作品タイトル不明
第219話 〜ダリオン・シンク〜
首に突きつけられた双剣が狭まり、宣言通り首を刎ねられる直前に二振りの短刀“夜刀神”がそれを弾いた。痺れる寸前のような感覚の腕を気にすることなく、ダリオンの首筋に“夜刀神”を振り下ろす。と、その右腕がダリオンの足に蹴り上げられた。ダリオンは体を反らせてバク転の要領で俺から距離を取ろうとする。そうはさせるかと着地点へと駆け寄った。ダリオンの着地と同時に再び互いの得物が高い音を立てる。
前に戦ったアウルムが“剛の槍使い”だとするならダリオンは“柔の双剣使い”だろうか。その柔軟な手首と体を使って思いもしないような体勢や角度から攻撃を繰り出してくる。時には蛇のようにするりと俺の攻撃を避けることも。アウルムより戦いにくい相手だ。
「俺、どっちかって言うと文官だけど魔族の中だったら上から数えた方が早いからそれなりに強いよ。本当に援軍を頼まなくてもいいのかい? 勇者くんとか呼んでくれると手間が省けて楽なのだけど」
キンキンッと、密度の高い金属がぶつかり合う音が響く。
ダリオンの双剣は俺の“夜刀神”よりも倍は刀身が長く、重さもそれなりにあるはずなのだが、それを俺と同じくらいのスピードで軽々と振るえているのだから魔族というのは筋力も桁違いらしい。アウルムほどではないが、それでも俺より重く早い。これで文官とか嘘だろう。
どれほど攻撃してもその深緑の髪に掠ることすらできなかった。
「くどい。お前こそ、俺に倒されるとは、考えないのか?」
「確かに君は人族にしては強い方だと思うけどね。まあそのままだと僕の敵ではないよ」
まるでダンスを踊るようにくるくると回りながら双剣を回避し、攻撃をしかけ、目まぐるしく変わる攻防のなかで会話を続ける。たがいに得物が二本あるため、手数がこれまでの戦いの中で一番多い。加えて、スピードはほぼ互角だが一撃の重さでは完全に負けている。このままでは相手の攻撃を防ぐたびに体力が削られていく一方だ。
ダリオンの方はまだまだ余裕そうだった。こちらも正面から戦うというハンデを負っているので真の実力で対峙した場合で五分五分だろうか。ダリオンが俺のように手札を隠していなければだが。
「でも驚いたなぁ。君って戦っているときもほとんど何も考えていないんだね。他の雑魚は死にたくないだの誰か助けてだのすごいうるさいのに。こんなだったら僕よりもマヒロやアウルムが来た方が良かったかもだ」
マヒロとアウルムという名にピクリと手が反応した。ブルート大陸でアメリアを攫い、傷つけた魔族の二番手と三番手の名前だ。
それと、会話をしているうちに気になったのだが俺の心を読んだかのように言葉を返してくる。高速戦闘のせいで良く見えていなかったが、エクストラスキルの欄に『サトリ』とあるこれの力だろうか。
「……ああ、そういえば君便利な目を持っているんだっけ。そうそう、それだよ」
ギインっと俺の“夜刀神”を弾きながらダリオンが肯定した。
何も言葉を喋っていないのに自然に返答してくるということは俺の心の中は丸裸になっているといって良いのかもしれない。
「勇者くんをどこかへ隠れさせても僕なら見つけることが出来る。君を倒さずに勇者くんの方に行ってもこんな距離だと君に追いつかれちゃうから、先に君を殺してから探すことにしようかな。この船に乗っていることは分かっているんだし」
余裕そうに笑うダリオンに俺は舌打ちをして、激しく動く戦闘の中で集めた影を“夜刀神”に纏わせた。
初撃からここまで『影魔法』を使わなかったのには訳がある。『影魔法』を使わせてくれるような余裕をダリオンがくれなかったというのと、単純に船の甲板に存在する影が少なかった。運悪く船の帆でできる影も前方へ集まっており、後方甲板には影がほとんどないのだ。これではアウルムに傷を負わせた時のような大規模な『影魔法』は使えない。
「それがアウルムが怪我をした『影魔法』ってやつかい? いいね。やっと本気になってくれたんだ」
蜂蜜色の瞳が嬉しそうに細まった。アウルムといい、魔族は戦闘狂ばかりなのだろうか。
「じゃあ、僕もちょっと本気出してあげる」
そう言ってダリオンは双剣に俺と同じように何かを纏わせた。
おそらく光っているので光魔法の類だろうか。魔族で光魔法系統を使えるのはかなり珍しいと聞いたのだが。
「僕は魔王様配下の魔族の中では五番手のダリオン・シンク。僕が文官でありながら五指に入っているのはエクストラスキル『サトリ』ではなくこの『光魔法』のおかげでね。……皮肉だねぇ。勇者くんと行動を共にしている君が闇系統の魔法で魔王様の元にいる僕が光系統の魔法だなんて」
今までとは違う自嘲気味な笑みをダリオンが浮かべる。
魔族に珍しく『光魔法』が使えるということで嫌なことでもあったのだろうか。人族では『光魔法』使いは勇者のような扱いを受けていたのに、立場が違えば変わるものなのだな。
「そうか? 魔法自体に意味はないだろ。ただその姿から“闇”だの“光”だの名がついているだけで使い手次第だろ。包丁と変わらない」
人を殺すための武器に使うか調理器具として使うかはその人次第だ。『影魔法』だって使い方次第では人を助けることもできるだろうし。
そう言うとダリオンは目を瞬かせたあと嬉しそうに笑った。
「君、マヒロと同じようなこと言うんだね。世界全員が君たちのような人間だったら偏見や差別なんかも無くなるだろうに」
さ、お喋りは終わりだとダリオンの纏う空気が鋭くなった。
今にも一騎打ちが始まる、そんな気迫のまま数秒が過ぎる。
ただじっとしているのではなく、互いに相手の隙を窺っているのだ。気を抜けば一瞬でやられてしまうだろう。
「……シッ」
口から鋭く空気が抜けるような音がして、気がついた時には足が動いていた。
ダリオンも同時に駆け出す。
時間が何倍にも引き延ばされたような感覚がした。
ダリオンの目の動きや首筋を流れる汗すらも鮮明に見える。
わずか数歩の距離が一瞬で縮められ、光を纏ったダリオンの双剣と影を纏った俺の“夜刀神”がいざ交差する。
__時が止まった。