作品タイトル不明
26-21 鏡餅と図書館と
「一旦迎賓館に帰るぞ」
「え? ……うん」
まだ動かないゴーレムは礼子が抱え、仁たちは自動車に乗り込んだ。
迎賓館まではゆっくり走って15分。時間はまだ十分にある。
仁は、迎賓館の厨房にいた。
「あ、あの、ジン様、何をなさるんですか?」
迎賓館の料理長が少しおどおどした声で尋ねかけた。
「えーと、お菓子というかお茶請けというか、そういうものを作ってみようと思いまして。食用油はあります?」
「は、はい。ゴマ油、丸豆油、ヒマワリ油などがありますが……」
「あ、ゴマとヒマワリはそのまま同じに言うんだ。じゃあ、丸豆油で」
つまり大豆油。一般的なサラダ油であり、天ぷら油である。色も淡く、癖も少ないので、仁はこれを選んだ。
油を天ぷら鍋に入れ、コンロで加熱する。
その間に仁は『鏡餅』を用意してもらった。もちろん、日が経って硬くなったもの。
「それをどうなさるのですか? もう焼いてもあまり美味しくないのですが……まさか油で揚げるのですか!?」
コンロの上の天ぷら油との関連性を考えれば容易に想像が付く調理法。だが仁は、
「ただ揚げるのではなく、こうしてから……」
と言いながら、硬くなった鏡餅を礼子に手渡した。
「礼子、さっき言ったように砕いてくれ」
「わかりました」
硬くなった鏡餅といえども、礼子の前では土の団子と同じ。あっという間に砕かれて粉々となった。
「そのくらいでいい」
だいたい1センチ角前後の大きさまで砕いた。
「で、これを油で揚げるんですよ」
油の音で、だいたいの温度は分かるが、念のため礼子にチェックしてもらう。
料理もできる礼子には、料理に関する温度情報があるので、鍋を触ってみれば油の温度がだいたい分かるのだ。
礼子が鍋の胴に掌をぺとっと当てるのを見た料理長は目を剥いていたが。
「お父さま、170℃くらいです」
「よし、ちょうどいいか」
仁は油の中に砕いた鏡餅をばらまいた。
じゅーっ、という、揚げ物特有の音がして、餅が揚がっていく。ぷくりと膨れ、表面が狐色になったところで、かす上げと呼ばれる網状になったおたまですくい上げる。
油取りのため、木紙を2枚ほど敷いた皿に上げ、熱いうちに塩を振れば出来上がり。
「ほう、面白い料理ですね!」
一部始終を見ていた料理長が感心した。
「『かき餅』、って言うんですよ。余計な油を吸い取らせることと、作ったらなるべく早く食べることがコツですかね」
熱々の出来たてかき餅を口に運びながら仁が注意事項を説明した。
「ははあ、油っぽくならないようにということ、それに湿気を吸うからですね?」
料理長もかき餅を口に運びながら答える。
さすが料理長、仁の指摘の理由までしっかり把握しているようだ。
「これは美味しいですね! この調理法は盲点でしたよ」
聞いてみると揚げ物は存在するのに、かき餅は知らないと言われたので仁はこれを作ってみようという気になったのだ。
もちろん床の間にあった鏡餅を見たからというのもある。
「油を変えるとまた風味も変わると思います」
「なるほど! ジン様、ありがとうございます!」
こうしてミツホに一つ、米菓子のレシピが加わった。
「ジン兄、これ、おいしい」
迎賓館の部屋へかき餅を持っていくと、待ちわびていたエルザはさっそくそれを口に入れた。
「ほんのり塩味と油の風味、サクサクした歯応えがたまらない」
ひょいひょいと摘んでは口にかき餅を放り込むエルザ。
「あんまり食べるとお昼が入らなくなるぞ」
「ん。これがお昼、でいい」
「おい……」
確かにもち米であるからお腹に溜まる。
「まあ、たまにはいいか」
と、エルザに甘い仁であった。
* * *
「美味しいです。ジン様!」
お昼になって、図書館から戻ってきたサキ、ハンナ、そしてミイ。
取り分けミイはかき餅を気に入ったようで、たっぷりあったはずのかき餅は全部なくなってしまった。
「ジン、美味しかったよ」
「おにーちゃん、ありがとう!」
「はは、サキとハンナも気に入ってくれたようで何より」
好評だったことにジンは相好を崩した。
「これでミイさんの要望にも少しは応えられたかな?」
出会った時に『お菓子』の話、といわれたので仁はこれを作ったのだから。
「はい、お話で結構でしたのに、作ってまで頂けて光栄です!」
仁は、とりあえず約束を一つ果たせて満足であった。
* * *
「さて、もう1つ、約束があったよな」
仁は、図書館ゴーレムがほぼ完成したことをミイに告げた。
「ほ、本当ですか!」
「ああ、まだ動いていない。自動車の中にあるよ。これから図書館へ持っていきたいんだけど」
「そ、それでしたら、祖父……じゃない、首長も呼んで来ますので!」
「ああ、それじゃ我々は図書館で待ってるよ」
仁は、慌てて迎賓館を出て行こうとしているミイの背中に声を掛けた。
「————はーい————」
聞こえたらしく、ミイは返事をしながら走り去っていった。
「さて、じゃあ俺たちも図書館へ行こうか」
仁たちは自動車で図書館へと向かう。
道中、拍手や歓声やお辞儀や熱い視線が投げ掛けられたが、行く手を遮るような者は誰一人としていなかった。
ほどなくして図書館に到着。仁は礼子に命じ、図書館ゴーレムを運び出させた。
一行は図書館入り口を入ってすぐのロビーで首長ヒロを待つことにした。
「これはサキ様、ハンナ様、ようこそお越し下さいました」
ここ数日で顔馴染みになったのだろう、司書役の女性がカウンターの後ろから出て来て挨拶をした。
30前後の知的な風貌をしている。
「そちらがジン様でいらっしゃいますね? そして、エルザ様でございましたでしょうか?」
「あ、ええ、ジンです」
「エルザです」
「図書館の管理長をしておりますエーデと申します」
挨拶を交わしていると、ちょうどそこへヒロとミイがやって来た。
「ジ、ジン様、図書館用ゴーレムが完成したそうですね!」
「え、あ、はい」
ヒロの勢いに押され気味な仁。
「図書館用ゴーレムですか?」
エーデが怪訝そうな顔をした。
「そうです。これですよ」
「!!」
「おお!」
「は、初めて見ました……」
起動前の新品ゴーレムを見るのは皆初めてのようだった。
「まあ見ていてください。『起動』」
「はい、 製作主(クリエイター) 様」
「きゃっ!」
やはり、それまで動かなかったゴーレムが動き出し、言葉を発するというのは驚かれるらしい。
エーデもミイも、そしてヒロさえも、少し引き攣った顔をしていたのだから。
「基本は教えてあるので、図書館に付いての諸々はエーデさんがこれから教育してやって下さい」
「は、はい」
なんとか返事だけはすることができたエーデであった。