作品タイトル不明
諸将が甲斐国で過ごしている頃、信長と家康は
天正二十一年(1593年)九月二十日
甲斐国 躑躅ヶ崎館
「これがブドウという果物ですか!見事な紫色ではありませぬか!虎次郎殿、食べてみてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。皮を剥いて、中の種に気をつけながら、食べてくだされ」
北条家の内乱が終わって1ヶ月半程が過ぎて、虎次郎の元服の儀が近づいている頃、甲斐国ではゲストの諸将が武田家での暮らしを堪能していた
そんな中で、虎次郎が収穫直前のブドウを諸将に食べさせる場面から始まる
「「「「「「では、いただきます」」」」」」
諸将がブドウの皮を剥いて食べると
「おお!なんと瑞々しく濃厚な甘さ!」
「甘いだけでなく、この香りもまた素晴らしい!」
「ほのかな酸味もまた、甘さを際立たせる!」
「ブドウそのものでも売り物になりそうじゃ!」
「これが酒になるとは信じられぬ!」
「早く呑んでみたいですな!」
その味に驚きを隠せなかった。そこからは、「どの様に育てるのか」や、「種の入手ルートは」、「これをどうやって酒にするのか?」等、虎次郎が質問攻めに合う事にかるが
虎次郎は、「右府様が到着した時に、教えて良いと許可を得ましたら教えます」と伝えるに留めた
それでも、時々は食事にブドウを含めた果物を出すと宣言したので、諸将は、それで納得した
そんな諸将の中で、1人精力的に動いている男が居た。その男の名は、最上出羽守義光。数年前に武田家に六三郎が居る事を突き止めて、
織田家への臣従をメインに、娘達の嫁ぎ先を六三郎に見繕ってもらおうとして、娘2人を臣従の使者に遣わせた大大名である。今回の戦に息子達も連れて来ていたので
久しぶりに親子水入らずの再会となった
「竹、駒!久しぶりに会ったが、ますます妙に似て来たのう。太郎もそう思わぬか?」
義光は2人を見て、美少女っぶりに磨きがかかった事を嫡男の太郎、史実の最上義康に話を振る。その太郎は
「そうですなあ。これならば、良き嫁ぎ先も見つかるでしょう。ですが、父上?拙者が実家で見た竹と駒は
もう少し、身の丈が小さかったと思うのですが?竹、駒。お主達、どの様な暮らしをしておったのじゃ?かなり身の丈が高くなった様じゃが?」
妹達の身長が、とても高くなっている事に思わず質問すると、竹姫は
「ほほほ。兄上、私の今の身の丈ですが、五尺五寸になりました」
約165センチになったと報告し、駒姫は
「私は、五尺四寸になりました」
約162センチになったと報告した。2人の報告に義光は
「身の丈が高くなって喜ばしい限り!そうじゃ、竹!お主の嫁ぎ先が決まったぞ!北条家の内乱のせいで知ったが、
お主、徳川様の次男の於義伊殿と良き仲になっておったとは!父は嬉しいぞ!あれ程の偉丈夫が竹の夫になるだけでなく、徳川様とも縁戚になるのじゃ!
これで、孫でも産まれたら。と、思うと楽しみで仕方ない!うむ、良き事じゃ!それで、駒はどうなのじゃ?誰か良き仲の若武者は居らぬのか?」
竹姫の嫁ぎ先が決まった事に、とても喜んでいた。その一方で、駒姫に良い仲の男は居ないのか?と質問すると、駒姫から予想外の答えが返ってきた
「父上。その事なのですが、実は柴田様の御正室の道乃様から、「どうしても相手が見つからない場合は、私の弟はどうですか?」と、言われておりまして
まだ、柴田様が頑張っている状況ですから、返答は控えましたか、如何なさいましょうか?」
まさかの道乃が駒姫に、弟の新三郎を嫁ぎ先候補の1つとして提案していたのである。それを聞いた義光は
「ま、ま、誠か!それは是非とも、その道乃殿と話をしたい!駒、どうにか話し合いの機会を作ってもらえる様、更に仲良くなるのじゃ!」
かなり興奮して、駒姫に更に励む様に伝える。それを聞いた駒姫は
「父上。それならば、柴田様が到着してからでも良いではありませぬか。落ち着いてください」
義光を落ち着かせる。娘に諭された義光は
「慌ててしまうとは、儂もまだまだじゃな。しかし、柴田殿の義弟の正室の座を駒が手に入れたならば、儂も少しばかり、織田家中で出世出来るか、
更に高い官位を手にする事が出来るかもしれぬな!じゃが、先ずは駒の幸せが第一じゃ!」
落ち着きを取り戻したが、それでも野心が小さくなる事は無かった。こうして領地もまだ持っていない新三郎も六三郎の仕事に巻き込まれる事が、確定した
一方その頃、今回の戦の領地を含めた恩賞の話し合いをしていた信長、家康、そして氏政と氏直親子はと言うと
同日
相模国 小田原城
「「先ずは、此度、北条家の内乱を鎮圧してくださいました事、誠に御礼申し上げます」」
氏政と氏直が信長と家康に頭を下げている。その2人に対して信長は
「うむ。相模守殿も左京大夫殿も、気持ちは充分受け取ったが、儂も二郎三郎も「領地」と言う目に見える形として受け取りたい!」
目に見える形の御礼として領地を割譲しろと伝えて、家康は
「相模守殿、そして婿殿。此度の戦において、最も働いた者が織田家家臣の柴田六三郎殿である事は、お二人も分かっておられよう
はっきりと申せば、儂も六三郎殿から教えてもらわなければ、此度の戦の事を知らなかった
そもそも六三郎殿は北条家の源三殿の子作り指導の為に織田家から派遣されておったのじゃ。織田家と武田家と上杉家と徳川家は勿論じゃが、
参戦してくれた他の家にも、領地を与えるか、領地切り取りを確約しないと、次は北条家が攻められる側になりますぞ?」
「領地を割譲したり、切り取りの許可を与えないと、次は北条家が攻められるよ?」
と、軽く恫喝する。この家康の言葉に北条家の全員、痛い所をつかれてしまい、何も言えない。今回の戦において、織田家と徳川家の軍勢の数も恐ろしかったが
最も北条家が恐れた事は、六三郎の人脈と人徳だった。六三郎の行動に感謝はしていても、一度動けば奥州、北陸、北関東の大名を動かす影響力に背筋が冷えただけでなく
北条家一門ですら、六三郎と共に行動する事に反対も無かった事が、更に六三郎を大きな存在に見せていた
そんな事を考えながら、氏政と氏直の親子は
「「今日一日、考える時間をいただきたく」」
信長と家康に、そう頼む。2人は
「今日考えて、明日決めてくだされ」
「織田家と徳川家が出した条件を、そのまま飲んでも構いませぬぞ?」
そう言って、大広間を出て行った。こうして、今日のうちに条件は確定しなかった。