作品タイトル不明
第八十六話:分担
翌週の月曜日。
忠夫は教室で、進路調査票の『希望進路』欄を見下ろしていた。
先週から白紙のままだったその紙を前に、静かに思考を整理する。
(もしここに『就職』と書けば、進路面談という名目で三者面談が組まれ、教師と両親を交えた話し合いという余計な時間が発生する)
『進学』とさえ書いておけば、余計な面談は避けられる。
それに学歴が必要なら最悪大検でもいい。
忠夫はペンを走らせ、『進学』の二文字を書き込むと、そのまま席を立って調査票を担任の高城へ提出した。
高城は受け取った紙を一瞥し、顔を上げた。
「進学か。で、どこ志望だ?」
「まだ決めていません」
忠夫が淡々と答えると、高城は少しだけ呆れたように息を吐いた。
「そうか。まあ、早めに考えておけよ。時間は待ってくれないぞ」
「はい」
◇
週末。
開発室の空気は、先週よりもさらに研ぎ澄まされていた。
関根の製図台を覗き込むと、整然と並んだマイラー紙の束が十四枚に増えている。
「……ペースが上がりましたね」
忠夫の声に、関根は顔を上げずに答えた。
「ああ。NOR、AND、OR、XOR。基本ゲートのレイアウトは引き終わった。今日からラッチに入る」
関根はルーペで極小の線幅を確認し、新しいマイラー紙に定規を当て直した。
忠夫は鞄からフォーマットをまとめた用紙の束を手に取った。
「あの、皆さん。少し時間をもらえますか」
忠夫の声に、高村が顔を上げる。西村、大門、小林も手を止め、忠夫の机の周りに集まってきた。
「座標リストのフォーマットが完成しました」
忠夫は一番上の用紙をテーブルの中央に広げた。
それは四つの列を持つシンプルな表だった。『セル番号』『X座標』『Y座標』そして『セルの向き(回転・反転)』。
「デジタイザで座標を入力する手順そのものは、今までも使っていました。ですが、これまでは描いた図形をその都度拾っていただけで、セルの管理規則が揃っていなかった」
「この表では、関根さんがマスターセルを完成させるたびにセルごとに固有の番号を振り、原点と向きの扱いも統一します。そのうえで、チップ上の『どこに』『どの向きで』置くかを記入していく。そうすれば、手作業だった配置工程の大半を、同じ規則でシステムに流し込めます」
高村が表を手に取り、鋭い目で項目を追った。
「……セルの向きまで指定するのか」
「はい。配線長を最短にするためには、隣り合うセル同士を反転させたり、回転させたりしてピンの位置を合わせる必要があります。それを最初からリスト上で定義しておくんです」
高村はしばらく沈黙し、表をテーブルに戻した。
「論理設計と物理配置を、この紙の上で直結させるわけだな。……入力は誰がやる」
「僕一人では追いつきません。分担してもらえますか。CPUのブロックごとに担当を割り振れば、並行して進められます」
忠夫の提案に、真っ先に反応したのは大門だった。
「なら、俺は演算器(ALU)ブロックを持つ。あそこの論理は俺が一番頭に入ってるからな」
「私はレジスタファイル周りをやろう」
西村が眼鏡の位置を直しながら静かに言った。
「じゃあ俺はロード・ストア(メモリアクセス)関係だな」
小林が無精髭を撫でながら笑う。
彼らの頭の中にはすでに、RISCチップの全体構造が図面として共有されている。
誰がどこを担うべきか、一瞬で最適解が導き出された。
高村が腕を組んで全体を見渡した。
「俺は全体の整合性を見る。各ブロック間のインターフェースと、リストの抜けは俺が拾う」
「ありがとうございます」
忠夫は深く頷いた。
「完成したマスターセルから順に、このフォーマットへ入力していきます。もし座標の取り方や、回転の記述ルールで使いにくい点があれば、すぐに言ってください。システム側を修正します」
「分かった。やってみよう」
高村の力強い号令で、開発室のギアがまた一段階、確実に跳ね上がった。