作品タイトル不明
過去篇 壱 07 父と兄と
「どっちへ行けばいいんだい、アド?」
「……ええとね、町の中には入らないで、右に折れて外壁沿いに走ってくれる?」
「わかった」
シュウキは『自動車』の制御装置を調整し、右へと進路を変えた。
なにしろ、この『自動車』にはハンドルが付いていないのである。
左右の車輪を独立したゴーレムの腕で駆動しているので、戦車のように、左右の駆動速度を変えることで方向転換する仕組みだ。
はっきりいって面倒臭い、とシュウキは思っていた。
それも仕方がないこと。なにせ、2日という短期間ではステアリングを作れなかったのである。
3輪トラックのようにしようかとも思ったのだが、車輪がゴムでなく金属製なので、どれだけステアリングが効くかわからなかったので今回は見送ったのだ。
さて、ナミンテの町は、石造りの外壁で囲まれていた。
外壁の高さは3メートルほどあり、ほぼ垂直に切り立っているので、素手で越えることはできない。
対人間用のものなのか、害獣避けなのかはシュウキには判断できなかった。
その外壁は、ナミンテの町をぐるりと円形に取り囲んでいる。
シュウキたちはそのうち60度位を回り込んだところだ。
と、シュウキは、アドリアナの様子がおかしいことに気が付いた。妙に元気がない。
「アド、どうしたんだ? また車酔いかい?」
だがアドリアナは首を横に振った。
「ううん、シュウキ、違うの。なんでもないわ。気にしないで」
そう言われても明らかに様子がおかしいのだから、シュウキとしては安心できない。
更に何か言おうとした時、アドリアナが行く手を指さし、
「ほら、見えてきた。あれが私の家よ」
とシュウキに教えたので、彼もそれ以上アドリアナに尋ねることはできなかった。
アドリアナの『家』を見て絶句していたのである。
「……」
そんなシュウキを見て、アドリアナは怖々尋ねてきた。
「……やっぱり驚いた?」
「……」
無言で頷くシュウキ。
彼の目の前には、金属製と思われる壁を持つ、ドーム状の建物があったのである。
「……私の家って、こんななのよ。どうしてかは……私の口からは言えないわ。父さまが許してくれれば……話してくれるかもしれない」
そして俯き、上目がちにシュウキを見つめ、
「……ごめんね。ぎりぎりまで黙っていて」
と言い、また俯いたのである。
そんな彼女の肩をぽんぽん、とシュウキは叩く。
思わず顔を上げるアドリアナ。そんな彼女にシュウキは、
「そんなことを気にしていたのか。馬鹿だなあ、アドは」
と明るい声で告げる。
「ばっ、馬鹿とは何よ!」
思わず反論するアドリアナに、シュウキは笑って頷いた。
「そう、それだよ。アドには暗い顔は似合わない。そういう顔が似合う」
「それじゃ私ってしょっちゅう文句言ってるみたいじゃない!」
「あはは、ごめん。でもほら、いつものアドに戻ってくれた」
「え? あ……」
「僕は異世界人だからさ。アドの家がどんなものでも気にならないよ。むしろアドが、僕のことがいつか邪魔にならないか心配しているくらいさ」
その発言を聞いてアドリアナは憤った。
「それこそ有り得ないわよ! 私がシュウキを邪魔者扱いするなんて!」
だが、そんな痴話喧嘩めいたやり取りもそれまでであった。
アドリアナの家に着いたのである。『自動車』を停止させるシュウキ。
「父様! 兄様!」
アドリアナが大声を上げた。
門らしき入口から2人の人物が出て来たからである。
* * *
「何、住民が騒いでいる? 事件でもあったのか?」
ナミンテの守護者、ウーヴァイト・ティエラは報告してきた配下の者に尋ねた。
「い、いえ、変わった乗り物が近付いて来たそうで……」
「……で?」
「その乗り物に、お嬢様が乗っていらっしゃるようです。しかもどなたか、男性の方と一緒に」
「アドリアナが?」
そこへ、彼の息子であるドナヴァーグ・ティエラもやって来た。
「父上、リアが帰ってきたんですって?」
リア、というのはドナヴァーグがアドリアナを呼ぶ時の愛称である。
「うむ。今報告を受けたところだ。だが、男連れらしい」
「何ですと!?」
「……どんな関係か知らんが、娘に手を出していたら只では置かん」
「お館様、その乗り物がもうすぐ門前に到着するようです」
「よし、行こう」
「父上、私もまいります」
* * *
「父のウーヴァイト・ティエラと、一番下の兄のドナヴァーグです」
『自動車』のそばまで駆け寄ってきた2人の人物をアドリアナがシュウキに紹介する。
「父様、兄様、ただいま帰りました」
「お帰り、アドリアナ」
「お帰り。……で、そちらは?」
アドリアナを優しく迎えた2人は、シュウキをギロリと睨んだ。
「紹介するわね。彼はシュウキ・ツェツィ。私の……パートナーよ」
「なんだってぇ!」
「許さんぞ!」
「…………え?」
今にもシュウキに掴み掛からんばかりにいきり立つ2人を見て、ようやくアドリアナは、紹介の仕方が拙かったことに気が付いた。
「ち、違うの! シュウキは、えーっと……何だろう?」
「……僕に聞かないでくれ」
アドリアナの父と兄、2人の眼光に射すくめられたシュウキは困ったように返事をした。
「あ、あのね、そう! 『まれびと』なのよ!」
「『まれびと』だと?」
「本当なのか?」
「本当よ!」
『まれびと』という単語をアドリアナが口にした途端、2人の態度が目に見えて軟化した。
「……ふむ、黒い髪、黒い目。確かに見かけない色あいだ」
「あながち出鱈目とも言えないか……」
シュウキが知る『マレビト』とは、外部からの来訪者、転じて異界からの来訪者であった。
そういう意味ではシュウキは確かに『マレビト』であった。
だが、『旅人』という意味もあるので、シュウキはどんな態度をとればいいのか面食らっていた。
「シュウキは別の世界からやって来たのよ!」
そんな懸念はアドリアナの一言で吹き飛んだが。
「何!?」
「そんなこと信じられるか!」
そしてシュウキが思ったとおり、彼女の父も兄も、信じてはくれなかったのである。