作品タイトル不明
26-46 帰郷の途
「この結界は?」
仁は更なる質問を投げ掛けた。
「300年ほど前の 自由魔力素(エーテル) 濃度低下で、多くの 魔導機(マギマシン) は動作が鈍くなっておりました。町を覆う結界もその影響を受けたのですが、周辺の町から発生機を持ち寄ることで対処したのです」
「なるほど、な」
効率が3分の1に落ちたなら、 魔導機(マギマシン) を3倍にする、という単純な発想である。
「そうした移動が行われたのは150年ほど前です。このようにして、減っていた住民も移動してきたので、人口も増えました。結果、ナミンテの町『だけ』はこれまでと同様に存続することができたようです」
「うん? 『ようです』だって?」
すぐ横にある町のことなのに、曖昧な表現をしたことに疑問を持った仁。
「はい。持ち寄った結界の発生機の数は9。移り住んできた町の数も9。そして彼等は町に籠もり、外界と一切の交渉を断ちました」
単純計算で3倍に強化された結界であるので、『パルマ』にもそれ以上のことはわからなかったということのようだ。
「おそらくですが、外部から病気などを持ち込まれることを嫌ったのではないかと」
「……」
仁も、そうした世界に外部から来た旅人がウイルスなどを持ち込み、滅びてしまう……といった『物語』を読んだことがある。
「そう、か。……彼等が自ら選んだ道だ、周りが何か言うようなことでもないな」
「うん、そうだね、ジン」
「……ん」
サキとエルザも仁に同感のようだ。
「人の暮らす集団には色々な形態があるからなあ」
と、グース。
ハンナは無言。さすがにまだ自分の意見は出て来ないようだった。
仁としても、人々の生活圏に関わることは手に余る。過干渉は避けたいと思っているのだから。
まして、招かれざる訪問をした結果が、彼等にとって致命的な病原菌をばらまくことになったら、悔やんでも悔やみきれない。
仁たちは、ナミンテの町はこのまま放置することにした。
「……それじゃあ、目的も達したし、帰るか」
「そうだね、そういう予定だったからね」
パルマはとりあえずここで施設を管理してもらうことにする。もちろん、転移用のマーカーは設置してある。
「折り返し、何とかするから、もうしばらく頼む」
「承りました、 御主人様(マイロード) 」
グースがいる現状ではこれが精一杯である。
その日はそこで泊まる。ずっと『パルマ』=『バセスⅨ』が整備していたため、内部の設備は全て使用可能だった。
整備用のゴーレムも5体あり、パルマのみならず、施設の定期的な整備まで行われていた。
ゆえにちゃんと風呂も使うことができ、一行はゆったりと寛いだのである。
「シュウキも入った風呂なのだろうか」
そんなことを想像すると、感慨深いものがある。
食糧だけは持参の物を使わざるを得なかったが、寝具も調っており、一同は久しぶりにのびのびと手足を伸ばして眠ることができたのであった。
* * *
翌日朝仁たちは、一部解除された結界を通り抜け、帰路に着いた。
「なかなか有意義な旅行だったな」
帰路の車内で、仁は満足げに呟いた。
「うん、おもしろかった!」
ハンナも同調する。確かに、この旅で一番得た物が多かったのはハンナかもしれない。
「ところで、どうルートを選択するかだ」
簡易地図を見ながら、仁は皆に向かって言った。
「このままうまいことフニシス山を回り込めば、ハリハリ沙漠の北端を掠めるようにしてショウロ皇国に入れるはずだ」
実際には、 空軍(エアフォース) ゴーレムが観測し、『ウォッチャー』が確認した、より詳しい地図もあるが、ここではおおよその地形が書かれている物を使っている。
「こうしてみると、ここからフソーに戻り、フソーからミツホへ戻るよりもいいと思うんだが」
ゾイカータ山の西側を回り込んでいけば、ケーヒーという村に出る。そこからは街道が通じており、ラインハルトの父、ヴォルフガング・ランドル・フォン・モルガン伯爵領はほど近い。
また、サキの祖父、ゲーレン・テオデリック・フォン・アイゼン侯爵領にも近いのである。
「ボクはそっちでいいと思うね。そういったルートを開拓していくことも意味があると思うよ」
真っ先にサキが賛成した。
「それに、そのルートは、もしかすると、グースの父上が辿ったかもしれないルートに近いはずだよね?」
「サキは勘がいいな。そうさ。さすがにハリハリ沙漠は通らないけどね」
この自動車では無理である、と言外に匂わせる仁であった。
「仁、すまないなあ。連れて行って貰っている俺が言うのも図々しいが、父が辿ったかもしれないルートというのは見てみたいと思うよ」
グースも、無理にとは言わないが、やはりそちらを通ってほしいという。
「よし、それじゃあそっちから帰ろう」
これで決まりである。
その日はバッタルフ手前のナイゴで野営することになった。バッタルフまで行くと色々面倒そうだからである。
ここは往路でも立ち寄った町であり、無人であることと、特に危険もないことが確かめられていたので、町中へ自動車を乗り入れた。
「礼子、生物はいないのかな?」
野獣が入り込んでいないか気になった仁は礼子に尋ねてみる。
「そうですね、食べ物がないからでしょう、ほとんどそういった生き物の気配は無いようです」
草もないので小動物も虫もいない。よってそれを狙う肉食動物もいないということなのだろう。
「そうか」
とはいえ、念のため 障壁(バリア) は欠かせないが。
夕食後、まだ薄明かりの残る空を見上げた仁は、エドガーとアアルが張ってくれたテントを確認した。
と、外に人影が一つ。
「エルザ、どうしたんだ? なんだか元気がないじゃないか」
ナミンテの町以降、いつもより更に無口になっているエルザに仁は気づいていた。
「……なんでもない」
「なんでもないことないだろう。熱でもあるんじゃないのか?」
そう言いながら仁はエルザの額に手を当ててみた。
「あ」
「うーん、熱はないみたいだな」
そんな仁にエルザは苦笑を浮かべながら言う。
「ジン兄、具合が悪くても、私は自分で、治せる」
「うーん、それはそうかもしれないけど、あまりに具合が悪かったら、治癒魔法の発動すら出来なくなるということもありうるしな」
エルザはくすっと笑い、
「心配してくれて、ありがとう。……そんなんじゃない」
と小声で言うと、訳を話し始めた。
「ジン兄が、この世界に家族がいないということにあらためて気が付いて、申し訳ない気持ちに……」
昼間の、バセスⅨ改めパルマが言っていたことを気に病んでいたらしい。
エルザらしいといえばいえるのだが、仁は苦笑せざるを得なかった。
「馬鹿だな。妹分になった時からエルザはもう、俺の家族だろう? それとも、そう思っているのは俺だけだったのか?」
そう言われたエルザは一瞬きょとんとした顔をし、その後頬を染めた。
「……うん。私はもう、ジン兄の、家族」
そして嬉しそうに答え、仁の肩に頭を乗せたのである。
そんな一幕があったものの、帰路は概ね順調に進んだ。
27日は再度アドリアナの研究所近くで野営し、翌28日にはフニシス山を迂回、ハリハリ沙漠の北端部までやって来た。
「明日には国境を越えられるだろう」
仁がしみじみした声で宣言した。
このあたりには明確な線引きはないが、フニシス山の稜線とハリハリ沙漠の北端を結ぶ線がおおよその国境と判断しての言葉である。
29日には、国境を越え、間違いなくショウロ皇国に入った。
目指すはゾイカータ山である。
フニシス山と標高は同じくらいであるが、山容は丸みを帯びどっしりしている。
だいたい等高線に沿って進んでいるので、極端なアップダウンはなく、順調に距離を稼いでいた。
そしてケーヒー村北西100キロ付近の地点まで辿り着いたところで野営となった。
「明日にはケーヒー村に着けるな」
「くふ、さすがに人里恋しくなってきたよ」
サキのセリフには、一同共通の思いが込められていた。