作品タイトル不明
27-30 旗艦『アドリアナ』
5月27日。蓬莱島の空は曇っていた。
午前9時、仁とエルザは研究所裏手の宙港に立っていた。
『内装はまだ完成しておりませんが、飛行に必要な機能は全て取り付けてあります』
要は、レクリエーション関係や、植物工場、食糧庫などが未実装ということだ。
よって、今回の乗組員には人間はいない。
仁が『コスモス』と名付けた宇宙用ゴーレム200体が乗り込む。
コスモスシリーズはスカイやランドと同じ体格で、64軽銀製。色は黄金色。 力場発生器(フォースジェネレーター) 装備で、宇宙空間を自由に動ける……はず。
修理も担当するため、 職人(スミス) 並に工学魔法も使える。
艦長は『コスモス1』。そして艦を統括制御するのは魔導頭脳『大聖』である。
『 御主人様(マイロード) 、この宇宙船に名前を付けて下さい』
「わかった」
躊躇うことなく、仁は宇宙船の名前を口にした。
「俺の旗艦の名は『アドリアナ』だ」
それを聞いて、仁の斜め後ろにいた礼子は柔らかに微笑んだ。
『ADRIANA』と、金色の文字で船腹に書き込まれた。
『これで出発準備は完了しました。いつでも発進できます』
「よし、発進だ!」
ロケット噴射ならそばに居たら危険極まりないが、『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』で発進なら、周囲への影響はほとんど無い。
そよ風が起きる程度の速度で『アドリアナ』は上昇を開始した。
直径300メートルの巨体が超高速飛行すると、それだけで周囲に暴風が吹き荒れる。
最初は歩くくらいの速度で、そして上昇するにつれ、少しずつ速度を上げ、周囲への影響を極小に抑えているのだ。
高度200メートルを超えると、速度は時速100キロくらいになる。
蓬莱島上空の雲に突っ込んでいく『アドリアナ』。そこだけ雲に穴が空いて、ぽっかりと青空が見えた。
「よし、あとは研究所で追跡だ」
「ん」
仁、エルザ、礼子は、研究所内の司令室へ。そこの大型モニタで『アドリアナ』を追跡するのだ。
『現在、高度1万メートルを超えました』
老君の報告。映像は『ウォッチャー』からのものだ。
『あと1分ほどで成層圏を突破します』
速度は時速……いや、秒速1キロほどに上がっていた。
見る見るうちに小さくなる『アドリアナ』。
『動力性能は予定通りです』
老君の声ではなく、『大聖』の声が聞こえた。
『ここからは、『アドリアナ』からの映像も映します』
多面式の 魔導投影窓(マジックスクリーン) の一つが、宇宙空間を映し出した。『アドリアナ』からの映像だ。
『まずはアルス周回です』
およそ3万キロの半径で周回軌道に乗った『アドリアナ』は秒速200キロを出すことになった。
『15.7分でアルスを1周します』
力場発生器(フォースジェネレーター) を使っているので、アルスの重力と関係なく、円軌道を描けるのだ。
『アドリアナ』から送られてくる映像は刻々と変化していく。
夜の側に入ると、地球とは異なり、陸地に明かりはまったくと言っていいほど見えなかった。
そして15分が過ぎ、『アドリアナ』は蓬莱島の遙か上空に戻って来た。
『動作に問題は無し。これより周回軌道を離れます』
『大聖』からの報告。
『目標、月』
そう、今回の試験飛行では、月を周回してくることも予定されていたのである。
『アドリアナ』は更に速度を上げた。
『秒速300キロ、このあたりが上限です』
『老君了解。巡航速度に落とされたし』
『大聖了解。秒速200キロに落とします』
月との距離はおおよそ38万キロと推測されていた。今の速度で32分ほど掛かる計算である。
その間に、老君と大聖は、様々な実験を行う予定を立てていた。
『まずは、 魔素通信機(マナカム) の到達範囲を調べます』
情報の伝達は重要な要素である。
老君は、 魔素通信機(マナカム) の出力を通常の半分に落とし、『アドリアナ』へと通信を送った。
『こちら『アドリアナ』。感度良好です』
距離5万キロ程度では、まったく問題はないようだ。
少し時間をおき、再度通信。
『こちら『アドリアナ』。感度良好です』
先程と変わらない答えが返ってきた。およそ10万キロである。
『 御主人様(マイロード) 、 魔素通信機(マナカム) の到達範囲はかなり広いようですね』
まだ収束通信ではないので、『広い』と言う表現を使ったのである。
そして20万キロ。
『こちら『アドリアナ』。まだ十分に感度は良好です』
「おお、優秀だな」
「ジン兄、遮るものがないから、じゃないの?」
今まで黙っていたエルザが口を開いた。宇宙の広さと、『アドリアナ』の成功に圧倒されていたらしい。
「うん、それはあり得るな。地上ではなんだかんだいってノイズが多いのかも」
魔結晶(マギクリスタル) などに代表される自然の魔力源が多い地表より、自然魔力……純粋な 自由魔力素(エーテル) しかない宇宙空間との差ではないかと仁は推測したのである。
『およそ30万キロ、まだ十分に通じると思いますが、出力を通常に戻します』
『大聖了解。感度良好です。月が大分大きくなってきました』
こうしてみると、通常使っていた出力はかなり過剰なようだった。
こうした実験データもフィードバックすれば、日常の改善も行える。
『月軌道到着しました。これより周回軌道に入ります』
38万キロでも、問題なく通信は出来ていた。
とはいえ、月とアルスの距離38万キロは、太陽セランと惑星アルスの距離1億5000万キロに比べたら遙かに近いのである。
つまり、太陽の向こう側にあるらしい惑星ヘールとの距離は3億キロ、今の『アドリアナ』の最高速度、秒速300キロで12日弱も掛かる計算だ。
「まあ、まずは月の調査からだな」
仁は考えを現実に戻した。
送られてくる映像を見る限りでは、地球の月と違い、クレーターは見あたらない。
「空気は……無いのかな?」
そこまでは、もっと接近しなくてはわからないようだ。
今は、『アドリアナ』の試験の方が優先される。
『この機会に、『 転移門(ワープゲート) 』の到達範囲も調べます』
非常時の脱出装置として役に立つかどうかを知ることは非常に重要である。
『こちら大聖。10秒後に、サンプルとして 魔結晶(マギクリスタル) を1個、『しんかい』へ送り出します。カウントダウン開始。……8……7……6……』
『老君了解』
『3……2……1……0!』
『こちら『しんかい』。ただ今、『アドリアナ』より、サンプルの 魔結晶(マギクリスタル) が届きました』
「おお、成功じゃないか!」
38万キロという距離を超えて物質が送れるということは朗報だった。そして更なる連絡が入る。
『こちら大聖。送り出しの 魔力素(マナ) 消費量は距離に比例していません』
アルス上での転送に比べ、せいぜい2倍程度であったということだ。
「うーん、 転移門(ワープゲート) というものが、異なる2地点間を、亜空間トンネルみたいなもので繋いでいると仮定して、その亜空間ではあまり距離というものが意味をなさないのかもしれないな……」
などと、仮説を立てる仁であった。
『老君より大聖へ。これより『転送機』にて、先程の 魔結晶(マギクリスタル) をそちらへ送る。受け入れ準備されたし』
『大聖了解』
受け入れ準備といっても、乗組員の『コスモス』たちに身構えさせるくらいだ。
『しんかい』から転送されてきた 魔結晶(マギクリスタル) を、老君は転送機にセットし、
『これより転送する。3……2……1……0!』
瞬時に連絡が入る。
『こちら大聖。司令室に 魔結晶(マギクリスタル) 出現』
転送機の試験も大成功である。少なくとも、月ーアルス間では、転送機や 転移門(ワープゲート) 、それに通信は問題無く使えることがわかったのである。
「そういえば、タイムラグもないな。 自由魔力素(エーテル) 波っていったい……」
光でさえ1.27秒ほども掛かる距離なのに、遅延が感じられないでのある。
これに関してはまだデータ不足で何ともいえない、と仁は思った。
とはいえ、時間遅延がないのはむしろ歓迎すべきことである。
そして『アドリアナ』は、いよいよ月の裏側に差し掛かるところであった。