作品タイトル不明
第1321話 悠かなる絶望①昏きもの
「その神力の器に育ってしまった黒いモヤが瘴気、ですか?」
尋ねると、フクロウは少し首を傾げる。
『まだその時点では、違ったと思う。それは妬みや嫉みのほんの走りだったから。我は自分が情けないと本気で思っていた気がする』
フクロウはゆっくりと顔をあげ、闇が支配していく空に顔を向けた。
悠は漂い、そして大陸に背中を預けるようにして目を閉じた。
次に目を開けた時、神力の器の中にあったはずの真っ黒の何かが自分を覆っていた。そして自分の上にはいくつもの命のあったものの死骸が降り積もっていた。
悠は恐れ慄いた。命あるものの成長を促すはずの自分が、命を奪ったのではないかと。その恐ろしさに耐えきれず、悠は悪いのは自分ではないと思うようになった。自分がこんな姿になったのは祝福の役割を果たさなかった女神のせい。役割も果たせない女神を選んだ創造神のせい。自分は悪くなく、こうなるべく道を歩かされた自分が不幸なのだと。悠を纏う黒いものがより濃密に蠢く何かになっていたことに気づかなかった。自分のせいではないと思っても、死骸が降り積もっていく。それはこのまま永遠に続くのか? それは悠が本来受け持つべき見通す未来へと向ける目が、正反対に作動したといえるだろう。悠は絶望した。少しの望みも、悲しみさえ感じなくなる。死骸が降り積もっても何も感じなくなった。
その悠を包む黒く濃密に蠢く何かが〝瘴気〟と名づけられ、世界に散っていたことも知らなかった。
ある時、 昏(くら) い何かが悠のもとを訪れた。
『お前が13番目の〝瘴気〟だな?』
昏い何かの姿は見えないのに、憎しみの視線を向けられていることはわかった。
『ショウキは知らん。我は悠』
昏い何かは嘲笑する。
『お前はもう〝悠〟ではない。生命を脅かす〝瘴気〟となった』
昏い何かのいうことはストンと悠の中に収まる。
我はもう悠ではなくなったのだ。命を成長させる精霊の悠ではない。命を脅かす〝瘴気〟となった。精霊の棲み家から出て、初めて安寧をもたらされた。
その様子に昏い何かは目を細める。
『何を安堵しておる? お前には絶望を育ててもらわないと困る』
絶望を育てる?
『我はお前のせいで永遠に時の河を流されることになった。
それが道理と思い納得していたが、世界の 理(ことわり) を知ってしまった。
我は神であるのに、この世界の理全てを知らされてはいなかった』
この昏き何かは〝神〟なのか?
『時の河を使い、過去を変えようとしたが、我が関わっていたことはどうにもできなかった。なす術がないかと思ったが、たったひとつだけ、我の希望を叶える道筋を見つけた。お前にもその役に立ってもらおう』
そういって昏き何かは悠に向かい、何かを振りかけた。
『それが育ったころ、刈り取りに来よう』
昏きものはそういって、来たときと同じように唐突に去った。
悠は痛みを感じた。身を刺すような痛みに、置き所のないような痛み。寒いのだか暑いのだかわからないけれど、いっそうのこと何も感じないようにしてくれと思った。身は焼けつき悠の中を何かが這い回る。
消滅させてくれ、悠はそう思った。願った。祈った。
なんでもいい誰でもいいから、この身の置き所のない得体の知れない〝傷み〟から解放してくれ。
昏きものがやってきて、笑ったような気がした。
『よしよし、うまく育っているぞ』
『時の河を流される神よ、我に何をした!?』
悠は怒りをぶつけている自分に驚いた。
『ふーん、まだ自我が強いな。我は疫病神。我の持つありとあらゆる病をお前に振りかけた』
『なぜ、そんなことを?』
『絶望を育てるためだ』
絶望?
『絶望ならとっくにしている』
『生ぬるい! 絶望の〝ぜ〟にも至ってない。絶望とはな、そんなものではない!』
昏きものは急に激昂した。
『望みを絶たれるということはな、消滅したいという思いも生まれないぐらいに〝動かない〟ものだ。その身で味わうがいい。
けれどその身に何かが起こるより……お前には違う方面から攻めてみるか』
そう言われたまでは覚えていたけれど、次に気づいたとき、動けないことに気づいた。自分は地と同化したようになり、上には生き物の気配さえあった。
自分が生き物の礎になっているのか? そう生まれた感情は悠が初めて感じたものだった。悠は見たいと思った。知りたかった。自分の上で何が起こっているのかを。
その気持ちに引き寄せられた使い魔を使い、悠は自分の上の状態を探った。
大地は生き物を育み、雨を溜め、植物が生まれていた。
瘴気の塊の自分が核となる大地ゆえに、悠も見たこともない歪んだものばかりだったけれど、悠は嬉しかった。喜びを知り、そんな感情が残っていたことにも驚いた。
ところが。喜びで気持ちが昂ったとき、瘴気がより多く排出され、命あるものは全て命がなくなった。
自分が命を刈り取った。自分が核である限り、生命は本当の意味で育たない。
命を産みながら、それを全部我が壊した。
我が我であるかぎり、生命は育たない。
我があると生命は育ち、そして壊される。
これを繰り返すのか? いつまで? ずっと? 永遠に?
あらゆる病に冒されていたのとはまた違う傷み。
永遠に……。
悠の心は止まり、動かなくなった。