作品タイトル不明
26-18 ラセン
「おお、これなら使える」
運ばれてきたゴムタイヤを受け取る仁。ワイヤーではないが、麻の布が入っているようだ。いわゆるバイアスタイヤに近い。
表面にはブロックパターンも刻まれており、自転車のタイヤの延長上であることがわかる。
「ご指示通りでしょうか?」
運んできた作業用ゴーレムが戻っていった後、入れ替わりに工場長 自動人形(オートマタ) がやって来て出来具合を尋ねた。
「うん、いい出来だ。……で、対価はどうするんだ?」
首長ヒロから、対価は要求されないと聞いてはいたものの、ミツホ住民ではない仁としては念のために尋ねたのである。
「はい、いただく必要はございません」
そしてその返答も予想どおりであった。
( 賢者(マグス) ……いったいどういう人なんだろう?)
こういったシステムを構築できるということは、かなりの専門知識が必要だろうと思われる。
「お父さま、これを自動車に取り付けるんですね?」
タイヤを2つずつ小脇に抱えた礼子。なかなかシュールな絵面である。
「そうだ。ジャッキを出して……ああ、ジャッキがなかったな」
というわけで、工場長にジャッキを追加で注文する。
驚いたことに、『ジャッキ』で通用したのだ。
人力車や荷車もあるので、そういう車の整備に使っているのだろう、と仁は推測した。
30分ほどでジャッキが出来上がった。受け取った仁はジャッキを観察する。
「あ、おにーちゃん、これって、このねじを回すと、このぶぶんがもち上がるしくみなんでしょう?」
横から覗き込んだハンナが、的確な表現でジャッキの構造を述べたので、仁は更に感心した。
(ハンナの適性ってまだ決めなくていいだろうけど、ちゃんとした教育したらすごい学者になるかもな……)
などと兄バカな一面を見せる仁であった。
さて、ジャッキを自動車の下にセットし、タイヤの取り付けだ。
ラダーフレームなので、セットする場所は当然フレームの真下となる。
ハンドルをくるくると回し、車輪を持ち上げていく。
地面から浮いたところで、車輪に付いた泥などの汚れを綺麗にし、その上から新品のタイヤを嵌め込むのだ。
リムではないので、上から被せるしかやりようがない。
これを4ヵ所。
車輪の径が少し大きくなるが、駆動力には余裕があるので特に問題はない。
仁は、近いうちに改造してやろう、と思っているが、今日のところは『 強靱化(タフン) 』を掛けるだけに留めておいた。
「よし、これでいい。ハンナ、町へ帰ろう」
「うん!」
礼子の運転で、自動車は動き始めた。
「おお、やっぱり違うもんだな」
いくらサスペンションやダンパー、それに座席のクッションを工夫しても取り切れなかった微振動がなくなっていた。
5センチ程度とはいえ、ゴムタイヤの効果は抜群である。
「礼子、もう少しスピードを上げてくれ」
時速20キロくらいまで上げてみて、振動が改善されていることを確認しつつ、仁たちは迎賓館へと帰ったのであった。
「ジン、お帰り」
2度寝をして、さっぱりした顔のサキが仁たちを玄関ホールで出迎えた。
「エルザは?」
「部屋で待ってるよ。ボクはさっきまで庭園を見て回っていたんだ」
ここの庭は日本風の庭園、それも『回遊式』と呼ばれる造りになっていた。
他には、『観賞式』や『舟遊式』、『池泉庭園』などがあり、それぞれ鑑賞の仕方が異なる。
回遊式庭園はその名の通り、遊歩道を巡って楽しめるように造られた庭園だ。
とはいえ、専門の庭師や有名な茶人が造ったわけでもないので、『それらしい』が頭に付く程度の出来ではある。
それでも、仁にとっては十分に懐かしく、サキにとっても興味深い造りであった。
「ジン兄、ハンナちゃん、お帰りなさい」
部屋に帰ると、エルザが待っていた。
「今さっき、連絡があって、午後1時にヒロさんが来るそう」
「ああ、目録の件かな。サキ、何か決めたかい?」
「ボクは水銀とミョウバンに興味があるね」
サキなら言うと思った内容である。
「ミョウバンはいいが、水銀の扱いには注意しろよ? 俺もヒロさんに言おうと思ってる」
「うん、わかってる。エルザにもさんざん脅かされたよ。水銀中毒について、ね」
「それならいい」
「で、ジンはどうするんだい?」
仁は少し考えているようだったが、
「俺はこのタップとダイスにするよ」
「へえ、なんだい、それ? 素材じゃないんだよね?」
「ああ。これは、『ネジ』を作るための工具なんだ」
タップは雌ネジ、ダイスは雄ネジを切る(作る)ための工具である。
仁がミツホで驚いたものはもう1つあった。それは『ネジ』の存在である。
仁自身は工学魔法を使えるため、部品の固定は『 接合(ジョイント) 』や『 融合(フュージョン) 』をつい使ってしまう。
だが、小群国などでは、木材では『釘』、金属では『 鋲(びょう) 』、つまりリベットが使われており、締め付ける時には『 楔(くさび) 』だったのだ。
工場での穴空けにも『 錐(きり) 』ではなく『スパイラルドリル』つまり現代日本で言う金属用ドリルに近いものが使われていたほどである。
仁としては、小群国などでもいずれねじを普及させたいと思うが、ミツホと規格が異なると後々面倒になるので、この際ミツホに合わせられるなら合わせてしまえと思ったのである。
「インチ規格とミリ規格の混在なんて酷かったものなあ……」
現代でも、自作PCを作る際などには、米国製の部品の多くはインチだったりして、苦労する人もいるだろう。
余談だが、なぜか、折りたたみ傘などの先端に付いているネジは、カメラの三脚取り付けネジと同じ規格だったりする。
仁はサキとエルザに『ネジ』の説明を行った。
「へえ、そうすると、螺旋状に切られた溝と山を組み合わせることで、部品を締め付けて固定できるのかい?」
「……でも、戻ったりしないの?」
これにはなぜかハンナが返事をした。
「あのね、まさつ、っていうものがあるから、かんたんにはゆるまないの」
エルザとサキも驚いたが、仁も驚いた。
「ハ、ハンナ!? どこでそれを?」
「きのう図書館で読んだご本に書かれていたよ? ラセン、っていろいろなところで使われているんだね」
どうやら、ハンナの知識は相当の水準に至っているらしい。
(……『 知識送信(センドインフォ) 』、か。あれができたらいいのになあ)
600012号が仁ダブルに使った、知識を送りつける魔法。それなら『 知識転写(トランスインフォ) 』を使えなくても知識の譲渡ができるはずなのだ。
だが、その魔法の構成は仁には伝えられなかった。
(700672号なら知っているかも……な)
頼りすぎてはいけないと自戒している仁は尋ねてもみなかったが、彼なら知っている可能性が高いだろう。
(使用先限定で使う、もしくは教わるのではなく、ハンナを連れていって……)
「ジン? ジンってば!」
つい考え込んでしまったようで、サキの声で仁は我に返った。
「あ、ああ、悪い、ちょっと考え事してしまった」
「くふ、そんなところジンらしいけどね。そろそろお昼食べに行こうよ?」
午後1時に首長ヒロが来る、というなら少し早めに昼食をすませておきたい、というのがサキの言い分であった。
「……その実、朝御飯をあまり食べられなかったからお腹が空いてるだけ」
「エ、エルザ! ボクはそんな……!」
狼狽えるサキだったが、
「私もお腹空いた」
とエルザもカミングアウトしたので、仁は苦笑するしかなかった。
「わかったよ、それじゃあ食堂へ行こうか」
今まで迎賓館でお昼は食べたことがなかったので、お昼のメニューに何があるのかは分からない。その分楽しみでもある。
仁たちは全員揃って食堂へと向かったのである。