作品タイトル不明
第316話 ~国境越え②~ 佐藤司目線
今のところ空模様が怪しい以外に何事もなく、俺たちは国境付近までたどり着いた。
馬車から降ろされたのは鬱蒼とした森の中で、一応馬車が通れるほど道幅が広いのがここまでらしい。周囲を見渡しても木しかない。背の高い木々に囲まれるのは獣人族領にあった“死の森”を彷彿とさせるが、こちらの森には確かに生命の気配があった。少し先の枝の上にいるのはリスか何かだろうか。
「こんなご時世なのに、危ない場所まで送っていただきありがとうございました」
「い、いや。仕事だからな。別にいいさ。報酬は木花様からたんまりもらってんだ」
ここまで送ってくれた、クマのように体の大きな御者に頭を下げると、俺の後ろで七瀬君たちも頭を下げる。
それに動揺したのか、御者は狼狽えた様子で視線を左右に揺らしながらまごまごと答えた。大きな体に反してその仕草は小動物を思い起こさせる。
「でも危険なことには変わりないですよね? 徒歩だともっとかかっていただろうし、体力も温存できて助かりました。帰りの道中でもお気をつけて」
「……おう」
御者は頷き、御者台に上がろうとタラップに足をかけ、何かを思い出したのか、そのままこちらを振り返る。
「……もし、帰りも馬車がいるなら、俺が迎えに来てやる」
「あ、ありがとうございます! でもどうか危なくない範囲でーー!」
首を傾げる俺たちと視線を合わせることなく、ボソリとそう言った彼は、そのまま急いで馬を走らせ去って行った。俺の声はきちんと届いていただろうか。
「何あれ耳真っ赤にしてめっちゃ可愛い人やな!!」
「かわ、いい……?」
キャーっと頬に手を添える上野さんに、津田君が首を傾げた。
女子はなんにでも可愛さを見出す生き物だから、考えるだけ無駄だ。
「出たな、対人間最終兵器・人たらし佐藤」
「いや、ただの会話交流じゃないか。物騒で変な異名を付けないでくれ」
「老若男女問わずやもんな。節操なさすぎやわ。人間相手に効くマタタビでも分泌してるんちゃう?」
「そんなものを分泌していたら今頃俺は人間団子だよ。それに、少なくとも君たちやジールさんには効いてないじゃないか」
「それはそうやけども」
ニヤニヤと笑い、揶揄うような口調で言ってくる七瀬君と上野さんの言葉に少しカチンときて言い返す。
「まあまあ、好意には好意を返したくなるものですよ。サトウ君は特にそうしたくなる雰囲気をお持ちなのでは?」
ワイワイと騒ぐ俺たちに、ジールさんが苦笑して言う。
この中ではジールさんだけが俺が異様に人に好かれる絡繰りを知っている。彼は俺たちを監督する立場としてこの世界に来てすぐ公開された俺の初期ステータスを見ているのだから。クラスメイトも同じく見たが、特に俺は勇者だったから、きっと職業の部分しか見ていなかっただろう。俺も、彼らの職業はともかく、細かいスキルなどは覚えていない。あと知っているのは他人のステータスが見ることができるらしい晶くらいか。
俺が人に好かれやすいのは、初期から異様にレベルが高かったスキル『魅了』のせいだ。他のスキルがほとんどレベル二以下なのに対して、『魅了』はレベル五だった。しかも今やレベル八にまで上がっている。
『算術』などの、元の世界で学んだことや得意なものなどがステータスにも反映されていることからして、俺は元の世界でも知らずのうちに『魅了』を使用していたらしい。
だが、この世界において、『洗脳』や『魅了』などという、人の体や心を無断で強制的に操作するようなスキルは忌まれる傾向にある。
当たり前だ。誰だって自分の体や心を勝手に操作されたくはない。王女に『洗脳』されたときも、覚めてからひどい屈辱を受けていたように感じた。
だからできる限り隠しておくようにと、個別に呼び出され訪ねた執務室で、真剣な表情のサランさんに言われたのを今でも覚えている。特別な職業であり、顔も名前もいずれ世界中に広がる勇者だからこそ、そんなスキルを所持していると知られては弱みになりかねないと。
幸いにも俺のスキル『魅了』は他の『魅了』や『洗脳』のように人の意思をまるっきり変えてしまうような力はなかったようだったから、まだ誰にもバレていないだろう。効果も、俺に好意的になるくらいのものだ。
その場では素直に頷いた俺だったが、一つだけサランさんやジールさんにも言えなかったことがある。
それは、俺がスキル『魅了』を自分の意思で使うことができないということだ。発動も、解除も、俺にはそのやり方が分からない。どうも他の魔法とかとは勝手が違うらしい。
レイティス城にいた当時は、一ヶ月後に迷宮遠征を控えているから戦闘系でもないスキルにかまけてられなかったというのもあるが、何より俺自身のプライドが邪魔をして、“自分の意思で使うことすらできないスキルがある”と、誰にも言うことができなかった。
今思えば本当に愚かなことだ。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とはまさにこのこと。
だが、今もなおそのことをジールさんにすら言えていないのには理由がある。
もしもこのスキルについてきちんと学び、全てを解除するように言われたとして、そしてその通りにできたとして、元の世界から俺を慕ってくれていたクラスメイトは今のままでいてくれるだろうか?
少なくとも晶以外は、異世界に来てもなお俺をリーダーとして認識してくれていた。元の世界でのことが初期ステータスに反映されているのなら、彼らは 元(・) の(・) 世(・) 界(・) に(・) い(・) た(・) と(・) き(・) か(・) ら(・) 俺(・) の(・) 『(・) 魅(・) 了(・) 』(・) に(・) か(・) か(・) っ(・) て(・) い(・) た(・) とは考えられないだろうか。
百歩譲って、もしもクラスメイトにはかかっていなかったとして、クラスメイトが俺を持ち上げていたのは俺の職業が勇者だからだったとして、こちらの世界で『魅了』を解除したことで、元の世界でも俺が無自覚にかけていた『魅了』が解けたら?
もしそれで帰ったときに、家族がバラバラになっていたら? 晶をはじめ、俺が知っているかぎりでも単親家庭は多い。俺の家族が仲良かったのは俺の『魅了』のせいだったとしたら?
「まあ、佐藤はイケメンってやつだもんな~。性格もいいし」
「生徒会長の魔顔って異世界でも通じる顔面ってことなん? ヤバ……」
「魔顔て……」
七瀬君と上野さんが俺の顔を見てしみじみと頷きながら言う。
ああ本当に、自分が気持ちが悪い。
王女の『洗脳』を嫌悪していたのにも関わらず、俺は『魅了』を解くことをしない。
おそらくこれからも、自分が解き方を知らないと言えないままだろう。これからも、誰かを『魅了』し続ける。
先ほどの御者も、きっとずっと俺のことを気にかけてくれる。俺はただ普通に礼が言いたかっただけなのに。
「でもそれにしては、佐藤君の周りで彼女取られたとかトラブルになることはないよね」
「おうおう、結構言うな~津田」
「あっ、ごめん。剣道部の先輩がそういうので揉めたことがあったからつい」
「あー、振られたのに納得できんくて結局ストーカーみたいになってた人やろ? あれってまだ別れてへんって勝手に主張しとっただけで、彼女の方は完全に別れたつもりでおったから、ストーカー先輩の中では二股した彼女と俺の女を取った男ってことになっとっただけやって噂で聞いたわ」
「うわ、女子の噂の情報網のがヤバい。なんで剣道部でもないのにそんな詳しく知ってんだよ」
「人の不幸は蜜の味って言うからな~。そうじゃなくてもストーカー先輩ヤバすぎやし、第二の犠牲者出さんための注意喚起も含んでるもん」
放っておくとなぜか斜め上に飛ぶ三人の話題に、俺は思わず噴き出した。
「はははっ! 人の顔面から話が飛びすぎだろう。あ、でもそういえば、生徒会室でもその先輩の話が出たことはあるよ。事務作業中はどうしてもくだらない会話をしがちだから」
「え、マジ!? じゃあもうその噂、ほぼ全校生徒が知ってんじゃない?」
「そうかもしれない」
どちらにせよ俺は『魅了』を解かないと決めたのだから、今ウジウジしていても仕方がない。家に帰るために何でも利用すると決めたから。
ただ、万が一帰る手段が何もなくなったときのために、『魅了』の発動だけは練習しておきたいなとは思う。それでマヒロ・アベを『魅了』してクラスメイト全員が入るサイズの帰りの魔法陣を描かせるから。帰ってきたら、今は確実に『魅了』にかかっていない晶を練習台にさせようかな。
なぜか盛り上がってしまった会話に、ジールさんが呆れたようにパンパンと手を鳴らす。
「ハイハイ、まったく君たちは。ここは前線も近いんですから、気を抜かないように」
「はい、ジールさん」
「せやった。前線近いんやった」
ハッと上野さんが周囲に目を巡らせるが、もし敵が近くにいたならすでに攻撃されていただろう。それくらい俺たちは無防備だった。とはいえ、『危機察知』に知らせがなかったから俺も混ざったのだが。
「さて、ここから国境越えです。確か案内人が来ると聞いていたのですが……。一雨ありそうなので早めに合流したいところですね」
「案内人、ですか?」
「ええ。大和の国の国境山脈の噂は聞いたことありませんか?」
俺たちは顔を見合わせて首を傾げる。
ジールさんはそんな俺たちにふふふと笑い、人差し指を顔の前に立てた。
「大和の国とレイティス国の国境付近の森にはね、天狗が住んでいるんですよ」
「「「「天狗!?」」」」