作品タイトル不明
過去篇 壱 08 アドリアナの実家
とりあえず、『マレビト』の真偽は置いておくことになった。
シュウキはアドリアナと共に招き入れられたのである。
玄関口には、アドリアナと顔立ちの良く似た女性が待っていた。髪の色は茶色だが、瞳は 翠(みどり) である。
「アドリアナ、お帰りなさい」
「母様、ただいま!」
優しげなお母さんだ、とシュウキは少し羨ましく思っていると、彼女の方がシュウキに気が付いた。
「アディちゃん、連れてきた方を紹介してちょうだいな」
母は彼女をアディ、と呼んでいるようだ、などと、暢気にもシュウキは頭の片隅で考えている。
「あ、あのね、私がいろいろと教わっている人で、シュウキ・ツェツィっていうの」
「シュウキです」
なぜか、ちゃんと筒井と発音できないアドリアナに、最近はもう諦めているシュウキであった。
「ラーリアナ・ティエラと申します。娘がお世話になっているようですね」
穏やかな話し方、おっとりした柔らかな物腰。シュウキはふと、故郷の母を思い出してしまった。
「い、いえ、こちらこそ、お嬢さんにはいろいろとお世話になっています」
「こんなところでは何ですから、どうぞお入りになって」
「は、はい」
背後でアドリアナの父と兄が渋い顔をしているが、ラーリアナはどこ吹く風と、シュウキを手招き、奥へと案内した。
外側は金属製のドームだったが、中は普通に見えた。
とはいえシュウキは、この世界の『普通』など知る由もなく、アドリアナの研究所と比べているだけである。
そして、アドリアナの研究所は、当然のことながら、家であるこのドーム内に似せて作られているのだ。
事実、内装に関しては、ここティエラ邸は、この地方標準と言って良かった。
より正確を期するなら、この家の内装がモデルになっているのだ。
「お疲れでしょう。まずはお風呂をどうぞ」
「お風呂……ですか? はい、是非」
アドリアナの研究所にいた時は水や燃料の節約ということもあって、風呂はごくまれにしか使えなかったので、この申し出は有り難かった。
「じゃあシュウキ、また後でね!」
アドリアナは父たちを振り切り、自室へと駆け込んでいった。
「まあまあ。相変わらず落ち着きのない娘ね」
その後ろ姿を見送ったラーリアナは、シュウキを横手の廊下へと導いていった。
「ここよ。ゆっくり入ってね」
壁は金属ではなく、木でもなく、まして石でもない。
「合成樹脂……かもなあ」
シュウキが暮らしていた昭和38年の日本では、現代ほどプラスチックが普及していなかったので、思い当たるのに時間がかかったのも無理はない。
が、そういう材料があることが異常であると気付くには、シュウキはまだこの世界について無知であった。
「あー、いい湯だ」
そこそこ広い湯船で手足を伸ばすシュウキ。
下宿にいた時は近所の銭湯へ通っていたので、広い湯船に慣れていたのである。
「だけど不思議な建物だ」
子供雑誌で見た『未来の家』にもちょっと似ている気がする。ドーム状という点が。
そして、ここにも石鹸はなかった。
「なんとなく文明度がちぐはぐだな……」
そんなことを思うシュウキであるが、またすぐに、
「異世界が必ずしも地球と同じ道を辿るはずはないか……」
と思い直す。
まして魔法のある世界ならば、更に違う発展の仕方をするだろう、とも思えるのだ。
「僕が何者であるか、どう説明しよう……」
ちょっと悩むシュウキであった。
風呂に入っている間に、シュウキの服はきれいになっていた。『 浄化(クリーンアップ) 』の魔法なのか、別の手段なのかは分からないが。
シュウキが風呂から上がったのを察したらしい、アドリアナの母、ラーリアナはすぐにやって来た。
「どうでした?」
「ええ、結構なお風呂でした」
「それはよかったわ。もうすぐ夕食にしますからこちらへどうぞ」
と言って、シュウキを食堂へと案内していく。
食堂は20畳ほどもある部屋で、10人ほども座れる長方形のテーブルが中央に置かれていた。
「どうぞ、お座りになって」
その席の一つに、シュウキは案内された。
「は、はあ」
シュウキはのほほんとしたラーリアナの雰囲気に呑まれっぱなしである。
「お腹空いたでしょう? すぐ夕食の仕度しますからね」
そこへ、やはり風呂に入って着替えたらしいアドリアナがやって来た。
いつもの研究者っぽい服ではなく、足の爪先がようやく見えるくらいの長いスカートのドレスを着ている。
「アディもお座りなさい。もうごはんできるから」
「はーい」
返事をして、シュウキの隣に座るアドリアナ。座る時シュウキにだけ聞こえるような声で、
「シュウキ、どう、この服?」
と尋ねたので、シュウキもやはり同じように小声で、
「……すごく似合うよ、それ」
と告げた。
アドリアナは少し頬を染め、
「ありがと」
と一言答えたのである。
それから間もなく、アドリアナの父、ウーヴァイトと、一番下の兄ドナヴァーグもやって来て椅子に座った。
シュウキとその右隣のアドリアナに正対して、正面中央に父ウーヴァイト、その右にドナヴァーグ。そしてウーヴァイトの左がラーリアナ、という位置だ。
「さて、シュウキ」
ウーヴァイトが口を開いた。
「まずは、歓迎しよう」
厳しい顔を崩さずにそう言ったウーヴァイトは、シュウキの目を真っ直ぐに見つめた。
「君が『まれびと』である証明をしてもらいたいのだが」
「父様! まだ信じて下さらないの?」
ウーヴァイトは首を横に振った。
「アディ、お前は黙っていなさい」
そしてシュウキに向き直る。シュウキは溜め息を一つつき、ゆっくりと話し始めた。
「そうですね……まず、僕自身が『マレビト』であるとは一言も言った覚えはありません」
「何!」
「待て、ドナ」
ドナヴァーグが立ち上がりかけたのを、ウーヴァイトが止めた。
「最後まで聞こう。続けたまえ」
「僕の出身地は地球にある日本国。その首都、東京都M区麻布笄町64番地に下宿住まいの医学生です」
ここまでを一気に言う。
「2年生になるまで使っていた教科書を古本屋に持っていこうと、自転車で向かったら、霞町の交差点で都電とトラックの事故に巻き込まれ……気が付いたらお嬢さんに助けられていました」
「ふむ……」
「この世界に只一人放り出された僕を救ってくれたのはお嬢さんです。感謝してもしきれません。そのお礼というわけではありませんが、お嬢さんの研究の助けになれればと過ごしてきました。同時に、居場所の無いこの世界に、居場所を作っていただきました。……それ以上でも以下でもありません」
ここまで聞くと、ウーヴァイトはシュウキの目を真っ直ぐ見据えた。その視線は力強く、シュウキが自分の考えを読まれるのではないかとさえ思ったほどだ。
「……?」
シュウキは、ほんの一瞬、意識が暗転したような気がしたが、それは気のせいだったようだ。
ふと横を見ると、心配そうに見つめるアドリアナと目があった。
彼女はシュウキの服をしっかりと握り、何かを言いかけてはまた口を噤む、を繰り返し、兄ドナヴァーグは苦虫を噛み潰したような顔をしていたのである。