作品タイトル不明
第283話 ~はじめての冒険 後~ 和木大輔目線
「なあ、上野は今織田のことどう思ってる?」
できるだけ尋問みたいにならないように、いつも通りの調子で上野に問いかける。
城を出てクロウさんの家で織田と再会したとき、俺たち二人だけは織田のことを信用していなかった。それでアメリアさんから同行を断られたり、みんなで作戦を練ってマリの美男美女コンテストもとい人身売買の現場で実力を示そうと計画を立てたり、それほど前のことではないのにどこか懐かしく感じる。
あのとき俺が織田を信用していなかったのは、俺たちと同じタイミングで召喚されたのに、訓練のときにも姿を見せなかったのに、なぜか俺たちの一歩前を行く織田が理解できなかったから。サラン団長との友好関係もそのときは知らなかったから、悪いやつとの取引で強さと引き換えにサラン団長を殺したのだとばかり思っていた。使われていた短剣は確かに前日の迷宮で壊れるのを見たが、あんな量産品いくらでも同じものを用意できると龍介も言っていたし。
俺たちの誰よりも強いという点では佐藤や朝比奈だってそうだが、あの二人は訓練で見ていてそこに至るまでの成長過程を知っている。だからこそ余計に織田のことが得体のしれない何かなように見えてしまったのだと思う。そもそも元の世界にいたときからよく分からないやつだったしあまり好きではなかった。
でも落ち着いて考えると、あいつだけ異世界にはしゃぐ俺たちと違ってこの世界のことをちゃんと見ていた。見て、どうするべきか判断して行動した。それが結果的に強さに出ただけなんだろう。元の世界でならともかく、この世界では自分の身もろくに守れない俺がどうこう言えることじゃなかった。
まあそれはともかく、問題は上野だ。
俺のように元の世界にいたときから織田を毛嫌いしていたわけじゃなく、俺でいうところの岡龍介のように織田を嫌う友人がいたわけでもない。織田も自分から主張する方じゃないしというかそれ以前に影薄いから見失うし。元の世界では上野は織田に無関心だったように思う。だからこそ、この世界に来てから突然織田を嫌いになった上野を疑問に思った。
まあそれに気づいたのも飛行艇に乗って、自分一人の時間ができてからなんだけど。
俺の問いに上野は首を傾げた。
「織田くん? 相変わらずあんまり信用できひんかな。人の名前覚えんし」
「俺らの名前すら覚えてないところからは一歩前進したと思うけどなー。他のクラスメイトの名前は相変わらずみたいだけど」
「まあせやね。どう育ったらあんな性格になるんやろ」
「佐藤に聞いたけど、あいつんちって小学生の頃に父親がいなくなって母親が元々病気がち、そんで一つ下に妹らしいぜ。そりゃ小学生の時から母親と妹背負って一家の大黒柱やってたら俺たちが何言っても揺るがないよな~」
「……ふうん」
改めて織田について考えると、優しいやつではあると思う。ただ、優しいが残酷だ。あいつの中で大切なものだけが守られ、その他は覚えてすらない。捨てられないものだけは絶対に手放さないように、身軽になるために何かを躊躇なく捨てるのが織田は上手いんだろう。あのとき洗脳されていた俺たちとは違って正気に戻ってたはずの佐藤を連れて出なかったのもそうだ。城で佐藤を含めた俺たちがどうなろうと、織田は朝比奈以外は思い出すこともなかっただろうな。
おっと、危ない。結局聞きたいことを聞けずに話が逸れるところだった。
「で、なんで上野は織田を信用できないんだ? 前はそんな嫌ってなかっただろ」
「……なんで? やって、不公平やん」
「不公平?」
自分でもあまり分からない感情なのか、上野は顔を顰めてどこか遠くを見ながら言葉を零す。
「織田君とも仲良くしとったのになんでうちだけこんな……」
「おい! そこで何をしている!!」
上野の言葉が終わらないうちに知らない声が響き、上野がびくりと体を揺らした。あーあ。せっかく話が聞けそうだったのに。
岩の陰から兵士のような恰好の人がこちらへ向かって駆け寄っていた。その腰ではガチャガチャと剣が揺れている。
「ど、どうするん!?」
「俺が対応するから、上野はそのまま怯えた感じで俺の後ろにいてくれ」
先代勇者の手記に書いてあった。魔族でも看破や鑑定系のスキルを所持している人は少なく、そういう有能な人たちは皆魔王城の方にいる。今ここにいるわけがない。大丈夫、大丈夫。そう心の中で繰り返しながら兵士が駆け寄ってくるのを待って、そしてへらりと笑う。
「良かった人だ~! いやあ、俺たちクルールの近くまで親戚の届け物をしに行きたかったんすけど迷っちゃって! ここどこっすか?」
頭の後ろに手を当ててへらりと笑う俺に、険しい兵士の顔が一瞬で呆れた顔に変わった。
「まったく、何かと思えば迷子か。沿岸部は今はた迷惑な勇者が拠点にしている可能性が高いから外出は控えろって通告を聞いていなかったのか?」
「え、そんな通告出てたんすか! 俺たちノックスってすっげえ田舎から来たんでなんも知らんかったっす! こいつもあんたの剣に怯えちまってさ~」
「ノックス!? また辺鄙なとこから来たんだな。方向音痴かなんだか知らんがここはモルテの方が近いぞ」
「あちゃ~、マジっすか? 真反対に来ちゃったか」
地図を取り出して頭を掻く。
わざと地図をくるくると回してあっちか? と見当違いの方向を指させば、兵士はため息を吐いてくいっと親指で後ろを指した。
「とりあえず俺の管轄区域ギリギリのところまで案内してやるから、黙ってついて来い」
「わー! あざーす!!」
真面目で騙されやすい人で良かった。
本来は魔王城勤めであるが仕えている魔族の上司がモルテの領主となったためにモルテまで左遷されたような状態らしい。歩きながら、なよっとしている今の上司の愚痴やモルテという治安の悪い地など俺にはふさわしくないなんて話をペラペラと喋る兵士に、年末に親戚からお年玉をもらうために磨いた話術が光った。合言葉はさしすせそだ。合コンでも使えるらしい。
「と、俺はここまでだな。ここからは案内できないから、もう迷うんじゃないぞ」
「はい! お兄さんも仕事頑張って~」
モルテを通り抜けて、クルールの方角の地点まで送り届けてくれた兵士に手を振って別れる。
俺たちが百歳未満だと言うとびっくりして途端に言葉が柔らかくなったので、たぶんあの人年の離れた弟か妹がいると思う。
「……和木君、ホストが天職なんとちゃう?」
方言でバレないように無口な妹を演じていた上野が、兵士が見えなくなった途端しがみついていた俺の腕から離れてそう呟いた。
「ホストねぇ。つまんねえ話を聞くのは面倒だからやだな。さーて、ここからまだ歩くけど大丈夫か?」
「うちは大丈夫やけど、結局和木くんは一体どこで何をするん?」
「ん〜、ちょっと魔族どもの足を奪ってやろうと思って!」
岩しかない殺風景な道を周囲を警戒しながら、しかし普通に見えるように時々地図を見ながら歩く。
今の兵士を見て分かったけど魔族と俺たちは本当に外見に差はなく、迷ったふりをしていればどこでも忍び込み放題。なら、俺がやることは一つだろう。
「魔族は数が少ないから人間が一個隊の隊長みたいなものなんだって。だから兵って言うなら魔物になる。んで、もしも佐藤たちが撤退してくるときに、船まで追いつけるようなワイバーンみたいに飛んでくる魔物がいたら面倒だろ? だから俺が調教で奪ってやろうと思って。ついでに船までの足にできたら上等だよな。城につっこんで佐藤たちも拾っていってやろうぜ」
「そんなことできるん?」
「先代勇者の手記に騎竜兵の待機場所、竜舎の場所が書いてあった。問題は俺が魔物相手に調教したことがないってことだけ!」
“死の森”で津田からヒントは得た。あとは俺の度胸と想像力だけ。
ワイバーンよりも大きな竜の前で木端微塵になるか、スキルが不発で竜に喰われるか、すべてがうまくいって無事に帰れるか。確率で言えば死ぬ方が大きい。
震える手をぎゅっと握る。
「あかんやん!」
「おいおい日和るなよ上野。俺はやる時はやる男だぜ! ……でも、もし万が一失敗したとき、俺が死んだことを船に帰って伝えてくれ。そのために上野を連れてきた」
そう、上野をここまで連れてきたのはそのためだった。
本当なら一人でも行けたのに、危険でも上野についてきてもらったのはこのためだ。魔物の前に出るのはいい。魔物に喰われる覚悟もできた。ただ、俺はどうしても誰にも知られることなく一人で死ぬことに耐えられなかった。
上野本人には死んでも言えないが、この世界に来て仲良くなった七瀬や津田を見届け人に選ばなかったのは単純に優先順位だ。この先どうなるのかは分からないが、戦いになるのなら七瀬や津田は必要だから。直球で言えば、現状俺の次に死んでもいいやつを選んだ。絶対に誰にも言えないけど。
既に一人では船には戻れない状態で言った卑怯な俺の言葉にぽかんと口を開けた上野は、ぎゅっと顔を顰めて鼻を鳴らす。
「死ぬ覚悟とか似合わな……。せやったら、私もここまで一緒に来たついでに命かけたるわ。一緒に生きて帰るで」
力強い上野の言葉に思わずつんと鼻の奥が痛んだがそれを無視して俺は笑う。
「お! それってあれか? 心配なんかしてないんだからね! ってやつ?」
「もう! はよ行くで!」
俺が死んでもこいつだけは生きて帰さねえとな。
それから俺たちは走れるところは走って、先代勇者の手記にあった騎竜兵の竜舎へたどり着いた。
手記ではクルール全体に球状の結界が張られているが、魔王城の近くでありながらクルールの外にある竜舎に結界は存在しないらしい。まあせっかくの空の兵を結界で囲ったら意味がないってことは俺にでもわかる。だからもし魔王城に入るなら、竜を調教しそこからぐるっと結界を迂回して大門をぶち壊して中に入る必要がある。本当に、先代勇者様様だ。もし会うことができるのなら熱い抱擁を交わしていただろう。
今佐藤たちがどのあたりにいるのか分からないから、上野にも無理を言って食事も睡眠も最小限の強行軍でここまで来た。睡眠不足でちょっとだけハイになっている今なら何でもできる気がする。
人の気配がする竜舎の近くで上野と共に陰に隠れて息をひそめた。
「今日の飛行訓練、あの空狂いが先導だってよ」
「え~マジかよ。あいつの先導、色々と無茶な飛び方するし時々空見上げてぼんやりするから嫌いなんだよな」
「真面目にやれないならさっさと席あけろってな。騎竜兵志望ならもっと有能なやついたろ」
「噂によると、竜に選ばれたらしいぜ」
「は~? あの空狂いが? ないない!」
竜舎で竜の世話をしているのか、掃除をしているような作業の音の合間に聞こえるのはそんな声だった。
「……なんか、あたしらと会話の内容変わらんな」
「だな……」
用語だけ変えれば俺たちが言い合う教師の愚痴とよく似ている。
「ここからどうするん?」
「確か、手記には朝一の竜舎の清掃が終わると一度城に戻って全員で会議があるって書いてあったからそのときになったら出よう」
「はー、先代勇者って熱血キャラって聞いとったけど、石橋を叩いて渡るタイプなんやな。手記やなくて手引書やん。にしても、百年間習慣が変わらん魔族もこわ……」
手記のとおり、清掃が終わった魔族たちは道具を持って城へ戻っていった。人気のなくなったそこへ恐る恐る近づく。そろっと中を覗くが、不用心にも見張りはいないらしい。竜舎の中へ二人で入って扉を閉めた。
狙うのは兵役にうんざりしている個体。もしいなければ洗脳できそうな弱い個体。実際空を飛べれば問題ない。
そして幸いにも俺には調教師のスキルで竜たちの声がはっきりと言葉に聞こえる。これに気付いたのはクロウさんだったけど。
『侵入者か?』
入口に近い竜がそう言って首をこちらへ向ける。その言葉に竜舎内にいた竜たちの双眸が俺たちを貫いた。
上野が声なく悲鳴を上げて扉近くまで下がる。そのままそこにいろと手で合図を送って、俺は耳に集中する。
『まだ頑是ない子どもでは?』
『迷い込んだのか』
『魔族にしては魔力の色が薄いが、人族にしては濃いな。どちらだ?』
『魔族にもかつて同じような魔力量のがおったろう。ナルサの坊主が追放したそうだが』
『きょうみなーい。そらとびたいー。あいぼうどこー?』
『どうでもいい。さっさと俺を自由にしてくれ。故郷に帰りたい』
ざわざわと同時に発された言葉の中から俺は狙うべき魔物を見つけた。
そろりそろりと竜たちの前を通り抜けて、その竜の前に立つ。やる気なさそうに地面に伏せている竜は俺が前に立っていることにも気づいているだろうに一切反応を示さなかった。
すっと息を吸って、心を決める。震える手が喉を覆った。
「“なあお前、俺たちと来ないか? ここから出してやる”」
手から喉に魔力が流れる感覚がして、喉を中心に体全体が熱くなる。たぶん、スキルを取得できた。木端微塵は回避できたっぽい。あとは喰われるか喰われないかだ。
のそりとその竜は首をもたげた。
『何を、言って……』
「“俺ならあんたにかけられた従属の魔法を上書きできる。一旦従魔関係を結ぶが、力を貸してくれれば、俺たちの船に到着した瞬間にあんたを解放する。その後は故郷に帰るなり好きにすればいい”」
俺の言葉をじっと聞いていた竜は鮮やかなオレンジ色の瞳でじっとこちらを見ている。
ここにいる竜たちは魔族に従属関係を強制する魔法をかけられて無理矢理兵役させられているそうだ。だから一匹くらいは嫌がって帰りたがっているやつが居ると確信していた。
『いかん! 耳を貸すな!!』
『裏切るつもりか!』
『さては勇者の仲間だな!?』
俺が何をするつもりか分かったのか、他の竜たちが騒ぎだす。
『帰れるのか、故郷に。帰りたい、俺は、ずっと……』
「“帰れる。俺が帰してやる”」
『貴様、裏切ったらどうなるか分かっているのか!!』
『我ら気高き翼竜の血を継ぐものとしての誇りを思い出せ!』
ガチャガチャと繋がれた太い鎖が音を立てる。早くしないと音に気付かれて誰かが来るかもしれない。
俺はとっさにそちらへ声を張った。
「“誇り? 埃ならあんたらの耳にいっぱい詰まってるぜ。そんなちゃちな鎖で人間に繋がれた竜に誇りだなんだ言われても、説得力がねえな”」
他の竜に向けられた言葉に、俺の前にいた竜がニヤリと笑った。
『確かに、埃が詰まった竜の言葉に耳を貸す道理はない。気に入ったぞ若いの。従魔契約を結んでやろう』
「“本当か!”」
『ただし、お前が言ったように船とやらに着き次第解消させてもらう。いいな? 誇り高い竜は鎖になどもう繋がれぬ』
「“ああ! それでいい!”」
とまあ、その後の従魔契約でちょっとばかり死にかけたりしたが無事一時的な従魔契約を結んだ。その際につける名前は便宜上翼竜としている。故郷に名前で呼ばれたい伴侶がいるから名前を付けてほしくないと言われたので。決して俺のネーミングセンスが悪いわけじゃない。
翼竜に跨ってクルールの結界の外まで来たとき、地震みたいな爆発音が城から響いたのが聞こえた。
「和木くん、今の!」
「ああ、あいつら派手に暴れてるっぽいな。どうする?」
「当然、行く。何のためにここまで来たと思っとるんよ」
「だよな~。んじゃ、行くか!」
って感じで誰かが上げる悲鳴を背に、クルールの大門を突破して戦闘音がする謁見の間に突撃したってわけ。
話を締め括って、佐藤たちの顔色を窺う。結局のところ、俺が上野を連れてしたのは“死の森”で細山がした無茶とあまり変わらない。それでも、俺はみんなのために行動したかった。俺も佐藤たちのように、自分が持った力で戦いたかった。
俺の決心を否定しないでほしいという気持ちと、上野まで巻き込んで勝手なことをしたという自覚が俺の中でせめぎ合っている。
「……っクロウさん!?」
俺に何か言おうと口を開いた佐藤だったが、その前に視線を下げて目を見開いた。辛うじて心臓は動いているものの、翼竜に乗ってから意識がなかったクロウさんがわずかに動いたのだ。俺も上野も手を握って必死に呼びかける。
「クロウさん!! 聞こえますか、クロウさん!」
続いて俺が握っている手がピクリと動いて、そろりと目が開いた。
「……あ、」
「もうすぐ飛行艇につきますから! それまで絶対に目を閉じないで!」
空を見上げていた瞳がゆっくりと動き、俺を見る。
見張り台では俺は手記を見ていたし、クロウさんは難しい顔で空を見上げていたから目が合うことはなかった。だからこれが初めてかもしれない。
「……話は、きこえていた。よくやったな」
少し体温の戻ってきた手が握られる。合わさった手と手の間に雫がポタリと落ちた。
やっぱり、俺はこのために佐藤たちについて来たんだ。
「っはい!!」
きっと俺はこの翼竜から降りて、震える足でこう言うのだろう。“生きててよかった”って。あと何回言えるかもわかんないもんな。
数分後、飛行艇との合流地点に到着し、そこに異様な高い土の壁がそびえ立っているのを俺たちは目にすることとなった。