軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十五話:進路調査票

帰りのHR。

担任の高城が黒板を軽く叩いた。

「はい、静かに。今日は進路調査票を配るぞ」

教室の空気がわずかにざわついた。

前の席の男子が「もうそんな時期かよ」と小さく漏らし、後ろでは女子が「どこの高校に行く?」と囁き合っている。

高城は教卓の上の紙の束を持ち上げた。

「お前らも、もう中学三年生だ」

一枚、進路調査票を掲げる。

「まだ早いと思ってる奴もいるだろうが、一年なんてあっという間だ」

教室のざわめきが少しだけ静まった。

「家でもちゃんと話し合ってこい。進学にするのか、それとも就職か。自分の将来のことだからな。適当に書くなよ」

高城はそう言って、前列の生徒へ紙を配り始める。

「期限は来週までだ。忘れるなよ」

一枚、また一枚と、紙が前から後ろへ回ってくる。忠夫の机にも、進路調査票が置かれた。

忠夫の手が止まった。

(……高校、か)

学ぶだけなら、もう十分すぎるほど学んでいる。

今さら高校の授業を受ける必要があるのか。

忠夫は、調査票の欄を見つめたまま、目を細めた。

教室の窓から、柔らかな春の日差しが机の上へ落ちていた。

翌日の開発室には、張り詰めた静けさがあった。

関根の製図台には、真新しいマイラー紙が広がっている。

「……インバータ、完成しました」

関根が顔も上げずに言う。

西村が近づき、ルーペで覗き込んだ。

「……線が全然違うな」

「当たり前ですよ。これ一枚で全部決まるんですから」

関根は定規を当て直しながら続けた。

「今日はNORをやります。明日はフリップフロップです。……一つずつ潰していく」

忠夫は製図台に並ぶマスターセルを見渡した。

まだ七枚。残り六十枚以上。

だが、確実に積み上がっていた。

忠夫は自分の席に戻り、座標リストのフォーマット作りに向かった。

セル番号、X座標、Y座標、そしてセルの向き。

表の形そのものは単純だった。だが、六十種類を超えるセルそれぞれに番号を振り、原点の位置を決め、向きの記号を統一し、ピン位置の扱いまで揃えて、誰が書いても同じ意味になる記述規則を作るのは、地味で細かい作業だった。

「佐伯君、ちょっといいか」

斎藤が開発室の扉から顔を出した。

廊下に出ると、斎藤は無言で封筒を差し出した。

忠夫は中身を開く。

量産開始報告書。

擬似SRAM、第一ロット出荷予定。

忠夫の視線が、その数字の列で止まった。

「……始まったんですか」

「ああ」

斎藤は廊下の窓へ目を向けた。

春の夕陽が、ガラス越しに差し込んでいる。

「製造ラインが昨日立ち上がった。今月から本格出荷だ」

忠夫は静かに書類を閉じた。

「……そうですか」

斎藤が小さく笑った。

「ようやく、形になった」

忠夫は少しだけ目を細めた。

「はい」

短い沈黙。

そして斎藤は、今度は真っ直ぐ忠夫を見る。

「CPUも、そこまで持っていくぞ」

忠夫は迷わず頷いた。

「……はい」

斎藤は満足そうに息を吐き、開発室の方へ歩き出した。

「関根たちが待ってる。戻るぞ」

開発室に戻ると、関根がNORの輪郭を引き始めていた。

スッ、と定規が滑る。

忠夫はその音を聞きながら、座標リストの続きに向かった。