作品タイトル不明
過去篇 壱 09 和解
「うーむ……」
アドリアナの父、ウーヴァイトは考え込んだ後、口を開いた。
「アドリアナ、シュウキ 君(・) は『まれびと』ではない」
その言葉に、アドリアナは声を荒らげた。
「父様! 何でよ!」
だが、ウーヴァイトは冷静に娘を宥める。
「まあ、最後まで話を聞け。我々が言う『まれびと』というのは、北からやって来る異人のことなのだ」
その指摘に、アドリアナははっとしたように怒りを収めた。
「北……から?」
「そうだ。ずっと北には海がある。その向こうにも大陸があって、そこからやって来る、といわれている者が『まれびと』だ。彼等は魔法をよく使いこなし、身体能力も高い」
「……」
「だから、シュウキ君は『まれびと』ではない、というのだ。……言うなれば……『 異邦人(エトランゼ) 』だな」
「 異邦人(エトランゼ) ……」
その言葉を噛みしめるように、アドリアナは何度も繰り返し、呟いた。
「そもそも、我々は『まれびと』の子孫なのだよ?」
更にウーヴァイトは衝撃的な事実を告げた。
「ええっ! 何それ、父様! 初めて聞いたわ!」
「それはそうだろう。この事は、16歳になった時に初めて告げることになっているからな」
「16……歳?」
きょとんとするアドリアナ。そしてみるみる驚いた顔になった。
「あっ! ああっ!」
「……思い出したか。ちょうど今日、3月20日がお前の誕生日だぞ? 今日から1人前だ」
「忘れてたわ……」
「おいおい。誕生日だから帰ってきたんだと思っていたら、男を連れて来たりしてみんなびっくりしたんだぞ?」
少し赤くなって俯くアドリアナ。そんな彼女を兄、ドナヴァーグは苦笑して見つめた。
そしてウーヴァイトは改めてシュウキに向かって、これまでとは違った表情で語りかけた。
「シュウキ君、そんなわけで少々過敏な反応をしてしまったようだ。それについては詫びよう」
「い、いえ」
「そしてもう一つ、詫びねばならんことがある」
ここで一呼吸置き、ウーヴァイトはシュウキに頭を下げた。
「私には、『魔眼』がある。まあ、魔法的な特技と思ってくれればいい」
「は、はあ」
魔法に関しての知識に乏しいシュウキには、曖昧な返事をすることしかできなかった。
「魔眼には何種類かあるのだが、その詳しい説明はまた別の機会に譲るとして、私の魔眼は『真実の看破』というものだ」
「……」
「呼称でおおよそ見当が付くと思う。そう、先程、君の発言を確かめさせて貰った」
一瞬意識が暗転したような気がしたのはその所為だったのか、とシュウキは納得した。
「改めて詫びよう。だが、私も人の子の親だ。娘であるアドリアナがもし騙されていたら、と思うと、使わずにはいられなかったのだよ」
「父様!!」
その質問には、シュウキよりも先にアドリアナが反応した。
「だから! 騙されてなんかいないわよ! シュウキは、本当に私に異世界の知識を教えてくれているんだってば!」
「騙されている者が『私は騙されています』、などというわけがないだろう?」
「う、そ、それはそうだけど」
慌てて父親に文句をいうアドリアナだが、簡単に論破されてしまった。
「とにかく、2人とも済まなかったな、さあ、料理が冷めてしまう前に食事にしよう」
「父上、その前に、アドの16歳の誕生祝いですよ」
ドナヴァーグの指摘にウーヴァイトは思い出したように頭を掻く。
「おお、そうだったな。……ラーリアナ!」
呼ばれた彼女は既に席を立って準備を整えていた。
「はいはいあなた、分かってますよ」
そして銀製と思われるコップを人数分用意し、各人の前に配った。
更にビンに入った液体をそれに注いで回る。
「はい、アディ」
「母様、ありがとう」
「シュウキさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
「さあ、あなたも。……ドナ、グラスを出して」
最後に自分のコップに注ぐと、ラーリアナは席に戻った。
「それでは我が娘、アドリアナの16歳を祝って。乾杯!」
父ウーヴァイトの音頭で、コップが掲げられ、皆『乾杯!』と唱和する。
このあたりの風習は地球と大差ないな、とシュウキは思いつつも、『乾杯』に唱和し、液体を口にした。
「……」
液体の正体は赤ワインである。
まだ昭和38年頃の日本では、赤ワインは一般庶民に浸透しておらず、シュウキも例外ではない。
そして赤ワインは皮ごとブドウを潰して発酵させるため、独特の渋みを持っている。
飲み慣れないシュウキが顔を 顰(しか) めたのも無理はなかった。
「ふむ、シュウキ君は、ワインは初めてかね?」
「ええ、日本酒は何度か口にしたことがあるんですが」
「ほう。それは君の故郷の酒か」
「そうです」
そんな話を交わしながら食事が進められていく。
インディカ米っぽい米を炊いたものに、中華風とも思えるようなとろりとしたスープを掛けて食べるのだが、シュウキには、これが意外と美味かった。
こんな食べ方もあるのか、と感心したほどだ。
粘りの少ないインディカ米っぽい米なのでこういう料理が合うのだろう。
誤解が解けたせいか、和気藹々と食事は進んでいった。
「さあさあシュウキさん、こちらも食べてみて下さいね」
「は、はい、ありがとうございます」
最初こそ少し面食らった顔のシュウキであったが、隣に座るアドリアナと、彼女の母ラーリアナのおかげで緊張も解け、寛ぐことができたのである。
* * *
「さて、シュウキ君」
食後、改めてアドリアナ一家との話し合いが持たれた。
「君はこれから、どうしたい?」
「父様!」
非難するようなアドリアナの声が上がるが、ウーヴァイトはそれを制し、
「まあ、待ちなさい、アドリアナ。 そういう(・・・・) 意味ではないのだよ」
そしてシュウキに向かい、改めて質問し直す。
「娘からも聞いたが、君には一風変わった異世界の知識があるようだ。その知識を、この世界で生かしてみる気はないかね?」
この問いに、シュウキは迷うことなく答えた。
「そのつもりはあります。人々の暮らしに役立てられれば、嬉しいです」
「ほう」
「ですが、故郷への想いも捨てきれません。それもまた正直なところです」
その発言を聞いたアドリアナはちょっとだけ寂しそうな顔になった。
「シュウキ……」
そしてわずかな沈黙の後、口を開いたのはウーヴァイト。
「よろしい。それでは、ティエラ家として、君をバックアップしよう。そして、空間を繋ぐ魔法を研究することも約束しよう。その代わりに、君はその知識をこの世界に役立てることを約束してほしい」
「はい、喜んで」
躊躇(ためら) うことなくシュウキは答えた。
こうして、筒井修基はシュウキ・ツェツィとしての第一歩を踏み出したのである。