作品タイトル不明
第282話 ~はじめての冒険 前~ 和木大輔目線
俺たちの乗ってきた翼竜で、救出目標だった佐藤と朝比奈の両方を助けることができた。これは戦う力も、細山のようにその他の日常生活で必要な能力も持っていない俺たち二人にとって快挙だ。初めて俺自身がこのパーティーの役に立ったのだと実感が湧いてくる。
ちなみに織田の方は置いていっても夜さんに乗って帰ってくるだろうからそもそも救出目標にしていない。たぶんそれを思ってノアさんたちも行きばかり確認していたのだろう。あいつなら何があっても帰ってこれるから。ラティスネイルさんも、何を話していたのかは知らないが魔王の娘であるからには傷つけられることはないだろうと思って目標から除外していた。いやその二人はいいんだ。
上半身全体が血まみれで朝比奈に背負われて乗ってきたクロウさんは、織田たちよりも後に船を出た俺たちも船から降りていることを知らなかった。こんなことになっているのならもっと早くあの場に乱入できればよかったのだが、知らなかったことはどうしようもない。明らかに致命傷なクロウさんを見て、二人を助けることができて高揚した気持ちも一気に萎んでしまった。
俺と一緒に翼竜の首に跨っている上野が心配そうにクロウさんたちがいる翼竜の背の方を振り返る。
「司くん、クロウさんどない?」
「……良くない。リアさんやノアさんに会うまで持つか半々ってとこかな。上野さん、悪いんだけどこっちに来て彼に声をかけ続けてもらえないか。俺は朝比奈くんの方を見てくる」
「分かった」
「俺も行くわ。操縦とか必要ないし」
竜の広い背で、佐藤はクロウさんを寝かせて容体を見ているがその顔は険しい。上野が佐藤の言葉に従って恐る恐る首から背の方へ向かうのを手伝って、俺も翼竜の首を這った。
追手が来れば雲に入れるように雲のすぐ下を今飛んでいる。飛行艇とは違って安定した足元ではないし、揺れるし風も強い。そして命綱もない。初めて乗ったのに俺たちと違って佐藤と朝比奈はすいすいと移動できるのはさすがとしか言いようがない。俺たちは騎竜兵として人間を乗せる訓練を積んだこの翼竜でないととっくの昔に地面のシミになっていたことは分かっているのでゆっくりと移動した。
俺は上野と共にクロウさんの腰のあたりに座り、血を流しすぎたのか上空ということもあって冷えて震えている手を温めるように握った。
佐藤たちとこれまで一緒に行動してきて、細山が冒険者ギルドでしていた治癒の仕事を手伝ったこともあるが、ここまで重症……というかほぼ死にかけの人は見たことがない。俺たちがいた“大和の国”の冒険者ギルドは生命力が低い人族がほとんどだから、今のクロウさんほど酷いと細山のもとへ運ばれることもなく死んでいたのだろう。正直、勇者召喚された俺たちの一般獣人族よりも高い基礎ステータスでもクロウさんのように生きているかどうかは怪しいと思う。
でも、どうかリアさんに会うまでは生きていてほしい。そんな願いを込めて俺は手を握り、体を擦る。
「朝比奈くん、後ろの様子は?」
クロウさんをこちらへ渡したあと、翼竜の尻尾近くに腰を下ろして後ろをじっと睨んでいた朝比奈が、近くに来た佐藤の声に反応してようやく前を向いた。
「……俺の“勘”では俺たちに追手は来ていない。おそらくあちらを優先するように指示が出ていたのか、それとも指揮系統が混乱しているのかは分からんが、しばらくは無事だろう。だが念のためこのまま迂回経路で船に向かってくれ、和木」
「おう、りょーかい!」
どうやら織田の方に全ての追手が向かったらしく、一応雲に入ったりして警戒はしていたものの敵影らしきものは存在しない。用心のために初代勇者が消し飛ばしたっていう魔族領北部へ大きく迂回して集合地点へ向かうように翼竜には言ってある。こいつ、俺よりも賢いんじゃないか?
クロウさんの容体を思うとまっすぐ飛行艇へ帰りたいが、あそこにいる非戦闘員やモルテから助けられたという眠ったままの人たちを危険に晒すわけにはいかない。佐藤と朝比奈はクロウさんの生命力の強さに賭けるつもりみたいだ。
「あのさ、多分晶からも聞かれるから二度手間になるとは思うんだけど、この翼竜どうしたの? というか二人はどうしてあの場所に?」
翼竜の鱗に恐る恐る手をついて佐藤が俺たちに聞いてきた。
まあ聞かれるだろうなと思っていた俺たちは顔を見合わせる。どちらが話そうかと目で押し付けあって、結局俺が話すことになった。
この翼竜に操縦は必要ないし、俺たちがした冒険を誰かに話したくてうずうずしていた。クロウさんがこんな状態でなければすでに自分から話していただろう。
「まず、俺が先代勇者の手記の翻訳をクロウさんに頼まれた時からだな……」
――時を遡る。
魔族領に上陸するよりも前だっただろうか。
ある日の見張り当番が俺の次にクロウさんだった。普段ならほとんど無言で交代していた当番だったがこの日は珍しくクロウさんに呼び止められたのだ。
飛行艇に乗ったときくらいからクロウさんはどこかピリピリしていたから、あの日もまさか俺に話しかけているとは思わなかった。狭い見張り台でクロウさんに促されるまま隣に腰を下ろして、そこでお世辞にも綺麗とは言い難い状態の手帳のようなものを受け取る。
「これは先代勇者の手記だ。この翻訳を頼みたい」
「先代勇者の手記、すか?」
「ああ。お前が一番暇に見えたんだがどうだ?」
「ま、事実暇なんで〜。予定ないから船の中散歩しようと思ってたし。んで、これって俺にも読めるんです? 俺英語のテスト一桁とったことあるんすよね〜。佐藤とか頭いいやつの方がいーんじゃ?」
「英語が何かは知らんがお前の頭の出来が思った以上に残念だということはわかった。だが幸いなことにお前の学力は関係ない。異世界召喚者が共通して所持している『言語理解』のスキルで問題なく読めるはずだ。音読してくれればこちらは理解できる」
ステータス・ボードの一番下にあるこれがそんな有用なスキルだとは思わなかったけど、考えてみれば異世界で俺たちの言葉が通じて文字も読めるのはこれのおかげなんだろうな。そういや召喚されたときにそんなことを言われたような言われなかったような……。
乱暴に扱えばバラバラになってしまいそうな手記の適当なページを開いてみれば、全て日本語に見えた。しかも俺が読めなかった漢字もスラスラと読める。このスキルがあったら文系の教科は無敵じゃね?
「お、ほんとだ読める。すっげ〜!」
「とりあえず目についた単語を読み上げていってくれ。魔族に関係がありそうなときは止めるからその周辺を丸々教えてくれると嬉しい」
「はーい」
まあそんな経緯でクロウさんとは密かに交流していた。何せ先代勇者は筆マメだったのか、魔族だけとは言ってもたくさん書いてあったのだ。今まで授業以外で本も読んだことない俺にとっては苦行で、ゆっくり読んでいるのに詰まって度々止まる音読はお世辞にも上手とは言えなかっただろう。それでも俺は投げ出さなかったし、クロウさんも他の誰かには変えなかった。
きっとクロウさんは俺の中で燻っていた怒りや焦りに気付いていたのだと思う。俺はここに来るまで何の力にもなれず、みんなの足手纏いでしかなかった。何か俺もみんなの力になりたい。でも戦いの場に出ることはできない。それは俺を守る津田や佐藤たちを裏切ることであり、俺自身にそんな度胸もなかったから。だけど戦場に出れないのなら何か他の事でもいい。俺がここにいる意味が、存在価値が欲しかった。自分自身に、今はまだ死ななくてもいいと言えるような何かが必要だった。
だから先代勇者の幼馴染だったらしいクロウさんや亡くなった妹さん、時々ノアさんが手記に登場して、その度にクロウさんが見たことないくらい優しい顔で笑っていたのは俺だけの秘密にしていようと思う。
そして織田たちが魔王城へと向かった後、少し時間を置いて俺は上野とこっそりと船を降りた。一応ノアさんには話しておいたから忘れて置いて行かれることはないだろう。たぶん。いないと分かれば心配して探されるかもしれないが、今回はどうしても止めないでほしかったからノアさん以外には黙って出た。上野を連れてきたのはまた別の理由があるんだけど。
「何するつもりなん? 織田くんも苦戦する魔族相手なんか、うちらだけやったら 敵(かな) いっこないって」
船を降りて、織田に教えてもらった生活魔法を自分にかける。先代勇者は魔王城へたどり着くまで獣人族領に作ったセーフハウスとこの大陸を結構な頻度で行き来していたらしい。それでも一度も正体がバレたことがないのはコソコソすることなく堂々と歩いていたからと書いてあった。
獣人族だった先代勇者とは違って幸運にも俺たちと魔族は外見的に違いがないから紛れやすい。朝比奈も強くなれば歩き方を見てそいつが戦えるかどうかくらいなら判断できると言っていたし、見るからに武器もなく非戦闘員の俺たちを魔族が警戒する必要はない。だからむしろ堂々としてりゃバレねえ! たぶん!
「魔族と戦うつもりはねーよ。大丈夫! 回り道の地図は織田からもらってある!」
「織田くん処分してくれって意味で渡したと思うわ……。まあやることもなかったしええけど」
情報はもらったもののラティスネイルさんが同行することで不要になった、おそらく織田が見回りをしていない道だ。ここからは運がものを言うだろう。毎年初詣でお参りしてた神社の神様、次行くときは賽銭に千円入れるからどうか頼む!!
そう心の中で祈りながら俺は上野に狙いを話す。
「俺は一番暇そうという理由でクロウさんから先代勇者の手記の翻訳を頼まれた。俺の考え通りなら、ピンチになった佐藤たちをかっこよく助けることができるぜ! もしも考え通りにならなくても、確実にあいつらの力にはなる!」
「ほんまに!?」
こっちに来て何回かは自分の職業を恨んだし“死の森”では俺よりも頼りになる細山や上野を羨んだが、この案を思いついてからは俺が足手纏いであっても佐藤についてここまで来たのは今この瞬間のためなんじゃないかとさえ思った。
「ああ本当! 俺は嘘つかねぇ。だって俺がついた嘘は全部バレるからな! どうせついてもバレるなら正直に生きた方が他人からの信用も得られるし一石二鳥ってやつだ!」
嘘は自分を守るけど、バレたら信用をなくしてしまう。だから俺はいつも素直に生きてきた。元の世界にいたときからそれは変わっていない。俺の唯一の長所とも、数ある短所のうちの一つとも言えるだろう。だから、気になったことがあってもそれを隠すことはしない。そんな器用なことできないしな。
「なあ、上野は今織田のことどう思ってる?」