軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26-34 時計修理

5体のミニ 職人(スミス) は、たちまちのうちに腕時計をばらばらに分解してしまう。

そして動かなくなった原因が、歯車の欠けと、ゼンマイの断裂であることを発見した。

どちらも微小な損傷なので、工学魔法で修正できるレベルだった。

そして調べていくと、時計のケースはステンレスではなくクロムメッキである。光沢でステンレスかと思った仁の予想は外れた。

裏蓋には、幾つかの文字が彫り込まれていた。

「何々……」

そこにはS社の名前と型番らしき7桁の数字、それにJAPAN、と書かれていたのである。

「やっぱりそうか……」

久しぶりに目にする馴染みのある名前。その文字を懐かしく眺めた仁であった。

ところで、機械式の時計というものは埃厳禁である。

あの精密な歯車の間に埃が挟まると、それだけで動作が狂ったり止まったりするものだ。

それで、かつてのヨーロッパではスイス、日本では諏訪地方など、空気の綺麗な地方で組み立てが行われていたらしい。

現在では『クリーンルーム』と呼ばれる、清浄な空気を満たした部屋で作られている。もちろん、服装も、埃の出にくい作業着で、だ。

閑話休題。

仁には見えないほどの微細な埃も、16分の1サイズであるミニ 職人(スミス) にとっては大きなゴミだ。目視で対応できるのが強みである。

そうした埃が入り込まないよう注意しつつ、修理・組み立ては終了した。

固形化してしまっていた潤滑油も除去し、蓬莱島謹製のものを再塗布。

内部の歯車は真鍮製だったが、保存状態が良かったのか、はたまた魔法を掛けられていたのか、腐食していなかった。

肝心の、柱時計の振り子部分に当たるテンプ周りはできる限りそのままにし、余計な調整は行わず、元のままを保つように指示した仁である。

「出来たな」

仁は時計をそっと持ち、注意しながらリュウズを回していく。

「おそらく、巻きすぎてゼンマイを切ったのかもな」

手巻き式時計で旧式の物は、リュウズでゼンマイを巻く際に、巻きすぎて切ってしまうことがあるのだ。

仁はそれを知らなかったが、構造を見、切れたゼンマイを見、整備したミニ 職人(スミス) からの報告を聞いて、その可能性に思い至ったのである。

「お、動いた」

チ、チ、チ、という微かな音を立てて秒針が動き始めた。

「そうか、これを使えば、地球の1日とこっちの1日が同じかどうかも分かるな」

単位は同じでも、実際の時間が同じとは限らない。

例えば地球の1時間は、アルスの59分45秒かもしれないのだ。

体感できる程の差がないことは確かだが、まったく同じ長さであるという保証はない。それで仁は、時計があれば比較出来るのでは、と思ったわけだ。

「老君に確認させれば可能だな」

蓬莱島では、アルス世界の太陽を基準にした時計を使っている。分単位までは出せるが、秒の精度までは出せていなかったのだ。

もし、地球とアルス世界の『秒』に大きな差がなければ、この腕時計を模倣して小型の時計を作ることが出来る、と仁は期待していた。

これとて、この腕時計が1000年の時を経て狂ってしまっていたら意味がないのだが、そこは実験である。

* * *

「おにーちゃーん、ごはんだってー」

風呂上がり、石鹸のいい匂いをさせたハンナが仁を呼びにやって来た。

腕時計に夢中になっていた仁は我に返る。

一方、礼子は少ししょげていた。

「お父さま、食事時間に気が付けず、申し訳ないことをしてしまいました」

が、仁はそんな礼子を宥める。

「いや、この『腕時計』は、風呂1回より価値があるからいいんだ」

そしてハンナの呼びかけにも答える仁。

「ああハンナ、今行くよ」

食事は町長のファドンと一緒だった。

そして、グースの隣には、なんとハンナと同い歳くらいに見える女の子が座っていた。

グースにべったりと寄り添い、仲が良さそうに見える……が、当のグースは少し疲れたような顔をしていた。

町長の孫娘がグースに懐いているので、彼を誘ったのだろう、と仁は察した。で、グースは小さい子の相手が苦手なようだ。

さて、献立は白米のご飯、カブ(のようなもの)の味噌汁、川魚の塩焼き、塩胡椒で味をつけた燻製肉、漬け物、など。

「あ、くんせいだ!」

ハンナが声を上げる。カイナ村で仁は燻製を作ったが、この地にも燻製があったのである。

お口に合いますかどうか、とファドンは言ったが、十分に美味しい夕食であった。

「どうですかな、二堂殿」

食事後、ほうじ茶を飲みながらファドンが聞いてきた。もちろん腕時計の件だ。

「ええ、なんとか直せそうですよ」

と仁が答えると、ファドンは満面に笑みを浮かべた。

「本当ですか! それは嬉しい」

「明日を楽しみにしていて下さい」

と仁が言えば、ファドンは嬉しそうに何度も頷いた。

「ええ、分かりました」

食事を終えて皆、部屋へと戻る途中、エルザが小声で尋ねてきた。

「……ジン兄、実はもう直ってるんじゃないの?」

仁は苦笑しながら無言で頷いて見せる。

やっぱり、という顔でエルザも頷き、

「あとで行く」

とだけ告げて自室へと入っていった。

仁も自分にあてがわれた部屋に入る。そこではミニ 職人(スミス) が腕時計の動作を見守っていた。

「ゴシュジンサマ、チャントウゴイテイマス」

相変わらずのキンキン声で報告するミニ 職人(スミス) 。

「ああ、ご苦労。で、時間の差は分かったか?」

この質問には礼子が代わって答えた。老君からの情報を得たらしい。

「お父さま、まだ1時間ほどなので誤差が大きいですが、こちらの世界の秒の方がわずかに長いようです」

「ほう。わかった。続けてくれ」

そこまでやり取りをしたところで、ドアがノックされた。礼子は姿を消した。

部屋は和室風なのに出入り口は引き戸でなく、普通のドアなのである。

「ジン兄」

「仁」

「ジン」

「おにーちゃん」

エルザ、グース、サキ、ハンナ。4人全員が尋ねてきたのである。

グースにくっついていた女の子はいない。

「グース、あの子は?」

と仁が尋ねると、苦笑しながらグースは答えた。

「町長のお孫さんなんだけどね、以前ちょっと勉強を教えたら、懐かれてしまって……」

やはり、仁が想像した通りであった。町長がやや強引にグースを誘ったのにはそんなわけがあったのである。

「で、でだ、動いている腕時計が見たいんだが」

話を逸らすようにグースが代表で目的を述べるが、言わずもがなである。

「ああ、いいよ。ほら」

仁は座卓の上を指し示した。

「見るだけにしておいてくれよ」

と念を押して。

ミニ 職人(スミス) は一旦姿を隠している。

「ほう、動いているな!」

グースはしげしげと眺め、

「……初めて見た。面白い」

エルザは知識としては知っていても、初めて目にする時計に興味を示し、

「くふ、これが時計かい。秒単位まで計れるなんて凄いものだね」

サキはその用途に感心した。

「これにもだっしんき、って付いているの?」

そしてハンナは仁の予想の上を行く言葉を口にした。

『脱進機』は、機械式時計を一定の速度で動かすために不可欠な装置である。

振り子の等時性を使い、歯車(正確にはガンギ車)を、振り子に付いた『アンクル』という2つの爪で受け、順次送っていくことで、一定速度で動かすことができる。

腕時計の場合は振り子でなしに、『調速機』と呼ばれる往復回転運動をする『テンプ』という部品が同じ役目を受け持っているのだ。

こういった説明と簡単な図面が、ロムネ村で見た『技術史』に載っており、それをハンナも目にしていたというわけであるが、その理解力には驚くべきものがある。

「凄いなハンナ。天才だな……」

仁は本気で、ハンナの才能を伸ばしてやりたくなってきたのであった。