作品タイトル不明
第1330話 精霊と会議⑤推測
悠さまに瘴気のことを聞いた。
わたしたちは女神さまの祝福がないままに地上に降りたことで、悠さまが瘴気へと変わったと聞いていた。でも精霊さまの話を聞く限りでは瘴気を纏っていても自我はあったようだ。悠さまは瘴気を生み出す存在ではあるのだろうけれど、悠さま自体が瘴気なのか、それとも能力みたいので生み出しているのか、そういうことをわたしは知りたかった。わたしたちにとって、瘴気は少なくするべき物であるから対策をたてたかったのだ。
悠さまは女神さまの祝福を受けなかったせいではなく、全部自分のせいだと言った。瘴気と名づけられたものは、自分の中の絶望の一部だと。
悠さまは見通し、そして挑戦・〝次のステージ〟へ飛び出す心を支える、その進化させる役割を果たせなかった。兄姉たちはみんな役割を果たしているのに。
存在意義をなくし、そして兄姉を羨んだ。自分には神力が戻らなかったとあの場に来なかった女神を恨んだりもした。それが空の神力の器にどす黒い何かを育んでいて、それは絶望と一般的に呼ばれるものだった。役割を果たせないまま黒いものを育ててしまう自分は精霊でもないと思えた。自分が滅んでしまえばいいと思い、辛すぎて棲み家から離れた。
そこに疫病神がやってきて、自分は精霊ではなく、生命を脅かす〝瘴気〟となったと言われる。滅んでしまえと思っていた悠には、それはどこかほっとできる話だった。自分はもう精霊ではないのだ。生命を脅かす瘴気というものになったのだと。
そしてもっと絶望を育てろといい、自分に何かをした。
ありとあらゆる病を振りかけられ、どん底にいたはずの悠はもっと辛いことがあると知る。そして解放されたくて消滅を望んだ。
けれど疫病神はそれさえも絶望の入り口だという。自我がある。絶望とは消滅したいとも思えないくらい心が動かないものだと。
悠はその話に恐怖した。けれど後に実感することになる。自分の上に育った命を自らが発する瘴気で命を刈り取ってしまった時に。悠は自分が核である限り、これからもそれは起こり得ることで、永遠に繰り返すことになると理解した時に。
疫病神はそれからもやってきて、瘴気を振り撒けと言った。そうすることが、悠の絶望に終止符を打つことにもなるのだからと。
疫病神は悠の絶望を取っていく。心はもう動かないと思っていたのに、生命が生まれればやはり嬉しく、そして瘴気を溜めて出したりしないように放出した。
といってもその制御は簡単なものではなかった。わかっていてもできないこともあり。何度も何度も生命が生まれては途絶えた。その度、狂いそうになり。そしてそれでも命が生まれることを渇望する自分はすでに狂っているのかとも思えた。それでも悠は生き物が生まれれば喜んでしまった。
疫病神は悠に執着し、もっと絶望することを望んだ。今度は水の精霊の一部を捕らえ悠の心を揺さぶろうとした。だから悠は そ(・) れ(・) か(・) ら(・) 大切なものを 持(・) た(・) な(・) い(・) ようにした。
傷つき疲れた悠。自分が〝瘴気〟となったと理解している悠。
何度も生きているものがいなくなったと。
聞いているときは、それでも時が経ち大陸に生き物が生まれればそこに望みをみつけ、心を通わされたんだと思った。
絶望とは心が動かなくなると言った。
そこから離脱されることができてよかったと思ったし、凄いなとも思った。
それなら絶望の先に希望があると信じられると思った。
そう思って、他の精霊たちと会おうと勧めてしまったけれど。
受諾してもらってから、何度も話したことを咀嚼するうちに疑問が芽生えた。
彼はそれに向き合っていたけれど。向き合っていると思っているけれど。
果たして本当にそうだろうか?と。
説得を試みた時、なぜかひとりで背負い込んで出て行った誰かさんを思い出した。
何もかもひとりで背負い込んだ背中を。
だから言っていた。辛いんでしょう?と。どうしてそれをぶちまけない?と。
矜持が高くて兄姉にも相談できなかった悠。
それが成り行きとはいえ、人族に相談を持ちかけた。
もうそれはかなり危険な兆候なのではないかと。
そう思ってみると、全てが危うく見えてきた。
瘴気の森の魔物が変だという悠。
魔物だけ? 改めてみると魔物も集落も首を傾げてしまう点がいくつもある。
時が止まっているまま暮らしているような集落。新しいものは取り入れず、同じことを繰り返す。怪我をしても、使ったはずの物も、まるでリセットされるように元に戻る。
悠は本当に絶望に耐えているのだろうか? もうとっくに……。
わたしだったら、そんな絶望の中にいたらとっくに狂ってる。
……悠も、もう実はとっくに狂っているとしたら?
もう悲しみに明け暮れたくないと、悲しみに至る前の記憶を繰り返しているとしたら?
でも魔物は実在したし、集落の人も存在している。
あ、と思い出し、収納ポケットのリストアップをみると、収納したはずの第一大陸のあの変わった魔物はなかった。
嘘。あの時触ったし。確かに中に入れた……。
そうよ、エリンも怪我をした! ……光魔法は効かず、聖力が効いた。
それは、どういうことだろう?
わたしは考えを巡らせた。
生き物が森の中に存在するようになった頃、迷い込んできたグレナン民。悠さまは絶望の中で喜びを見つけた。大切に大切に瘴気を多く噴出しないように気をつけていた。けれど繰り返してしまう。死界の森となってしまう。認められたんだろうか? 生き物がいなくなったことを。自分が大切にしていたものをまた壊してしまったことを。
心は壊れることを認められず、存在すると思った。
今も、人々が暮らしてる。森には魔物もいる。何も変わっていない。
また失くすのが怖くて、自分で幻影を生み出している?
昼は悠が見守り、夜は使い魔が見守る。
幻影か夢を大切に大切に見守った。
幻影や夢にはたった一つ欠点がある。
それはいつかは目覚めてしまうということ。あれは幻影だったのか、あれは夢だったのかとわかる時が来るということ。それが因果律だということ。
幻影は見守る一定の範囲ではおかしなことは起こらない。
けれど疑問を持ってしまったら、そこからぺりぺりと剥がれていく。
恐らく幻影も最初の頃はもっと矛盾のないものだったろう。
見守り覚えていたから、よく見ていたから。幻影は精巧だった。
けれど幻影は繰り返すだけ。ある一定のドラマを繰り返していくだけ。
どれくらい時を繰り返していたのか。
昼は悠さまが、夜は使い魔が森と集落を見守る。
悠さまが起きている時は瘴気が多い。魔物は穏やか。
悠さまが寝ている時は瘴気が少ない。なぜなら無意識に瘴気を魔物に注いでいるから。
そしてある日気づくと、悠はどんな魔物がいたか朧げになっていた。
あの奇怪な魔物は、まるで子供に出会った魔物を描かせたような形をしていた。
触手は……瘴気の結晶をなくしたくて動いていたんじゃないかなと思っている。
森の魔物は生きている時、聖力をかけると余計凶暴性を増す。その幻影は活発な瘴気だから。けれど死んでからは聖力をかけると昼間の穏やかな魔物に戻る。死んだとされる幻影に残るのはただの瘴気だから。
話して顔を上げると、みんな顔に力が入っている。
歪まさないように力を入れてると思える表情。
それが事実かどうかはわからない。
そしてわたしは続けた。
悠は疫病神に自分が絶望をしてないのがバレていないと思っているようだけど。
わたしは違うんじゃないかと思えた。
疫病神が何もしてきてないのがその証拠。
悠はすでに壊れてきているのだ。自分でそれを気づけないほど……。