作品タイトル不明
26-35 新たな手掛かり
翌朝。
おおよそ12時間を測定し、アルス世界の1時間は地球の1.02倍の長さらしいことが分かったのである。もちろん狂っていなかったことを前提として、だが。
「それなら誤差範囲だな」
元々、地球との時間差よりも、アルスで使えるのかどうかの方が気になっていたのだから。
機械式腕時計の日差は30秒くらいのこともあって、プラスマイナス1分くらいの調整が出来るものが多い。
その部分の調整範囲をもう少し広くすればよい、というわけだ。
12時間式時計なので、半日=43200秒。0.02をかけると864秒となる。
「半日に864秒遅れるようにすればいい、ってことか」
調速機を調整し、最適値を求めるのは老君とミニ 職人(スミス) に任せるしかないだろう、と仁は考えた。
「ジン兄、朝ごはんに行こ」
今朝はエルザが呼びに来た。仁は腕時計の入った箱を持って食堂へ向かう。
「おはようございます、二堂殿。皆さん、よくお休みになれましたかな?」
食堂ではファドンが待っていた。グースの隣にはやはり女の子が座っている。
ナリーというそうで、無口な子である。今も黙ってグースにくっついていた。
「おはようございます。腕時計は直りましたよ」
おそらく、これを渡さなければ食事どころではないであろうファドンの様子を見て、仁は持って来た腕時計の箱を差し出した。
「おお……!」
ヒビの入っていたガラス部分は『 融合(フュージョン) 』できれいに直っており、くすんでいたケースもクロムメッキ特有の光沢を放っていた。
「ありがとうございます!」
ファドンの喜び様は見ていて嬉しくなるようだった。
「まあ、あなた、子供のごたぁにはしゃいで。お客様ん前と……ですよ」
横から、奥さんらしい人が、はしゃぐファドンを窘めた。
「妻のフレーデっち申……します」
時々訛るものの、フレーデは小柄で快活そうな雰囲気。ファドンとお似合いの夫婦であった。グースの隣にいるナリーも笑っている。
「さあ、冷めんうちに召し上……って下さい」
「はい、いただきま……って、これ、何?」
「え……?」
「おにーちゃん、なに、これ?」
サキとエルザが目を見張り、ハンナが仁に尋ねた食べ物。
「ああ、『納豆』だ!」
「ナットー?」
そう、それはれっきとした納豆であった。
丸豆(=大豆)と稲藁があるのだから作れるはず、と仁は納得した。
醤油と辛子も用意されており、尻込みする3人の目の前で、仁は喜々として納豆を食べて見せたのである。
「ジン、た、食べられるのかい?」
「……糸引いてる、けど」
「おにーちゃん、お腹こわさない?」
「ははは、これはちゃんとした食べ物だよ。お腹なんか壊すものか。かえって身体にいいくらいだ」
といいながら、グースも仁と同様、納豆をごはんに載せて食べ始めていた。隣に座っているナリーも無言のまま食べ始めている。
「慣れない人にはきつかかもしれんね、無理なしゃらんでくれんね」
フレーデがそう言うと、ハンナは首を振った。
「食べてみる」
そして仁に倣って、箸でかき回し、辛子と醤油を垂らして更にかき回す。
「……糸がすごーい」
そんなことを呟きながらも、目を瞑って5、6粒を口に入れてみるハンナ。そして。
「……あ、おいしい」
「え?」
「ハンナちゃん、おいしい?」
エルザとサキはそんなハンナを驚いた顔で見つめている。
「うん、意外とおいしいよ!」
「そ、そう」
「た、食べてみようかな」
恐る恐る食べ始める2人。
「おかわりもらえますか」
「僕もおかわり下さい」
横では仁とグースがごはんのお代わりをしていた。
* * *
「……不味くはないけど、ちょっと苦手」
「うーん、思ったよりは食べやすかったけどね」
「そう? おいしかったけどなー」
食後、お茶を飲みながら納豆の感想を述べ合う仁たち。
「俺は懐かしかったなあ」
仁は久々に地球の味を堪能できて満足していた。
「この納豆も 賢者(マグス) が伝えたらしいよ。……とはいえ、 賢者(マグス) 自身はあまり好まなかったという説もあるので、好き嫌いが別れる食べ物らしいね」
そしてグースは面白い情報を教えてくれたのである。
「二堂様、ありがとうございました!」
落ち着いたらしいファドンがやって来た。『殿』から『様』になっているあたり、感謝の表れだろう。
「いえ。ああ、それで、リュウズを回してゼンマイ……動力を巻くのですが、巻きすぎるとゼンマイがまた切れますので注意して下さい」
「ええ、もちろん。直ったことが分かれば、動かしたりはしませんよ!」
代々伝わってきた家宝が、自分の代できれいに直ったというだけで大満足だ、とファドンは言う。
本当は、動かしていた方が調子を保ちやすいのだが、時計としてでなく家宝として扱うのだから仕方がないところではある。
そして更に、ファドンは興味深い情報を教えてくれた。
「二堂様にはお教えしましょう。……実は、我が家には滅多に打ち明けない『家名』がありまして。……『ヤマーチ』というのです」
「山内?」
「いえ、ヤマーチ、です」
訂正されたものの、仁には『ヤマーチ』が『山内』に思われて仕方なかった。
山内といわれて仁がすぐに思い浮かぶのは『山内一豊』。江戸時代初期の土佐藩藩主である。
仁はTVドラマでその名前を聞いたことがあったのだ。
「フソーではあまり『姓』は名乗らないんだよ。親しい間柄か、認めた相手にしか教えないんだ」
グースが仁に補足説明をしてくれた。変わった慣習である。人の区別がしにくいだろうに、と仁は思った。
「俺は父の影響もあって、『ミナカタ』っていう母の姓を普段から名乗っているけどな」
「ふうん……」
そうしたフソーの慣習はさておき、これもまた 賢者(マグス) の手掛かりの断片だろうと、仁は心に留め置いたのである。
「二堂様、これをお読みになれますか?」
ファドンが小さな平たい箱を持ってきた。また遺物かと思ったが、そうではないらしい。
「 賢者(マグス) もしくはその関係者が書いたと思われる書状……らしいのですが、誰も読めないのです」
開かれた箱に入っていたのは、かなり虫に食われ、ぼろぼろになった皮紙であった。
「……扶桑東、フ**ス山*出て、ここ**にやって来た。同*者は***と***……」
虫に喰われたり掠れたりしていて読みにくかったが、紛れもない日本語である。
「お読みになれるのですね! やはり二堂様は 賢者(マグス) と同郷なのは間違いないですね!!」
「……これは?」
「これも代々伝わるものです。といっても 賢者(マグス) から譲り受けたのではなく、書き損じのようなものらしいのですが」
道中日記、のようなものかもしれないと仁は思った。
「扶桑、はフソー、この国でしょうね。フ**ス山……。虫に食われていて読めませんが、フソーの東にある山なんでしょうね」
あとは同行者が誰々、ということなのだろうが、元々が書き損じと思われるので、この先を期待することはできないだろう、と仁は説明を締めくくった。
「うーん……。フニシス山、かなあ?」
横からグースが口を挟んだ。
「フソーから200キロ以上東、ハリハリ沙漠の北になる。クリューガー山脈の西端でもあるんだが……」
グースは他に心当たりはない、と言った。