作品タイトル不明
第1322話 悠かなる絶望②疫病神の執着
次の記憶では昏きものが満足そうにしていたことだった。
『お前の絶望をもらってやる。世界に瘴気を撒き散らすといい。さすればお前の絶望もいつかは終わりがくる』
そう言って昏きものはまたいなくなった。
不思議なことに、何もかも止めた枷が外れたように、感情が湧き出ていた。
絶望を感じるのも確かだけど、自分が撒き散らすなら撒き散らさないこともできるのでは? そう思うようになり、少しずつ自分の中に蠢く黒い何かと向き合うようになっていった。
長い長い時間がかかったけれど、悠は瘴気を放出する時のコツをつかんだ。溜めると大きくなり生命を脅かしてしまうことも学んだ。
瘴気を結晶化して大地に生やすことも学んだ。瘴気が少なければ生き物は生きていけた。といってもその制御は簡単なものではなかった。わかっていてもできないこともあり。何度も何度も生命が生まれては途絶えた。その度、狂いそうになり。そしてそれでも命が生まれることを渇望する自分はすでに狂っているのかとも思えた。
いつしか植物以外の生命も入り込むようになった。
悠は瘴気を溜めないように気をつけ、結晶化し大地に生やした。
人族を見つけたときは、本当に嬉しかった。
瘴気の濃い森に住もうとする人族もいた。悠は森の中に瘴気の少ない場を作った。そこには魔物も入れない結界を張り、人族が何を必要とするか話をするための窓口も開いた。その地の周りには中身がカラの木を植えた。その地の瘴気を溜めるためのものだ。瘴気がパンパンに入り、真っ赤になった木は、悠の一部が刈り取り沼に沈めた。沈んだ木は瘴気を排出し朽ち果てる。瘴気は大地となった悠に吸収された。
生き物には厳しい地ながらも、静かに時は過ぎ……。
そしてまた昏きもの・疫病神がやってきた。悠は話したくもなかった。けれど神歴の長い疫病神に逆らえることは難しく、頭に言葉が響いてきた。
『眠ったふりとは随分姑息な手を覚えたようだな』
悠は言葉を控えた。
『……絶望も少ない』
神は舌打ちする。そして、悠が長い年月をかけ調整してきた地に疫病の種を撒いていった。
命あるものは、使い魔に助けを求めた。
あまりの辛さに息の根を止めてくれという願いも多くあった。
悠はこんなことになるのは、自分が絶望していないからだとそう思った。
悠は命あるものの息の根を止めてくれという願いを叶えた。
そして今度こそ何も望まず、深く潜ることにした。
悠は夢を見た。夢を見ていた。
自分が核の大地で生命が暮らす夢を。
眠っていたところに、また疫病神がきた。
悠が話さないから、疫病神はひとりで話していく。
悠には長い年月の先にポツポツと来ていると思っていたけれど、どうも疫病神は連日来ているレベルのようだった。時の河で選んだ時に降り立っているからだ。
『絶望も満足にできないのか。それなら仕方ない。とっておきの絶望をやろう』
悠は言葉を返した。
『なぜ我に執着する?』
一瞬の間がある。
『そりゃ、お前のせいだからだ。我だけの絶望じゃ足らぬ』
そうして自分に見せびらかすようにしたのは、手の中にあるぐったりとした何か。
微かに感じるのは兄姉の気配。
『お前のを足しても足らんから、お前と同じ精霊の一部だ。
こいつは今まで苦労なんか知らずのうのうと暮らしていた。どうだ憎いだろう?』
憎いわけはない。自分が精霊から堕ちて瘴気になったのは、紛れもなく自分のせいなのだから。
『もうなんとも思わない』
嘘ではない。事実ではないけれど、悠は感情を押し殺した。
『強がるでない。これからこの水の精霊に絶望を味あわせてやろうと思ってな』
やめろ、と思った。けれど、そういえばヤツは余計に喜ぶ。
『我に何も求めるな。もう、心は動かない』
『……なんだつまらん』
兄姉の気配ごと消えた。
それから使い魔が拾ってきた情報で、水の精霊の一部が捕らえられたようで、水の姉上が動けなくなっていることを知った。
我が絶望していれば、姉にまで手を出すことはなかったのに。
悠はまた深いところで眠っていた。
悠は そ(・) れ(・) か(・) ら(・) 大切なものを 持(・) た(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) 。
疫病神は最近よく悠の元を訪れた。
荒ぶれていた。思う通りに何もかもいかなかったらしい。
水の精霊も解放されたらしく、それに悠が一枚噛んでいないかを見にきたらしかった。悠は絶望したままだったが、心が動かないので、とうとう役立たずとみなされた。
水の精霊が疫病神に捕らえられているのを知りながら、何もしなかった。
だから悠は兄姉たちに、心から合わせる顔がないと思っている。
長い話で、悠が他の精霊たちと合わせる顔がないと言っていたわけがわかる。
それは、家出をしたことでも、瘴気に堕ちたことでもない。
絶望を望む疫病神に新たな絶望を気づかせることのないよう、ノーアクションを貫いた水の精霊連れ去りの件があるからだった。