作品タイトル不明
27-25 一つの区切り
翌日、仁は朝食を済ませると、エルザ、グース、テンクンハン、ケイス、トーイを連れて 宮城(きゅうじょう) へ向かった。
お伴は礼子とエドガーである。
いつもの着陸床に駐機すると、またしても宰相、ユング・フォウルス・フォン・ケブスラーが飛んできた。
「『崑崙君』、ようこそ。陛下におかれましてはまだかまだかと仰せでしてな」
窓から『コンロン3』が見えたらしく、仁の到着を心待ちにしているとのことだ。
「崑崙君の来訪だから、いろいろと面白いことがあるに違いない、とも仰せでしたな」
「はあ」
苦笑しつつ、仁は宰相に同行の者たちを紹介する。
エルザとグースは省略し、テンクンハン、ケイス、トーイ。彼等はいきなり宰相に紹介されて面食らっていた。
護衛の近衛騎士2名と共に、一行は女皇帝の下へと向かった。
「陛下、ご無沙汰しております」
執務室に通され、まずは挨拶する仁。
「ようこそ、崑崙君。顔を上げて下さい」
顔を上げると、満面に笑みを湛えた女皇帝がいた。
「本日はどんないい話を持って来てくれたのかしら?」
女皇帝の中では、仁がいきなり来るときはいい話、と決まっているようだ。
「そうですね……。まずは、これを見てください」
仁は、礼子に預けておいた荷物の中から、 地底蜘蛛絹(GSS) のサンプルを取り出した。
女皇帝はそれを受け取り、撫でたり手で揉んだりと、いろいろ試してみたのち、隣で興味深そうにしている宰相に手渡した。
「素晴らしい手触りだわ。絹のようで、絹ではないわね」
女皇帝にも、その生地の優秀さはわかってもらえたようだ。
「ありがとうございます。……続きまして、生地の説明の前に、彼等を紹介させていただきます。テンクンハン、ケイス、トーイと申します」
「テンクンハン? 聞いたことがあるわね。 直答(じきとう) を許します」
「は、はい、陛下。元魔法工芸家として知られていたことと思います」
初めてテンクンハンが口を開いた。
「ああ、その名は聞いたことがあるわ」
「恐れ入ります」
「陛下、あの生地は、彼、テンクンハン殿が『ミツホ』で発見し、この国へ持ち帰ったものなのです」
「まあ、そうでしたか。ご苦労様でしたね」
「……はっ、重ね重ね恐れ入ります」
続いて、ケイスとトーイが名乗ったが、彼等には直答はまだ許されなかった。
「彼等は……」
少し言い淀んだテンクンハンであったが、はっきり言うことにした。
「ミツホ出身の者たちです」
「……」
少しの沈黙の後、女皇帝が口を開いた。
「優秀な素材を紹介しに来てくれた使者ですね? ご苦労様」
それを聞いて、仁はさすが陛下、と感心した。
そういう建前であれば、まだ正式な国交が開かれていないので、おおっぴらに入国しなかった言い訳……若干苦しいが……にもなるというもの。
「途中、道を間違えて、 宮城(きゅうじょう) に着くのが遅れたことは不問としましょう」
そして、テンクンハンとミツホの2人に向けて、宰相から国交の説明が簡単に行われた。
曰く、この秋に正式な条約が結ばれる予定であること。
曰く、その後は、国境に関所を設け、そこに届けをすれば、誰でも行き来できるようになること。
もちろん、危険物の持ち込みや、経済に混乱をもたらすほどの大量の物資、それに犯罪者などは関所で止められるが、おおまかにはこの2点である。
その後、この生地が、『地底蜘蛛』が出す糸で織られたものであること、ミツホには地底蜘蛛が棲息している地方があること、が説明された。
「ジン君、いい話をありがとうね」
最早崑崙君と呼ばず、いつもの調子である。
「それから、大怪我をしていた使者の治療をしてくれたエルザには、国から謝礼を支払うわ」
国選治癒師(ライヒスアルツト) であるから当然、と女皇帝はのたまわった。
* * *
「それから、貴公らを襲った連中だが」
今度は宰相が口を開いた。
「『 統一党(ユニファイラー) 』の残党で間違いないようだ。 統一党(ユニファイラー) が壊滅した時には国境付近にいて、そのままゴーレムを連れて密入国したらしい」
仁とエルザは無言で頷いたが、テンクンハンたちは『 統一党(ユニファイラー) 』が何なのか知らなかったので、宰相は簡単に説明してから、話を進めた。
それによれば、奴らはいわゆる『裏稼業』で、金で何でも請け負う連中だったようだ。
「しかし、おかげで組織をあぶり出すことができたよ。その点では感謝する」
と宰相は締めくくった。
ショウロ皇国にもそんな部分はあるんだなあ、と、仁は、人間の業の深さにちょっとがっかりしたのである。
「さて、陛下」
当面の事務的な話が一通り済んだので、仁は、予定していた通り、将来的な話をすることにした。
「これをご覧下さい」
仁は、『 地底蜘蛛樹脂(GSP) 』で作った皿とマグカップを出して見せた。
乳白色をした半透明である。この点でも、蓬莱島産のものとは異なっているようだ。
「まあ、これは?」
「『地底蜘蛛の糸』で作った食器ですよ」
「こんなものまで作れるの!?」
テンクンハンにもらった布を樹脂として変成したものである。
これを見たとき、テンクンハンも目を丸くして驚いていたものだ。
「軽くていい手触りね」
「はい。そして、落としても割れませんし、汚れもつきにくいんですよ」
「素晴らしい用途だわ!」
「それだけではありません」
礼子に持って来させた荷物から仁が取りだしたのは『軸受け』であった。
現代地球でも、ポリアセタール樹脂は、軽負荷用の平軸受けとして用いられている。
上手く使えば、馬車の軸受けなどにも使えるであろう。
そして仁が供出した『エンジン』にも。
宰相はそれを察したのか、魔法技術相のデガウズ・フルト・フォン・マニシュラスを呼んだ。
「……ふうむ」
「……どうだね?」
「いや、これは応用の幅が広いと断言します。素材革命と言ってもいいですな!」
「最後に……」
「まだあるの!?」
女皇帝にとっては嬉しい悲鳴である。
「はい、これをご覧下さい」
最後に取りだしたものは例の『通信機』である。
「これは、この送信機のボタンを押しますと、こちらの受信機の 魔結晶(マギクリスタル) が光るのです」
「まあ!」
「ふむ、どのくらいの距離が届くのかによりますが、『 狼煙(のろし) 』の代わりになるわけですな!」
女皇帝は純粋に驚き、デガウズ魔法技術相はその応用をすぐに思いついていた。
「これはミツホ国からテンクンハン殿が持ち帰った魔導具です」
話を聞いた限りでは、これもミツホ西部に残っていた技術だそうだ。
ジョン・ディニーもそちらは後回しにしていたため、仁もまだ気づいていなかった技術である。
「点滅のパターンを文字に対応させれば、短い文章なら送れると思います」
仁が補足すると、宰相は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「正にそうだ! ジン殿、テンクンハン殿、感謝しますぞ!!」
要するにモールス信号である。
この技術を応用すれば音声も送れるようになるのだが、仁もそこまでは助言しなかった。
こうして、ミツホ産の 地底蜘蛛絹(GSS) は、 地底蜘蛛樹脂(GSP) としても使えることがわかり、この後一大産業にまで発展することになる。
そして、『点滅通信機』と名付けられたこの通信技術も、ここから発展していくことになる。
その先鞭をつけた魔法技術者として、『テンクンハン・テリース』の名前は後世に語り継がれることになるのだ。
本人は、自分の手柄ではないと主張し続けていたが……。
* * *
「いやあ、ジン殿、おかげさまで大繁盛ですよ」
そして商人、エカルト・テクレスもまた、この樹脂の恩恵を受けた1人である。
「こちらでこういうものをお願いします、と頼めば、あの方はその通りに作って下さいますし」
テンクンハンは、『点滅通信機』の開発に携わることはせず、テクレス商会専属の 魔法技術者(マギエンジニア) として生きる道を選んだ。
本人曰く、『もう野心はない』そうだ。
広い世界を 経(へ) 巡ってきて、悟るものがあったのだろう。
こうして、地底蜘蛛にまつわる騒動は一応の収まりを見たのである。
* * *
『なるほど、リットーの奥山にいる地底蜘蛛は、蓬莱島にいるものとは種類が違いますね』
情報を得た老君は、さっそくサンプルを入手していた。
それによると、ミツホ産の地底蜘蛛は最大でも体長30センチ。
自由魔力素(エーテル) だけでなく、コケやキノコ類も食べる。
『いずれ、ショウロ皇国でも養殖するようになるでしょうね』
あるいは、廃鉱山の有効利用にも繋がるだろう、と考えている老君であった。