作品タイトル不明
過去篇 壱 10 それから
ティエラ家のバックアップもあり、アドリアナとシュウキの研究は一気に進んだ。
「できたわね、シュウキ!」
「ああ、試作第1号だ」
アドリアナの実家で研究を続けること6ヵ月にしてようやく、新型『 魔法人形(マギドール) 』の第1号が完成したのである。
「ますたー、よろしくおねがいします」
言葉を喋り、自分の意志で動く『 魔法人形(マギドール) 』。
「ううむ、これはもう、『 魔法人形(マギドール) 』とは別物だな」
その人形を見た、アドリアナの父、ウーヴァイトは感心した様な声を出した。
「シュウキ君、別の名前を付けないかね?」
「そうよ、シュウキ! これは私たちが作り上げた、新しい『作品』なのよ!」
「そうか。……そうだな」
シュウキは記憶を探るようにちょっと考えたのち、
「オート……マタ」
と呟いた。
「オートマタ?」
「どういう意味かね?」
「僕のいた世界にあった、からくり仕掛けの『自動人形』のことですよ」
「ふむ、オートマタ、か」
「いいじゃない、シュウキ! それにしましょう!」
こうして、新たに生み出された新型 魔法人形(マギドール) は、『 自動人形(オートマタ) 』と名付けられたのであった。
ただ、『 Automata(オートマタ) 』は複数形であり、単数形が『 Automaton(オートマトン) 』であることまでは、専門家でないシュウキは思い至らなかったことだけを蛇足ながら付け加えておく。
* * *
これを皮切りに、アドリアナとシュウキは様々な魔導具、 魔導機(マギマシン) を作り上げていった。
『 拡声の魔導具(ラウドスピーカー) 』は、音が空気の振動であることから、風属性魔法の応用で作り出された。
『 魔導監視眼(マジックアイ) 』と『 魔導投影窓(マジックスクリーン) 』は、光属性魔法の応用による。もちろんイメージはテレビカメラとテレビジョンである。
また、魔法の体系化と共に、新たな魔法も2人は作り出していく。
その一つが『 火の弾丸(ファイアバレット) 』。火魔法を小さく圧縮して高速で打ち出す『 弾丸(バレット) 』という命名部分がシュウキである。
「これすごいわね! シュウキのアイデアは卓越してるわ」
「それをいうならアドだろう。アイデアを現実にしてしまえるのだから」
時が経つにつれ、シュウキとアドリアナの仲は親密さを増していった。
さて、この世界で、シュウキがまず気になったのは時刻である。
シュウキは大学への合格祝いにもらった腕時計をしていたが、事故の衝撃で壊れてしまい、修理はできずじまい。
元の世界との繋がりということでいつも腕に嵌めていたのであるが、やはり時間表示が大雑把すぎる現状に我慢できなくなった。
「……時刻の表示?」
「うん。日の出、正中、日没、としか分けていないだろう?」
「ええ、まあ。あとは、影のだいたいの位置でわかるでしょう?」
アドリアナにしてこれである。
「それでもいいんだが、もう少しきちんと決めたいんだよな」
時計は日時計の原型といえるものが既にあった。
単に地面に棒を立てた型式のものだったが。
「太陽というものは一定の速度で空を巡っているからね」
シュウキも小学生の時に簡単な日時計を作ったりしたので、おおよそのことは分かっていた。
シュウキが基準用として作ったのは、赤道式日時計と言われるもの。
文字盤を水平でなく、北極方向、つまり地軸と垂直に向ければ、太陽はその周りを一定の速度で巡ることになる。
その文字盤を24等分すれば、簡単に時刻の分かる日時計となるのだ。
簡易版として、水平に置ける日時計を作るなら、この正式な赤道式日時計を基準にし、時刻ごとに印をつければよい(その際には等角度ではなくなる)。
こうした簡易版日時計が多数作られ、ナミンテの町をはじめとした各町・村に配られていった。
「なんだ? 日時計?」
「時間が正確に分かる? それでどうなるってんだ?」
初めは理解者が少なかったものの、時間が経つにつれ、生活に溶け込んでいく。
「待ち合わせの時間とか、働く時間、きちんとしておくと便利だな」
価値の共有、ということがどれだけ有益か、と言うことが次第に根付いていったのである。
そして度量衡も決めた。
「確か、この本がB5だから、257ミリと182ミリだな」
持っていた本から長さを決める。
「メートル、っていうの? それもシュウキの世界にある単位なのね?」
それまでは町や共同体によってまちまちの単位を使っていたのである。
メートル、センチメートル、ミリメートルを決めたシュウキは、容積としてのリッターを定め、1リッターの水が1キログラムであるという重さの単位も決めた。
これが浸透して行くには長い年月が掛かるだろう、とシュウキも思ったが、いつかはその効果が現れることだろう。
「……その頃には僕はもういないだろうけどな」
それでもいい、と思う。アドリアナの生まれ育った、この世界のためになるのなら。
食生活にも少しずつ新しい風を吹かせていく。
「できたぞ!」
ずっと物足りなかった『出汁』。
カツオブシ問屋に生まれ、小学校を卒業するまでそこで育ったシュウキは、カツオブシ作りの工程をほぼ覚えていたのである。
カツオに似た魚の入手から始め、カビの選定まで行ったため、完成まで10年を要したが。
もちろん、他の仕事と同時並行。こればかりやっていたわけではない。
お茶も何とか再現した。ツバキ科と思われる植物を探し出し、新芽を摘んでお茶にできないかと試行錯誤したのである。
その結果、まずまず満足できるものができあがった。
* * *
「おめでとう、アディ」
「アドリアナ、おめでとう」
「シュウキ、娘をよろしくな」
そして、アドリアナが20歳になった時、2人は結婚した。
その頃には、シュウキとアドリアナの仲は公認のものとなっていたのである。
2人の新居は、あの懐かしいフニシス山麓の研究所。
そこまでの道路も少し整備され、行き来が楽になっていた。
2人は仲睦まじく暮らし、色々なものを作り続けていった。
自転車を再現したのもこの頃である。
壊れているといっても、お手本となるものがあったので可能だったのだ。
これにより、研究所と最寄りの村……バッタルフとの行き来はさらに楽になった。
また、その構造を生かした馬車も作られ、運送面での改善が行われていったのである。
弟子も増えた。
この頃になると、当代最高の魔導士、アドリアナと、その夫にして『賢者』、シュウキの名は、この国『ニューエル』中に知れ渡っていた。
2人の生活は充実していたが、ただ一つ不満があるとしたら、子供に恵まれないことであった。
「……すまない、アド。僕の所為なんだろう?」
シュウキの身体は、脳や内臓の一部を除き、魔素で補完されていたため、生物学的に子供を作れない身体になっていたのである。
「ううん、私は、シュウキと一緒にいられるだけで幸せよ。それに、弟子たちが大勢いるわ。彼等はある意味、私たちの子供と言えるんじゃなくって?」
そういって、明るく笑うアドリアナであった。
だが、もう1つの悲劇が彼等夫妻に訪れる。
「シュウキ、ごめんね……私、もう、貴方と一緒に歩いて行けそうもないわ……」
出会って60余年、アドリアナは老いていた。
そしてシュウキはほぼ若い頃のまま。
「貴方の身体は、魔素で補完されているから、変化が少ないのね。……ちょっとだけ、羨ましいな」
「アド……」
「ふふ、そんな顔しないで。貴方と出会えて、私は幸せだったわ。……心残りがあるとすれば、貴方を故郷に帰してあげられなかったことね」
「もう、いいんだ。アド。僕は、ここに、君の生まれたこの世界に、骨を埋める覚悟はできているよ」
「……そう言ってくれると思ったわ。でも、ごめんね……」
アドリアナの目が閉じられた。
「愛しているわ、シュウ……キ……」
「……アドリアナ……!」
そしてそれきり、2度と彼女の目が開かれることはなかった。
まだ、記憶を含めて、その人格までもを転写する魔法はない。
この後、シュウキはそういった魔法を完成させるべく、研究を続けていくことになる。