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作品タイトル不明

26-50 閑話53 トサにあった賢者の記録

『 御主人様(マイロード) 、興味深い報告があります』

ある日、蓬莱島に戻った仁に、老君が話しかけてきた。

「うん、どうした?」

『ジョン・ディニーが、トサで貴重な記録を見つけたそうです』

「トサで?」

『はい。『 賢者(マグス) 』がまとめたもののようです』

トサの町はずれにある記念碑の台座の中に収められていたそうだ。

年1回の虫干しの時に、ジョンが『 強靱化(タフン) 』を掛け直すことになり、その際に内容を老君へ転送したというわけである。

それは、『ミツホ』の国で 賢者(マグス) ……シュウキ・ツェツィが行ったことのまとめのようなものだったとのこと。

「シュウキって人は几帳面だったんだな……」

仁は、老君の報告に耳を傾けた。

* * *

『2271年、『 賢者(マグス) 』は、それまで拠点にしていたニューエルを離れ、旅に出ました』

最愛の妻、アドリアナ亡き後も、シュウキはニューエルで後進の教育に当たっていた。

彼自身は魔法を使えなかったが、 魔導式(マギフォーミュラ) は理解していたので、教育することにさほど問題にはならなかったのである。

40年間、ティエラ家に身を寄せ、魔導士の教育・育成と、 自動人形(オートマタ) ・ゴーレムをはじめとする様々な魔導具開発をしてきたシュウキであったが、ティエラ家の世代も変わり、居心地が悪くなってきたのを切っ掛けに、他の地を訪れる気になったのである。

『『 賢者(マグス) 』は外見上はほとんど歳を取らず、それもまた彼を神秘化する要因となったようです』

魔原子(マギアトム) で置き換えられた身体ゆえである。

旅に際し、彼に心酔する弟子が8人、共にニューエルを離れたという。

まず向かったのは西方。

そこは、ニューエルに比べ、ひどく文化的に遅れた地であった。

『『 賢者(マグス) 』はそこにまた33年ほど暮らし、彼の地に知識と魔法と魔導具を伝えたそうです』

付いてきた8人の弟子たちもまたその地に骨を埋め、文化興隆に尽力した。

だが、『魔法工学』だけは伝えきれなかったという。

天才であったアドリアナが体系化した魔法工学は、一般の魔導士には修めきれないうえ、その土地には魔法の才能を持つ者が少なかったこともある。

しかし、名もない集落が村となり町となる、その発展の手助けは十分に出来た。町や村の大半はシュウキの命名によるものである。

また、各町が『フソー』という国として一つに纏まることが出来たのも、『 賢者(マグス) 』たるシュウキ・ツェツィの功績であった。

その際、彼が最も長くいた集落はナデ。そこに彼は乞われるまま、記念品を残していったということだ。

『そしてまた、『 賢者(マグス) 』は旅に出ました。今度はフソーで教えた7人の弟子を伴い、南下したのです』

そこに住んでいたのは旧フソーと同じレベルの人々。

『彼は、『ミツホ』確立の手助けをしつつ、35年を過ごしました』

ここで彼の魔法技術は大きく伸びることとなる。

連れてきた弟子の1人が優秀で、ついに『空間』に干渉しうる魔法を開発できたのである。

アドリアナが研究してきた『空間』に干渉する魔法と合わせ、ついに『 転移門(ワープゲート) 』の試作機が完成した。

まだまだ動作は不安定なところがあるが、それでも世界最初の『 転移門(ワープゲート) 』である。

また、それまで築いてきた魔法工学により、教育者たる 自動人形(オートマタ) を作った。

自動人形(オートマタ) と 転移門(ワープゲート) 。

これらを使い、末永く魔法技術の恩恵が受けられる体制を構築していくシュウキ。

ミツホでは、フソーでの経験を生かし、魔導具よりも普通の道具に重点を置き、ゴーレムによる工場の建設を行った。

その結果が『ミヤコ』郊外にある工場であろう。

『ミツホに暮らしている間に、彼は南部へも足を伸ばしました。そして海に辿り着いたのです』

海の幸が豊富な町に定住した彼はそこを『トサ』と名付け、カツオブシ作りを住民に伝授した。

この他、味噌の作り方も伝授していくシュウキであった。

また、ジャポニカ米も見つけ、選別して栽培することを繰り返し、ほぼうるち米ともち米といえる品種を選定することも行った。

稲作のためのノウハウもわかる限り伝えたシュウキは、次の土地を目指すことになる。

『2339年、彼はまた旅に出ました。付き従うのは、ミツホ出身の5人の弟子。彼等はハリハリ沙漠の南端を回り込み、東へ向かったようです』

トサで見つけた記録はそこまでとなっているそうだ。

* * *

「なるほど……ミツホとフソーにおける 賢者(マグス) の足取りがわかったよ。だけど……」

聞き終えた仁は、随分と事務的な記述だと感じた。研究所地下で読んだ手記はもっと生き生きとした描写だったのに、と。

「……やっぱり、アドリアナさんがいないと……そういうことなのかもなあ」

『一つ、気になるといいますか、象徴的な数字がありましたね』

「うん?」

老君が言う象徴的な数字とは何か、仁には見当が付かなかった。

『2339年、という年号です。今から何年前か、おわかりですね?』

「ああ。1119年前、だな」

3458から2339を引いただけだ。

『仮に、先代がお亡くなりになったお歳が90歳とするとどうでしょうか』

「ん? えーと……ああ、そうか」

礼子が仁を捜していた年月は1024年間。

3456(仁が召喚された年)ー1024ー90=2342。

そろそろ、先代が生まれた年になるということである。

「そうしてみると、先代はショウロ皇国……いや、当時ショウロ皇国はなかったはずだな、そこにあった国か町か……の出身ということなのかな?」

『その当時の記録が出てくるといいのですが』

残念そうに老君が言った。仁も残念である。

だが、ここまで先代の、というか魔法工学のルーツを辿れたのは幸運だった。

「また、機会があったら、こうした調査行をしてみてもいいな」

『はい、 御主人様(マイロード) 。 第5列(クインタ) にも情報を伝え、それとなく探させましょう』

「そうだな、それもいいな」

こうして、『 賢者(マグス) 』と異民族にまつわる疑問は一応氷解した。

だが、仁の先代、アドリアナ・バルボラ・ツェツィに関する謎はまだ過去という 帳(とばり) の向こう側であった。

現在と過去の差。失われた魔法技術。

その『ミッシング・リンク』というべき記録はまだ見つからない。

『『 知識転写(トランスインフォ) 』に関する記述がないところを見ますと、まだその頃は研究中だったようですね』

「そうだな。『 知識送信(センドインフォ) 』、あれはアドリアナ・ティエラだからこそ使えたのかもな……」

今回、異民族の国を訪れて得たものは多々あったが、何といっても一番は『己の立ち位置』を再認識できたことだろう。

異邦人(エトランゼ) としての二堂仁と、過去の技術を今に伝えるジン・ニドーと。

知識と力をどう使い、どう伝えていくべきか。

答えはまだ見えないが、比較し、考えるための前例は見せて貰った。

「教育……か。まさに『知識は力なり』、だな」

その手法は、まだ模索中である。

「進んだ世の中が必ずしもいいとは限らないんだよなあ」

人の幸せとは何か、と考えると、そう容易く答えは出せないが、

「悲しいことを減らす、そういう手助けならいいんじゃないかな?」

そんな呟きに、礼子が反応した。

「はい、お父さま。お母さまもそういうことを仰ったことがあります」

「そう、か」

自分は、先代や 賢者(マグス) のように、確固たる信念はまだ持てそうもない。

が、それでも自分なりにこの世界で生きていこう、と改めて誓った仁であった。