレイは目を覚ました。

グレイは、ここで起きると決めて眠れば、ある程度そのあたりで目を覚ますことができる性質である。また、何か異変を感じ取ればすぐ目を覚ますし、目を覚ました1秒後には戦える。……これができないと、裏通りで『嫌われ者』は生きていけないので。

「……そろそろ交代か」

そうして、グレイは洞窟入り口のエメディアの元へ向かい、寝ているスファルを起こさないように、小さな声でエメディアに話しかける。

「えっ、グレイ、もう起きてきたの!?」

「ああ。交代しよう」

洞窟の外と焚火とに意識を向けていたエメディアは、グレイが起きてきたことに大層驚いていた。グレイは少々『してやったり』という気分で笑いつつ、エメディアの向かいのあたりに腰を下ろす。

体を休めるために鎧は脱いできたが、大楯と斧槍は持ってきた。いつでもこれらを手にして戦えるように陣取って……そして、グレイは、自分をじっと見つめているエメディアを見つけて、たじろいだ。

「……もうあんたは寝ていいぞ」

「うん……そうね。そうなんだけど」

交代だ、と言っているのに、エメディアは焚火の前から去ろうとしない。……一度、上げかけた腰をもう一度下ろして、エメディアはグレイに、尋ねてきた。

「……ねえ、グレイ。やっぱり、私に遠慮しないで、っていうのは、難しいことかしら」

エメディアが眉尻を下げてそう言うのを聞いて、グレイも、『そりゃそうだ』と思うのだが……しかし、グレイは、ことエメディアに関しては、大事にしてやらねば、と思ってしまうのだ。グレイ自身、自分の中のこんな良心がまだあったことに驚いているのだが。

……恐らくこれは、彼女の身分故ではなく、『恩恵』のせいなのだろう。

「そうだな。難しい」

なのでグレイは、正直に申告しておくことにする。

「あんたはお姫様だ。身分のことが無くっても」

「え?……どういうこと?」

「『大事にしなきゃいけない女』ってことだ」

こんなことを自分が言う羽目になるとは、とグレイは少々、羞恥のようなものを覚えたが、そんなものは今更である。

「恩恵のせいなのかもしれないが、俺はあんたを好ましく思ってる。好ましいと思う以上は、大事にしなきゃいけないと、思うだろ」

「そう?そうなの……うーん……ちょっと複雑な気持ちだわ」

「仕方がない。それは諦めてくれ」

エメディアが『うーん』とやっているのを眺めつつ、グレイは、『どうやらエメディアは少し話したい気分らしい』と察した。……人付き合いというものを碌にしてこなかったグレイでも、それくらいは分かる。頑張れば。

「私……恩恵があるから、誰にも好いてもらえる。でもそれって、恩恵があるからであって……皆、私自身が好きなわけじゃ、ないのよね」

そうして、エメディアはそんなことを零した。

それは、エメディアがずっと……旅立つ前からずっと、考えていたことなのだろう、と思われた。同じような『恩恵』を持つグレイだからこそ、話してくれることなのかもしれない。或いは、城の外の、どうでもいい立場のグレイだからこそ、と言うべきか。

「どうだろうな……俺は、あんたに恩恵が無くても、きっと好きになったよ」

「……そう?」

「そりゃ、そうだろう。『嫌われ者』は、人に話しかけられたら、それだけで相手を好きになっちまうもんだ」

グレイはため息を吐きつつ、王都の裏通りのジョードのことを思い出した。……偏屈なドワーフは、偏屈で、頓着が無く、そしてグレイにも話しかけてくるような相手であったので……グレイは、あの魔導職人のことを、とても気に入っていたのである。

「……それに、あんた、陽だまりみたいな人だ。明るくて、ぬくくて。……一緒に居て、居心地は悪くない。恩恵が無くっても、な」

「そう……」

エメディアは、何やら不思議そうにグレイを見つめていたが……やがて、グレイのことを見つめて、首を傾げた。

「……そういえば、グレイって、私の名前を呼ばないわね」

「……え?」

「その、私と話してる時は、『あんた』って言うじゃない?」

「……ああ、まあ、うん」

グレイは、大いに面食らいつつも自分の言動を思い出し……『ああ、そうだよな』と、確認する。そうだ。グレイは、エメディアの名を呼ばない。呼ばないようにしている。

「何か、理由があるの?やっぱり私のこと、嫌い?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……」

何と言っていいものか考えあぐねて……グレイは、正直に言うことにした。

「……その、嫌だろう。俺に名前を呼ばれるのは」

……グレイがそう言った途端、エメディアはなんとも気の抜けた顔になってしまった。

「……嫌だったらこの話、してないと思うわよ」

「ああ、そうか、うん……」

曖昧に返事をしつつ、グレイは『気を遣わせたか』だの、『俺の考え過ぎか?』だの、色々と考える羽目になったが……。

「……あのね、グレイ。あなたは、私に恩恵が無くても好きになっただろう、って言ってくれたけど……私は、恩恵があってもあなたのこと、好きよ」

「え」

エメディアが唐突にそう言ってきたものだから、グレイの思考など、全て吹っ飛んだ。

「命を預けられる、頼れる仲間だもの!スファルじゃないけど、私だって、あなたの『恩恵』になんか負けたくないわ!」

「あ、ああ……そいつは、どうも……」

分かっている。彼女は好意を向けられるのも、好意を向けるのも、慣れているのだ。それだけのことだ。一方のグレイは、そういったことにとにかく不慣れであって、それだけのことだ。

「だから、私のこと、名前呼んでくれたっていいんだからね!」

「あ、ああ……」

エメディアは、他意は無い。それは分かっている。

分かってはいるのだが……妙に浮足立った気分になってしまうのは、最早、致し方ないことである。グレイは自分で自分のことを諦めつつ、ため息を吐いた。

「えーと……それは、言っておきたかったの。私はあなたのこと信頼してるし、あなたに信頼される仲間でありたいから」

そうして、エメディアは満足したらしく、よいしょ、と腰を上げた。

「それじゃあ、おやすみなさい、グレイ」

「ああ、おやすみ……エメディア」

グレイは、幾分疲れたような、それでいてふわふわとしたような、妙な気分でエメディアを見送った。

……そうして、焚火を枝でつつき、外の様子を見張り……そうしながら考えごとに頭を悩ませ、また、ため息を吐く。

ここ数日で、どうにも、人生初の体験が多すぎる。グレイは、『つくづく、妙なことになったもんだ』と、ぼんやり思うのだった。