軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 壱  02 神隠し

「ふうん、事故に巻き込まれて、気が付いたらここにいた、というのね」

筒井修基……シュウキ、が一通り自分の紹介を行った後、アドリアナは少し考え込んだ。そこへシュウキが更なる疑問を投げ掛ける。

「そういえば、僕は大怪我をしていないとおかしいはずなんですが、それはどうなんでしょう? 貴女が手当てしてくれたのですか?」

「ああ、そうね、あなたがここへ来た時のこと話していなかったわね。あなたは2日前、ここ……私の研究室の地下室に突然現れたのよ」

「ええ?」

それを聞き、何か言おうとしたシュウキをアドリアナは遮った。

「ちょっと待って、全部説明させて。……私は今、『空間』と『転移』について研究しているのよ。で、ここの真下に特異点が存在するの。だから研究には最適なのよね」

さすがにシュウキは黙っていられなくなった。

「悪いんですが、僕にも一言だけ、言わせてください。……僕は『魔法』なんて、お伽噺の中以外で聞いたことも見たこともありません」

「えっ……」

さすがにその情報にはアドリアナも驚いたようだ。

「ちょ、ちょっと情報を整理しましょうか」

「はい、賛成です」

ということで、まずはアドリアナが一通り説明を行うことにした。

「私はアドリアナ。魔導士よ。魔導士、っていうのは高度な魔法を使える人間のこと。初級しか使えないような者は単に『魔法使い』と呼ばれるわ」

「はい」

いろいろと口を挟みたいシュウキではあるが、黙って相槌を打つだけにとどめた。

「で、魔導士は、自分が得意とする分野を伸ばそうと、研究している者が多いわ。私はさっき言った『空間』と『転移』について研究しているの」

「この土地は 自由魔力素(エーテル) が豊富だと言ったでしょう? 自由魔力素(エーテル) は空間の状態と密接な関係を持つと思われるので都合がいいのよ」

そこでアドリアナは言葉を切って、えへん、とわざとらしく咳をして見せた。

「ええとね、この『世界』は、さらに大きな世界の中に浮かんでいるらしいの。水の中の泡のようなものね。その泡がこの『世界』なのよ」

「……」

シュウキにも理解しきれない理論であった。彼は良くも悪くも現実主義で、空想科学小説はあまり読んだことがなかったのである。

ただ一つ、知っていたのは、シュウキがいた日本で同じ年の1月から始まったテレビまんが(当時はアニメと言わない)のロボットくらいのものである。

それとて、学生の身でテレビなど買えるはずもなく。

それを、大家さんの部屋で、小学校2年生になる大家さんの息子と一緒に何度か見たことがあるだけである。

ただ、その原作者がマンガ家であると同時に医学博士だということで興味を持っていたのだ。

閑話休題。

アドリアナの説明は続く。

「水の中の泡って、くっついてしまうこともあるでしょう? それと同じように、別々の世界がまれにくっついて、また離れる、ということもあるみたいなのよ」

泡の場合は一度くっついたら離れないが、世界の場合は境界線がそれなりに強固なので、くっつくことなく離れてしまう、とアドリアナは説明した。

「貴方……シュウキの場合、それに巻き込まれたのではないかしら?」

「うーん……と、言われても、僕にはさっぱりです。正しいのか間違っているのかどころか、その例えが多少なりとも適切なのかさえ分かりません」

「そう……。そうよね。貴方の世界には魔法がない、って言ってたものね。でも……」

何かを言いかけたアドリアナは、別のことを思いついたらしい。

「あの、もしよかったら、貴方の身体を魔法で調べてもいいかしら?」

「え?」

「ほら、貴方は怪我をしていてあたりまえ、ということを言ったでしょう? そうしたこととか、私たちと身体の作りが違うんじゃないか、とか、調べれば何か分かるかもしれないから」

「……」

少し悩んだ末、シュウキは頷いた。

「いいけど……切ったりしないですよね?」

逆にアドリアナが驚いた。

「き、切る、って何よ? 私にはそんな趣味はないわよ! 魔法で、と言ったでしょう、魔法でよ!」

ということで、シュウキ同意の下、アドリアナは魔法を使って調べることとなった。

「『 分析(アナライズ) 』……『 精査(インスペクション) 』……」

何度か繰り返した後、アドリアナは溜め息をついた。

「……ありがとう、シュウキ。貴方と私たちの間に、生き物としての差は見られなかったわ。少なくとも私には分からなかった」

そこで一旦言葉を切ったアドリアナだが、その後驚くべきことを口にした。

「魔法なんて無い世界だ、って言ったわよね。でも、貴方の身体って、ほとんど全部が魔力の塊よ?」

「え?」

「頭、顔、胴体、手足、ほとんど全部から魔力を感じるわ。……なぜって聞かないでね? 私だって信じられないんだから」

「……」

シュウキは考え込んでしまった。医者……いや、医学生として、都電とはいえ、電車の車体に挽きつぶされたはずの自分がどうなるか。

ふと、左手首を見ると、腕時計がない。更に思い出す。

「俺の左手に付いていたはずの腕時計はどうしたでしょう? それから、一緒に自転車とか、本とかは無かったですか?」

その質問にはアドリアナはすぐに答えた。

「そのウデドケイとかジテンシャとかが何だか分からないけど、本の入った包みはあるわ。それに歪んだ輪っかが2つ付いたようなへんな金属の骨組みみたいなもの。あ、あと、腕に嵌っていたものはそのテーブルにあるわ」

言われてよく見ると、ぼろぼろになったワイシャツの下に腕時計を見つけた。

「……壊れてる」

ガラスにヒビが入り、止まってしまっていた。ゼンマイを巻いても動き出さないので、ショックで壊れたものと思われた。

「本は汚れていたけど、向こうに置いてあるわ」

隣の部屋を指差すアドリアナ。

「そうですか。……あと、自転車は?」

「それらしきものはそのまま一番深い地下室よ」

「なら、あとで見せてください」

あの時の持ち物が全てこちらに来ているらしいことを知ったシュウキは、少しほっとした。

「でも、だとすると、僕は死んでいてもおかしくなかったってことですね」

「え? どういうこと?」

そこでシュウキは、意識が途切れる間際の様子を詳しく説明した。

最初の説明では事故に巻き込まれた、としか言っていなかったので、詳しい話を聞いたアドリアナはびっくりしていた。

「何よ、それ! 巨大な鉄の箱の下敷きですって!? 助からないわよ、普通!」

そして考え込む。

「……もしかすると、世界を渡る時に、魔素が、壊れた箇所を補完する……? でも本当にそんなことが……」

ぶつぶつ呟いたあと、もう一度シュウキに向き直り、説明を始めた。

「あのね、私のお師匠様のお師匠様が言っていたのだけど、世界っていうのは 自由魔力素(エーテル) よりももっと高位の魔力を持った何かの中に浮いているから、世界を渡る際には何かが起きるはずだ、という説を提唱していたんだけど……」

「欠損した肉体を、その『何か』が補う、と?」

「そうとしか考えられないでしょ?」

「うーん……悪いんですが僕には何とも言えません」

「まあ、そうよね。その時の記憶があるわけでもなし」

ここでアドリアナはふと思い出したように掌を打ち合わせて言った。

「ああ、ごめんなさい! お腹空いているわよね? すぐごはんにするから!」

そして慌てて部屋を出ていく。

独り残されたシュウキは、今まで聞いたことを反芻しようと、もう一度ベッドに横になった。

(僕はどうして、ここが異世界だと思ったんだろう? どこか遠い国だったとしてもおかしくないじゃないか)

蛇足ではあるが、この頃の日本では、海外旅行はまだまだ一般的ではなかった。故に、地球上にはまだまだ未知の地域があり、秘境には見たこともない怪物がいるとか、呪術的な部族が生き残っているなどと、まことしやかに言われ、人々も半ば以上それを信じていたのである。

(だけど、あの言語。日本語じゃないのはもちろんだけど、英語、ドイツ語でもない。フランス語、イタリア語、ロシア語、スペイン語はほとんど知らないけど……)

イントネーションや母音子音などが、直観的に地球の言語ではないと感じたのだ。

(決定的なのはやっぱりあの魔法だな。『 知識送信(センドインフォ) 』だったっけ? あんなことができるなんて聞いたことがないし)

魔法などというものがあれば、もう少し世間に知られていてもいいと思うシュウキなのであった。

(それに倒れてきた都電に挽きつぶされたはずなのにこうしてぴんぴんしているということは、やっぱり……)

そう考えると少し背筋が寒くなる。と同時に、もうあの世界……日本へは帰れないのだろうかと思ってしまうのだ。

(向こうでは死亡扱いになるんだろうか? それとも行方不明?)

乗っていた自転車も死体もないなら、やはり行方不明扱いだろうか、と考えていって、シュウキははたと思い当たる。

「神隠し……!」

古来、行方不明事件には『神隠し』の名称が冠されてきた。その大半は未解決の誘拐事件であろうと言われているが……。

「もしかしたら、中には、こうして異世界に移動してしまった者もいるんじゃないだろうか?」

「ん? 何がいるんじゃないだろうかって?」

思わず口に出してしまっていたらしく、ちょうどそこへ戻って来たアドリアナに聞き咎められてしまった。

「あ、ああ、あのですね……」

別に秘密にするような内容ではないので、シュウキは思いついた説を披露したのである。