作品タイトル不明
26-33 腕時計
その腕時計はいわゆる自動巻きではなく、手巻き式のようだった。
余計な加飾はなく、白い文字盤に黒い文字のシンプルな物で、仁にはかなり古いデザインに見える。
秒針は分針時針と同軸ではなく、文字盤中央下部、中心と6時の間に小さく取り付けられていた。
メーカーはS社、仁も知っている大手時計メーカーである。
ガラスにはヒビが入っており、ぶつけたか落とした時の物と思われた。
「何に使われたかは不明ですが、細かい細工ですし、何といっても 賢者(マグス) の愛用品だったらしいですからね。我が家の家宝です」
ファドンの言葉に、仁は我に返った。
「これは……」
「仁、わかるのかい?」
グースにもこれが何かは分からないようだ。
「……腕時計だ」
「時計? ……言われてみれば……だけど、時計? これで?」
仁は簡単に説明する。
「ああ。腕輪みたいに腕に着けて使う小型の時計だよ」
「……なら、この針は何を表すんだい?」
グースが指し示したのは秒針である。
「順番にいこう。この短い針が短針もしくは時針で、時間を表す。そして長い針が長針もしくは分針で分を表すんだ」
日時計・月時計は針の役目をする影が1日がかりで1周するのだが、この腕時計は半日で時針が1周する。
似ていると思ったとしても、時計そのものであると考える者がいなかったのは無理もない。
「では、この時刻盤? は2時間刻みなのですか?」
だからこういう質問が出てくる。
「いや、この時計は12時間で時針が1周するんだよ」
仁がそう言うと、グースが分かった、とばかりに声を上げた。
「ああそうか。我々も午前8時と言ったり午後8時と言ったりする。その午前と午後ごとにこの『腕時計』は1周するというわけか。確かに朝の8時と夜の8時を区別できないはずはないからな」
「そういうことさ。さすがだな、グース」
仁はグースの理解力を褒め、説明を再開した。
「で、こっちの長針もしくは分針は1時間で1周する」
「なんと!」
「ど、どうやって?」
同じ場所から出ているように見える針が、違う速度で回るということが信じられず、グースとファドンは目を見張った。
「どうじくだけどべつべつの『はぐるま』があって、かいてんかくどを変えているんだよね?」
「あ、そ、そうさ」
まさかのハンナから説明の言葉が飛び出してきたので、仁も面食らってしまった。
「で、この小さい針が秒針だ」
「えっ? 秒を計れるのかい?」
確かに、日時計・月時計を使っているこの世界、時、分、秒という単位はあるが、実際に計る機会は少ない。
グースが驚くのも無理はなかった。
「……そんな細かい時間を計ってどうするのですか?」
ファドンからの、当然と言えば当然の疑問。単位としての秒は知っていても、使う機会がなかったのだろう。
「ええと……」
仁はわかりやすい例えを考えてみた。
「距離と速さと所要時間の関係、って分かりますか?」
「速さと時間を掛けると、踏破した距離が分かるということでいいのかい?」
今度はグースだ。町長ファドンも隣で頷いているところを見ると、理解はしているらしい。
「ということは、距離を時間で割れば速さが分かりますよね?」
これに対しては『当然だな』という言葉が返ってきた。
「距離が分かっている場合、時計で所要時間を計っていれば、速さが分かるでしょう?」
この場合の速さは平均速度になるが。
「ああ、なるほど、そうした測定や計算をより詳しく行うために『秒』の概念があるのか!」
グースは手と手を打ち合わせながら感心したように言葉を口にした。
「そういうことさ。それだけじゃなく、もっといろいろな場面で必要になることは分かってほしい」
「ふうん、やはり『 賢者(マグス) 』の持ち物だなあ」
心底感心した、という顔のグース。
そして他の皆も、仁の説明を聞き、それぞれに内容を頭の中で消化しようとしていた。
エルザやサキも例外ではない。蓬莱島にも時計はあるが、ここまで小さく、精密なものは存在していないからだ。
それはすなわち、仁と仁に繋がる者たちにはこれと同じ物を作ることができないことを意味している。少なくとも、今のところは。
「二堂殿」
町長、ファドンが仁に向かって恭しい態度で話し掛けてきた。
「この遺物が『腕時計』であるということを一目で見抜かれた貴殿は、やはり『 賢者(マグス) 』所縁のお方なのでしょうか?」
この質問に仁は、少し考えてから返答した。
「同郷なのはまず間違いないと思います。ですが、直接の面識はありません」
「それはそうでしょうな」
1000年前の 賢者(マグス) と顔見知りだったならそれこそ異常である。
ファドンは納得がいったように頷いて見せた。
「こちら……フソーには、 賢者(マグス) について知りたくてやって来ました」
「なるほど、同郷である可能性があると仰るなら、それも当然ですね」
ファドンとしてもその気持ちは分かる、と言ってくれた。
「そうしますと、 賢者(マグス) に関する手掛かりですか……」
そして、親切なことに、 賢者(マグス) についての情報がないか、考えてくれていた。
「……やはり、ここから更に北の『ダッハテ』に行かれるのがよろしいかと思いますな」
ファドンが言うには、ダッハテはフソーの首都に当たる都市だそうだ。
「 賢者(マグス) が持っていたと言われる古文書が何冊かあるようですし、遺物も保管されている可能性があります」
これは朗報であった。闇雲に町を巡るより、ずっと効率がいい。
「ありがとうございます」
仁は礼を述べた。更なる手掛かりが掴めたのである。
「しかし、 賢者(マグス) と同郷ですか……」
「気になりますか?」
ファドンの呟きに、仁が尋ね返すと、
「ええ、まあ、気にならないといったら嘘になりますが、それを知ってどうなるというものでもないですしね」
との答えが返ってくる。
1000年以上前にいたという 賢者(マグス) 、その業績は評価しても出身地はさほど問題ではない、ということなのだろう。
仁にはちょっと理解しづらいが、そういう考え方もあるということだろう、と納得することにした。
「ところで、この『腕時計』ですが、直るのでしょうか?」
ファドンが仁の顔を見ながら尋ねてきた。仁は少し考えてから返答する。
「直せなくはないと思いますが、難しいでしょうね。時間も掛かると思います」
仁自身は時計の分解修理などしたことはない。まして腕時計になると、専用の工具がなければ修理は無理だろう。
もし可能性があるとすれば、『ミニ 職人(スミス) 』にやらせてみるくらいだ。
だが、仁としても時計の構造と再現には興味があった。
「1日、お貸しいただければ何らかの判断は下せるかと思いますが……」
「ふむ……」
ファドンは少しだけ考えてから頷いた。
「わかりました、いいでしょう。二堂殿を信用してお貸しします」
「ありがとうございます」
仁は礼を言って、腕時計の入っている箱を受け取った。
ファドンたちが部屋を出ていった後、グースに念を押される。
「町長は仁を信じて預けてくれたんだから、何とか直してくれよ!」
「わかってるよ」
仁は答え、腕時計を自分の部屋へと運び込んだ。座卓の上にそっと箱ごと置く。
そして同時に、礼子に声を掛け、老君への連絡を頼む。
「ミニ 職人(スミス) を5体転送するよう連絡してくれ」
「はい、お父さま」
内蔵された 魔素通信機(マナカム) で老君に連絡を入れる礼子。
1分ほどでミニ 職人(スミス) が現れる。仁は腕時計の分解・解析、そして修理を命じた。