作品タイトル不明
26-19 サキとミイ
迎賓館の食堂での昼食メニューは意外なことに『お粥』『梅干し』『お新香』のセット、いわゆる定食と『釜飯』だった。
仁とサキは釜飯、ハンナとエルザはお粥セットを頼んだ。因みに、仁以外はスプーンである。
「ジン兄、釜飯、美味しい?」
「ああ、けっこう美味いぞ。食べてみるか?」
「ん」
「ほら」
仁は、箸で釜飯を一つまみし、エルザの口へ。
「あ、美味しい」
「だろう? 鳥釜じゃなくて山菜釜飯みたいだ」
エルザは鶏肉、特に『コカリスク』の肉が苦手であるが、これは鶏肉を使っていないので、彼女でも安心して食べられた。
「じゃあ、おかえし。はい」
釜飯のお返しにと、エルザはお粥をと梅干しをスプーンに載せ、仁の口へ差し出した。
「う、酸っぱい」
本格梅干し(塩分18パーセント)のようで、仁はその酸味に少し顔を 顰(しか) めた。
「くふ、何だろうね、この甘ったるさは」
2人の様子を目の当たりにしたサキが呟いた。
「え? サキおねーちゃん、そのごはん、甘いの?」
意味が分かっていないハンナに尋ねられたサキは苦笑いしつつ、そうじゃないよ、と 頭(かぶり) を振る。
知識が増えても、ハンナはまだまだ子供であった。
* * *
「お忙しいところお時間を取ってもらってすみませんな」
首長ヒロは、午後1時ぴったりにやって来た。書記を一人伴っている。
今、迎賓館内にある会議室で話し合っている。
「水銀、ミョウバンの試料と、タップ、ダイス、それに石鹸が欲しいのですが」
「ほほう、なかなか変わったものをご所望ですね。分かりました、早速手配いたします」
書記に命じ、それらを記録していくヒロ。
「明日朝には用意できます」
「ありがとうございます。ところで……」
仁は、気になっていた『水銀』について尋ねてみることにした。
「水銀ですか。今のところ、観賞用ですね」
密閉された瓶に入れ、眺める用途らしい。確かに、銀色をした液体というのは見て美しい。
「それならいいのですが、水銀は取り扱いに注意して下さい」
仁は知る限りの『水銀の危険性』を説明したのである。仁も医者ではないので一般的な注意しかできないが、それでもしないよりはましだろう。
「なるほど、水銀蒸気を吸い込むのは危険なんですね」
ヒロは仁の言うことを理解し、周知徹底する、と答えたのである。
そして話題は仁たちの今後の予定について、となる。
「それで、やはり北へ向かわれるのですか?」
「ええ、そのつもりです」
「その昔、北の国との交流もあったらしいですが、なにぶん、途中には集落もなく、数百キロの荒野を行かねばならないわけですしね」
とはいえ、仁としては『ウォッチャー』からの画像により、適切な道を辿ることができる。しかも自動車なので、自分たちの食糧だけを心配すればいい。
更にその食糧さえ、 転移門(ワープゲート) で蓬莱島から取り寄せられるとあっては、危惧するようなことは何もないのである。
だがそれをそっくりそのまま打ち明けるわけにはいかないので、道中、足の心配はない、と言うに留めた。
「そうでしょうな。そういたしましたら、我々と致しましては、食糧物資の支援をさせていただきたいと思います」
そう言われては仁も断れず、丁寧に礼を述べたのであった。
* * *
「さて、そうなると、そろそろ、出発する頃合いだな」
「くふ、楽しみな反面、ちょっと寂しいね」
このミヤコにもかなり馴染んだため、後ろ髪を引かれる想いがあることもまた事実。
とはいえ、いつまでもいるということもできない。
まずはミツホを出て西へ向かうことになる。街道がまだもう少し延びており、クレ、インノという町があるのだ。
そのインノの町から先が、いよいよ道なき道を行くことになる。
「今日はもうのんびりしよう」
時刻は午後3時。ちょうどお茶の時間だ。その時。
「ジン様、よろしいですか?」
3時を見計らってか、ミイがやって来た。
「失礼します。あの、これ、祖父……首長から預かってきました」
差し出されたのは古い地図のようだった。
「ああ、これって……」
見ると、ミツホより北の地形が描かれている。
「この北西にある山沿いにずっと進んでいくと、シクロ湿原という湿地があるそうなんです。その東側に、ウルンという集落がある、いえ、あった、ということです」
今もあるかどうかはわからない、という意味である。
「なるほど、ありがとう。貴重なものじゃないのかな?」
「いえ、ジン様にしていただいたことに比べたら、このようなもの」
とはいえ、古地図をそのまま持ち歩くのは気が引ける。仁は礼子に頼んで、地図を模写することにした。
大きな木紙を持って来てもらい、礼子が模写をしていく。
それこそ、目にも止まらぬ速さ……とまではいかないが、
「す、すごいです……」
その速さと正確さに、ミイは目を見張った。
3分ほどで、古地図の模写は完成する。
「ありがとう。この原本はまたそちらで保管していてくれ」
と言って仁は、古地図を元のように丁寧に折り畳んでミイに返したのである。
ミイも交えてお茶の時間とした。お茶請けに出て来たのは漬け物。
ぽりぽりと、キュウリに似た野菜の漬け物を囓りながら、緑茶を飲む。
「でも、もう行ってしまわれるのですね……」
ほのぼのした雰囲気にそぐわない表情で、ミイが寂しそうに言った。
「まあ、予定にあったことだし、いつまでも滞在はできないからね」
隣に座ったサキがミイを慰める。
「そう、ですね……。お名残惜しいですけど」
サキの顔を見て、ミイは少し寂しげに微笑んだ。
それからは、主に喋っていたのは仁たち。
ショウロ皇国の話を聞かせると、ミイが喜んだからだ。
「サキさんって素敵な方ですね」
なんとなく、ミイとサキの距離が近い。
「そ、そうかい?」
「そのお顔の眼鏡もお似合いです」
「そ、そういえば、こっちの人は眼鏡を見ても不思議がらないね?」
サキは少し距離を取りたがっているのだが、ミイはそれをさせてくれないようだ。
珍しい景色だ、と、仁とエルザはサキの様子を眺めている。
「ええ。使っていますからね」
「えっ?」
「祖父も持っていますよ。老眼鏡、と言ってます」
「なるほど……」
これだけのものを作り上げた 賢者(マグス) であれば、眼鏡くらい作っていてもおかしくない。
こちらの人たちが掛けていないのは、単純に目が悪くないからなのだろう、と仁は思った。
その分老眼にはなるようだが。
そういえばこっちのガラスって、石英ガラスじゃないようだな、と仁は思い出していた。
石英や水晶はSiO2。それに炭酸ナトリウム (Na2CO3)、炭酸カルシウム (CaCO3)を混ぜると融点が1000℃くらいまで下がり、量産向きになるのだ。
仁はそこまでの知識が無いため、ガラスと言えば石英ガラスばかり。
石英ガラスは融点が2000℃以上、流動性が低いため、非常に加工しづらいのが欠点なのである。
(間違いなく 賢者(マグス) には化学知識があるな)
まだ見ぬ北の地がますます楽しみになる仁であった。
「サキさん、はい、あーん」
「じ、自分で食べられるから!!」
ミイの攻勢にたじたじとなるサキであった。
エルザは、ミイのターゲットが自分からサキに移ったので、ほっとしたような、悔しいような、サキが気の毒なような……、複雑な心境であった。