作品タイトル不明
第317話 ~国境越え③~ 七瀬麟太郎目線
俺は人を見る目がある方だと自負している。
加えて元々運はいい方だし、勉強も運動もそこそこ。家族や友達との人間関係も良好だ。
例えば佐藤のように目立って何かが優れているわけではないが、特に欠点らしい欠点もない。おそらくこの先もなんだかんだ平均的な幸せを手に入れて生きていくんだろうなと思っている。
そんな俺に、高校に入ってからとある楽しみができた。
「あいつ真っ先に帰りやがって……!! 放課後に合唱の練習があると伝えただろ!!」
一年の秋ごろ。放課後の人気のない校舎に忘れ物を取りに来た俺は、今まで見たことがないほど険しい顔で憤慨している佐藤司を見つけた。
俺たちの学校の文化祭では学年対抗の合唱コンクールがあり、各学年の音楽選択クラスは全校生徒の前で合唱曲を披露することになる。俺が所属するクラスがそうであり、そのクラスリーダーは佐藤司だった。
そして今日も放課後練習があったのだが、織田晶がその練習をブッチしたのだ。ちなみに夏前に開催された体育祭は予行練習に参加しないどころか本番もいなかった。授業もほとんど寝てるし、あいつ本当何しに学校に来てるんだろうな。
「佐藤どした?」
「あっ、七瀬君……」
俺が声をかけると、佐藤はバツの悪そうな顔で振り返る。
どうやら放課後の誰もいない教室で日頃のストレスを発散している場面に俺が来てしまったらしい。
佐藤から立候補したとはいえ、クラス委員長に合唱リーダーにと面倒なことを全て引き受けているのだからそれから与えられるストレスも相当なものだろう。
プライドの高い佐藤のことだからこんなこと知られたくなかっただろうし、声をかけたのは失敗だったかもしれない。
俺はこの時まだ織田晶に興味がなかった。
協調性皆無で、話しかけても会話が続かないし、そもそも影が薄くて存在を見失うことが多い。問題児だとは思うが、俺自身に迷惑をかけなければどうでもいいと思っていた。小学生でもあるまいし、みんなで仲良しこよしする年齢はとうに過ぎている。おそらくクラス中がそういう雰囲気で、むしろ授業でグループワークがあった際にそういえばこいつ居たなと思うくらい、織田晶の存在感はなかった。あと単純に目つきが悪すぎて声かけづらいし。
それに、当時はどちらかというと佐藤の方が面白いと思っていたから。
「あいつって織田のことだろ? ほっときゃいいじゃん。最低限事務連絡だけ声かけとけば、そっから選択するのは織田の方だ。嫌々来られて練習不足で輪が乱れるのも嫌だぜ俺。もし先生からいじめだなんだの言われても俺があいつの方から離れて行ってるんだって言ってやるしさ。まあ本当にいじめられててもあいつは気づかなそうだけど」
「それは、そうなんだけど……。いや、それはそうとして、あいつが俺の言葉をなかったように動くのが嫌なんだ! 気に入らない! そもそも体育祭だって休んだあいつの代わりに俺が二周走ったんだぞ! 少しくらい言うことを聞け!!」
「ふーん」
つまり佐藤のプライドが、自分を無視しているように見える織田を気に入らないと。難儀な性格をしている。
おそらく今までずっと上に立ってみんなを率いてきた佐藤にとって織田は自分に従わない唯一の存在なのだろう。
「そもそもあいつは中学の頃も……」
その後もぶちぶちと織田への文句を言い続ける佐藤の話をふんふんと聞くに、なんと織田と佐藤は小学校からずっと同じ学校の同じクラスらしく、だというのに織田は未だに佐藤の名前すら覚えていないと。
それを聞いて俺は思った。
「何それ超おもしれーー!」
「何一つ面白くない!!」
ケタケタと笑う俺に佐藤が吠える。
「だって、クラス委員長で学年一位の超優等生が、行事の尽くをサボる影の薄い劣等生にずっと対抗心を燃やしてるって、どこのラノベよ。どっちかが女だったら俺、似た設定のやつ絶対読んだことあるし。まあラブコメだったけど!」
「気色悪いこと言うなよ……」
笑いすぎて腹を抱える俺をあの佐藤がげんなりとした表情で見ているのも合わせて面白い。
だってこれまでの佐藤司といえば、文武両道で入試も成績もトップで、人が自然と寄ってくるようなカリスマ性もある、欠点など見当たらない完璧人間だった。怒鳴ったり、取り乱したりする姿など見たことがない。
今までは今までで現実離れしていて面白かったが、そんな完璧佐藤が唯一感情を乱されるのがあのクラスの外れ者の織田晶だというのだから、これを面白いと言わずに何と言うというのか。
しかも俺が思うに、佐藤は織田を下に置いて屈服させたいのではなく、純粋に友達になりたいんじゃないだろうか。おまけに、佐藤はそんな自分の気持ちに気付いていない。
一歩間違えればいじめっ子といじめられっ子になるような危ういバランスだというのに、晶があまりにも無関心だから佐藤の方が不憫に思えてくるのが不思議だ。
こいつらかき回したら絶対面白い!
そんな思いから、その翌日から俺は織田晶に話しかけ続け、どうにか会話をするくらいの関係性にまでなった。たぶん名前までは覚えてもらえてないけど。まともに話せてもいない佐藤よりは仲良くなっただろう。しかも俺が晶と呼び、話かけだしてから佐藤が明らかに焦りだしたので、帰宅部でペラペラの俺の腹筋が割れるかと思った。
ちなみに、途中で朝比奈京介という、これまたキャラの濃いやつが晶や佐藤と同じ学校同じクラスでここまで続いていると知り、そしてそちらとは純粋な友好関係を結んで名前で呼び合っていると分かって俺は笑い転げることとなる。
ようは、俺が晶を気に掛けるようになったのはあいつ自身への興味が半分。残り半分は佐藤への揶揄いだ。
まあ、最初は自己中心的な奴なんだろうなと思っていたが、話すと思ったより話が通じるし、何より俺と好みのジャンルが似ているから今は普通に友達だと思っているんだけど。
「ま、そんなこと言えないよな~」
馬車の中でわざと濁した、俺が晶を面白いやつだと思ったきっかけを思い出してそっと笑う。あの場で説明すると佐藤と晶の関係から説明しなければならないし、正直佐藤の晶への態度は今も少しどうかと思うので、晶がなんとも思っていないのであれば第三者の俺はそのまま風化することを選ぶ。
もっとも、まさか二年になっても佐藤と晶と朝比奈と同じクラスになるとは思わなかったし、まさか異世界に来ることになるとも思いもしなかったけど。
「七瀬君、少し遅れている」
「お、わりぃ」
後ろから佐藤が声をかけてきて、足を動かす。
歩きやすいとは言えない獣道を登っているから、足場が不安定で気を抜くと前方と離れてしまう。
俺は足を速めながら横目でどこかスッキリしたような表情の佐藤を見た。どうやら馬車の御者のおっちゃんを見送ってからの悩みは解消したらしい。
晶と佐藤は似ているようで似ていなくて、似ていないようで似ている場所がちょこちょこあって、見ていて面白い。
晶は悩み事なんかないような顔をしておいてウジウジするタイプだし、逆に佐藤はウジウジするタイプに見えてスッパリ自己完結するタイプだ。
似ているのは、両者とも負けず嫌いで、プライドが高く、人に弱みを見せたがらないということ。
俺たちまだ高校生なんだし、悩むことは成長の証なのにな。
「止まって!」
そんなことを考えていると、突然前方を歩いていた津田君が鋭い声を上げた。
「……何か聞こえない?」
全員から向けられた視線に、しーっと口の前に人差し指を立てて津田君が視線を動かす。
その瞬間に、全員が動きを止めて息を殺した。
こういう遮蔽物が多い森の中だと視界が狭く、魔物の敵襲を見逃すことがある。木という足場を利用して上から奇襲を仕掛けてくるのも多い。
そういう時に役立つのが耳や鼻といった視覚以外の五感だ。
風に揺れる葉の音以外の衣擦れや呼吸音、土や木以外の体臭。
匂いに関しては風の流れによっては感じ取れたり取れなかったりするが、風魔法師である俺は自然の風ごとき簡単に操作できる。
俺はそっと右手を広げて手のひらを上に向けた。
ぼんやりと右手が発光し、そこから広がった薄っすらとした魔力が風に混ざり、溶け合う。これで、もし自然に流れる風を遮る存在があれば俺には分かる。晶くらい探知能力があればバレるかもしれないが、あそこまで敏感な人はそういない。
それによって感じ取った結果に俺は顔を顰めた。
「……ジールさん、前方からこちらに五名ほど来ますが、さっき言っていた案内人ですか?」
風魔法でジールさんと他に聞こえるくらいに風を操って声を届ける。
だがジールさんはそれに難しい顔をした。
「いえ、合流地点はまだ先ですし、私が聞いたのは一人で来ると」
「じゃあ、敵かもしれんってこと……?」
「可能性は高いな。総員、獣道から外れるぞ。七瀬君、そのまま偵察しつつ俺たちの匂いを広げないように風を制御していてくれ」
「了解! まだ遠いから今なら逃げきれそうだな」
ここはすでに国境山脈内であり、すでに落とされた砦の一つも近い。隣の山にはミヤマ村という広めの村があるそうなので、もしも敵だとしたら村まで行かないようにどうにか対処したいが……。
「全員、もし会敵しても戦いは最低限に、逃げることを最優先に。今私たちがすべきなのは一刻も早く案内人と合流し、レイティス国へ入ることですから」
「了解です」
できるだけ草を倒さないようにしながら獣道を外れる。目のいいやつだとわずかな痕跡で追ってきたりするからな。
「ねえ七瀬君、探知した五人って人族?」
「ん? 流石にそこまで細かいとこは分かんねぇけど、たぶんそう。獣人族ではないな。甲冑を着てるから動きが分かり易い」
俺は津田の質問に首を傾げながら答える。
獣人族は尻尾が生えているやつがほとんどだから、重心の取り方が人族とは違う。エルフ族はアメリアさんしか知らないからあまり分からないが、歩き方が他の種族より静かだと思う。
俺が感知した五人は全員人族だった。こんな森の中に甲冑を着た者たちだ。十中八九、味方じゃない。
「それがどうかしたのか?」
「いや、僕が聞こえたのは鳥みたいな翼の音だったから……」
「え?」
と、そのときだった。
「鳥? かような矮小な獣共と我を同列に語るか盾の小僧!」
「!?」
「みんな下がって!」
雷鳴のような声が上から轟いて、全員が体を震わせた。
佐藤の声に我に返って、急いで陣形を組む。
声の主を辿って視線を上に向けると、真っ黒で大きな翼を広げ、怒っているように見える赤くて鼻が伸びた面を着けた男が太い枝の上に乗っていた。
足元はどうバランスを取っているのか高い一本下駄で、想像通りの“天狗”がそこにいた。ご丁寧にも手に持っているのは錫杖で、山伏の装いをしている。
彼がさっきジールさんが言っていた国境山脈に住まう天狗だろうか。
「ふむ。我を目の前にしながらも戦意を高めるその意気や良し。先ほどの無礼な物言いは許してやろう」
「あ、ありがとうございます?」
「いや、敵かもしれんのに何頭下げてお礼言っとるんよ」
津田の頭を軽く叩いて上野さんが突っ込んだ。
津田も意外と面白いやつだよな。こっちの世界に来た頃のビクビクなよなよとした姿とは大違いだ。
「さて、木花サクヤの要請によって木花家の隠れ道へ案内する。代表者のジールとやらはどれだ?」
「私です」
「む、貴様か」
「あの、先ほど敵らしき者が近づいてきていると探知しましたので、声を落としていただけると……」
「なにィ!?」
「いや、だから声を落としてください」
コントだろうか。今のところ敵らしき五人がこちらに気付いた様子はないが、もう数十分もすれば俺たちがさっきまで通っていた獣道に差し掛かるだろう。
だが、困り顔のジールさんをよそに天狗は大きく鼻を鳴らした。
「戦争だかなんだか知らんが我が領土で好き勝手しよって。どれ、顔くらいは拝んでやるか!」
「え」
「安心しろ、貴様らの姿が見えぬように魔法をかけておいてやる! サクヤからあちらに着くまでは姿を隠すようにと言われておるからな」
天狗がこちらに向けた手から光が溢れ、俺たちをドーム状に覆い、翼をバサリと打って文字通り飛んで行ってしまった。
俺たちはそれをぽかんと見送る。
「……七瀬君、あちらの状況が分かったりしないか? 敵かどうかくらいは判別しておきたい」
「うーん、風魔法使いが荒いんだよなー」
「魔法の使い方は君が一番柔軟なんだ」
「俺、おだてられると頑張っちゃうタイプ~」
ええと、風を操って声をこっちに向かう風に乗せたらいけるか?
軽口を叩きながら頭を悩ませていると、俺たちを覆う光のドームが少し変化して、森を上から俯瞰するような景色が映し出された。おそらく先ほどの天狗の視界がそのまま出ているのだろう。
「おお、すげえ」
「天狗なんでもアリかよ……」
天狗が何かを見つけたのか降下し、先ほど俺たちを見ていたように枝の上に降りた。
「……っ!?」
「ジールさん?」
どこかで見たようなレイティス国の甲冑を身に着けた五人が映し出されると、ジールさんが息を呑んで動揺を露わにした。俺たちの引率としていつも冷静であろうとするジールさんにしては珍しい反応だ。
ジールさんは大きく深呼吸をして動揺を沈めたあと、酷く重そうに口を開いた。
「……あれは、国王直属の暗殺部隊“夜鴉”の甲冑です。ですが、あの剣は――」
「?」
「あの五人は、私のかつての部下、元騎士団の者の可能性が高いでしょう」
「騎士団の……!? しかも暗殺部隊って」
「侵略は一般兵の役目。夜鴉は騎士団無き今国王の護衛としているはずなのに、なぜ国境山脈まで来ている? ……まさか、まだアキラくんを追って?」
それで思い出したが、レイティス城でサラン団長が亡くなり、晶が国王たちに糾弾されていた場に、あの甲冑の者がいた記憶がある。
「サラン団長を殺したのは王と夜鴉共だと分かり切っているというのになぜ……」
その言葉に反応して、俺の視界の隅で上野の肩が震えたのが見えた。