作品タイトル不明
17話:鉱山の底へ*5
+
エメディアは、集中していた。
集中してひたすら、『ダンジョンの核』を探していた。
……難しい仕事である。何せ、このあたりには魔力が多い。ダンジョン自体が魔石の塊なのに、その中に埋もれかけている別の魔力を探す、というのは……光の中で光を探すようなものだ。
だがそれでも、エメディアはやるしかない。
……今も尚、ゴーレムと対峙し続けているグレイと、何故か一緒に来たらしいスファルのためにも。
エメディアがここでやらねば、彼らを見殺しにすることになる。彼らはエメディアを信じて、途方もない消耗戦に身を投じてくれているのだから。
だから……エメディアもまた、自身の消耗を、厭わなかった。
エメディアは自分の魔力を放出した。
難しいことなど何も考えないで、ただ、できる限り出力を絞って、全方向に、まんべんなく……途方もない範囲に。
並大抵の人間では魔力が不足するであろうところだが、エメディアになら、できる。それも、つい3日前にダンジョンの核を1つ取り込んだエメディアになら。
そうしてエメディアは、自身が放った魔力に反応する魔力を探す。
自分の魔力に溶け込んだダンジョンの核が、今、どこかにある別のダンジョンの核に何らかの反応を齎すことを期待して。
……そうして、エメディアは音にも似た揺らぎを感じ取る。
「……そこね!」
それは、天井にあった。
天井の魔石の結晶の中から、こちらを睥睨していた。そして今……エメディアを、自分自身によく似た魔力の塊を、見ている!
「グレイ!あと30秒!」
エメディアは杖を構え、集中した。グレイ達に無茶を強いる自覚はある。ここから更に『30秒』なんて、あまりにも惨いことを言っていることは、分かっている。
だからこそ、あいつを狙い打って、一撃で破壊してやらなければ、と。そのために『30秒以内』にケリをつけてやる、と意を決して……。
「ああ、1分でもいいぜ!」
……そんなエメディアに、グレイの軽口が飛んできた。
その言葉が、エメディアに力を与える。
エメディアは笑って、ただ、天井を睨んだ。
……今も部屋の中で暴れ回っているゴーレムになど、視線をやりはしない。ゴーレムの攻撃が自分には届かないことを、信じているから。
……そうして。
ピシッ、と、鋭い音が響く。
天井の魔石に一筋、深く深く、亀裂が走っていた。
+
天井から音が響いた直後、グレイとスファルが戦っていたゴーレムは天井を見上げて、動きを止めていた。
グレイとスファルもつられて天井を見上げると……ピシ、ビシ、バキン……と、魔石にどんどん亀裂が走っていき、そして、魔石が割れ砕け、落ちてくる。
……それを確認するや否や、ゴーレムの巨体もまた、制御を失い、ばらばらと砕けて崩れ落ちていく。
「やった、のか……」
グレイがエメディアを振り返れば、エメディアはへたり込んでいて……。
「……お、おい!大丈夫か!?」
「へ?……え、あっ」
……エメディアは鼻血を出していた!
「集中し過ぎたみたい。えへへ……」
「全く、勘弁してくれ……肝が冷えた」
そうして、ゴーレムだったものがすっかり沈黙した中、エメディアはウサミミを枕にしてその場に寝ていた。
エメディアが鼻血を出していたことで矢鱈と動揺してしまったグレイは、同じく後ろの方でおろおろしているスファルと共に、エメディアに何かできるでもなく、只々、彼女が休むのを見守ることしかできなかった。……まあ、鼻血が出ているだけだったようなので、看病も何も必要無かっただろうが。
「うん、もう大丈夫みたい。血は止まったわ」
そうして、しばらく鼻を押さえていたエメディアは『もう大丈夫!』と元気よく体を起こしたので、グレイがまた、そっと寝かせた。……あまり元気にやられて、また鼻血を出されては困る。こと、このお姫様については、本当に、傷つかれては困るのだ。彼女が血を流すだけで、周囲はこれほどに動揺してしまうのだから!
「……魔力の使い過ぎだろうな。あんた、何をした?」
未だ動揺にばくばくと動く心臓を宥めつつ、グレイはエメディアに一応、確認しておくことにした。
……魔法使いが、このように鼻血を出すことは、まあ、しばしばあることである。
要は、集中のし過ぎであり、魔力の使い過ぎだ。極度の集中は人間に己の限界を越えさせてしまい、自らが傷つくほどに魔力を放出することをも可能としてしまう。そうして人は、鼻血を出す。そういうことである。
「あのね、ダンジョンの核を探すために、自分の魔力を使ったの。魔法の形にならなくても、魔力を放てば目的の魔力が揺れて見えるようになるかな、って」
「……おい、グレイ。こりゃ、何言ってんだ?」
「俺にも分からん」
……が、エメディアの説明を聞いて、グレイもスファルも、首を傾げるしかない。何せグレイも、魔法が得意な方ではない。スファルほどではないが。
エメディアは、感覚で魔力を操っているのであろう。魔力を魔法の形にして何らかの現象を起こすことは不得手なようだが、魔力を操るということ自体は、得意なのかもしれない。
「こう、波みたいなのよ。魔力って。それで、跳ね返りを見るというか……魔力が反応させた先を見るっていうか……うーん」
「あー……?アレか?暗闇の中で音を出して、音が跳ね返ってきたのを聞いて、何かが近くにあるのを見つけるみてえな奴か?」
「あ、多分、そういうかんじだわ。……生憎、私は暗闇で音を聞いてっていうのはできないけど。でも、似たようなことを魔力でやったのかも!」
……そして、この手のことは魔法を苦手とするスファルの方が、何故か共感できるようである。グレイは少々釈然としないものを覚えつつ、『まあ、スファルも感覚で戦う性質なんだろうしな……』と納得した。
……少々、妬ましいような気もする。
さて。
そうして、エメディアがそろそろ落ち着いてきた、というところで……グレイ達は、揃って『ダンジョンの核』を探すことになった。
エメディアが破壊した魔石の結晶は、今や割れ砕けて床に散らばっているのだが……その中に、『ダンジョンの核』も埋もれているのである。
「えーと……えい」
「お、おい。また鼻血を出すんじゃないだろうな」
「平気よ。そんなに大規模にやらないもの。えーと……あ、あった!」
グレイがひやひやしている一方、エメディアは何やら、今回やった魔力の使い方を早速復習しているらしく、迷うことなくダンジョンの核へ辿り着いた。一生懸命、魔石の破片を退かして探して……とやっていたグレイとスファルは何とも言えない気持ちでそれを見守った。
「すげえな、エメディアは……。強い奴はいい。本当に、いい女だ……」
そしてスファルはというと、エメディアにうっとりとした視線を送っている。
……彼は魔法が嫌いで、恩恵はもっと嫌い、ということであるらしい。となると、エメディアの『好かれる恩恵』のことを知ったら、恩恵に逆らってエメディアを嫌いになろうとするのだろうか。
「……あー、彼女は魔法使いなわけだが、それはいいのか」
結局、恩恵について明かすと面倒になりそうなので、まずは彼女の魔法について、という体で聞いてみるが……。
「……なんでかは分からねえが、エメディアなら魔法使いでもいいな……。うん、いい女に限っては、魔法を使っても、いい……」
……こいつは、エメディアの恩恵がしっかり効いているように思われる。グレイは呆れとも同情ともつかない気持ちになりつつ、『そうか』とだけ返しておいた。まあ……スファルが今、エメディアに敵対心を抱かないというのならば、それはそれでいいか、と思うことにして……。
そうして。
「さて、ダンジョンの核は見つかった訳だが……」
「じゃあ早速食べちゃうわね!そうしたらすぐに出られるわ!」
「あ、いや、ちょっと待ってくれ」
……グレイは、ダンジョンの核を口に運ぼうとしていたエメディアを止めた。
「……拭いたわよ?」
「そうじゃない。いや、それもそうなんだが……あー、スファル」
グレイはスファルに向き直って、さて、どう言ったものか、と考えながら言葉を選ぶ。
「……お前がダンジョンの核を持ち帰ってからエメディアに渡す、っていうんなら、俺はそれでも構わない。だが、ダンジョンをクリアしないことには、ここから脱出できそうにない、とも思っている。どうだ」
……そう。
今、ここでダンジョンの核を処理してしまえば、3人全員、安全に、かつ迅速に脱出できる。
だが……ダンジョンの核を一度持ち帰る、となったら……グレイ達は、落ちた縦穴を上るなり、他の道を探すなりしなければならないのである。それは、現実的ではない。あまりにも。
しかし……スファルは、ダンジョンの核を持ち帰りたいと言っていた。
……グレイは、『さて、どうなるか』と少々緊張しつつ、スファルを見守るのだった。
……とはいえ。
「……ほーう。確かにな。そいつは一理ありそうだな。うーん……」
グレイの心配は、杞憂に終わりそうである。スファルにも、脱出の難しさは分かっているらしい。ちら、ちら、とダンジョンの核を惜しそうに見てはいたが……やがて、えい、と思いきるように頷いた。
「んじゃあ、いい。分かった。やるよ。そいつは、エメディアにやる!」
「ええと、いいの?それだとあなたが困るんじゃ、ないの?」
エメディアも、事情の詳しいところは分からないながらも、スファルがダンジョンの核を欲しがっていたことは察したらしい。スファルを心配しながら、そう尋ねたが……スファルは、『いいんだよ』と、首を横に振った。
「ま、ダンジョンの守護者を倒したのはお前だろ?俺は勇敢に戦った。だが、その戦績は俺じゃなくて、お前のモンだ。俺がダンジョンの核を持ち帰るっつうのは、ズルい。誇り高きオーガとして、そんなことはできねえ」
「……へえ。あなた、いけ好かない奴だと思ったけれど、結構ちゃんとしてるのね……」
胸を張るスファルに、エメディアがなんとも歯に衣着せぬ感想を漏らしたが、『だろ?』と、スファルはにやつくばかりである。……『いけ好かない奴だと思ったけれど』の部分は聞こえなかったのかもしれない。
「ただ、そうだな……俺は、勇敢なオーガの戦士として、ダンジョンの守護者に立ち向かった。その証明は、欲しい」
そうして、スファルは辺りを見回し……ゴーレムの残骸が散らばる中から、ゴーレムの頭の一部だったものを、よいしょ、と拾い上げた。
「こいつは俺が貰うぜ。いいな?」
「ああ。構わない」
ゴーレムの頭は、魔石でできていた。あれを持ち帰れば、それだけでかなりの価値になるだろうし……ゴーレムが居た証明にもなるだろう。
あれは間違いなく、スファルが一番必要とするものだ。グレイもエメディアも、ゴーレムの頭の一部がスファルのものになることについて、異論は無い。
「もし証言が必要なら、私が証言するわ。あなたがゴーレムの注意を引いてくれたおかげで、ゴーレムを倒すことができた、って!」
「そいつはいいな!あんたみたいないい女がそう言うんなら、親父も聞くかもしれねえ!」
更に、エメディアが笑いかければスファルはいよいよ嬉しそうに笑った。
……彼にとって、父親の存在は随分と大きいようだ。
グレイは、自分にはよく分からないその感覚が一体どんなものなのか想像してみた。だが結局、上手く想像できない。ぼんやりと寂寥感を纏った想像の残滓を振り払って、グレイは目の前のことに意識を戻す。
……即ち。
「じゃ、いよいよだな」
「ええ。いよいよだわ」
エメディアが、このダンジョンの核も、我が物とするのだ。