作品タイトル不明
第1243話 シナリオ❸吹っ飛ばせる力
一番最初に到着した兄さまが小さなわたしを抱え込む。
そして頬に手をやる。
「リー」
ロビ兄が不安そうに後ろから覗きこむ。
「家の中に運ぼう。そして医者を呼んでもらわないと」
「おれ、街に行って医者連れてくる! 父さま、今変だから」
「そうだな、頼む」
兄さまがそういうと、ロビ兄が駆け出した。
「兄さま、母さまがいなくなって。
父さまは抜け殻みたいで、リーもこんなで。
オレたちどうなっちゃうの?」
アラ兄が涙を堪えながら兄さまに尋ねる。
「父さまは今悲しみと戦っている。強い方だからきっとすぐに立ち直る。それまで私たちが家族を支えよう」
「……うん」
やっと辿り着いたアイリスに兄さまは声をかける。
「アイリス嬢、いったい何があったのでしょう?」
「よくわからないわ。話しかけたら、急に令嬢から何かが出てきて痛かったの。
それを知らないきれいな男の子が助けてくれて〝魔力の暴走〟って言ってた」
「魔力の暴走って、リーは7しか魔力がないのに?」
アラ兄の眉根に力が入ってる。
「知らないわ。でもあの子がそう言ったんだもの」
アイリスは口を尖らせる。
「その子はどこへ?」
「わからない。走って行っちゃったわ」
兄さまがわたしを家の中へと運ぶ。
砦の女性たちがいた。皆黒っぽい服を着ている。
メイドがいないから、砦の女性陣に手伝いに来てもらっているのだろう。
「お嬢さま、どうなさったんです?」
一人が大袈裟に声を上げる。
わたしを受け取ろうとしたその人に、兄さまは渡さなかった。
「リディーにこの服を着せたのは誰です?」
「え? 私ですけど?」
「用意したのはこれではないと思いますが?」
「お、お嬢さまが嫌がったんですよ。小さいって。ピッタリしたものは嫌だっていうから、それしかなかったんです」
「……私が着替えるよういいますから、元の服はどこです?」
「え、ですから、街の古着屋でそれと変えてきたんですよ」
「取り戻してきてください。それからこの件は辺境伯に報告しますから!」
「フランツ坊ちゃん、そんなことおっしゃらないでくださいよ。
レギーナさまの葬儀ですよ。癇癪を起こしたら大変と思って、お嬢さまのおっしゃる通りに大きいのに変えてきたんですから」
「確かに母さまの葬儀で手が足りない。だから追求はしません。服を替えてきてください」
兄さまは静かに諭す。
砦の女性は形だけ頭を下げ、玄関へと向かった。
「リディー、リディーは?」
父さまが音をたて部屋から飛び出してきて、兄さまからわたしを奪う。
……父さま。ひどい姿だった。
無精髭は生えたまま。顔色は悪く、痩せこけて。落ち窪んだ目。
「リディー、リディー。どうした? お前まで私を置いていったりしないよな?」
「父さま、ロビンが医者を呼んできます。リディーは部屋に寝かしましょう」
「そ、そうだな」
父さまは子供部屋にわたしを寝かせる。
わたしの手を握り、わたしの名を繰り返し呼ぶ。
家の中はパッと目に入るところだけ掃除がされた感じ。
引っ越してきたときでも、物がもう少しあった気がするけれど、最低限の物しか置かれていない。
明かり取りの金具部分はくすんでいて、家の中を余計に暗く見せている。
やがてお医者さんが来て魔力の枯渇だろうという診断だったけれど、それより栄養面が心配だと言われていた。
父さまだけがお医者さまに呼び出される。心配でわたしはついて行った。
「悲しいのはわかります。でも子供たちの親はもう領主さま、あなたしかいないんですよ?」
そう言われて父さまは目を見開いて固まった。
お医者さまを送ってから、わたしを見守る兄さまたちを次々と抱きしめた。
ごめんと何度も謝りながら。
眠り続けるわたしを父さまは抱き上げ、そのまま葬儀に参加した。
家とは反対方向の領地の外れに墓地はあった。
皆が母さまに最期の挨拶をした。
神父さまのお祈りが続く中、母さまの亡骸は土の中へと還された。
雨がしとしとと降り始め、誰もが泣いているのを隠さずにすんだ。
涙混じりの雨が、母さまの眠る大地に沁みこんでいく。
なんでこんな場面を見なくてはいけないのだろう?
胸が痛い。母さまがいなくなることもだけど。
さっきよりしゃんとしているけど、何も目に映っていないような、ただ静かに涙を流しながら淡々と儀式に臨む父さまが痛ましかった。
そうしていないとどこかに行ってしまうんじゃないかと思っているかのように父さまの服の裾を掴んで、純粋に母さまを悼むことのできない兄さまが哀しかった。
悲しいながらも不安に苛まれているアラ兄が哀れに見えた。
悲しいを一番ストレートに表しながらも、懸命にその痛みと闘っているロビ兄が不憫だった。
そんな中、最期のお別れの間もこんこんと眠っている自分が辛く思えた。
なんで母さまが、なんで!
黒い団体はしずしずと屋敷へと帰り、挨拶をして皆が帰っていく。
辺境伯のおじいさまもシヴァも子供たちを抱きしめ、そして父さまにエールを送り帰っていく。あの意地悪な砦の女性たちも帰るのか、そんな余計なことを思いながら見届けたかったのに、アイリスが乗り込んだ馬車が走り出すとそちらに引っ張られた。
アイリスから完全に離れることはかなわないようだ。
馬車の中で滅入っている男爵にアイリスは声をかける。
「お父さま、大丈夫?」
「ああ、少し思い出してしまってね。伯爵さまもお辛いことだろう。アイリスも令嬢の魔力の暴走に巻き込まれて驚いただろう?」
「うん、すっごく痛かった! あの男の子は誰だったんだろう?」
「シュタイン領の子じゃないのかい?」
「偉そうな子だった。あたしを聖女って呼ぶの」
「聖女?」
「うん、力を使ったって」
「アイリスは何かしたのかい?」
「令嬢が魔力を暴走させて痛くてやめてって思ったら令嬢が吹っ飛んだの。男の子はそれを受け止めたの」
「……吹っ飛んだ……」
男爵はアイリスの手を握る。
「アイリス、そのことはもう話してはいけないよ」
「え?」
「聖女さまというのはとても尊いお方。聖女さまという言葉を軽々しく口にするだけで何が起こるかわからない。アイリスが言い出したのではないとしても、聖女と言われたなんて言ったら何が起こるかわからないんだ。
いいね、このことは私とアイリスの秘密だ」
男爵は小指を出した。
アイリスは男爵と秘密にする事柄があることが嬉しかったようで、顔を綻ばせている。指切りをして、男爵は眉を八の字にしながらもアイリスに微笑む。
アイリスはシュタインの屋敷で見たことを男爵に報告する。
執事もメイドもいない家。
お手伝いに来た女性たちは令嬢に冷たい。
人形も何も持っていない伯爵令嬢。
慰めてあげたのに、何も言わないで魔力を暴走させた。
隣の領で年が近いから仲良くできるといいと思ったけれど、令嬢とも、それからその兄たちともそれは難しそうだとアイリスは思ったようだ。