作品タイトル不明
第204話 ~オーガンの内臓5~ 朝比奈京介目線
「ははは……」
晶が吹き飛ばされて行ってから魔物とにらみ合っていた中、遠くからかすかに響いてきた笑い声に思わずジールさんと顔を見合わせてしまった。
心なしか魔物側も驚いて動きを止めている気がする。
魔物なのにどこか人間臭い動きだな。
「何かあったんでしょうか」
何があったのかと心配そうにしているジールさんに俺は首を振った。
多分あれは楽しくて笑っているだけだと思う。
そのまま伝えると、ジールさんはわけがわからないという顔をした。
俺もそうだと思っただけで、実際に晶がどんな気持ちで笑っているのかは分からない。
だけど晶は戦闘狂だから、きっと強そうな魔物と戦えて楽しいのだろう。
「俺たちは各個撃破なんて出来なさそうですね」
とりあえず晶は大丈夫だろうということでこちらの魔物に向き直る。
晶と奥の方にむかった個体の魔物よりも体つきは小さいが、それでも俺たちよりかははるかに大きい。
ジールさんの冷静な声に頷いた。
晶があちらの魔物を倒すことは確定として、俺たちでこの二匹を倒さなければならない。
生存を優先するのなら晶の援軍を望むのがいいが、だとしてもそれまで持ちこたえないと。
「私からいきます。まずは左側から一匹ずつ。援護お願いします」
魔物から目を離さずに伝えてくるジールさんに返事をしつつ、武器を構える。
城から持ってきた“白龍”の純白の刀身が光に反射してきらめいた。
いつもは別の刀を使っているのだが、今回はどうしてだかこちらの刀を使いたくなった。
多分スキル『勘』が働いているのだろう。
晶が持っている『気配察知』や『危機察知』よりも優れた点があることは先ほどのことで分かったが、『勘』ではどこに魔物がいるかなどの正確な情報は分からない。
気配で察知しているわけではなく、おそらく『勘』には隠蔽系のスキルは効かない。
「はあああぁ!!」
魔物の細腕から繰り出される爪を掻い潜ってジールさんは剣で魔物の口から出ている触手を切り裂いた。
俺はジールさんの方に伸ばされる爪を刀で弾く。
ジールさんはそのまま剣で魔物の首を刎ねようと地面を蹴って魔物よりも高く跳び上がった。
魔物が何かをする前に倒すつもりなのだろう。
落下の勢いのまま首元に剣を振り下ろす。
「っジールさん!!!!」
何か嫌なもの感じて止めようと声をあげるが、勝利を確信していたジールさんはそのまま剣を振り下ろす。
パキンと澄んだ音がして、ジールさんの剣が折れた。
それも根元からではなく真ん中あたり、ちょうど振り下ろしたところから折れたように見える。
ジールさんの剣はクロウが鍛えたとてもいい剣で、手入れもしっかりされていたのは知っていた。
晶たちが拠点についてから全員の装備はクロウさんに一度点検してもらったから、剣の方に問題はなかっただろう。
つまりは剣が負けるほど魔物の首が硬かったということだ。
どこがどのくらい硬いのかは分からないが、この刀を折るわけにはいかない以上不用意に斬りつけることはできないだろう。
なるほど、この強い魔物だらけの森を絶えず移動していけるわけだ。
そんなことを考えながら武器を失って無防備なジールさんを抱えて二体の魔物の攻撃が届かない範囲まで後退した。
「……」
大切にしていた剣が折れたことがショックだったのか、呆然と折れた剣を握ったままされるがままにしている。
そんなジールさんの様子に、なんと声をかければいいのか分からなかった。
俺にはジールさんが使っていた剣にどんな思い入れがあったのか分からないからだ。
変なことを言ってジールさんが折れた剣で魔物に特攻することなどは特に避けたい。
俺は言葉が足りないというか、自分の思ったことをそのまま口に出してしまうためか、表情に出ないためか、人の怒りを買いやすいようだった。
昔は自分でもその悪い癖には気づいていなくて、だけど俺と会話をした人が不快になっているのは分かるから、晶に出会うまで人とのコミュニケーションを最低限にするようにしていた。
俺と親しくなった晶がその癖を指摘してくれなかったら、俺は誰ともかかわることなく、カンティネンでも司たちと一緒に城から出ることもなかったかもしれない。
晶への恩を返したいし、それ以上に友達として手伝いたい。
だけど晶は強いしアメリアさんや夜もいるからきっと俺なんかの手伝いは不要だろう。
せめて、城から出るきっかけを与えてくれたジールさんへの恩は返すべきだと思った。
俺は腰から鞘ごと使っていない方の刀を抜き、ジールさんに無理やり持たせる。
こんな場所で誤解を生んでしまわないように、今まで一番慎重に言葉を選んだ。
「あんたは『曲刀術』を持ってないだろうから使いにくいとは思うが、ないよりはましだろう。ここで待っていてくれ」
ジールさんをこんな場所で死なせるわけにはいかないし、俺もここでは死ねない。
俺が、この人を助ける。
とはいえ、俺もこの刀を渡してしまえばスキル『二刀流』が使えない。
どうにかするしかないか。
木の陰にジールさんを隠して、俺は魔物の前に飛び出た。
全力で振り下ろすのではなく、浅く斬りつけるつもりで振れば折れたりはしないはずだ。
幸運なことに刀という武器は叩き切るのではなく斬るということに特化した武器。
前にこの森であった亀のような硬い魔物も体内という弱点があった。
魔物は生物だから、どれだけ皮膚が硬くても柔らかいところはあるはずだ。
俺が戻ってくるとは思えなかったのか、二体の魔物は慌てて触手と爪を伸ばしてきた。
先ほど魔物と会敵した場所とは違っていたので、俺たちを追うのではなくもう一体が戦っている晶の方へ行こうとしていたのだろう。
一人だとわかると、俺が囮だと思ったのか、警戒をしながら迎え撃ってくる。
他の魔物よりは頭が良いが、人間や夜ほど知能が高いわけではないらしい。
もし俺なら、もう一人がどこにいるのか確認しないまま戦うのは不利だと判断してこの群れの中で一番強いであろう晶と戦っている個体と合流する。
先ほどの戦いだけでは俺の実力は測れなかっただろうし、あちらの状態がどうなっているのであれ、ジールさんが潜んでいるかもしれない状態で戦いたくはない。
それをしないということは、二体だと俺を確実に倒せると判断したのか、それともジールさんの剣を折った防御力の硬さに自信があるのか。
そしてこれは考えたくはないが、晶のようなステータスを視るスキルを持っていて、それを視た上で俺に勝てると判断したのか。
自分のスキルが敵に視られることほどやりにくいことはない。
「……いくぞ」
意識して大きく呼吸をして、自分に言い聞かせるように呟く。
剣道部の試合に出るとき、前の試合が終わって自分の試合が始まる前に決まってしているルーティン。
団体戦では背中を力強く叩いてもらっていたが、自分個人のルーティンとして大きく息を吸い、「いくぞ」と呟くことをしていたのだ。
そういえばこの世界に来てからは戦いの毎日で一回もしていないことをさっき思い出した。
たったこれだけの行動で、心が凪いでいくのが分かる。
試合と命のやりとりはまるっきり違うものだけど、俺にとっては変わるものではないということなんだろう。
「ふっ!!」
まずは足元、脛にあたる場所や膝は硬く、刃が沈まない。
だが、膝の裏は斬りつけることができた。
運よく筋も斬ることができたのか、魔物は痛そうに声を上げ、体重を支えきれずに地面に膝をついた。
ちょうどよく跳ばなくてもいい位置に顔が差し出されたので首以外の場所を撫でるように斬る。
「うん。だいたい分かったな」
時間にして一瞬だっただろう。
もう一体の方の魔物が目で追えなかったらしく、突然崩れ落ちて全身に浅く切り傷がついた相方に目を白黒とさせていた。
傷がついている場所をもう一度視覚で確認すると、やはり急所は硬い。
その分、関節部分や目などは柔らかかった。
とはいえ他の部位よりは柔らかいだけなので力を入れないと斬り落とすことは難しそうだ。
もしこれが折れたら俺も晶のように二振りの短刀にしてもらおう。
俺は刀を握りなおした。
今度はしっかり斬る。
「これなら、俺だけで二体倒すことができそうだ」