作品タイトル不明
第1241話 シナリオ❶本来の世界
わたしは白い世界にいた。
誰かの中にぷすぷすとのめっていく。同化していく。
もがいてもそこから出ることは叶わなかった。
けれどその〝誰か〟はとても大きな何かに抱かれていると感じる。
安心して、全てを大きな何かにあずけていた。
鈴をふるわすような美しい声がした。
『そなたに力を授ける。
全てを業火の如く焼きつける浄化の力を。
人族には辛い試練も待ち受けよう。
だが、忘れるでない。
そなたは世界を安寧に導く聖女。
唯一の女神の 愛子(いとしご) 。
苦楽を共にする仲間、そして愛する者と、世界を守り、そして羽ばたけ』
ああ、女神さまに抱かれていたんだと、《《あたし》》はまた安堵する。
たぷんたぷんとたゆる世界であたしは大きく伸びをした。
いきなり見えない何かに引っ張られて、怖くて痛くて、あたしは泣き叫ぶ。
よく見えない、聞こえない。怖い、怖い、怖い、怖い。
誰かが何かを言っている。
手足を動かしているつもりだけど、何が起きているのかわからない。
泣いて眠って、起きて泣くと口の中に何かが入ってくる。
夢中で飲んでいた。
飲んでは泣いて、眠って、泣いて。
いつしかぼんやりと見えるようになってきて。耳も音を捉えられるようになってきた。
「目がくりっとしていて、可愛いこと!」
「本当にねぇ。でも髪がね。どちらとも違うんですもの。荒れるのは無理もないわ」
次に目が覚めたのは、あまりに激しい言い合いをしていたから。
「俺の子じゃない、髪の色で一目瞭然だ! この恥晒しが!」
「あなたの子です。そうでしかあり得ません。ご存知でしょう? この子は選ばれた子に違いありません。この色はきっと美しい桃色になるでしょう。古の聖女さまと同じ」
「このくすんだ色が桃色となるか! お前は不義をした。訴えてやる」
似たような言い合いが何度も繰り返された。
主人が出て行ったと荒れる邸。世話する人も減っていき。
そして息ができなくなった。
「お前が生まれてきて、全てはおかしくなった!」
ひどい形相。それ以前に顔色は悪く頬は痩せこけ、目の下にはクマがあり目も落ち窪んでいる。だからいつも笑いかけてくれたお乳をくれたのと同じ人とは気がつかなかった。
急に息ができるようになり咳き込んで見上げた時に、その人は涙いっぱいの目でわたしの頬に手を当てた。
「可愛い子……ごめんなさい」
あたしを籠のようなものに入れて、とぼとぼと歩き、門の外にあたしごと置いた。
パチパチと聞こえてきた音はやがて大きくなり、「火事だー」と行き交う人が叫び、人々が走りごちゃごちゃになり……。
次に気がついた時、あたしは他の子とお揃いの粗末な一枚着を着せられて座っていた。くすんだ髪色のおばあさんがあたしに手を伸ばす。
「この子はきっと美しくなるわ。髪だって、古の聖女さまを思わせる色。大丈夫、あなたは幸せを手に入れるの」
「院長先生、アイリスの目が動きました」
「え?」
「ほら」
「本当だわ。アイリス、アイリス?」
ぼんやりとふたりの老婆を見上げる。
「ちゃんと見ています。院長先生の献身が神さまに届いたのですね」
「この娘の持つ力でしょう。この娘から神さまの力を感じますもの」
「私はそういったことは全くわかりませんけどねぇ。とにかくこの娘もみんなこれから穏やかに過ごせることを祈りますわ」
映像が変わる。
「アイリス、アイリス。降りていらっしゃい。女の子が木に登るものではありませんよ」
院長先生だとなぜかわかる。
「せんせー、男の子とか女の子とかかんけーないもん。木にのぼりたい子が、のぼりたいときにのぼればいいの。いんちょーせんせーもここにきて。とってもステキなけしきだから」
また周りが変わる。
あたしは泣いていた。心が裂けそうな痛みがそうすれば引くかのように。
「カートライトだんしゃく夫人がお亡くなりになっていたなんて。
あたし、夫人にとってもよくしていただいたのに。大好きだったのに。
慕っていたのに、夫人が辛いときのことさえ知らずにいたなんて……」
カートライト男爵がそっと抱きしめてくれる。
男爵も静かに涙をこぼしていた。その顔がまだ受け止めきれないといっている。
「君さえ良ければ、私の娘にならないか?」
男爵の後ろに院長先生が見える。胸の前で手を組み、うなずきなさいと言いたげにうんうんうなずいている。
それから始まったお嬢さま教育。
自分だけの広い部屋。たくさんのドレス。豪華な食事。
優しいあたしだけのお父さま。
勉強は得意ではないけれど、先生とお話しするのは楽しかった。
7歳の時だ。
お父さまは黒い服を着ていた。
隣の領主の奥方がお亡くなりになったとお父さまは言った。
その奥方にはまだ5歳の女の子がいて、とても悲しい思いをしていることだろう。
アイリスと歳も近いことだし、お慰めしてあげられるかい?
あたしはもちろんとうなずく。
モロールというところの新しい領主となったお父さま。
まだ来たばかりということもあって、お屋敷に閉じ込められるようにしていたので退屈していた。
同じ年代の子供と会えると思うと嬉しかった。
お母さまが亡くなったのね。きっと悲しいでしょう。
でも大丈夫。悲しみは薄れていくものだから。
あたしがお姉さんらしく教えてあげよう。
黒い控えめなドレスを着て馬車に乗った。
隣のシュタイン領はどこか暗くて、好きになれない気がした。