軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第233話 ~ジールさんと~

「あー、ジールさん、今ちょっといいか?」

甲板で気持ちを存分に落ち着けた後、俺はジールさんに与えられた部屋を訪ねた。

もし甲板で佐藤や京介に会わなければ、今も悶々と考え込んでいたかもしれない。二人と話してから張り詰めていたものが消えたわけではないが、それでも少し緊張が緩んだような、そんな気がする。

アメリアたちと居ることに苦痛を感じたことこそないが、どうしてもこの世界で出会った人はどうしても夢のように現実味がなく感じるため、元の世界でも見慣れている二人と会話したからこそ自分が生きる世界を再認識できた。

ちなみにジールさんの前にアメリアの部屋を訪ねたのだが、アマリリスとラティスネイルという珍しい面子でお茶を飲みながら女子会をしていたので男子の俺は潔く退散した。その時アメリアがワクワクした目で見てきたが、主にラティスネイルから何か変な影響を受けてないといいんだが。

ジールさんの部屋をノックすると、中から人が動く気配がした。気配は一人分だから他に来客もいないらしい。勇者パーティと一緒に来たと聞いたから彼らの中の誰かが今もジールさんに相談していると思ったのだが、杞憂だったようだ。

「アキラくんでしたか。少し散らかっていますが、どうぞ入ってください」

ノックをして応答があったため顔をのぞかせると、ジールさんは先日のオーガンとの戦いで折れた剣の手入れをしていた。今は半分のあたりで継ぎ目が見えるが、よく目を凝らさなければ一度折れたと気づかないほどの凄まじい技術力はクロウの腕によるものだろう。一度折れた剣はどれほど完璧に継いでも強度に不安が残るためもう実践では使えないが、サラン団長からもらったというそれをどれほど大切にしているのか俺はこうして一緒に行動するようになる前から知っている。思えば、いつだったかレイティス城でサラン団長を探してジールさんの執務室を訪ねたときもこうしてあの剣を丁寧に手入れしていた。

「あ、いや悪い。急ぎじゃないから、出直す……」

「いえ、もう終わりますので。どうぞ」

閉じかけた扉をジールさんの言葉に遠慮なく大きく開いて部屋の中に入った。手入れをする手はそのまま澱みなく動くジールさんに促されて整えられたベッドに腰を下ろす。

「それで、どうかしたのかな?」

ジールさんとこうして一対一で話すのは随分と久しぶりだ。大抵は他にも人が居たし、獣人族領にいた時も俺は自分の事ばかりでジールさんと話すことはなかった。だからきっとサラン団長が生きていたレイティス城ぶりかもしれない。

「あ、いや。……そういえばジールさんは何をしているかなって気になって」

自分でも何をしに来たのか分からない。ただ、サラン団長が魔族だったと聞いてジールさんと改めて話してみたくなった。

ジールさんもサラン団長が魔族だということは知っていたが、サラン団長が俺にも教えているものだと思っていたと言っていたが、それを含めて改めて考えるとサラン団長の力を見て何度か「もうこの人だけでいいんじゃないか」と思ったこともあったが、彼が魔族だと考えるとまさにその通りだったらしい。各大陸を巡って他の種族を見て分かった。魔力量的にも光魔法の最上級をぽんぽん使えるような人は絶対に人族ではない。もっと早くに気づくべきだったとも思う。

「ふふふ……。君は大人のように堂々としているから勘違いしてしまいますが、ちゃんと子どもなんですね」

手入れし終わった剣を鞘に戻しながらジールさんがくつくつと笑う。

確かに落ち着きはなかったかもしれないが、そこまで笑うほどだっただろうか。

「それで、私の所へ訪ねてきたのはこの袋について聞くためじゃなかったのかな?」

おそらく俺にジールさんのもとへ来た理由がないと分かっての助け舟だろう。部屋の隅に置いてあるサンタクロースが持っているような大きな白い袋を指していたずらっぽく笑う。そんなジールさんはレイティス城にいた頃とはまるっきり違っていた。きっとこれが彼の素に近いのだと思う。サラン団長のもとに居た頃の苦労性の彼からは考えられなかった表情だ。

他人というよりは兄や戦友という方がしっくりくるようなそんな感覚と共に、俺はレイティス城を出るときに手助けしてくれたジールさんに対して何も言っていないことに気が付いた。お礼も、謝罪も何もしていない。

「そ、そうなんだよな。で、これなんだ? この袋」

愛想のある人、勇者や七瀬ならここでうまく立ち回ることができるのだろうが、生憎と友達も片手で数えるほどにしかいない俺にそんな技術はなかった。

せめて魔族領に着くまでには今までのお礼を言えたらいいのだが。

「それはね、クロウ様がこれまでに作って工房に置いていた武器をほぼ全ていただいたんだ。使いこなせるかどうかは俺にかかっているけれど、ないよりはましだろうって。この袋もその武器を全て入れるためのものでね内側に空間拡張の魔法陣が描かれているらしくて……」

頬を染めながら嬉々としてクロウやクロウが作った武器のことを話すジールさんはサラン団長とはまた違った方向でクロウのことが好きなのだろうなと分かるほどにその目をきらめかせていた。まあ魔法に関して話す時はサラン団長と同じような顔をしていたから、二人は苦労人と自由人のコンビに見えてその実似たもの同士だったのだろう。

武器については使えるかはともかくして男心をくすぐられる内容なので楽しくその話を聞かせてもらった。異世界だからか、元の世界では死神の鎌なんて俗にいうロマン武器なんてものもしっかりと普通に使える武器として存在しているらしい。魔法と併用することで実戦での使用を可能にしているものもあるのだとか。それと、そういう武器は作る鍛治師もテンションが上がるらしくどうしても出てしまう短所の部分をどうにか魔法で補うことができないか思考と工夫を凝らすらしい。普通の武器よりも作るのが楽しいのだと、クロウが満面の笑みを浮かべていていたと嬉しそうにジールさんは言った。クロウの満面の笑みって存在するのか?

「そういえば聞きたかったんだが、ノアが突然俺たちに知識を与え始めたのは何故だと思う?」

クロウについての話がひと段落したとき、ふと浮かんだことを問い掛ければジールさんはきょとんとしたあと、顎に手を当てて少し考えだした。

「……うーん。これはただの推測ですが、君たちに自ら考えることをしてほしかったのではないでしょうか」

「自ら考えること?」

あたかも今の俺たちは考えて行動していないとでも言いたげな言葉に思わず顔を顰める。

だが、ジールさんはそんな俺の表情すらも微笑ましげに見ていた。サラン団長がよく浮かべていた大人の余裕というものを久しぶりに見た気がする。そう言えばかつてはバイト先の大人が同じような顔をしていた。

「例えばですが、どうして君たちはこの世界に召喚されたのだと思いますか?」

静かに問いかけられた言葉に今度は俺が顎に手を添えて考え込んだ。

俺たちを召喚したのはレイティス国。だがレイティス国は国内に魔物が大量にいる迷宮があるとはいえ勇者が必要なほど魔王からの脅威を感じるには物理的に遠く、そのために異世界からの助力を願おうとしたにしては疑問点が多い。というか元々の俺たちは戦いとは縁遠い身だ。その上に俺が実際に聞いた王と王女の会話から察するに、魔王を倒すこと以外に俺たちを利用しようとしていたようだし。

そんな考えを呟く俺にジールさんはぴっと人差し指を立てた。その仕草がかつてレイティス城で俺に色々と教えてくれた時のサラン団長を思い出させて少し懐かしくなった。サラン団長の仇を討てたからだろうか、今まで考えないようにしていたサラン団長の姿もすんなりと思い出すことができている。

「まず、勇者召喚の魔法陣についてですが、これはかなり古くから存在するもので、おそらく各国の主要都市の王家には伝わっているであろうものですが、そもそもこの魔法陣を開発したのは魔族だと言われています。それは魔族が一番初めにこの世界に勇者を召喚したからです」

つまりは初代勇者はこの世界で初めて召喚され、そこで何があったのか魔族領の北半分を吹き飛ばしたということになるのだが、本当に何があったのだろうか。

というか、俺が今までに出会った魔族のサラン団長とラティスネイルを見ていると自身の知識欲だけの理由で何も考えずに異世界から人間を呼んだように思えて怖い。流石に何か考えがあって召喚をしたんだよな? ラティスネイルの言い方では魔族全体はサラン団長のように魔法バカではないと思いたいのだが。

「そしてこの魔法陣、大魔法によくあることですがいくつかの制約が存在します。一つは莫大な魔力が必要なこと。これは魔族が開発したと考えれば納得ができますね。エルフ族でも全盛期の魔力量の者が最低は五人、獣人族でも十人以上の魔力量が豊富な人間が必要になります。そして、二つ目に世界に『勇者』という職業の者が存在していないこと。それがたとえ赤子でも他に『勇者』が存在していれば異世界から勇者を呼ぶことはできません。すでに成長して自分でステータスボードを見れるのならともかく、言葉も覚えていない赤子が自分が勇者だと言うことはできませんから、数十年に一度ほどの頻度で各国が勇者召喚をしようとして魔力だけ持って行かれたという事例を耳にします。それに、召喚に成功しても召喚された人が勇者の職業を持っているとも限りませんでしたし」

「つまりは結構博打だよな? サラン団長からここまでの人数を召喚するのは世界で初めてだと聞いたことがある。大体一回の召喚に一人だったって」

「ええ。君たちを召喚したのは運と、奇跡的に魔力量が足りたこと、そしてとある思惑があったのではないかと考えています」

「思惑?」

京介たちとつい先ほど話していた内容が脳裏を過った。俺たちが生まれた世界とこの世界が知らずのうちに繋がっていた場合、俺たちの存在は楔になり得る。こうして俺たちが大人数で召喚されたことが俺たちの生まれた世界とこの世界の繋がりが太くなっている証拠かもしれない。

それに魔力量が足りたのは奇跡ではない。リアに聞いて俺はそれを知っている。かつてレイティス王に仕えていたジールさんや当事者の勇者たちにはとても言えないような方法で王たちは召喚のための魔力リソースを確保したのだ。

だとしても、どうしてそこまでして俺たちをこちらの世界に呼んだのか分からない。おそらくレイティス王の思惑と繋がっているのだろうが、わからないことばかりだ。

思わず息を詰めてジールさんの回答を待つ俺に彼はそっと苦笑した。

「そう、その思考が必要なんです。“どうしてなのか”と考えることは大事ですよ。どうにも君たちは受動的で“教えてもらうことが当たり前”だと無意識に思っている節があります。初めて城で訓練した時にも節々にそれを感じました。教えてもらったことに対する質問はしてくれますが、全く別のことについては教わるまで待っていましたね。君は彼らと違って自分の意思で動いていましたが、それでもその行動はこの世界に対して知識不足な上にかなり危険な行為でした。彼女はそれについてあなたたちに教えたかったのでは? 私が情報を補足したら君も考えるようになったでしょう? それがしたかったのだと思いますよ」

目から鱗というのだろうか。確かに俺たちは義務教育で約九年間はそれを望もうと望むまいと様々なことを教わる。高校は義務教育ではないがほとんどの人は中学の後に義務教育の延長のように高校へ進むだろう。何も考えずに、大人に言われるがまま学ぶ意思もなくただ年と知識だけ取っていく。もちろんきちんと将来なりたいものを見据えてしっかりと人生計画を立てている人もいるのだろうが、少なくとも俺はエスカレーターに乗るように何も考えず高校まで来た人間だ。

そういえば、どうして俺は高校に通おうと思ったのだろうか。給食制度は高校ではなく、授業料や制服などでさらにお金はかかる。それに学ぶ意思もないのに授業を受けるのもお金と時間の無駄遣いだ。中卒の経歴でこれから母と妹を養っていくのは難しいからだっただろうか。確か妹の唯に何か言われたような気がするのだが、思い出せない。

「まあ、子どもだと思えばそれも微笑ましいですし、今のところそれで誰も死んでいないのであの人もそれほど重要視してはいないと思いますけどね。特に君はわからない時は分からないとちゃんと言える人ですから。知ったかぶりをして大惨事を引き起こす大人よりはマシです。サラン団長もだからこそ彼らではなく君を可愛がっていたのでしょう」

「俺が、俺が子どもだったからサラン団長は何も話してくれなかったのか……」

ジールさんの言葉に思わず一つの呟きが部屋に落ちた。言うつもりがなかった言葉が出てしまい、俺は咄嗟に口を押さえる。それを見たジールさんは、なんと声を上げて笑った。

「……ふ、あははははははは!!」

それはもう盛大に。

騎士然としたこの人もお腹を抱えて笑うんだなと自らの言葉を笑われた怒りの前に感動した。むしろここまで笑ってくれたのなら俺も墓場まで持っていこうと思っていたことを無意識に零した甲斐があったというものだ。

涙まで浮かべるほどひとしきり笑ったジールさんは少し落ち着いたあと、俺の肩に手を乗せて言った。

「いやこれは俺の予想だが、サラン団長は君のことを自分の息子だと思っていたよ。君が思っているよりもずっとね。ただの子どもではない、息子だ」

一人称が「俺」となったジールさんに驚いたのか、それともその会話の中身に驚いたのか俺自身でも分からない。

一つだけわかるのは、その言葉を聞いて俺の心に喜びという感情が湧き出たことだけだ。涙が出るほどに。肩に置かれたジールさんの手が少しばかり暖かかった。

「……そうか。俺はあの人の身内になれるほどだったのか……」

カンティネン迷宮で勇者たちを含めた俺たちを守る背中と、静かな家で台所に立つ大きな背中が重なった。俺はいつも、『父親』がいなくなってからその愛情に気づく。