作品タイトル不明
26-24 俄雨
仁たちの目の前には荒野が広がっていた。
芽吹いたばかりの灌木と、枯れた草が少し。苔はまだ緑を取り戻していない。
インノの町では盛大に引き止められたが、それを振り切って出発し、約2時間。
道は完全に無くなった。
聞くところによると、このあたりの雨季は5月だとのこと。あと半月ちょっと先になる。
「草が伸び始めたらかえって道が分かりづらいだろうから、ちょうどいいのかもな」
ひとりごちる仁。自動車はごとごとと進んでいく。
辛うじて踏み跡に見える箇所や、部分的に平らに均されている箇所を見つけながらなので、普段より速度が出せなかった。平均時速10キロくらいである。
仁の見積もりでは、道程はおおよそ300キロくらい。1日100キロ移動として3日で到着できる予定だ。
1日目は何ごともなく過ぎていった。
2日目。
北上した所為か、幾分空気がひんやり感じられるようになってきた。
左手に見えていた山の頂は後ろに去り、西側の眺望が開けてくる。
「あれが大サハラ沙漠、なのかな」
遙か彼方に茫漠と広がる砂砂漠。ミヤコの町の指導者を導く 自動人形(オートマタ) がいる場所。
右手を見やれば、礫砂漠、ハリハリ沙漠が霞んで見えるようだ。
実際には、そこまで遠くを見通せてはいないのだが、まあ気分であろう。
そして行く手は、春を迎えた萌黄色の大地。
「ここから先は乾燥地帯じゃなくなるようだ」
場所はローレン大陸の中央部。
だが、分水嶺というべき箇所を過ぎ、北方の海風の影響をより受けやすいという理由からであろうか、大地の潤いがいくぶん増してきているような気がした仁である。
「ジン兄、雨になりそう」
エルザが空を見上げ、心配そうに呟いた。
「ああ、本当だね。黒い雲が増えたようだよ、ジン」
サキも窓から外を見て、心配そうに言う。
「まあ、降ったら降っただな。その時は一度蓬莱島へ帰ろうか?」
「くふ、まったく、未知の土地を旅しているという緊張感がないね」
そして、ついに雨がぽつぽつと落ちてきた。
「そういえば、フィールドでの雨は初めてだな」
自動車を作った時、雨天時の動作や雨漏りなどを確認する試験走行は行ったが、実際の雨の中を長時間走るのはこれが初めてである。
「本降りになりそうだね」
いざとなれば、液体から守る『 物理障壁(ソリッドバリア) 』を展開すれば問題はない。
そんな時、不意に自動車が停止した。
「エドガー、どうした? 何か不具合でも?」
「いえ、ジン様、そうではありません。ただ、この先が大きな水たまりになっているようでして」
迂回しようにも、かなりの大きさがあって、右へ行くのがいいのか左へ行くのがいいのかの判断ができない、とエドガーは打ち明けた。
「そうか……。礼子、『ウォッチャー』からの情報は無いか?」
仁の言葉を受け、礼子は内蔵 魔素通信機(マナカム) で老君に確認をとっていたが、やがて申し訳なさそうな顔で報告を行った。
「はい、お父さま。残念ですが、雨雲に覆われて確認できないそうです。ただし、この雨は局地的なもののようですが」
「そうか……」
雨の降る前の画像なら確認できたのだが、それでは水たまりがまだなかったので意味がないわけだ。
「少し様子を見よう。それほど長いこと降り続く雨じゃなさそうだし」
夕立のようなものなら、そのうち晴れるだろうと、仁は自動車を停止させ、雨が止むのを待つことにした。
雨はざあざあと降っており、車の屋根を叩く音がかえって静けさを感じさせる。
「雨、なかなか止まないね」
退屈そうにハンナが言った。
窓の外は灰色に煙り、視界が悪い。
「ハンナ、もう少しで止みそうだ。ほら、向こうの空が明るくなってきた」
この星でも、中緯度地方には偏西風が吹いているようで、天気は西から移り変わってくる傾向にある。
大サハラ沙漠の方角は既に日が当たっていた。
「沙漠でも雨は降るって聞いたことがあるしな」
年間降水量が何百ミリ以下が沙漠だったっけ、などと頭の片隅で考えながら、仁は窓の外を見ていた。
「でも滅多に降らないんだろう? だったらボクらは貴重な体験をしているわけだ」
年に何回もない沙漠の雨を見ることができたんだから、とサキは笑った。
「でもサキおねーちゃん、ここは沙漠じゃないよ?」
ハンナの突っ込みが入る。
確かに、仁たちが今いる場所は、沙漠というよりステップと言った方がより近いだろう。
厳密に地球での気候区分が適用されるかどうかは、気象学者ではない仁には判断できなかったが。
「う、ま、まあね」
たじろぐサキ。ここのところ、ハンナの知識の伸びには目を見張るものがある。
「……雨の音が静かになってきた」
今まで黙って耳を澄ましていたエルザがぼそりと言った。
確かに屋根に当たる雨音が小さくなっている。
「ほら、雲が切れてきた」
エルザのいる側の窓……仁と反対側の窓から見える空は俄に明るさを増し、一筋の光が差し込んできていた。
「1時間も降らなかったな……」
あっという間に雲が切れ、見る見る明るさと色を取り戻す大地。
「うわあ、おにーちゃん、見て! すごい!」
ハンナが指差す方向。おおよそ北東方向には、日の光を浴びてきらめく水たまりがあった。
「ほんとに凄いな」
「綺麗」
「神秘的だね!」
サッカーグラウンドの10倍くらいありそうな広い水たまり。
まだ少し雨の輪ができているが、視界は十分に広くなった。
「ああ、左側を回ればよかったのか」
右へ行ったなら、その広い水たまりの8割くらいを回り込むことになる。
対して、左へ曲がって回り込めば2割くらいで済む。
「よしエドガー、左から回り込もう」
「はい」
そしてエドガーは自動車を発進させようとする……が。
後輪が空回りして進まない。いわゆる『スタック』状態である。
ぬかるんだ地面に細いタイヤ、これでめり込まないほうがおかしい。
「仕方ない、礼子、頼む」
「はい、お父さま」
礼子は外へ飛び出していく。
もちろん、『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』を使い、宙に浮いて。
ぬかるんだ地面に足を取られないようにだ。同時に、服や靴を汚さない意味もある。
「押します!」
との掛け声と同時に、自動車が動き出した。エドガーも軽くアクセルを踏み込む。
泥濘に嵌り込んでいたタイヤが動き始めた。
「よし、これで大丈夫だろう」
念のため、地面がぬかるまなくなるまでその状態で進んでいった。
およそ15分で水たまりを回り込むと泥濘地帯は終わり、砂利混じりの固い地面となったので、一旦自動車を止めた。
礼子も、 力場発生器(フォースジェネレーター) を使って押すのをやめ、自動車内へ戻ってくる。
「ご苦労さん、礼子」
仁が礼子を労った。
他のメンバーも礼子の働きを褒め、労う。
「さて、まだ日が落ちるまでには時間があるから、もう少し進んでおこう」
仁たちの旅はおおむね順調といえた。