作品タイトル不明
第237話 ~地下へ~
No.7の看板娘に案内され、店の奥から地下へと続く階段を降りる。人に聞かれずに話すことができる場所に向かうのはいいのだが地下というのは少しまずくないだろうか。地上へつながる一本だけの階段が封じられてしまったら俺たちは閉じ込められてしまう。
やろうと思えば『影魔法』で間に存在する地面を喰わせて地上に出ることもできるだろうが、付近に存在する食事をしている人間をも巻き込むだろうからあまり取りたくない手段だ。
「……おい、逃げ場がない所に着いて行くのはどうなんだ」
「いざとなったら俺を囮にして逃げればいいだろう。いいから黙って着いてこい」
なんの警戒もなしに地下へ行こうとしているように見えるクロウに何か考えがあってのことなのかと問えばしらっと返されてしまった。
クロウは老化が始まってからというもの、自分の命を軽視するような発言が目立つようになってきた。あまりリアを泣かせるような発言はしないでほしいのだが、前までの自分とのギャップに苛立ってそれも難しいのだろう。老化が始まった獣人族は皆こんな感じになってしまうのだろうか。
「……大丈夫だよ主君。いざとなったら僕がなんとかしてあげるから」
後ろを着いてきていたラティスネイルが先導する看板娘には聞こえないくらいの声量で俺に囁いた。
確かに色々な便利な魔法具を複数所持しているラティスネイルならばどうにかできる道具もあるのかも……。
「いざとなったら僕が地上まで魔法で穴を開けてやるからね!」
あ、ダメかもしれない。
いざという時は人を巻き込んででも『影魔法』を使用する覚悟を決めつつ、案内された地下の一室に入った。
「この部屋は防音室になってる。マスターが来るまで室内の物は好きにしな」
そう言って看板娘は出ていった。
案内された部屋には上の店よりも豪華な装飾のテーブルとそれを囲む椅子が四つあり、壁際のガラス棚には中身が入った酒瓶が綺麗に並んでいる。酒を飲んだことがないのでわからないがおそらく“秘蔵の年代物”というやつなのではないだろうか。酒を嗜むクロウが吸い込まれるようにその棚の前に行ってしまった。
好きにしなとは言われても流石に本物か分からない中身を飲むような愚行は犯さないがそれはそれとして気になるらしい。
「今のうちに聞いていいか? あの貧民街は何だ? どうして魔族以外の人間が魔族領にいる?」
ソファに座り、ラティスネイルに問いかける。
ラティスネイルは俺の向かいに腰かけて腕を組む。
「あそこはモルテなんて名前こそあるけど魔族としては存在しない街になっているんだ。たまたま魔族領へ流れ着いた他種族の人たちが行き着いてできた街なんだけど、今や魔族領から出れないどこへも帰れない人たちが死を待っている場所になってる」
「他種族の人が流れつくことがあるのか!?」
俺たちが空挺船で空から魔族領へ向かったのは海に魔物が生息しているからだ。空にもワイバーンがいたが、それでも海の中から船の底に穴を開けられるよりはましだろうとの考えからだった。
「あ、僕も直接聞いたわけじゃないんだけど、嵐だとか潮や風の向きだとかで近くまで来てしまって、魔物に船を壊されて命辛々流れ着いたって感じみたい。もちろん手荷物も財産も何もかもなくなっちゃったから長いことそこで暮らすと自分が誰なのか分からなくなって自分がどこに帰りたいかもわからないまま病気をもらって死んじゃう人が多いんだって聞いた」
ラティスネイルは言いにくそうに視線を逸らしながら言う。
『人族や獣人族領の漁師なんかは強い魔物が出るから普段は魔族領近くの海域には近づかないようにしていると聞いている。それでもエルフ族との外交や人族と獣人族領を出稼ぎで行き来している人々は海を渡るしか方法がない。流れ着いた者は運が良いのか悪いのかわからんな……』
夜の言うように、魔物に船が攻撃されて沈むということはそれで死んでしまった者もいるだろう。生き残って大陸に流れ着いても自分を証明する物が何もないまま死んでしまうか、魔物の餌になるか海の藻屑となるか。いづれにしても死ぬのは変わらない。
「どうにかしたいとは思うけれど、どうにもできないのが現状だね。魔族はこんな不毛な土地へ自分たちを追いやった他種族を今でも恨んでいるんだよ。だから魔族が他種族を思い遣って救済措置をとることはないし、魔族は数が少ないからほとんどの人が魔王城かその近くで暮らしてる。病気で死ぬのは他種族だけだから基本は知らんぷりさ」
人族の寿命は百年もない。獣人族の寿命は百年ほど。エルフ族の寿命は千から二千年ほど。魔族の寿命は知られていないがおそらく魔力量と比例していると考えれば二千年以上は確実に生きているのだろう。
恨みつらみを時間経過で真っ先に忘れていく人族が一番豊かな大地を獲得して、長く生きる分そういうことを忘れられない魔族が一番辛い大地に追いやられたとは皮肉なものだな。
人族や獣人族、エルフ族にとっては今の彼らが当事者ではない上に土地によっては神話も忘れられている場所もあるのだから双方の主張は交わらない一方だ。
魔族以外の種族はもたらされた害を魔族によるものとして敵とみなしている。本当に魔族が糸を引いていたのかはともかく、彼らの魔族に対する認識の差が酷いのは船でジールさんとラティスネイルの会話を聞いても確かだった。そして魔族の他種族に対する恨みも相当なものだ。
この世界はずっとギリギリの均衡を保っているだけで、いつどちらかが爆発してもおかしくはない状態だった。
俺は異世界から来たという第三者の目線に立っているからこそ見えてくるものもある。
もしもこのまま平行線をたどれば、向かう先はどちらかが倒れるまで続く争いなのでは……?
そうなると俺が今まで出会ったこの世界の住人はどうなる? レイティス国で俺たちを見に来た国民たち、エルフ族の人たち、ラン号の船員たち、ウルギルドの人たち、ウルクの兵士たち、ウルクギルドのラウルやケリアたちは?
ちょうど会話が途切れたとき、階段を下りてくる気配を感じて俺は一瞬開けた口を閉ざした。それを見てラティスネイルは向かいの席から立ちあがって自然な動作で俺の背後に立つ。
重い扉が開き、マスターが現れた。
「お待たせしました。こちらがご注文されたグランドスラムでございます」
盆の上には琥珀色の液体が入った背の高いカクテルグラスが四つバランスを保っている。
ここにいる人間は三人にもかかわらず四つ持ってきたということは夜のこともある程度知っているのだろう。さすが先代勇者の手記に情報屋と書かれていただけはある。
マスターは四つのグラスを俺の前に三つ、いつの間にか俺の隣に座っていたクロウに一つサーブするとどかりと向かいのソファに腰を下ろした。
当たり前だがグラスには誰も手を出していない。こんな状況で出されたものが安全である保障はどこにもない。ここで酒を飲んだであろう先代勇者は心臓に毛でも生えていたのか?
マスターはテーブルの上に置いてあった灰皿を手元に引き寄せ魔法でタバコに火をつける。
ステータスを視る限り魔族だがこの人は魔力がそれほど多くないようだ。万が一の時は俺だけでも制圧できそうだな。
「お前たちは運がいい。この店は数日後には移転する予定だったからな」
「なぜだ? 付近の店の雰囲気はいいし経営に困っているとは思えないが」
「おっと、グランドスラムを頼んだならわかってんだろうが上と違ってここは情報屋。情報に値をつけて売るのがここでの俺の仕事だ。時は金なりだぜお客さん。悠長に雑談をしている暇はあんのか?」
思いがけない言葉に思わず突っ込むと、マスターはさらりとそう返してきた。
「それで? 先代勇者パーティのクロウと闇の暗殺者様が魔王の後継と右腕を連れて何の用だ? どんな情報が欲しい?」