作品タイトル不明
27-45 引き継ぎ
ゴーレムに案内されて到着したのは白い壁、白い廊下、そして白い扉の前であった。
なんとなく、700672号の居室である『白い部屋』を連想させる。
その白い扉の前で案内のゴーレムは立ち止まった。そして無言のまま立ち尽くす。
何か、どこかと通信をしているかもしれない、と仁は思った。そしてそれは正解だったらしく、
《許可が出ました。どうぞお入り下さい》
と、ゴーレムは扉を開け、仁Dとアンを通したのである。
ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた仁Dは、ベッドに横たわる老婦人に気が付いた。
『はじめまして』
立ち止まり、会釈をする仁Dを、老婦人は微笑んで見つめた。
「ようこそ、新たな人」
『……ジン・ニドーと申します。とはいっても、今お目に掛かっているのは 分身人形(ドッペル) ですが』
『新たな人』とは何か尋ねたかったが、まずは自己紹介をした仁である。どうにも、施設(孤児院)の院長先生を思わせるような年配の女性には弱い仁である。
「ふふ、『新たな人』と言ったことについて尋ねないのね」
『あ、はあ』
胸中を見透かされて若干狼狽する仁と仁D。
「私はミロウィーナ。レナード王国最後の一人、になるのかしらね」
ミロウィーナと名乗った老婦人をあらためて見てみると、年齢は刻まれているものの抜けるように白い肌を持ち、すっかり艶を失い白くなってはいるが、もとは美しいプラチナブロンドであったことを思わせる髪をしていた。
そして今は落ち窪んでいるがその瞳は、かつては澄み切ったスカイブルーであったことだろう。
「私たちは誤った道を選んでしまい、そのまま引き返しもせずに今日まで来てしまいました。そしてその道も間もなく尽きようとしています」
蓬莱島で仁Dを操縦している仁は言葉を差し挟むことができずにいた。隣にいるエルザも同様に、無言のままである。
「後に続く人たちには、同じ道を歩んで欲しくない。ただそれだけを願います」
ミロウィーナは目蓋を閉じた。
「ジン・ニドー殿、あなたは、しようと思えば出来たでしょうに、無茶な調査をしなかった。力に任せる探索を避け、穏やかな探訪でここまで来た。そんなあなたに、この施設の全てを委ねます」
『それは……』
だが、仁Dが何か言うまえに、ミロウィーナが口を開いた。
「管理頭脳『ジャック』、あなたは、私に、私たちに仕えたように、ジン・ニドー殿の役に立ちなさい」
《はい、ミロウィーナ様》
「……ああ、間に合って、よかった……」
そのまま、言葉を発しなくなるミロウィーナ。
『ミロウィーナさん!』
駆け寄る仁D。アンも駆け寄り、
「『 治せ(ビハントラン) 』」
初級の治癒魔法を施す。そして診察。
エルザやエドガー、それにナースゴーレムには及ばないが、応急処置は覚えている。
「大丈夫です、ごしゅじんさま。ミロウィーナさんは眠っただけのようです」
『そうか、よかった』
《ジン様、ただいまより、私、『ジャック』と本施設はジン様の指揮下に入ります》
そんな時、管理頭脳『ジャック』が宣言してきた。
『そうか、よろしく頼む。早速だが、ミロウィーナさんの看護は頼めるか?』
今まで彼女の面倒を看てきたのだろうから、『ジャック』に頼むのが一番安心できるだろうと考えたのだ。
《はい。お任せ下さい》
そんな返答と同時に、先程仁Dたちを案内してきたゴーレムが入室してきた。
《このゴーレムが担当です》
『そうか、頼むぞ』
そして仁Dは部屋を出た。まだまだ『ジャック』と話したい内容は沢山あったが、具合の悪そうなミロウィーナの部屋ですることではないと思ったのだ。
『どこか、落ち着いて話をすることのできる部屋はあるか?』
《はい、ございます。そこから右に伸びる通路をお進み下さい》
管理頭脳『ジャック』の指示に従い通路を進んでいくと、大きめの扉に突き当たった。
《司令室に当たる部屋です》
『ああ、それは好都合だ』
無音で扉が開き、仁Dとアンは中に入った。そこはやはり、700672号の部屋を彷彿とさせる造りである。
《お座り下さい》
床から椅子がせり出してきた。SFっぽいな、と、蓬莱島にいる仁は思っていたりする。
『 分身人形(ドッペル) 』は座る必要がないが、形式上、仁Dは座ることにした。アンはその斜め後方に立つ。
『さて、何から聞こうか……』
まだまだ聞きたいことは山ほどある。
まずは、一番の疑問から始めることにした。
『この月……ユニーだったか? は、軌道が不自然過ぎるが、人工物なのか?』
《半分はその通りです。元々は宇宙を漂っていた小惑星だったようですが、『主人たち』が見つけて中を 抉(えぐ) り、この施設をお作りになりました。その後、今の位置に運ばれたと聞いております》
『……凄い話だな』
あっさりと月の謎が解けてしまったことに、仁は少々脱力感を覚える。が、これはこれで大きな収穫なのだから、と気を取り直して質問を続けた。
『だとすると、このユニーの質量が小さいことや、施設内の重力が場所によって変わっているのは』
《はい、元々密度の小さい小惑星だったユニーですので、重力魔法を使い人為的に重力を発生させております》
管理頭脳『ジャック』が答えてくれたことで、大きな疑問が氷解した。
『軌道が今のようになっているのもだな?』
《はい。『天翔る船』の推進方式と同じ原理で今の相対位置に固定されています》
『その推進方式というのは?』
力場発生器(フォースジェネレーター) と同じような原理だろうか、と期待した仁であったが、
《申し訳もございません、それを説明する知識・情報は私には与えられておりません》
残念だが、どうやら何でも知っているというわけではなさそうだ。
《どのような役目の 魔導機(マギマシン) かはわかりますし、作ることも、修理もできますが、原理を説明することはできないのです》
『ふうん……』
管理頭脳を作った『主人たち』は、知識を全て与えたわけではないらしい。整備や修理はでき、新しく作ることもできるが、応用することはできない、というレベルに抑えているようだ。
対して仁は、老君に己の知識を全部与えた。その代わりに、創作に関する権限に対し制限を設けている。
片や、作れるが創れない。片や、創れるが作れない。
別々のやり方で、似たような結果をもたらしていると言うことか。
いずれにしても、 力場発生器(フォースジェネレーター) と似たような方法で、月……ユニーを、今のポジションに据えているということだ。
凄い技術ではある。
『ユニーを今の位置に置いている理由は知っているか?』
《はい。『刻』の目安にするため、ということでした》
更に仁は驚いた。いくら仁が自重しないで行動したとしても、1天体を時計代わりにしようとは思わないだろうからだ。
『 始祖(オリジン) 』たちは、時として仁以上にとんでもないことをやらかしている。
とはいうものの、『 始祖(オリジン) 』たちは複数人、仁は只一人。第三者が評価するならどうなるかわからない、といったところであろうか。
『自転させていない……いや、アルスに対して同じ面を向けている理由は?』
《はい。アルスを観察しやすいように、ということでした。ですが、観察するための 魔導機(マギマシン) は、結局設置されず仕舞いでしたが》
『ふうん……』
確かに、『 始祖(オリジン) 』の技術なら、アルスを観察することは簡単であろう。そして、観察していたなら、仁のことを知らないはずがない。
衛星の打ち上げや、宇宙船の実験をしており、先日はユニーを周回していったのだから。
あれほどの技術を持っているのだから、作れなかったわけではないだろう。
時間もしくは資材が足りなかったか、あるいは、過干渉を嫌ったのか。
仁としては後者ではないかという気がしていた。
やって来た『 始祖(オリジン) 』全員がアルスに移り住んだわけでもないだろうが、そんな彼等とは通信でやりとりできれば十分と考えたのではないだろうか。
お互いに干渉しない生活を送ることを選んだということ。
いざとなれば転移魔法陣で戻ってくることもできるわけであるし。
そして時が流れ、ユニーに暮らしていた『 始祖(オリジン) 』は1人もいなくなり、アルスに移り住んだ彼等は己の出自を忘れた。
ただ、いざという時は『月』に逃げることができる、という言い伝えと転移魔法陣が残った、ということではないか。
管理頭脳『ジャック』から話を聞いた仁はそんな推測を立てたのである。
(それにしても『ジャック』か……)
かつて仁が作った超小型の手術用ゴーレムにもジャックと名付けていた。偶然とはいえ、名前が一致したことに驚いた仁であった。