作品タイトル不明
27-31 無重力
『いよいよ月の裏側に入ります』
『大聖』からの報告が入り、仁とエルザは画面を注視する……が。
「変わり映えしないな……」
太陽の光が当たらないので赤外線映像になるが、表側と同様、荒涼とした砂漠か荒れ地のように見える。
『太陽に向いた面は風化が進んでボロボロ、こちらは冷却されきってそこかしこに氷がありますね』
氷と言っても、水ではなく、メタンやドライアイスであろうか。
『やはり、自転していないようですね……いえ、太陽に対して常に同じ面を向けているというべきですか』
1回公転すると1回自転するということ。おまけに、常に太陽ーアルスー月となる位置にある。
この事で、更に月の謎は深まった。
衛星なのに衛星らしくない月。
「近いうちに着陸して調べてみたいものだな……」
仁の口から思わず、そんな独り言が漏れる。
『着陸は次回以降に予定しております』
今回は月の調査ではなく、『アドリアナ』の試験飛行であるから当然と言えば当然である。
仁としても、着陸は自分が……と、思わなくもない。
『一旦衛星軌道まで戻り、各種試験を追加で行います』
宇宙線や紫外線など有害な光線・電磁波の影響を調べるのだ。
これは宇宙に行きたがっている仁の安全を守るために不可欠である。
『ウォッチャー』にはそういった実験設備がなかったので、ようやくここで色々な試験ができるということになる。
『魔獣の革や、普通の動物の革を使い、耐久性を確認することが一つ。重力魔法を切って、艦内を無重量状態にし、調理器などの動作を確認すること、で二つ。また、動力を停止させ、非常用設備がどの程度有効かの確認、これで三つですね』
いずれも、仁が宇宙へ行くなら、しっかりと確認しておくべき内容だ。
「わかった、頼むぞ」
試験の様子をずっと見ていても仕方ないので、仁は一旦司令室を離れることにした。エルザも一緒である。
「ジン兄、何か作るの?」
仁の横顔を見ながらエルザが尋ねてくる。すっかり仁の雰囲気を読むスキルが身に付いたようだ。
「ああ。『無重力室』を作ろうかと思ってさ」
「『無重力室』?」
「うん」
仁はエルザに説明をする。いきなり宇宙へ行くのではなく、地上で宇宙と似た環境を作って、そこで訓練する、という考えがあることを。
現代地球の科学では『無重力』は作れないが、こちらの『魔法科学』でなら可能だ。
「格納庫の一部を改造すればいいと思う」
巨大な宇宙船を格納するために作られたため、十分に余裕はあった。
「礼子も手伝ってくれよ」
「はい、お父さま」
そしてその日と翌日午前中を掛け、仁は『無重力室』を完成させたのであった。
* * *
「で、ここがその『むじゅうりょくしつ』とやら、か」
「ああ」
「くふふ、興味深いね!」
仁の隣にはエルザ。そして、遊びに来たラインハルトとサキがいる。付いてきているのはベラとアアルだ。
女性陣はいちおうズボン姿である。
「さあさあジン、入ってみようよ!」
「慌てるなって」
力場発生器(フォースジェネレーター) を内蔵し、宇宙空間も体験している礼子や、新生 隠密機動部隊(SP) のパンセやビオラに試してもらったので、問題なく動作することはわかっている。
「中に入って、老君に一声掛ければ無重力になるんだ」
「よし行こう、さあ行こう!」
仁の背中を押すように、サキは無重力室へと入っていった。ラインハルトも笑いながら、興味津々で後に続く。最後にエルザが……いや、最後は礼子、ベラ、アアルら 自動人形(オートマタ) 3体だった。
「老君、いいぞ」
『はい、 御主人様(マイロード) 』
仁の声に老君が返事をしたかと思うと、4人とも、胃のあたりが裏返るような感覚に襲われた。
「う、うおお!?」
ラインハルトが身じろぎをする……と、彼の身体は一直線に天井へ向かって浮き上がっていった。
「ラ、ラインハルト!?」
サキがそれを見上げる……と、彼女の身体は後ろに回転を始めた。
「あ、あわわわっ」
「サキ!」
仁がそんなサキに手を伸ばし、一歩踏み出す……と、仁の身体は斜め前方に弾かれたように浮かび上がった。
「こ、これが……無重力か」
宇宙と違い、空気はそのままなので、抵抗を受け、いずれ止まる……のだが、その前に3人とも目を回してしまった。
見かねた礼子たちが3人を回収する。
酔いの症状では、特に仁がひどい。乗り物酔いしやすい 質(たち) なので、こういう場面でも『宇宙酔い』しやすいようだ。
3人と言ったが、そう、エルザはおとなしくじっとしており、仁たち3人の狂態(?)を見てしまったので、慌てて身体を動かすことなく、無重力に真っ先に慣れたといっていいだろう。
「『 癒し(フェルハイレ) 』」
酔った3人は、エルザに治癒魔法を掛けてもらい、ようやく落ち着いた。
「あ、あはは……これほど大変だと思わなかったよ」
「エルザは凄いな。もう慣れたみたいだ」
「ん。慌てないこと、動作はできるだけ小さくすること、がコツ」
「なるほどなあ」
エルザの運動神経は悪くない。そして、冷静に観察できる『眼』もある。
仁からもらった『知識』を合わせれば、このくらいはできる子なのだ。
「よし、再度挑戦だ」
もう一度無重力状態を作り出させた仁は、急激な動きをしないよう注意し、ごく軽く、床を蹴った。
「お、浮いた浮いた」
ゆっくりと天井へ漂っていく仁。空気抵抗があるので、次第に速度は落ちていくが、それでもおよそ10メートルある天井に辿り着き、そこに設けられた取っ手を掴み、身体を固定した。
「上手いね、ジン」
サキもそれに続く。仁より少し床を蹴る力が強かったのか、上昇速度は速かったが、危なげなく天井の取っ手を掴むことができた。
ラインハルトも同様。
今度は天井を腕で押し、床へと向かう3人。
床に着けば、再度床を蹴り、天井へ……。今度は先程より勢いよく。
そんな繰り返しで、上下移動は何とかものにした3人だったが。
「……すごいな」
「ああ……」
その頃には、エルザはもう自由自在に床、天井、壁を蹴り、それこそ縦横無尽に無重力室内を飛び回っていたのである。
* * *
「……少し小腹が空いたな」
なんとか全員、無重力状態で動けるようになってきたところである。
時刻は午後3時。4人とも夢中になっていたら、あっという間に3時間が過ぎていたようだ。
「ジン兄、無重力で食事をする練習してみたら?」
「くふ、エルザ、それ面白いね。ジン、どうだい?」
天井に逆さまになって取り付きながら、エルザとサキが提案してきた。
「そうだな。まずは飲み物か。礼子、頼んでもいいか?」
「はい、お父さま」
力場発生器(フォースジェネレーター) も使い、礼子は一瞬で床まで行き、部屋の隅に設けた冷蔵庫を開け、中身を手にしてすぐまた戻って来た。
仁が用意したペルシカジュースのパックである。
リサイクルできるよう、軟質魔導樹脂でできたチューブ状。蓋を取り、口を付けて、絞りながら飲むことになる。
作った仁が飲んでみせると、残る3人も同様にして飲み干す。
「うん、美味い! ジン、なかなかいいアイデアだな。もし、チューブに入れなかったらどうなるんだろう?」
飲み終えたラインハルトの質問に、仁は答える。
「確か、球状になって空間に浮かぶ……だったかな」
「なるほど、わかる気もするね」
サキが頷き、
「ん、……こうなる」
エルザは水属性魔法の『 凝縮(コンデンス) 』で作った水球を宙に浮かべて納得した顔であった。