軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第236話 〜No.7〜

小さな点だった魔族領は日に日にその陸地を大きくさせ、ついに明日には降り立つことができるだろう程にまで接近した。

数日は周辺の偵察のため船と大陸を行き来する生活になるだろう。

「クロウ、その手帳はなんだ?」

全員で夕食の支度をしていると、老化で動きが鈍くなっているクロウと船の操縦と船を隠す隠蔽の魔法で疲れているノア、先ほどまで物見台当番だった夜が難しい顔をしてクロウの持っている手帳を囲んでいるのをみて、俺は思わず問いかけた。三人の雰囲気がピリピリしているというか、声がかけにくい雰囲気だったがそれよりもその薄汚れたボロボロの手帳が何なのか気になる。

獣人族領から常に一緒に行動していたがクロウが手帳らしきものを持っているのを見かけたことはなかったし、少ない荷物の全てを把握しているわけではないが、それらしきものを持っているとは思えなかった。であるのなら、その手帳は先代勇者たちのセーフハウスに到着した後にどこかで見つけたものを持ってきたと推測できる。そして三人の雰囲気が尖る要素といえば、おそらく手帳は先代勇者が書いたものだったのだろう。クロウと先代勇者は幼馴染という関係だったと聞いたことがあるし夜はかつて敵対した相手だ。

俺たちが船の材料を集めに魔物を倒している間、クロウと夜たちは使える通路がないかと先代勇者が開拓していった場所を確認して回っており、その時に先代勇者が残した魔法具で先代勇者と会話をしたと聞いたので、そこで手帳について本人から教えてもらったのだろうか?

『これは先代勇者、リッター・ガナドールが魔族領での有用な情報を書き記した手記だそうなのだが……』

「が?」

『書いてある字が読めんのだ』

俺に気づいた夜がその手帳について教えてくれた。俺が覗き込めるようにスペースを開けてくれた夜はそのまま俺の肩の定位置に収まる。

読めないとはどういうことなのか気になって俺もその手帳を覗き込んだ。

「……“魔族領内に入ることができたならまずはNo.7(ナンバーセブン)という店を訪ねること。うまくいけば質のいい情報が手に入る”?」

「は?」

「お前、これが読めるのか」

書かれていた文字を口に出して読めば、手帳を難しい顔で睨んでいた親子がガバリと顔を上げる。その時の驚いた表情が全く同じで、改めてこの二人は親子なのだと実感した。

「別に悪筆ってわけでもないし、逆に何で読めないんだ?」

書いた回答は合っているのに字が汚すぎて採点をする教師が読めなかったため、バツにされたかつての自分の答案用紙を思い出しつつ首を傾げる。文字と文字が繋がっていたり、崩れすぎていて自分の字すら読めない時があるが、この手帳に書かれた言葉はどちらかというと几帳面なくらいに整っていて、罫線もないのに真っ直ぐに書かれているのだから文字さえ知っていれば読めないことはないだろうに。三人ともこの世界では珍しく文字の読み書きができることは知っているし、一体どういうことだろうか。

「……この字は俺とリッターが幼少期に二人で考えて作った創作言語だ。その言葉の使い方と意味は俺とリッターしか知らない上どの言語も参考にしなかったせいで読み方を忘れた俺にも読むことができない。それなのになぜお前はこれが読めた?」

表情は乏しいものの、確かにその表情に困惑の色を乗せてクロウが俺を見上げる。

創作言語。世界が違っていてもとある年代になると作りたくなるのだろう。“二人だけの言語”とか“俺たち以外にはわからない言葉”には色々とくすぐられるものがある。

かくいう俺も数年前に退屈な授業中に考えて作ったことがあるが、京介を認識する前でそもそも友達がいなかった俺はそれを共有する人がいなくてそのまま一度も使うことなくゴミ箱に捨ててしまった。もしその時に京介と友達だったとしても恥ずかしくてきっと共有することはなかっただろうが。

もし俺が二人にしかわからないその文字が確かに読めたとするのなら、それはこの世界に来たときに召喚者全員に標準装備されていたエクストラスキル『言語理解』によるものだ。

『言語理解』の仕組みは俺にも理解できていないが、少なくとも俺は英語が大の苦手だった。元々の俺の英語力ではクロウからもらった指輪の内側に彫られた文字を読むことも翻訳することもできないはずだったのだが、俺は難なくすらすらと読むことができた。このことから、おそらく『言語理解』は文字や言葉を受け手の知識に依存せずに使用することができるスキルだということがわかる。魔法が勝手に翻訳してくれる感じだろうか。

そして今回他の誰も、一緒に作ったクロウですら忘れてしまったために読めない文字を読むことができたということは、『言語理解』はすでに使う人がいなくて廃れた言語でも対応してくれるのだろう。可能であればこのままスキルを装備した状態で英語のテストを受けてみたいものだ。きっともう一桁の点数が書かれた答案用紙を見ることはなくなるだろうから。

「多分だが、こっちに召喚された時に俺たち全員が持ってたエクストラスキル『言語理解』のおかげだな。こちらの世界の言語を俺たちがあっちで使っていた言語に魔法が勝手に翻訳してくれてる。創作言語にも対応しているのは初めて知ったが」

「そうか……。なら、暇そうな誰かにこの手帳の中身を全て翻訳してもらうとするか」

「そのNo.7という店には行くつもりなのか?」

「ああ。リッターが残してくれた情報だからな。きっと役に立つのだろう。問題は、その店が今もまだあるのかだが……」

「とりあえず場所も詳細に書いてあることだし、降りたら一番に行ってみようか」

「ああ」

日が沈み、徐々に空が暗くなっていく黄昏時、俺たちは久しぶりに揺れない地面に降り立った。この時間だと周囲に人がいても顔までは確認できない。

万が一のため船から降りたのは俺とクロウ、そしてラティスネイルと夜だけだった。船に残った勇者たちは明るい時間に偵察に行ってもらうつもりだ。

船を隠しているノアの魔法がしっかりと効いているのを確認してから降り立った大陸に目を向ける。

「みんなようこそ! ここが“死んだ大地”こと、魔族領ヴォルケーノ大陸だよ!」

一番最初に船から飛び降りたラティスネイルがそう言って俺たちを振りかえる。

死んだ大地の名のとおり、地面はひび割れ草木は枯れ果てている。人間の気配もなく、そもそも人が通るのか怪しいほどに地面はごつごつと荒い。土地がこれでは植物を植えても育たないだろうな。

周囲に障害物がないせいで目の前にそびえ立つ山の頂上から絶えず白い煙が上がっているのがよく見える。

この地の出身者が一人と一匹いる中で口に出すのは憚られるが、人が暮らしていけるような土地とは思えない。

「あ、本当にこんな場所で人間が暮らせるのか不安に思ってる目だね!? 大丈夫! 長年魔族が魔法で調節したおかげでここみたいに手つかずの所以外はちゃんと暮らせる場所だよ! ちょっと山を越えないとそこには行けないけど!」

『まあ山と言っても“死の森”よりは歩きやすかろう。魔物や人間の接近も分かり易い。ただ、その分隠れる場所もないが』

夜が言うように周囲には大きめの岩が転がっているだけで人間が身を隠すには少し不安が残る。気配を消すことができる俺ならともかくクロウと、今はいないがアメリアやリアはその耳や尻尾から一瞬で種族がバレてしまうだろう。

「そのためにこれを持って来させたのだろう」

そう言ってクロウは手に持っていた灰色の外套をばさりと羽織った。

長身なクロウの身長をすっぽりと覆うことができるそれはフードを被るとあるはずの耳と尻尾の膨らみが消える。外見は人族や魔族と変わらないように見えた。

「魔法具か?」

「お! 主君せいかーい! これは魔族が他の大陸にお忍びで行くときに使う魔法具だよ! 今はちょっとかけられた魔法をいじってエルフ族や獣人族が外見は人族に見えるようにしてあるんだ~! 魔族と人族は外見的にほとんど差がないから、これさえ被っていればここでは魔力を巻き散らさないように調節している魔族に見えるはずさ!」

すでにかけられた魔法をいじるのはかなり難しいことのはずだがラティスネイルはなんて事ないように指を回した。

「……、……ここからの案内は任せろ」

何かを言おうと口を開けて言いかけたクロウだったが、結局言わないことにしたのか外套を翻してゴツゴツと荒い地を迷いなく進んでいく。老化が始まったとはいっても先代勇者パーティの一人に数えられたその肉体は普通の人族よりも丈夫で体力もある。俺たちは黙ってその後をついて行った。

「あ、僕たちは慣れてるけど主君はこれがいるかも!」

しばらくして暑いため首に巻いている黒布を歩きながら少し緩めていると、今気づいたようにラティスネイルがそう言ってちょんと俺の肩に触れる。

「!?」

ラティスネイルが触れた部分から氷を流されたように冷たい風が流れ、その流れた場所から暑さを感じなくなる。温度調節の魔法だろうか。生活魔法の一種でそのような魔法があるとサラン団長に教えてもらったことがある。

『気が利かずすまない主殿。魔族が住んでいる場所はその街の魔力で外気も調節されているがそれ以外の場所はそのままの温度なのだ。だから魔族は街から街を移動する際に自分に温度調節の魔法をかけてから出る』

「なるほど。ラティスネイル、良ければ着くまでにその魔法を教えてくれないか。勇者たちも使えないと困るだろうし」

「いいとも~」

生活魔法の良いところは学べば誰もがその魔法を使える所にある。魔力が少ない人族でも小さい魔石があれば使用できる。だから獣人族やエルフ族では不要な小さな魔石でも取引されるし、それで三種族の経済が回っているのだから考えられたものだ。

生活魔法は魔法関係だから初代勇者の功績だっただろうか。今や火をつけるのも水を出すのも生活魔法に頼っている。名前のとおり生活の為の魔法。初代勇者はどんな考えでこの魔法を考案したのだろうか。長い時間で洗濯に使える魔法など色々と増えているが初代勇者が考案したと考えられている生活魔法のほとんどが野営に使える魔法であるためカンティネン迷宮や“死の森”では本当にお世話になった。昔は今ほど生活が便利ではなかっただろうから必要だったのだろうけれど、初代勇者の生活魔法は“俺が知っている範囲で違う技術での完成形”と思うのは考えすぎだろうか。

歴代の異世界から来た勇者はその異世界の知識をこちらの世界に広めていると聞いたことがあるし、俺の考えすぎだろう。もしかすると俺と近い時代から異世界に渡ったのかもしれない。

「ここが魔族領で一番南、一番の貧民街。モルテだ。迷宮は少し遠いが冒険者ギルドもある。例のNo.7は一本向こうの繁華街の方だな」

たどり着いたのは薄汚れた町。

土で作られた荒い作りの建物に、道端には大きな白い何か分からないものが積まれていた。よく見るとごみのように積まれているのはすでにこと切れた人間たちだ。地面にはまだ生きてこそいるが骨と皮だけの人が横たわっている。

視界にちらつく『世界眼』のステータスボードには人族や獣人族と表記されている。加えて、その命を数値化している生命力が1で点滅していた。きっと明日には横にあるごみのような白いものたちの仲間入りをするのだろう。

俺は意識して『世界眼』を切った。

死んだ人間のステータスが表示されないことなんて知りたくなかった。

「あまり見すぎるな。引き込まれるぞ」

今まで見たことのない光景を呆然と見ている俺にクロウが囁く。

振り返るとクロウは顔を顰めて俺の体をぐいぐいと横道へと押していた。酷い匂いのこの場所は獣人族のクロウにとっても早く去りたい場所だろうに、俺を気遣ってくれている。

そして、クロウとは対照的に先を行くラティスネイルや夜は道端に捨てられた人を慣れたように視線さえも向けない。先ほどまで競うように俺に便利な生活魔法を教えてくれていたというのに、その対応の差に急に悟った。どれほど親しくなろうとこいつらは俺とは違うのだと。普通の人間が道端に落ちているごみに意識を割かないように、この場所が慣れていない人を気遣うまでもなく普通のことだと思うように暮らしてきたのだと。

一つ道を逸れると、そこは絢爛豪華な繫華街だった。

自分の身から先ほどかけられたラティスネイルの生活魔法が抜けたのを感じたがうだるような暑さはもう感じない。

先ほどの道とは違い道の端にごみこそ転がっていてもそれは人間ではないし、立ち並ぶ屋台の一つ一つがとても食欲をくすぐる匂いを放っていた。建物もレンガのような頑丈な造りをしていて、今にも崩れそうな泥の家とは大違いだ。

突然の人込みに慌てて『世界眼』を発動させると、道行く人たちの種族は皆魔族だった。外見では人族の一平民だというのに、その魔力量は初めてカンティネン迷宮から帰った時の俺と遜色ない量をしている。

クロウが先代勇者のものだという手帳に書いてあった場所へ到着すると、そこは一軒のバルだった。

バーと言うには料理にも力を入れているし、飲み屋にしては少しダークな雰囲気である。飲み会の一軒目に行きそうなところと言うとわかりやすいだろうか。

食事も提供しているぶん、未成年者としてはただのバーよりは入りやすい。俺はまだ酒を飲むことはできないが、成人したらこんな店にぜひ来てみたいものだ。

店内にはカウンターにカップル二人とソファー席で三人の家族が食事を楽しんでいた。黒板のような板に書かれた文字が正しければ一番のおすすめは三種の魔物のステーキだろうか。

「ここがNo.7か。リッターのやつ、私たちに黙って飲みに来てたな……?」

そっと苦笑するようにクロウが呟いた。

まさか勇者が敵国で一人酒を飲みに来ていたとは誰も思わないだろう。そう思えば逆に安全なのだろうか?

店内に入ると元気良い声が出迎えてくれた。

「兄さんたち三人と猫のテイム一匹かい?」

夜は俺の肩の上でまるで普通の猫のように大人しく丸くなる。

顔を隠しているわけでもないのに魔王の娘と魔王の右腕に何の反応も示さなかったことを思うに、二人はあまり知られていないのだろうか。

「ああ、できれば窓から離れたあの席がいいが良いか?」

クロウが外套のフードを取らずに返事をするがカウンターから出てきた女性は特に反応せずに頷いた。

「もちろん。好きな席に座りな」

口調の荒い看板娘に促されてカウンターに座る。文字が読めても何か分からないお酒の瓶が並ぶカウンターの上を物珍し気に眺めた。

先代勇者の手帳によれば、この店で“グランドスラム”というカクテルを頼むと情報を教えてくれると書いてあったが、どれがその酒なのか分からないな。

目の前のカウンター内では良い音を立てて細身の男性が大きな肉を焼いていた。おそらく彼が店主なのだろう。彼が肉を焼き、看板娘が案内と簡単な調理を担当している。

「……グランドスラムはないか」

メニューをざっと眺めたクロウがぼそりと呟いた。

飲み物が書いてあるメニューだったが見覚えのない名前が並んでいるだけでグランドスラムはなかった。

「注文はお決まりかい?」

「“グランドスラム”を頼む。人数分だ」

先代勇者の手記にあったようにクロウが注文すると、看板娘が目を見開き店主の男が顔を上げた。

「グランドスラムだって!?」

声を上げた看板娘の言葉に店内の客の視線までもこちらに向けられる。

「ああ、グランドスラムだ。人数分な」

良くない視線が向けられているというのにクロウは看板娘から視線を移してじっと店主の男を見つめた。

店主とクロウのにらみ合いは長くは続かなかった。

店主の目がクロウの横に座ったラティスネイルに向いた瞬間、その目が見開かれるのが見える。そっと目を閉じた彼は看板娘に店の奥へと指を向けた。

「…………おい、案内しろ」

「……はい」