作品タイトル不明
第220話 〜神子〜
「双方武器を納めよ」
突然上空からアメリアの声が響いた。自分たちでも止められないような、あと一拍でも遅れれば互いの急所へと刃が突き立てられる、そんな刹那に体がピタリと停止する。視線すら動かすことができない。
これはブルート迷宮で覚えがあった。魔法によって自分の体が自分の支配下にない時と同じ感覚。引き延ばされた感覚のせいで時が止まったと勘違いしてしまったのだ。
「おや、聞こえなかったか? 武器を納めよとこの僕が言っている」
その言葉に強制されるように勝手に体が動き、“夜刀神”が納刀される。ダリオンも同じように腰の後ろに双剣を納めた。表情を見るに、こいつもこの状況を理解できていないようだった。
“夜刀神”を納刀した瞬間、再び体の支配権が戻ってきたのを感じる。ダリオンと同時に上を仰ぎみると、俺たちの間の上空、何も無いはずの空中にアメリアが立っていた。飛んでいるというよりは空中にある何かの上に立っている。
「お前、誰だ?」
声も姿もアメリアに間違いはない。『世界眼』を使用してなくても俺がアメリアを間違えることなどありえない。だが、口調や表情、仕草がまるっきりアメリアのものと異なっていた。迷宮でマヒロの魔法陣でアメリアの体が無理矢理動かされていたことがあったが、その時とも様子が違うようだ。例えるなら、アメリアとは違う存在がアメリアの体と口を借りているような感じだろうか。
ブルート迷宮であんなことがあったばかりでアメリアにとってもトラウマになっているだろうに、また体を乗っ取られたと知ればショックを受けるかもしれないな。
「僕はアイテル。唯一神アイテル。先代神子が先程身罷ったため次代の神子へと神託を授けようと来てみれば、殺し合いの最中」
アメリアの瞳がついっと細まる。アメリアが俺に向けたことのない目で思わず肩を揺らした。できるなら一生そんな目で見られたくない。
今まで感じたことのない感覚を身に受けた。世界に見放されたような感覚と言うべきだろうか。一番近いのは母親に叱られ、失望した瞳で見られた時と似ている。
“神子”というと、アメリアの職業の名前だ。それがどういう職業かは知らないが、同じ音の“巫女”なら知っている。巫女は神様に仕える女性の意味ではなかっただろうか。大雑把だが意味としては合っているはずだ。
「僕は争いを好まぬと言い伝えておいたはずだが?」
確かにサラン団長から、唯一神アイテルは争いを続ける神々に嫌気がさして同じように争う人間にも失望したと聞いていたがどうやら正しかったらしい。俺の身に起きた見放されたような感覚はこの世界の唯一神であるアイテルが俺たちに向けた感情から発生したものだろう。
ダリオンの方も、身に起こった感覚に戸惑っているのかどこかぼんやりとしていた。
「まあ良い。今日この娘の元へ来たのはただの引き継ぎ。神託はまたの機会にしてやる」
次この身に来た時も争いを起こしていたら、わかるな? そう言い残してアメリアはそこから一瞬で姿を消した。
そんなことよりも、アメリアの体はちゃんと返してくれるんだろうな? 今すぐにでも確認に行きたいところだがダリオンがいるためにそれすらも叶わない。
「……どうしてアイテルが? 奴は“大和の国”から離れないのではなかったのか」
隣から聞こえる茫然とした声にハッと納刀したばかりの“夜刀神”に手を伸ばした。
アイテルの衝撃で忘れていたが、今まさに剣を交わしていたところだった。
「やめておいた方がいいよ。アイテルの権能がいつどこまで効くのか僕にもわからないからね。少なくともこの船を降りるまでは戦わないことだ。魔物達にもそう言い聞かせるから安心して」
俺の動きに気づいたダリオンがそう言って両手を振る。
どうやらダリオンの方はこれ以上戦う気はないらしい。それどころか襲ってくるワイバーンたちも攻撃をやめてくれるらしい。アイテルが言う“争い”に魔物も含まれているのだろうか。ダリオンの目は嘘を言っている目ではなさそうだから、信じてもいいのかもしれない。
俺としてはこのままダリオンを逃すのは嫌なのだが、この船を戦闘で落とすわけにはいかない。あのままアイテルが来なくて俺たちがぶつかり合っていればこの船も無事では済まなかっただろう。
「僕が帰る用のワイバーンが来るまでだけど、ちょっとお話ししないかい?」
そう言ってダリオンは船の縁に腰掛けた。隣に座るように促されるがどう考えても先ほどまで殺し合いをしていた人間の隣に座れるわけないだろう。不満気なダリオンに気にすることなく甲板の中央あたりに右膝を立てて座った。このくらいの距離と姿勢なら何があっても対応できるだろう。カンティネン迷宮ではこの体勢でいつも休憩していた。
「で、何が話したいんだ。というかそもそも何の話もなしに殺しに来たのはお前だろう」
一番最初に対話の選択肢を無くしたのはそちらだろうに。
俺だって殺さなくていいなら殺さないほうがいいに決まっている。
「ああ、別に勇者くんについて話し合いをしたい訳じゃないんだ。だって勇者くんを殺すことはもう決められたことだからね。そこに対話は必要ないよ。そんなことよりも僕が気になるのは君のことさ」
ダリオンはリラックスした表情で俺を見た。
蜂蜜色の瞳に初めて敵意以外の色がのる。
「僕ら魔族は君たち人族が見えないものも見ることができる。魔法関連のもの限定だけれどね。例えば、君の従魔の今は夜って名前なんだっけ。彼が何に変身していても僕たちはそれがわかるんだ。それでね、君に会った時から気になっていたのだけれど、君は知らずのうちに自分に封印している言葉がある」
無意識のうちに魔法を使っていたのかな?
そういうダリオンの言葉に首を傾げた。封印系の魔法を受けた覚えはないし、『世界眼』で自分のステータスを見てもそれらしきものは確認できなかった。
はったりかと思ったが、唐突すぎてそうは思えない。それに、ダリオンは俺が自分で封じているとでも言っているような口調だ。
「“つかさ”という名を自ら封印しているんだ。聞き覚えは?」
その瞬間、俺の中の何かが割れたような音がした。
それを見てダリオンは満足そうに頷いた。
「うん。封印は破られたみたいだ。……君の言葉が僕は嬉しかった。これはそのお礼みたいなものかな。お礼になるかわからないけれど」
今度会うときはまた殺し合おうね。
そう言って船を飛び降りて行った。